瞬光のスマホに、釈淵からのメッセージが届いた。
一目のつかない場所で話したいことがあるとの事だったので、呼ばれたタクミと瞬光は釈淵が指定した場所へと向かうことにした。
澄輝坪外れの路地裏へと到着すると、すでに釈淵が待っていた。
厳かな表情を浮かべていた彼は、二人の姿を目にするといつもの優しい表情に戻る。
「瞬光、体の調子は? あれから異常はないか」
「ワタシなら大丈夫よ、お兄ちゃん。それより、話したい事って?」
「……タクミくん。この度は、瞬光が大変お世話になりました。御礼を言わせてください」
「ちょっとお兄ちゃん、話を逸らしたわね?」
「僕とて、話したくない訳ではないんだ。まだその時が来ていないというだけで……二人をここへ呼んだのは、別の要件だ」
「別の要件?」
「青溟剣と始まりの主に密接な関係があると知ってから、僕は何日も調査を続け──ついに見つけたのです」
「青溟剣の契約を解く……その手段を」
「!!」
釈淵は有無を言わさずと言わんばかりに、瞬光の手を握る。
「瞬光、契約を解く手段はホロウの中にある。すぐに行こう。一刻も早く、君を自由にするんだ……!」
「ま……待ってお兄ちゃん! 青溟剣の契約を解いたとして、その後はどうなるの?」
「主を失った青溟剣は、次の剣主を探そうとするだろう。そこからどうするかは……彼ら次第だろう」
「……っ」
代償で体を蝕む、忌まわしき青溟剣から解放される。
本来なら喜ぶべきことなのだろう。
しかし、瞬光は素直に喜ぶことなどできなかった。
そしてその訳を、タクミは知っていた。
『この子が剣主の役目を放棄する……それは、この新エリー都を見捨てる事と同義』
(あの時、白い瞬姐さんが言っていたことが本当なら……もしここで青溟剣を手放したら──)
青溟剣を扱う『第三者』が存在しなくなる事で、内部で辛うじて保たれていた二つのエネルギーの均衡は瞬く間に崩壊。
エネルギーの奔流により、多くの人々が命を落とす事になるだろう。
「……お兄ちゃん、ごめん。それはできない」
「……なに……?」
瞬光もそうなる事を知っていたため、釈淵の提案をのむことはできなかった。
「ワタシが青溟剣を手放したら……エネルギーが暴走して、街の人達が命を落とす。お兄ちゃんも、それは分かってるのよね」
「……青溟剣を手放したくないと、そう言いたいのか?」
「うん。お兄ちゃんがワタシのために言ってくれてるのは分かる。けど、ワタシはもう決めたの」
「……ダメだ」
苦しみに耐えるような声で、釈淵はそうつぶやく。
「君に……選択の余地はないんだ。いいかい、君は名も知らぬ有象無象の為に、その一つしかない命を捨て去ろうとしているんだぞ? 兄として、僕はそれを黙認することはできない」
「……っ、お兄ちゃん……」
「……この事は、事態が落ち着いてからゆっくり話そうと思っていたが……君が青溟剣を手放す気がないと言うのなら……仕方がない」
釈淵は通りの方に向かって歩き出す。
「釈淵さん、どこに行くんすか?」
「適当観です。青溟剣に至るすべてが、その実仕組まれていたという事を……その真実を、お話しします」
そう言うと返事も待たずに、彼は適当観の方に向かって行った。
瞬光とタクミは顔を見合わせ、釈淵について行く事にした。
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適当観へと戻って来た釈淵。
まだ早朝だからか、他に弟子の姿は見当たらない。
「……陸衡舟! 宗主儀玄! お二人に話したいことがある!」
適当観中に響くその一声で、儀玄と陸が姿を現した。
陸は釈淵の姿を見るなり、顔を歪ませ怒りをあらわにする。
「葉釈淵……! おぬし、一体どこの体で雲嶽山に戻ってきよった! 恥を知れ!」
「……恥を知れ、だと? 恥を知るべきなのは、貴方がた雲嶽山の方ではないのか?」
「……? そいつはどういう意味だ、釈淵」
「言葉通りの意味です。知らないとは言わせませんよ」
「新エリー都中から罪なき子供たちを探し……『弟子』などと称して雲嶽山へと連れ帰る。その実態は、青溟剣に捧げる『生贄』の選定だ!」
「……!!」
彼が怒りのままに告げたその事実に、瞬光達は驚きを隠せなかった。
「親を亡くし、行くあてを失った二人の子供。お前にとって、僕達兄妹はさぞ都合のいい存在だっただろう──陸衡舟!」
「……!」
「いつから僕達を狙っていた? ミアズマによる事故が起こる、ずっと前からか? まさか事故自体が、お前たちによって仕組まれたものだったのか?」
「……黙れ……!」
「いずれにせよ、青溟剣の選定者を二人も得る事が出来たのは雲嶽山にとって、僕達が帰る場所を得たのと同じくらい幸運だった事だろう。後は僕か瞬光のどちらかが、青溟剣に触れるよう仕向ければそれで良いのだからな……!」
瞬光がなぜ青溟剣に選ばれてしまったのか。
彼女からその話を聞いた時、タクミは何かしら引っかかる事はあった。
(……まさか、本当に第三者が……しかも陸老師が……?)
「陸、お前さんは言ったな。瞬光が青溟剣に選ばれたのは『偶然』だったと……」
「…………」
「『偶然』……仮に瞬光以外が青溟剣に選ばれたとしても、同じ言い訳を用意していただろうな。その『機会』を、お前はずっと狙ってきたんだ」
「先程から聞いておれば、なんと罰当たりな……! 青溟剣に選ばれるのは、至高名誉な事なのだぞ!」
罪を認めるかのように、陸は開き直り怒りの言葉を口にする。
「……陸。なぜ『偶然』などと嘘を……」
「あくまで被害者に徹するつもりか、宗主儀玄? 貴方が作り上げた剣棺では、青溟剣の反動を抑えることは出来なかった……妹を守ることなど、出来はしなかったんだ!」
「……っ」
「釈淵さん、本当なんですか? 瞬姐さんが……」
「……ええ。僕が探っていたのは、青溟剣から瞬光を解放する方法だけではありません。あの日から……僕は彼らに対する疑念と不信感が日に日に強まっていった」
瞬光が青溟剣に選ばれたのが、本当に偶然なのか。
雲嶽山を離れたあと、彼はあらゆる手段を用いてそれを調べ、ついに真実へと辿り着いたのだ。
「……お兄ちゃん」
「これで分かっただろう、瞬光。僕達には、初めから選択の余地などなかった。君は……英雄になったんじゃない。なる事を強いられただけなんだ」
「強いられた、だと? 青溟剣はおぬしに存在価値を与えたのだぞ! 葉瞬光よ。青溟剣に選ばれ、おぬしに与えられたのは枷ではない、名誉だ!」
「名誉なものか! 代償を払い、日に日に大切な何かを失っていくこの子の苦しみが、なぜ理解できない!」
「代償が何だと言うのか……! 私が仮に青溟剣の剣主ならば、そのような事気にも留めぬ! ……十一年前、死にゆく同胞を前に何も出来なかったことに比べればな……!」
その言葉は本心からなのか、陸は悔しそうに拳を握る。
「お前がしたことは妹の人生を踏みにじり、残酷な運命を決定づけた。衆生のために、なぜ妹の命を犠牲にしなければならない!」
「それが衛非地区、ひいては新エリー都にとって必要な事であるからに他ならぬ! 一人の犠牲で、大勢の命を救う事ができるのだぞ! 葉瞬光! おぬしはそれを見捨てる事ができるのか!」
「……っ」
「……陸、釈淵。そこまでだ……全ては宗主としての務めを怠った私の責任だ。我ら雲嶽山は必ずや、お前たちに納得のいく説明をする」
「説明などいらない。僕の望みは、瞬光を青溟剣から解放する、それだけだ」
「…………」
「瞬光。僕の願いを……どうか聞き入れて欲しい」
会話に入る事が出来なかった瞬光は、ここでようやく口を開く。
「……陸老師。あの日の鉱区での事故って、本当に雲嶽山が関わっていたの?」
「……いいや。代償こそ隠しはしたが……そこまで畜生じみたことはしておらぬ。おぬしが特殊な体質である事を発見したのは、その後のことだ」
「……分かった」
瞬光はまだ釈淵から告げられた事実を、全て受け止めることは出来ていなかったが、それでも整理をつける余裕はできていた。
決意を込めた表情で、釈淵を見る。
「お兄ちゃん。今から、二人で話し合いましょう。ワタシがこれから進む道を……お兄ちゃんにも、知って欲しいの」
「…………」
「瞬光……すまない。私は……」
「いいの、師匠。ワタシは……大丈夫だから」
瞬光は笑みを浮かべたあと、中庭の方へと歩いていく。
釈淵は何も言わず、瞬光の後に続いて行った。
「…………」
陸は今になって罪悪感が芽生えたのか、それは分からないが……そのまま立ち去っていく。
残ったのは、タクミと儀玄のみになった。
「……師匠」
「……まだ私を『師匠』と呼んでくれるのか、お前さんは。私にはとうに、その資格はないと言うのに……」
「…………」
「……私は、弟子であるお前さん達を守る立場だったはずだ。瞬光が代償で苦しんでいる時も、お前さんがオルフェノクになってしまった時も……本当は師として、傍で守るべきだったんだ」
己の無力さを恨むかのように、唇を噛み締める儀玄。
その苦しみを受けるのが自分ならばどれだけ良かったかと、言葉にせずともそう伝わってくるようだった。
「頼りないだろう、こんな師匠で……剣棺も結局、瞬光を守るには至らなかった」
「……まあ、その。確かに今まで色々ありましたけど……師匠が頼りないって思った事は、一度もないですよ」
「……気を遣わなくとも」
「遣ってないですよ。実際、師匠のおかげで助かった時もあるし、師匠から教えて貰った事も沢山あります」
衛非地区に来る前のタクミは、自分一人でなんとか出来るならなんとかしようと、少なからず無茶をしていた時はあった。
だが雲嶽山に入り、儀玄たちと出会ったことで様々な事に気付かされた。
自分が苦しむと大切な誰かも苦しむ。
誰かを助けるためには、自分を助けねばならない。
頼りあい、共に戦う事の大切さを知った。
そしてどんな残酷な運命を背負うことになっても……傍に誰かがいれば、共に歩いていくことができる。
『共に生きる』と……そう決断させてくれた。
「俺がこうしてここにいられるのは……師匠のおかげでもあるんです。辛いことがあっても立ってられるのは、そうできる理由を教えてくれたから」
「……!」
瞬光もきっと同じはずだ。
青溟剣の代償を知ってもなお、戦い続ける選択をした。
その決断をする勇気を出せたのは、儀玄の存在も大きかったのだろう。
「だからその……俺にとっては、ずっと頼れる師匠のままです。今までも今もこれからも、それは変わりません」
「……タクミ」
儀玄は少しの間黙り込む。
そしてタクミの傍まで歩み寄り、彼の頭に手を置いた。
「……お前さんも瞬光も、本当に強くなったんだな」
儀玄は瞬光が向かって行った中庭の方を見る。
「瞬光達の元へ行くといい。後のことは、私が責任を持って片付ける。お前さんたちがまだ私を師と呼んでくれるなら、尚更その務めは果たさねばな」
「あ、はい……分かりました」
「……それと、タクミ」
「?」
「……ありがとう」
その言葉を最後に、儀玄はその場を後にした。