午前中の適当観。
瞬光は自分の部屋で、日課として毎日書いている日記を読み返していた。
「…………あら?」
ふと窓を見た時、気づいた。
外はいつの間にか豪雨が降っており、バケツをひっくり返したような激しい音が絶え間なく聞こえていた。
(ついさっきまで晴れてたのに……急に降って来たわね)
これでは外に遊びに行く事もままならない。
アキラとリンは私用で出かけており、儀玄たちもまだ帰って来てはいない。
明日帰って来るとは聞いたが。
(タクミ、部屋にいるかな……)
今日、彼は予定はないと言っていたため、今は恐らく部屋にいるはずだ。
「……♪」
部屋の外に出た瞬光は、雨に濡れないようにタクミの部屋へと向かう。
「タクミ! 暇だからワタシと一緒に──ってあれ?」
勢いよくドアを開けたはいいが……部屋にタクミはいなかった。
オシシ達の所にいるのだろうか。
そう思っていたら。
「瞬姐さん、俺に何か用か?」
「あ、タクミ……ってええっ!?」
後ろにいたタクミを見て、瞬光が大きな声を上げた。
無理はないだろう。
タクミは、まるで川にでも浸かったかのように全身びしょ濡れになっていた。
「あ、アナタ……すごく濡れてるじゃない……!」
「近くにアイスを買いに行った帰りに、いきなりバカ激しい雨が降って来たんだ」
「そ、そうだったのね……ってそれなら、早く乾かさないと!」
「ああ……ちょっと着替えてくる……」
タクミはびしょ濡れのまま、とぼとぼと浴室の方へと歩いていく。
「…………」
瞬光はその背中を見送る最中……彼の後ろ姿が、なぜかびしょ濡れになった犬のように見えた。
「……ふふっ……!」
思わず口角が上がる。
もちろん思った事を話せば、タクミは拗ねてしまうだろう。
瞬光は心のうちに留めておく事にした。
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軽くシャワーも浴び、新しい服に着替えたタクミは部屋に戻る。
部屋には瞬光が待っていた。
「待たせたな、瞬姐さん。それで、なんか用事があったのか?」
「ううん、これと言った用事はないんだけど……外は雨だし、アキラとリンもいないし……暇じゃない? だから、一緒に暇つぶししようって思ったの」
「暇つぶしかあ……確かに俺も今暇だけど」
普段、タクミは暇なときはゲームをやっているが……あいにくゲーム機は適当観にはない。
ビデオ屋に戻る必要があるが、この雨では無理だろう。
となると……
「映画でも観るか?」
「映画! それいいわね!」
「よし、じゃあ候補を何個か持ってくるよ」
タクミは部屋の外に出る。
そしてしばらくした後、ビデオテープが入ったパッケージをいくつか持ってきた。
「どれがいい? 瞬姐さんが選んでいいぞ」
「いいの? どれにしようかなあ……」
当然だが、持ってきたビデオの中にホラー映画とか、そういうのはない。
瞬光も別に好んで観るわけではないはずなので、大丈夫だろう。
やがて彼女は迷った末、一本のビデオテープを取り出した。
「この、『怪獣と少女』って言うのが観てみたい!」
「それか。懐かしいやつだな」
「タクミは観た事あるの?」
「あるにはあるけど、十年以上も前の話だ。内容はほとんど覚えてないな」
「そうなの? じゃあ、ネタバレの心配はなさそうね!」
「俺は別にネタバレするタイプじゃないから……」
とにかく、二人はこの『怪獣と少女』という映画を観る事にした。
ビデオテープを再生機器に入れてしばらくすると、配給会社や制作会社のロゴが映し出される。
その後、ようやく映画が始まった。
──主人公は、色々な人から恐れられている……心優しい怪獣。
恐がられ続けてきた彼には、彼の世話を見てくれている老人と、その孫の女の子がいた。
『かいじゅうさん、きょうもいっしょにあそびましょう』
少女と怪獣は、毎日のように外で遊んでいた。
そして遊び疲れた後は、老人が作ったご飯を食べる……そんな日々が続いていた。
だが……その日々を重ねるにつれ、怪獣の中にある恐怖は次第に大きくなっていった。
もし、彼女を傷つけてしまったらどうしよう?
もし、彼女に『ともだちではない』と言われてしまったらどうしよう?
そうなる前に、ひっそりと消えてしまおう。
「…………」
映画の途中、瞬光はふと隣にいるタクミの方を見る。
「…………」
タクミは何も喋らず、画面をじっと見たまま集中している。
彼は基本、映画を観る時は一切喋る事はない。
怪獣や少女についてどう思うかを聞こうとしたが……瞬光は邪魔をせず、再び映画に集中する事にした。
──怪獣は、夜のうちに荷物をまとめ、旅に出ようとした。
『かいじゅうさん……どこにいくの?』
しかし、運悪く目を覚ました少女に見つかり、呼び止められてしまった。
観念した怪獣は、少女に正直に話す事にした。
僕は恐ろしい怪物だ。
知らず知らずのうちに、君を傷付けてしまうかもしれない。
その怪獣の言葉を、少女は否定した。
『ちがうよ。あなたは、おそろしいかいぶつじゃない』
何を根拠に。
そう問いかけた怪獣に、少女が答える。
『うんとむかしに、わたしがおぼれていたところをたすけてくれたもの』
『いのちをかけてたすけてくれたあなたが、おそろしいかいぶつだなんてとうていおもえないわ』
少女と怪獣は、実はずっと昔に一度会っていた。
彼女はその時に命を救われたことを、覚えていたのだ。
確かに、彼は人間ではない。
それでもなお、少女は怪獣と友達であり続ける事を選んだ。
怪獣は涙を流しながら、少女をやさしく抱きしめた。
それから少女と怪獣は、家でご飯を食べたり、外で遊んだり。
たまに冒険をしながら、二人はより強い絆で結ばれていくのだった。
「…………ぐすっ」
一時間にも満たない長さの映画が終わり、エンドロールが流れる。
すっかり感動した瞬光は、鼻をすすりながら再び隣にいるタクミの方を見る。
タクミはエンドロールの余韻に浸りながら、何かを考えこんでいる様子だった。
「……タクミ?」
「ん?」
「何か考え込んでるみたいだけど……どうしたの?」
「別に、ただ余韻に浸ってただけだよ」
「そう?」
タクミはビデオの再生を停止し、ビデオテープを取り出す。
「……短いけど、いい映画だったな。てか、覚えてないってさっき言ったけど……観たら全部思い出したな。それにこれ、一回だけじゃなくて何回も見てた覚えがある」
「何回も? もしかしてタクミってこういう映画が好きだったりする?」
「そういう訳でもない。……
「あそこ? 何の話?」
「なんでもない。それより、さっきアイス買ってきたから食べ──」
ピシャアアアン!!
その音はいきなり響いてきた。
タクミの言葉を遮るように、鼓膜を震わす程の大きな落雷音が轟く。
「……っ、今の雷、凄く近かったわね。停電しないと良いけど……って、タクミ?」
先ほどまでそこにいたタクミがいない。
何処に行ったのかと、瞬光は周りを見渡す。
「…………」
ふと目に留まった、部屋のベッド。
何故か掛け布団が、
「…………タクミ?」
「なんだ」
掛け布団から、タクミが顔を出す。
「どうしたの? なんで布団にくるまってるの?」
「いやその……ちょっと眠くなったから」
「雷にびっくりしたんじゃなくて?」
「そんなわけねーだろ。雷にビビるとか、そんな──」
ピシャアアアン!!
再び雷鳴。
タクミは目にもとまらぬ速さで出した頭を再び掛け布団の中に引っ込める。
「…………」
瞬光は、掛け布団の中から動かない彼の姿が、まるで猫のように見えた。
……犬なのか、猫なのか、どっちなのだろう。
どれにしても、今のタクミが小さい事も相まって、余計に撫でたい欲に駆られてしまう瞬光。
最近タクミが『皆やたら頭を撫でてくる』と愚痴っていたが、おそらく仕方の無いことだろうと彼女は心の中で思った。