幸いにも、数分後に雷は鳴らなくなった。
しかし、雨は依然として降り続けている。
「まだ止まないわね……」
「……仕方ない、折角だしもう一本映画を観よう」
「いいわね! あ、じゃあ今度はタクミが選んで!」
「そうか? なら遠慮なく」
お言葉に甘えて、持ってきたビデオテープからタクミは観たいと思うものを選ぶ事にする。
その途中、机に置かれた数本のパッケージの中のとあるものが、瞬光の目に入る。
「……ねえ、この『スターライトナイト』って言うの……タクミが変身するファイズに結構似てるわね」
「ん? ああ……確かにちょっと似てるかもな」
瞬光はパッケージを手に取り、裏を見る。
「……特撮ヒーローもの……? よく分からないけど、このパッケージに描かれてるスターライトナイトはヒーローなのね」
「そうだな。俺の友達がその『スターライトナイト』に四六時中熱中しててよ。たまにだけどそれも観たりするんだ」
「そうなのね……ヒーローってとこも、なんだかタクミそっくりね!」
「俺がヒーロー? ……まさか」
タクミはやや自嘲気味に肩をすくめる。
「俺はヒーローなんてガラじゃないし、その肩書を背負えるほど大層な人間でもない」
「え? ……でも、タクミは衛非地区の人の為に今まで戦ったんでしょ? タクミのおかげで助かった人もいるって聞いたわよ」
「結果としてそうなったってだけだ。俺は見知らぬ誰かの為に無条件で命を懸けるみたいな……そんな覚悟はない」
タクミがファイズとして戦うのは、終始一貫して『自身の大切な人のため』だけ。
その動機で行動したうえで、『救えるかもしれない命』が自身の手の届く範囲に来た時だけ……タクミはそれを救うために戦う。
タクミは、一度も『人助けをしに行こう』とは考えた事はない。
すべては成り行き。たまたま『救える命』が近くにいたから、救うと言うだけ。
ヒーローと呼ばれる資格がある人間……それをハッキリと定義するのは難しいが、少なくとも自身は違うとタクミは考えている。
「それに、ヒーローって肩書なら……瞬姐さんの方がずっと相応しいと思うけどな」
「え? そ、そう?」
「ああ。そもそも瞬姐さんがシシオと一緒に衛非地区に下山したのは『人助けがしたい』からだっただろ? その時点で、俺とは大きく違う」
「…………」
「師匠や福福先輩もそうだ。何の事件がなくても、積極的に人の助けになろうとしてる……まあ、俺もたまには手伝ってるけど」
アキラとリンも、プロキシの仕事とは別で誰かを助けたりしていると聞く。
職業さえに目を瞑れば、二人もヒーローと言えるのかもしれない。
「見た目はヒーローっぽくても、中身は違う。ただの一般人だ」
「……そんな事、ないと思うわ」
「?」
「確かに、大衆にとってのヒーローじゃないかもしれないけど……少なくともタクミは、ワタシにとってのヒーローだもの」
「……!」
「一緒に悩んでくれたり、一緒に戦ってくれたり……まだワタシ達が出会って日は浅いけど、その短い間でも、アナタからたくさん勇気を貰ったりもしたわ。だからアナタは、ワタシにとってのヒーローなの」
「…………」
タクミは目を見開いた後……瞬光から顔を逸らし、テレビの方を向く。
「……さて、観たい映画も決まったし観るか」
「タクミ? ……もしかして照れてる?」
「照れてない」
「照れてるわよね?」
「照れてない」
「嘘、絶対照れてるじゃない~! このこの~!」
「照れてねえっての! 良いから映画観るぞ!」
タクミはやけくそ気味に『劇場版スターライトナイト』のパッケージからビデオテープを取り出し、再生機器に突っ込む。
……この時、タクミはビデオテープのラベルをしっかりと確認すべきだった。
「……?」
再生ボタンを押し、映画が始まったが……何かがおかしい。
「……なんだか、始まり方がおどろおどろしいわね」
流れ始めた音楽は、スターライトナイトのテーマソングではなく。
ピアノ範奏の、身の毛がよだつ様な恐ろしいBGMだった。
「……おかしいな。スターライトナイトってこんな怖いBGM流れないんだけど。ていうかこれ」
「ホラー映画じゃねえか!!」
どうやら何かの手違いで、劇場版スタナイのパッケージにホラー映画が入ってしまっていたらしい。
せっかくホラー映画を避けてラインナップを決めたと言うのに、これでは意味がない。
「何かと入れ替わったか……? 仕方ねえ、一回再生を停止して──」
「待って!」
再生停止しようとしたが、瞬光に止められてしまう。
「……しゅ、瞬姐さん? なんで止めるんだ?」
「折角だし、このまま観ちゃいましょうよ。ワタシ、ホラー映画を観るのも初めてなの!」
「えっ」
「お願い! いいでしょ?」
すごく観たくない。
タクミは、すごく観たくなかった。
なんとか理由をつけてこの場から離れようと思ったが……瞬光の上目遣いを見て、何も言えなくなってしまう。
恐らく彼女の兄も、この上目遣いには勝てないのだろう。
ならもう正直に話すしかない。
「……瞬姐さん、この際だからもう正直に言うけど……俺ホラー映画は苦手なんだ。すごく」
「うん、知ってるわよ?」
「そっか知ってたか~~~」
「リンが前に教えてくれたの!」
あの姉には、今一度守秘義務のなんたるかを教えなければならない。
「だからワタシ、興味があるのよね……ホラー映画がどれだけ怖いのか!」
「…………」
「だから一緒に観ましょう? 大丈夫、姉弟子のワタシがいるんだから怖くても平気よ!」
「…………」
仕方ないので、タクミは諦めて観る事にした。
鑑賞終了。
「…………」
「はあ……や、やっと終わったか……」
もはやお約束だが、タクミは終始ビビりっぱなしだった。
無意識に……そう、無意識に瞬光の腕を掴み、画面から目を逸らしたり逸らさなかったりしていた。
……今日、情けない姿ばかり見せている気がする。
「瞬姐さん、どうだった? 初めてのホラー映画は」
「……途中から、内容は覚えてないかも」
「うん、それが普通の反応だな。あんなん見て平然としてられるわけないんだ」
「え、映画のせいじゃないわよ……もう!」
「??」
何故か顔を赤くしながらぷりぷりと怒る瞬光。
彼のなけなしの名誉の為に説明しておくが、タクミはホラー映画を観る時は近くの何かに『無意識に』掴まる癖があると言うだけ。
下心はない。残念ながら。
「……ん? あれ?」
「どうしたの?」
「見ろ瞬姐さん、雨がもう止んでるぞ」
「え? ……ホントだ、すっかり晴れてるわね!」
ホラー映画にビビっていて気が付かなかったが、曇天模様から一転、いつの間にか窓から太陽の光が差し込んでいた。
二人は適当観を出て、水たまりに気を付けつつ広場へ向かう。
そこで二人は目にした。
「わあ……! すごく綺麗……!」
空には、鮮やかな虹の架け橋が浮かんでいた。
「すげーな……こんなにハッキリ虹が見えるの久しぶりに見たかもしれない」
「ワタシも、お兄ちゃんと一緒に一回見たっきりだったなあ……」
周りの人達も、空に浮かぶ虹に釘付けになっている。
写真を撮る女子高生、思い出話をする老夫婦、大はしゃぎする子供たち。
その虹は、数分するとすぐに消えてしまった。
「なんだか……夢のような時間だったわね」
「そうだな。あんなのは滅多にないからな……」
「……また、見れるかな?」
「いつかは分からないけど、必ず見れるはずだ」
「……ねえ、タクミ」
空を見上げていた瞬光は、タクミの方を向く。
「タクミって、六分街から来たんでしょ? その……適当観には、これからもずっといるわけじゃないのよね……?」
「! ……そうだな」
元々はラマニアンホロウの異変の調査のため、リン達は六分街から衛非地区へとやって来て、それから雲嶽山に弟子入りをした。
だが衛非地区には引っ越してきたわけではないため、いつかはまた六分街に帰る事になるのだろう。
それがいつなのかはタクミには決められない。
決まったとしてそれを取り消すこともできない。
「大丈夫。もし六分街に帰っても、永遠にさよならって訳じゃない。衛非地区には時々戻って来るし、なんなら瞬姐さんが六分街に遊びに来てもいい」
「……いいの?」
「もちろんだ。六分街にも俺の友達がいる。きっと仲良くなれるはずだ」
「……そう、よね! うん、タクミ達が帰っちゃっても、ワタシの方から来ればいいのよね!」
それに、今の所六分街に帰る予定はまだない。
問題は山積みなので、恐らくもう少し先になるだろう。
「さ、部屋に戻ってアイスでも食べよう。俺がびしょ濡れになって手に入れた美味しいアイスだ」
「ふふっ……うん!」
二人は適当観に戻る。
今も増え続ける、暖かく失いがたい記憶。
そしてその記憶と共にある、かけがえのない大切な人、場所。
それらを全て守りたいという強い気持ち。
瞬光の中でその気持ちは、彼女自身でも気づかないうちに大きなものとなっていた。
次回からいよいよ第六章です!