外に広がっていたのは、空は赤い雲に覆われ、至る所に黒い花が咲いている異様な光景。
「これ、ホロウの無人区域に咲いてた……」
「この様子じゃきっと適当観の外も……すぐに皆と合流しなきゃ!」
そう言い、二人は正門から外へ出ようとしたが……ミアズマでできた植物により、通り道が塞がれていた。
「正門が塞がれてる……ここにもミアズマの異変が……」
「……どうやら時が来たようだな、葉瞬光」
「!」
いつの間にか、陸老師が二人の近くに立っていた。
彼の顔を見たタクミは反射的に顔をゆがめる。
「青溟剣は雲嶽山の財産……みだりに扱うべきではない。しかし今、その力を振るうべき時が来たのだ」
「陸老師……」
「己の使命を果たす時だ。青溟の力で澄輝坪を救い、雲嶽山に栄光を取り戻すのだ!」
「…………」
思わず舌打ちしかけるタクミだが、なんとかこらえる。
そして瞬光に耳打ちをする。
「瞬姐さん、この人の言葉なんて聞かなくていい。さっき瞬姐さんが言った通り、まずは皆と合流するぞ」
「彼女の道を阻むでない! 雲嶽山の剣主として、青溟剣を使う事こそが……葉瞬光の運命なのだ!」
「それを決めんのはあんたじゃねえだろ……! 瞬姐さん行くぞ!」
「! う……うん!」
タクミは瞬光の手を握り、陸老師から逃げるように裏口へ向かう。
幸い道を塞ぐものはなく、すんなりと外へ出る事が出来た。
適当観から澄輝坪の街中へと出てきた二人。
案の定、街は大混乱に陥っていた。
適当観だけでなく、澄輝坪全体に異常なミアズマによる現象が起こっている。
「タクミ! 瞬光!」
「兄ちゃん!」
広場に行くと、アキラ達の姿が見えたので、合流する。
彼らの近くには、適当観と同じ黒い花が咲いている。
「二人も見たかい? あの黒い花を」
「うん、見たわ。適当観だけじゃなくて、街中にも異変が起きてるなんて……」
「なんとか術法でこの黒い花を消そうと試みているけれど……どうも上手くいかなくてね」
見てみると、リンが今その術法で花を消そうとしている最中だった。
「リンちゃん、どうですか?」
「ううん、やっぱりダメ……私の覚感の術でも壊せない」
「お弟子ちゃんでもダメかあ……」
「…………」
「……タクミくん?」
一言もしゃべらないまま、俯いているタクミを不思議に思った福福は、顔を覗き込む。
「……!? タクミくん、大丈夫ですかっ!?」
彼の顔を見た福福は大きな声を上げた。
それもそのはず、タクミは明らかに健康と呼べる顔色ではなくなっていたのだ。
息も上がっており、汗も浮かんでいる。
「俺は……大丈夫だ、福姐さん……」
「おいおい、どう見ても大丈夫って状態じゃないだろう!」
「さっきまで元気だったのに……まさか、この黒い花のせいで侵蝕が……?」
「……俺はオルフェノクだから、侵蝕は効かない。つまり原因は、多分……」
認めたくはないが……オルフェノクの力が暴走しかけているのかもしれない。
まさか黒い花がその要因となっているのだろうか。
(でも、なんだ……? 何か、
殺人衝動を促す、例の『声』は聞こえない。
まだ理性も意識も残っているが、それがいつまで続くか分からない。
「早く、この花をどうにかしないと……っ! 」
「……福姐さん、今からワタシの言うようにやってみて!」
「え?」
瞬光は黒い花を浄化するコツを福福に教える。
「……澄んだ、水に……分かりました、やってみますっ!」
そして福福は深呼吸をし、瞬光が言うように静かにその手を黒い花へ伸ばす。
そして十数分後。
「っ!!」
黒い花はまるで溶けていくかのようにその形をなくし……やがて完全に消滅した。
「……!」
それと同時に、タクミの気分もほんの少しだけマシになった。
「やった……やったわ!」
「凄く……疲れますね、これ……」
今の方法は自身のエネルギーを使い、黒い花の内部にあるコアを探し出し、それを内側から浄化すると言うもの。
しかし今のようにかなり時間がかかるうえ、エネルギーの消費も激しい。
「瞬姐さん、花を浄化する方法なんてよく知ってたな……」
「うん、
「確かに、かなりの人数が必要になるね。師匠はまだ戻って来てないし……」
瞬光は背中の剣棺に目をやる。
彼女の意図を察したのか、福福は瞬光の手を優しく握る。
「……大丈夫ですよ、瞬光ちゃん! さっき教えてくれた方法を潘さん達も使えば、澄輝坪の花はきっとすぐに浄化できます! ただ……」
「……そうだな。それだけではホロウの拡張は止まらない……ホロウの中の花も、浄化する必要がある」
「それなら、ワタシが行くわ! 青溟剣の力は、異常なミアズマに特別効果があるみたいだから……! ホロウに入って浄化してくる!」
「で、でもそれじゃ、瞬光ちゃんの体が……!」
「大丈夫よ! あの方法を使えば、普通にやるよりはずっと安全だもの!」
瞬光が言っているのは、恐らく白い瞬光に浄化をさせるという方法だろう。
しかし、それで本当に上手くいくかは、やってみないと分からないはずだ。
「…………」
「何をもたもたしておるか! 青溟剣の剣主として、果たすべき責務を果たすのだ!」
「陸老師……」
「今の適当観の人員では、澄輝坪の花を片付けるので精一杯だろう。しかし、おぬしのその力があれば文字通り百人力! 黒い花を一掃し、災難を止めるのだ!」
「ま、待ってください陸老師! 瞬光には、もう危険な目に遭わせないようにって……」
儀玄とは未だに連絡がつながらない。
ファイズが同行するとしても、無事に原因を突き止められるかは怪しい。
そんな時だった。
「みなさん、お困りごとかなあ?」
「……! 照さん! ロックスプリング!」
ちょうどいい時に照、そして修復が完了したロックスプリングがやって来た。
「状況は一刻を争う状況だねえ。念の為、この子も連れてきたよ」
「おかげさまで、基本モジュールの修復はほぼ完了したよ。僕もあの異常なミアズマについて、少なからず役に立てるはずだ」
「うんうん。それにラマニアンホロウに入った時、キミの青溟剣が反応したことも、ザオちゃん色々と引っかかってるんだよねえ」
その青溟剣と瞬光の存在こそが、異変の原因を突き止め、そして取り除くカギになると照は考える。
人員を割く余裕がない以上は、最早そうするしかないだろう。
「……分かりました。それじゃああたし達は残って黒い花の処理をします!」
「お願いね。ザオちゃん達は駅で待ってるから、瞬光ちゃん達も準備が終わったら早く来てねえ」
「うん、ありがとう二人とも!」
照は手を振った後ロックスプリングと共にロープウェイ駅へ向かう。
潘達も黒い花の対処をしに別々の場所へ散っていった。
タクミ達も照のところに行こうとした、その時。
「……」
「あ……た、タクミくんっ!」
福福に呼び止められる。
「……福姐さん?」
「や、やっぱり……タクミくんも、ホロウに行くんですか?」
「……ああ。ここにいたら、余計まずいからな」
「…………っ」
「今はただでさえ黒い花の事で手一杯なんだ。俺の都合でみんなに迷惑はかけられない」
タクミが万が一暴走してしまった場合の事を考えると、澄輝坪に残るよりはラマニアンホロウに入っていた方がいい。
それは福福も聞いており、タクミの言う事も理解できていた。
しかし、タクミ自身がこれから辿るかもしれない末路。
福福は、彼が二度とホロウから帰ってこないかもしれないと、不安で仕方がなかった。
後ろの瞬光とリンも、やはりその不安は拭えないようだった。
「……かえって、きてくれるんですよね?」
「……断言はできないな」
正直に、そう告げる。
タクミはここで、無責任に『帰って来る』とは言えなかった。
「大丈夫よ、福姐さん! ワタシとリン、それに照さんもいるもの! 仮に暴走しちゃっても、きっと止められるわ!」
「うん。きっとみんなで一緒に帰って来るから、待ってて。タクミには誰も傷つけさせないし、傷つけもしない」
「…………」
「……分かりました。それじゃあ、お願いしますっ……!」
少し涙目になりながらも、福福は自身の役目をこなすため、その場を後にした。
「ワタシ達も行きましょう! 黒い花を片付ければ、きっとタクミも暴走はしないはず……!」
「うん。さっさと浄化して、さっさと帰ろう!」
「……そうだな」
タクミは二人と一緒に照の待つロープウェイ駅まで向かう。
……体の中から絶え間なく伝わる、おぞましい力の波動に顔を歪ませながら。