瞬光は今しがたタクミが言った事に対し、耳を疑った。
「……タクミ? 今、なんて」
「え? 昔話をするって」
「そ、それより後!」
「? 旧都陥落前、まだ俺が
「ね、寝たきり……?」
瞬光はまだ信じられないと言った表情をする。
その顔を見て、タクミは何かを察した。
「……もしかして、兄ちゃんと姉ちゃんからは何も聞いてない感じか?」
「…………」
「……そうか。じゃあ話しておくと──」
「俺は小さい頃、凄く重い病気にかかってたんだ。命にかかわるレベルのな」
「……! 病気……」
「なんの病気だったかはもう忘れたけどな……けど、いつ死んでもおかしくないものだったってのは確かだ」
その病気のせいで、タクミはずっとベッドから動けないでいた。
都内の病院で、ひたすら回復に専念していた状態だった。
「だからその頃は兄ちゃんと姉ちゃんとは一緒に暮らせないでいた。ただ、しょっちゅう見舞いには来てくれてたけどな」
カローレと会ったのは基本的にその見舞いの時だけ。
一度だけだが、アキラとリンの学友とも会ったこともあった。
もしタクミが病気を患っていなかったら、彼もヘーリオスの生徒になっていたかもしれない。
「……タクミ」
「なんだ?」
「タクミの、病気って言うのは……もしかして、今も」
「え? ああ……ああそれなら安心しろ。今はもう完治してるから大丈夫だ」
「そ、そうなのね……良かった……!」
タクミの病気は、重いものではあったが奇跡的に徐々に回復へと向かって行った。
継続的な治療やリハビリを経て、タクミはようやく退院する事が出来た。
「まさに九死に一生を得たって奴だ。そんで『退院できたら、俺もヘーリオスに通える!』なんて思ってたら、最悪な事に退院した次の日に、例の旧都陥落は起きた」
「……そうだったんだ」
避難所で一人、アキラとリンを待ち続けていたあの時間は、今でも記憶に残っている。
「その話って、誰にも話さなかったの?」
「いや、てっきり兄ちゃんか姉ちゃんかが話して、皆知ってるもんだと思ってたから……そうか、この感じだと皆知らないっぽいな」
命にかかわる重い病気を患っていた過去。
それを包み隠さず話すタクミの様子は、普段と変わらない。
きっと彼にとってはもう終わった事なのだろう。
「……さっき、『暗闇がどうの』って話をしてたな。改めて昔話をさせてもらうと……俺は物心が付いたときから、ずっと病院のベッドの上だった。だから、一度も外に出たことがなかったんだ」
そしてリハビリ期間中、幼いタクミは生まれて初めて、外に出る事になった。
「恥を忍んで言うとだな……その時の俺は、外に出ることが物凄く怖かったんだ」
「……確かに、未知の事をするのは、凄く勇気がいるわよね」
「ああ。ずっとベッドの上にいた俺が外になんか出られるわけがない。一歩出た瞬間に、空で輝く太陽に焼かれてしまうって、あの時の俺は本気でそう思ってた」
それでもやるしかないと、タクミはなけなしの勇気を出し、外へと出た。
「……そんな俺を待ってたのは、心地いい風と、暖かい太陽の光だった。俺を焼く恐ろしい太陽なんて、何処にもなかった」
「…………」
「だからそうだな……俺が言いたいのは、進むしかないって時はとりあえず進んでみろって事だな。そこが暗闇かどうかは、進んでから分かる」
だが、「進んでみろ」と言っても、簡単に出来る事ではない。
とても勇気のいる行為だろう。
「もし一人じゃ進めないって時も、少なくとも俺がいる。一緒にその奈落に落ちようじゃねーか」
「……タクミ」
瞬光はタクミを見ながら、両手をぎゅっと握りしめる。
そんな彼女を見て……タクミは持ち前の脚力を使い、瞬光のいる屋根の上に軽々と跳び乗る。
「……! た、タクミ!?」
そしてタクミは、彼女の体を軽々と抱えた。
瞬光を抱えたまま、軽やかに屋根から飛び降りるタクミ。
そして何事もなく、地面に着地した。
「ほら、あんまり怖くなかっただろ?」
「……うん。そうね……アナタがいれば、きっと……」
瞬光は頬を赤らめ、おずおずとタクミに尋ねる。
「タクミ、その……
「全然。
「…………」
安心からか、思わず笑みがこぼれてしまう。
そして、再び彼女は口を開く。
「……ねえ、タクミ」
「なんだ?」
「えっと、実はね──」
「
「え? ──うわあ!?」
またしてもいきなり口調と容姿が変わる。
瞬く間に、白い方の瞬光が姿を現した。
白い瞬光は妖艶な笑みを浮かべると、ゆっくりとタクミの腕から降りる。
「もう。そう何度もびっくりする事ないでしょ?」
「いきなり出てきたら誰だってびっくりするだろ……それで何の用だ? さっき瞬姐さんがなんか言いかけてたんだけど」
「偶然ね〜。アタシも話したい事があったの。せっかくだから教えておきたくて。この子が一体、何に悩んでるのか──」
「それはずばり、青溟剣についてよ」
「……!」
白い瞬光は、青溟剣の秘密を語り始める。
「青溟剣の内部には、二つの強大で破壊的なエネルギーが渦巻いているわ。そしてその二つは、まるで闘うように衝突し合っている」
それは青溟剣の内部で絶えず起こり続け、そして爆発的なエネルギーの奔流を生み出している。
もし何かの拍子で、そのエネルギーが外へ漏れだそうものなら──
「この新エリー都は、間違いなく滅んでしまうでしょうね。それこそ、旧都陥落と同じ……もしくはそれ以上の規模で」
「…………!」
「ふふ、恐ろしいでしょう? そうならない為に、エネルギーを外に出さないようにする『第三者』が必要になるんだけど……」
「……第三者? まさかそれって……」
「そ。『青溟剣が選んだ剣主』が、その『第三者』の役割を担う事になるの」
剣主の存在により、衝突し合う二つのエネルギーはギリギリ均衡を保つ事が出来る。
そしてエネルギーがわずかに溢れ出しても、第三者である剣主が吸収するため、大事には至らないと言う。
そのエネルギーこそが、剣主に宿る力の源と言う訳だ。
「青溟剣の力の本質は、自分の力、五感、果てには命……そのすべてを捧げることにある。青溟剣のエネルギーを暴走させないためには、そこまでしなきゃいけないの」
「……つまり、瞬姐さんが青溟剣を手放したら」
「ええ。この子が剣主の役目を放棄する……それは、この新エリー都を見捨てる事と同義。だからこの子は、何があっても青溟剣を手放そうとは考えないの」
世界を犠牲にするか、自分を犠牲にするか。
瞬光は例え嫌でも、後者を選ぼうとするだろう。
「……なんて代物だ」
「この秘密は、存命している雲嶽山の人間は誰も知らない。知っているのは、アタシ達だけ」
「! 師匠も知らないのか?」
「そうよ。表向き伝わっているのは、『必ずや青溟剣の剣主を見い出し、雲嶽山の栄誉を汚す事なかれ』なんて、曖昧な教えだけ」
青溟剣の剣主は『英雄』ではなく、『生贄』だった。
誰がその教えを広めたのかは知らないが、腹立たしい事この上ない。
「……青溟剣の事は分かった。けど、なんでそれを俺に教えようと思ったんだ?」
「それはもちろん、アナタに助けて欲しいからよ。この子、責任感は人一倍あるから……誰が止めても、きっと世界の為に青溟剣を振るう事をやめない。けど、アタシは違う」
「!」
白い瞬光はタクミの身長に合うようにしゃがみ込み、顔を近づける。
「アタシは生きていたいの。関わりすらない誰かの為に命なんかかけたくない。だから、この子がこれ以上青溟剣を使わないようにして欲しいの。説得でも何でもして……ね?」
「……一応、話してはみる。けど、青溟剣を手放すか手放さないか……最終的にそれを決めるのは、やっぱり瞬姐さん自身だ」
「……アナタは、あくまでこの子の決断には関わるつもりはないって事?」
「ああ」
タクミの返答に、瞬光は少しの間黙り込む。
そして『仕方がない』と言った風にため息をついた。
「……この子がアナタに入れ込む理由、分かった気がするわ。……確かに、魅力的ね」
「……?」
「この子は、アナタが思っている以上に……アナタを大切に想っている。けど過ぎた『愛情』は呪いであり罠なの。いつまでもそんな冷たくてじめじめしたものに縋っていたら──」
「──いつか、
彼女の忠告は、どこか切実な……生への渇望が垣間見える。
タクミはその言葉に、何も言う事は出来なかった。