「…………」
もう日も暮れる頃だと言うのに、タクミは灯りも付けず、自分の部屋のベッドで横になっていた。
(……またやらかした)
陸の言っていた『瞬光の行動が雲嶽山の名誉を傷つける』というのを認めた訳ではない。
むしろ……
(さっき俺がした事の方が、よっぽど名誉を傷つける行動だったな……また皆に迷惑を……)
「……タクミ? いる?」
「!」
脳内反省会を開いていると、カチャリと扉が開き、瞬光が入ってくる。
「さっきは……本当にごめんね。ワタシが不甲斐ないばっかりに、アナタにあんな事言わせちゃって……」
「……なんで謝るんだ。瞬姐さんが悪いとこなんか一つもないだろ」
タクミは上体を起こし、瞬光の方を向く。
「瞬姐さん、陸老師がさっき言ってた事は気にすんなよ。肩書きがなんであろうと、誰にだって弱音を吐く権利ってのはあるんだからな」
「……うん、ありがと。そうよね……誰だって、『疲れた』くらいは言ってもいいのよね」
「ああ。そんくらいなら誰も咎める権利なんてない」
むしろ咎められるべきは、先程の自分の行いだろう。
巻き込んでしまった瞬光達にはかなり悪い事をしてしまった。
これで彼女達の評判にも傷がついてしまったら、それこそタクミの責任になる。
「……タクミ」
「ん?」
「もしかしてさっきの事、ワタシ達に謝ろうとしてる?」
「……え? な、なんで分かったんだ」
「アナタってとっても分かりやすいもの。顔に書いてあるわよ」
瞬光はタクミの頬をむにむにと触る。
「言っておくけど、アナタの方こそ謝る必要なんて全くないのよ? 確かに、タクミがあんなに怒ったところは初めて見たしびっくりしたけど……全部ワタシを庇うためだったのよね?」
「……そうだけど、でも……」
「他の皆は『謝る必要はない』って言ってたわよ。ワタシ自身も、もちろん気にしてない。……なんなら、申し訳ないなって思っちゃったし」
「……『謝る必要はない』? 皆、俺が謝るって知ってたのか?」
「知ってたと言うよりは……皆、タクミが後で素直に謝りに来る子だって分かってるから」
「…………」
確かにここに来てしばらく経つが……タクミが自覚していないところまで知られているとは思わなかった。
「とにかく、今のちっちゃい姿を抜きにしても、アナタはワタシより年下なの。多少感情に流されるのは仕方の無いことだと思うわ。だから気負いすぎないで……ね?」
「……ありがとう、瞬姐さん」
「ううん、いいの。……そういえば、さっき市長さんからリンに連絡があったんだけど……」
どうやらラマニアンホロウの異常がメイフラワー市長の耳にも入ったらしく、調査員を集め手がかりを集めている最中らしい。
その間、性急な行動は控えておくようにとの事だ。
「ねえ、タクミ。せっかくだしどこかに出かけない?」
「……そうだな。市長さんが調査を進めるってんなら、俺達はもうやる事もないしな……」
お互い、そろそろ息抜きが必要な頃合いだろう。
「じゃあ、市場に行って糖水でも買うか? おやつ代わりに」
「あ、それいいわね! 金木犀味、あるといいなあ……」
───────────────────────
タクミと瞬光は私服へと着替え、澄輝坪へと繰り出す。
早速糖水屋の屋台へと向かうと……何やら気になるキャンペーンが催されていた。
「いらっしゃい! 今、ケーキのレシピの改良キャンペーンをやってるんだけど……興味ないかな?」
「ケーキのレシピ改良? ワタシ達で、新しい味を作るって事?」
「そう! 材料は自由、作り方も自由! もしその新しいレシピが大盛況だったら、豪華景品もあるからね!」
「うーん……まずは、ここのケーキを味見してみてもいい?」
「もちろん!」
店主のエリナーは金木犀のケーキを一切れずつ用意し、二人に差し出した。
タクミは一口食べてみる。
(……美味しいな。けど……前に瞬姐さんが作ったやつよりかは、ちょっと甘さ控えめだな)
「食感も香りも、凄くいい……でも、ちょっと甘さが足りないかも……?」
「え、本当に? そのケーキは氷砂糖をたっぷり使ってて、むしろ甘すぎるって評判なんだけど……お客さん、相当な甘党だね?」
(…………あれ)
タクミは全然『甘すぎる』とは感じなかった。
辛党に加え、いつの間にか甘党具合が増してきているようだ。
瞬光はケーキを味見し終えた後、何かを思いついたような顔をする。
「タクミ、ちょっと待ってて! 良いレシピ、思いついたかも!」
そう言うと瞬光は返事も待たずに、近くの『良い品屋』へと向かって行った。
そこから先、瞬光の行動は一直線とも言えるものだった。
彼女は『良い品屋』の店主ルイドから金木犀の飴とドライフラワーを貰い、早速タクミと一緒に金木犀のケーキへと取り掛かった。
と言っても、タクミは何か混ぜたり焼いたりするわけではないが。
「タクミ、卵!」
「はい」
「タクミ、お砂糖!」
「はい」
「タクミ、蜂蜜!」
「は、はい」
材料を入れる。生地を作る。
型に流す。オーブンで焼く。
一連の作業は、爆速であった。
そして数十分後。
「タクミ、白玉粉!」
「はい」
「タクミ、金木犀!」
「はい」
「タクミ、あーん!」
「はい? ──むごお!?」
ほぼ無意識に返事をしていたところに、いきなり味見のケーキをぶち込まれたりもしたが、突っかかる事もなく、瞬光は無事一つ目の改良版金木犀のケーキを完成させたのだった。
そして改良したケーキをエリナーが一口食べると、彼女は大きく目を見開いた。
「……! お客さん、これすっごく美味しいよ! この味、間違いなくウケると思う!」
「ほ、本当?」
「本当だよ! これ、限定メニューにしてもいい? 皆にも試食してもらいたいんだけど……」
「ワタシが作ったもので良ければ……もちろん!」
そして改良レシピを参考に、追加でいくつかの金木犀のケーキを売りに出す。
金木犀の華やかな香りに包まれる糖水屋に、多くの客が訪れた。
一人、五人、十人、二十人と……
気づけば長い列ができ、あっという間に用意した分の金木犀のケーキは完売してしまった。
「……すごい。本当に売り切れちゃった……」
「当たり前だよ! これは間違いなく、皆に愛されるレシピになるね! 本当にありがとう!」
「ワタシは、そんな……でも、嬉しいな。ワタシ、こうして皆を喜ばせる事が出来て……皆を幸せにできる」
瞬光は嬉しそうに、無邪気な笑顔を見せる。
エリナーと別れた後、タクミと瞬光は適当観へと帰る……その前に、もう少し寄り道をする事にした。
やって来たのは衛非地区上層にある海覧通り。
そこでは、夕日とともに澄輝坪の町並みを一望することができる。
前にリン達と一緒に来た時に、柄にもなく感動した事を覚えている。
「きれい……澄輝坪って、こんなに美しい町だったのね。皆、ここで生きてるんだ……」
「……」
「……? どうしたの、タクミ?」
「いや……こういう時に、兄ちゃんと姉ちゃんみたいに粋な感想が出てこねえなって」
「ふふっ……もう、そんな背伸びしなくてもいいのに」
ボキャブラリーに乏しいタクミは、残念ながらそういうのは出てこない。
絵画を観ても『絵が上手い』という感想しかでてこない悲しい少年なのだ。
「あ、そうだ。タクミ、口開けて?」
「ん? ──むごっ」
そしてまたしても何か口に突っ込まれる。
口の中に広がる、金木犀の香り。
「……ほれっへ」
「そう、さっき作った金木犀のケーキ! アナタと一緒に食べたくて、実は残しておいたの! どう?」
タクミはゆっくり味わった後、飲み込む。
「……うん。こないだ食ったのよりも美味いな。味もちょうどいい甘さだし」
「本当? 良かった……えっと、無理はしてないわよね?」
「無理? 何が?」
「う、ううんなんでも……今度、雲嶽山の皆や照さん達にも作ってあげないと!」
「そうだな……ところで聞きたいんだけど、なんで瞬姐さんは俺の口にいきなりケーキをを詰めたがるんだ?」
「え? だって……ハムスタータクミが見られるし……」
「変なクリーチャーを作るな」
───────────────────────
その日の夜。
そろそろ寝ようと自分の部屋へ戻るタクミだったが……ふと空を見上げると。
「……瞬姐さん? 何やってんだ、そんなとこで」
「あ、タクミ」
屋根の上にいる瞬光は夜空を見ながら、物憂げな顔でぼーっとしていた。
「ちょっと、考え事をしてたの。なんだか……眠れなくて」
「眠れない……か。なんか悩み事か?」
「…………」
瞬光は少し黙り込んだ後、ゆっくり口を開く。
「……あくまで、もしもの話なんだけど。もし進んだ先にあるのが、終わらない暗闇だったとしても……ワタシ達は、進み続けなきゃだめなのかな」
「…………」
「ごめんね、変な事聞いちゃって。実は昨日、怖い夢を見たの。底のない暗い穴に落ちていく夢で……」
「……そうだな」
タクミは少しの間、考える。
「……少し、いやかなり昔の話をするぞ。旧都陥落前、まだ俺が病院で寝たきりだった頃の話だ」
「うん」
「……えっ?」