照と別れた後、瞬光達は適当観へと戻る事にした。
ふと空を見上げると、真上に丸い月が浮かんでいるのが見える。
「……綺麗。こんなにはっきり月が見えたの、初めてかも……」
「…………」
「アナタやリン達がいてくれたおかげで、またこうして景色を楽しむ事ができた。皆には、感謝してもしきれないわ」
「…………」
「……タクミ?」
先程から返事の一つもしないタクミを不思議に思い、瞬光はおぶっている彼の顔を見る。
「……え?」
瞬光は思わず声を上げる。
彼の瞼は閉じており……その体は、最早微動だにしていない。
まるでラグドール人形のように力なく彼女の体にもたれかかっている。
心臓が跳ねる。
一瞬で血の気が引くような感覚に襲われる。
「……タクミ? 嘘、よね?」
「…………」
「…………ぐう」
(あっ寝てるだけだった……!!)
気持ちよさそうに寝息を立てるタクミ。
どうやら照と別れた後、力尽きて眠ってしまったようだった。
(お、脅かさないでよもう……!)
生きた心地がしなかった。
思わず頬を指でつつきたくなったが、我慢する。
ここでタクミを責めるのは酷というものだろう。
(今日、色々あったものね……もう深夜の二時だし……)
思えば、今日はあまりにも濃すぎる一日だった。
まだ照と瞬光が初めて出会ってから、実はまだ一日も経っていない。
(朝に照ちゃんが訪ねて来て、お昼にホロウに入って調査して……夕方にタクミとケーキを食べて……その後、夜に黒い花の異変が起きたのよね)
最後にはタクミは、瞬光を助け出すため『始まりの主』の力まで使ったのだ。
今日一日で彼が消費したエネルギーは甚大なものとなった。
タクミが死んだように眠るのも仕方がないと言えるだろう。
(……本当に、迷惑ばっかりかけちゃったなあ)
時折、タクミの寝顔を見ながら、瞬光は適当観まで歩く。
(……あ)
瞬光はタクミの髪に埃が付いている事に気がつき、起こさないようにそっと手で払いのける。
その後、彼の白い髪の毛を優しく撫でる。
(埃が見える程……視覚も鮮明になってる。ううん、それだけじゃない……町の音も、匂いも……全部はっきり聞こえる)
背中に感じる彼の体温も、手のひらに感じる髪の毛のさらりとした感触も、全部鮮明に感じる事が出来た。
「……本当にありがとう。アナタがあの時来てくれなかったら、ワタシ……」
瞬光は再び前を向き、歩き出す。
これから何があっても、お互いを信じあう限り、暗闇の中でも立っていられる。
彼女は、そう確信した。
「……タクミ」
何度も呼んだ、彼の名前をまた口にする。
そして……誰にも分からないような小さな声で──
「───」
何かを、呟いた。
その直後、瞬光の顔はみるみるうちに赤くなる。
「い……今の、聞こえてないわよね……?」
眠っているタクミの表情に変化はない。
彼女の声が聞こえないほど、爆睡しているのだろう。
「は、早く帰らなきゃ……」
瞬光は片手でぱたぱたと自身の顔を仰ぎながら、適当観の正門を開く。
中で待っていた儀玄達は、瞬光の顔を見るなり彼女のもとへ駆け寄る。
「瞬光! お前さん……」
「うん、ワタシよ! 遅くなってごめんなさい」
「…………っ!」
「?」
瞬光が帰って来たと言うのに、儀玄の顔は晴れない。
それどころかどんどん表情が暗くなっていく。
福福の表情はその中でも一際絶望したような顔をしていた。
「……み、皆? どうしたのよ?」
「……そうか。やはり……こうなってしまったか。私がもっと早くここに着いていれば……」
「え? な、なに? 何が?」
「……う、ううっ……! タクミくん……なんでぇ……!」
「瞬光……お前さんだけでも、無事に帰って来てくれて良かった。タクミを守れなかったのは……師である私の責任──」
「ちょちょちょっと待って! タクミは生きてるから! そう見えるかもだけど、寝てるだけだから!」
「……なに?」
どうやら瞬光の背中で爆睡をかましているタクミを見て、皆盛大に勘違いをしてしまったらしい。
福福は涙をぽろぽろと零しながら瞬光に近づく。
「た、タクミくん……寝てるだけなんですか?」
「そうよ、怪我だってしてないし! だから泣き止んで福姐さん、ねっ?」
「よ……よかったあああああ……!!」
泣き止むどころかさらに泣き出してしまった。
潘も安堵の表情を浮かべる。
「ってこたあ、全員無事に帰って来たって事だな! 皆帰って来るのが遅かったから、もしやと思ってしまったじゃないか」
「ごめんね、皆……心配かけちゃって」
「して、何があった? ホロウの中の異変は無事に片付けたようだが……」
「えっと……実はね」
瞬光はこれまでにホロウで起きた事を、釈淵に関する事を除き、包み隠さずすべて話した。
「……青溟剣を抜いた、だと……!? お前さん、体の方は大丈夫なのか……!?」
「うん、タクミのおかげでもう平気だから! なんなら、テストをしてみてもいいわよ!」
「…………」
儀玄は瞬光の体に異常がないかを確認する。
その後に覚えている事に関してテストを行い、彼女が全て答えたところで、儀玄はようやく安堵の表情を浮かべた。
「はあ……言いたい事は色々あるが、結果オーライという事にしておいてやる。……にしても」
儀玄は視線を瞬光から寝ているタクミに移す。
「子供の姿になってしまったと聞いたが……いつの間にか元に戻っていたようだな」
「あ、ホントですね……! ホロウに入るまでは小さいままだったんですけど……」
「それに関しては……ワタシが目を覚ましたころには、もう元に戻ってたの。そうなった原理も……よく分からなかったわ」
「そうか。……まあ、大事がなくて何よりだ」
そう言った後、何か言いたげな顔をする儀玄。
「……あれ、師匠? ちょっと残念がってる? もしかして一目見たかったとか……」
「阿保、そんな訳あるか。師として、弟子の体に異変がないに越した事はない」
「でも小さいタクミくん、とっても可愛かったですよねっ! あ、今ももちろん可愛いですけど!」
『可愛くねえよ!』……と、本人が起きていたらそうツッコんでいた事だろう。
「確かに! また小さくなれないかな?」
『なれるわけねえだろ!』……と、本人が起きていたらそうツッコんでいた事だろう。
「あ……そういえば師匠、帰って来るまでずっと連絡が取れなかったみたいだけど……何かあったの?」
「ああ。本当はもっと早めに到着するつもりだったんだが……近道を通る最中、何者かに足止めを食らってな」
「足止め……!? 師匠が……?」
「なかなかの強者だった。『強い』という事意外何も分からなかったがな」
儀玄はその肩書きこそないものの、その実力は星見雅ら『虚狩り』に勝るとも劣らない。
そんな彼女を足止めできる存在がいるというのだろうか。
「この件はメイフラワーとも話を進め、調査していく。それよりも瞬光、今日は色々あったようだし、部屋で休め。タクミは私が運んでおこう」
「うん、ありがとう……師匠」
彼女の言う通り、瞬光にも決して小さくない疲れが溜まっている。
おぶっていたタクミを儀玄に預け、瞬光は部屋へと戻って行った。
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翌日の朝。
タクミは目を覚まし、欠伸をしながら伸びをする。
(……? なんで俺部屋に──ああそっか……適当観に着く前に、寝ちゃってたのか……)
という事は、誰かが部屋に運んでくれたのだろう。
雲嶽山の人間か、それ以外の人間なのかは分からない。
あれから面白いくらい爆睡したおかげで、しっかり体を動かせるようになった。
(……?)
その時ふと、自身の服の胸元に何かが付いている事に気が付いた。
(……白い、髪の毛? 俺のやつかな──いや、なんか長くね? 俺のじゃないな)
運んでくれた人の髪の毛が付いてしまったのだろうが、だとしてもこんな風に胸元に髪の毛など付くだろうか。
まだ覚醒しきっていない脳で、誰の髪の毛なのかぼんやり考えていると。
「タクミ! 起きてる?」
ドアが開き、部屋に瞬光が入ってきた。
「瞬姐さん、どうした? また何かあったのか?」
「うん、今さっきね──」
「お兄ちゃんから、連絡が来たの!」
「……!」
瞬光はスマホの『ノックノック』のメッセージ画面を見せる。
そこには──
『瞬光。君とタクミくんに、話しておきたいことがある』