「こっ……これは違うの! わざと入った訳じゃなくて、なんか体が勝手にタクミの部屋の方に行ってたって言うか……」
「落ち着け……分かってるから」
慌てふためきながら弁明する瞬光をなだめるタクミ。
「ご、ごめんね……? ホントに無意識だったの……」
「気にしなくていいよ。俺の部屋にいて落ち着くなら別にいても大丈夫だから。それより瞬姐さん、無理はしてないか?」
「さ、さっきも言ったけど、ワタシなら──」
「こんな時まで優等生でいる必要はない。本当の気持ちを吐き出すくらいはしていいと思うぞ」
「…………」
タクミの言葉に思うところがあるのか、目を伏せる瞬光。
「……その、聞いてもいいか? 瞬姐さんが何がきっかけで青溟剣の使い手になったのか」
「……えっとね。これは、ワタシとお兄ちゃんが入門して間もない頃の事なんだけど……」
当時、何事にも好奇心旺盛だった瞬光。
とある日、彼女は裏山で一人遊んでいた。
その時、裏山にあった禁足地……そこには、儀玄が作り上げた『剣棺』とともに、青溟剣が封印されていた。
幼かった彼女は、偶然にもそれがある場所へと迷い込んだ。
「……その時のワタシは、青溟剣の存在も、そこが立ち入り禁止だった事さえも知らなかったの。あの時は、剣棺を『なんかカッコいいもの』みたいに思ってた……気がする」
そして瞬光は、その剣棺に軽い気持ちで触れた。
触れてしまった。
ただそれだけで、青溟剣は瞬光を使い手に『選び』……彼女は幼くして、青溟剣の剣主となってしまった。
「青溟剣が『選んだ』……? 何か素質があったって事か?」
「それに関しては、ワタシはもちろん師匠にも詳しい事は分からないの。ただ言えるのは、今までの歴代剣主もすべて、剣自身がその使い手を選んだって事」
実力や才能、遺伝は関係ない。
儀玄は長年その基準についても調べたが……まだ明らかにはなっていない。
「師匠から青溟剣の事を聞いたとき、あの人は物凄く自分を責めてた。全ては青溟剣の管理を怠った自分の責任だって。悪いのは全部、あんな所に行っちゃったワタシなのに……」
「……瞬姐さんも悪くはないだろ。何も知らなかったのもそうだし、剣棺に触れただけで剣主になるなんざ誰にも予想できなかったはずだ」
それにタクミは、少し引っかかるところがある。
禁足地だと言うのなら、誰にも立ち入らせないよう場所を封鎖するなど、何かしら対策はするはずだ。
あるいは、儀玄は既に対策を講じていたのかもしれない。
(誰かが意図的にその封鎖を解いた……? だから瞬姐さんは──いや、見聞きした事だけで邪推するのは良くないな……)
「瞬光ちゃん! タクミくんっ!」
「!」
そんな時、福福が部屋に入って来た。
「福姐さん……」
「瞬光ちゃん、大丈夫ですか? さっきの集まりの後、お師匠さまから伝言を預かってきました──『さっきはすまなかった』って」
「うん……ありがと。師匠はワタシの事も大切に思ってくれてる……だからああ言ったんだって、分かってるから」
「そうですか? 本当に無理はしないでくださいね? ……それと、お師匠さまから頼まれてる事がもう一つあって……記憶に関して、テストをして欲しいそうですっ!」
「テスト?」
「はいっ! あまり気負わなくていいと言っていました! とは言え、あたしは何を聞いたらいいか分かんないので……タクミくん、お願いしてもいいですか?」
「俺がやるのか? 別にいいけど……何を聞こうか」
タクミは少しの間考える。
瞬光とは出会ってまだ一か月程しか経っていない。
だがその短い間に、色々なことがあった。
「じゃあ、最初の質問だ。俺と最初に会った時の事……覚えてるか?」
「……それって、適当観での事よね?」
「? ああ」
「それなら、もちろん覚えてるわ。あの時タクミは屋根の上から落ちた猫を受け止めようとして……盛大に失敗して、盛大に顔を地面に激突させてたわよね」
そこまで緻密に思い出さなくてもいい。
「……正解」
「……ふふっ……!」
今隣の大姉弟子から笑い声が聞こえた気がするが、寛大な心で聞こえないふりをする。
「じゃあ、次の質問だ。一緒に『飲茶仙』に行った時、何を食った?」
「それも覚えてるわ! 『月ほの香』って言う金木犀のケーキよね! あの時タクミが言ってくれたことも、覚えてる」
『忘れた思い出も、思い出を分け合った誰かがいれば、その誰かと一緒にいれば……思い出せるはずだ』
瞬光はその言葉を、今も一言一句覚えている。
「……そんな事も言ったな」
「あと、金木犀のケーキを頬張ってハムスターみたいになってるタクミが印象的で……」
「やめろ!」
そんな事まで思い出さなくていい。
隣の大姉弟子が顔をにやけさせている。
いらん光景を想像しているようだ。
「……それじゃあ最後の質問。この間瞬姐さんが観たいって言って一緒に観た映画はなんだ?」
「『怪獣と少女』よね! 内容もしっかり覚えてるわ……怪獣さんと女の子のやり取りは、感動しちゃったもの」
「そうだな」
「映画を観た後は、雷にびっくりしたタクミが猫みたいに布団の中に──」
「はーいテストは合格でーすお疲れ様でしたー!!」
なぜ毎回余計な補足までしてしまうのか。
ちゃんと覚えている事は喜ばしい限りだが、それに関しては記憶の中に留めておいて欲しい。
「大丈夫ですよタクミくんっ! 愛嬌はタクミくんの魅力の大事な一部分ですし!」
「愛嬌って言うか単に情けないところじゃねーかこれ」
適当観の人達から、自分がどう見えるか聞く必要があるようだ。
「……まあいいや。今日はありがとうな、
「……! いえいえ、瞬光ちゃんの記憶に異常がなくて何よりですっ!」
「……ワタシからも、ありがとう福姐さ……ん……」
「…………」
「…………」
「……? 二人とも、なんで黙ってるんだ?」
瞬光が目を丸くし、福福を見つめている。
福福は顔を赤くし、気まずそうに眼をそらしている。
「………えへへ」
誤魔化し笑い。
ちなみにタクミに
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その日の深夜。
タクミはいつも通り、部屋で眠っていた。
「───クミ」
「…………」
「タークミ~」
「…………」
「たーっく~ん♪」
「…………?」
幻聴ではない。
誰かが、タクミを呼んでいる。
起き上がり、寝ぼけ眼を擦る。
(……誰だ?)
自分を『たっくん』呼びする人物は、少なくとも適当観にはいないはずだ。
有り得るとしたらリンだろうが……今聞こえた声はリンではなかった。
どちらかと言うと──
(…………!?)
部屋を開け、外を確認したその瞬間。
一瞬だけ『白い人影』が見え、すぐに物陰へと消えた。
タクミは起きなければよかったと後悔する。
「勘弁してくれよホントに……」
部屋に戻ろうかとも思ったが……
既に日付は変わり、適当観の明かりは完全に消えている。
「…………」
タクミはスマホのライトをつけ、肩を縮こませながら歩く。
(姉ちゃん起こすか……? いやダメだな、さすがに時間が遅すぎて──)
「ふふっ♪」
「!?!?!?」
後ろから聞こえた、笑い声。
すぐさま振り返るが、そこには誰もいない。
聞き間違いでなければ、今聞こえたのは先程タクミを呼んでいた声と同じ声だ。
「……! ……!!」
タクミは背後を取られないように、壁を背にするべく後ろに下がる──
「だ~れだ?」
「ッ──!!」
聞こえた声。片手で塞がれた両目。
そして背中に感じた、暖かく柔らかい感触。
悲鳴が上がりかけたタクミだが、口も手で塞がれてしまう。
「ダメじゃないたっくん、こんな夜中に大声出したら……みんなが起きちゃうじゃない?」
「そ……その声は……!」
タクミはなんとか脱出し、その正体を目にする。
その姿を見て、タクミは驚愕する。
「……アンタ、前に夢で見た……!」
「……♪」
かつて沈んだ意識の中で目にした、瞬光と瓜二つの少女。
それが今、現実に姿を現した。