ちゃんと確認しろばか!
「……本気で言っているのか、瞬光」
「うん。もう決めたの」
タクミが瞬光の部屋に行くと、既に二人の話は始まっていた。
「ワタシは、青溟剣を手放す事はしない。お兄ちゃんは覚えてる? ワタシが金木犀のケーキを食べるたびに、お腹が痛くなっちゃってたの」
「…………」
「その苦い経験も含めて、これはワタシの人生の一部なの。青溟剣に選ばれたのだって、そう」
「……っ! それとこれとはわけが違うんだ! 君がそれを手放さない限り、待っているのは──」
「分かってる。けどそんなのは、実際にその時になってみないと分からないでしょ?」
「……君はわかっていないんだ。死よりも恐ろしいのは、『その時』がいつ来るかという恐怖と苦しみだ。いつ君が五感を、記憶を失ってしまうのか……当事者ですらない僕ですら、恐ろしくて仕方がないんだぞ」
今まで誰よりも彼女の近くにいた釈淵だからこそ、彼女の恐怖を知っていた。
その手も取れずに、彼女が暗闇に落ちていく……そんな悪夢を見た夜もあった。
「……君はそれでも、その呪われた剣を手放すつもりはないのか」
「だってワタシ……もう知ってるもの。青溟剣に選ばれたその日から、自分の辿る運命を」
現時点では、青溟剣の反動を完全に抑える方法は存在しないのだろう。
瞬光は最初から、どうにもならない事を知っていた。
「日を重ねる毎に何かを得て、そしてそれと同じくらいの何かを失う。けどそれって、ワタシだけじゃないと思うのよね。だってお兄ちゃんもタクミも、いつかは……死んじゃう」
「……だからと言って、顔も知らぬ誰かの為に、命を犠牲にするなど……」
「お兄ちゃんの言いたい事は分かるわ。ワタシの命だってそう安くはない。でも、それは他の人も同じ──『みんなはワタシで、ワタシはみんな』」
青溟剣の苦しみを知っているからこそ、他の人に同じ目に遭って欲しくない。
手放す事で降りかかる災厄を知っているからこそ、手放す事はしたくない。
彼女のその決断は、とうの昔に決まっていた。
「……誰かの為に、命を燃やせるような……ワタシは、そんな人になりたいの。お兄ちゃんからしたら、理解できないって思うかもしれないけど……」
「……瞬光」
一点の濁りも迷いもない、瞬光の瞳。
釈淵はそれを見て、何も言う事は出来なかった。
長い沈黙の後、彼はようやく口を開く。
「……確かに、理解はできない。君のように、衆生の苦しみを一身に背負う事など、出来はしない。けど、それが君の本当の望みだと言うのなら……僕は兄として、その選択を尊重しよう」
「お兄ちゃん……!」
「だが、諦める気はない。君が納得する形で、君を救う方法を見つけ出してみせる」
「……それなら、一つ約束して? ちゃんと、自分の事も幸せにするって。ワタシの決断も運命も……お兄ちゃんのせいじゃない。だからもう、ワタシの為に背負わなくていいの」
「……」
瞬光の言葉に、釈淵は肯定も否定も返す事はなかった。
ただその目に、複雑な心境と感情を込め彼女を見た後……黙って、部屋を後にした。
会話を見守っていたタクミに、瞬光は目を向ける。
「……ごめんね、タクミ。壮大な兄妹ケンカに付き合わせちゃって……」
そう言った後、瞬光は俯く。
その後何か決心をしたかのように、顔を上げた。
「……ねえ、タクミ。やっぱりワタシ達って……会った事、あるのよね。ものすごく昔に」
「!! 瞬姐さんは、覚えてるのか?」
「うん。あの時のタクミはリンと同じ紺色の髪で……適当観で再会した時、白くなってたから最初は分からなかったけど……アナタが昔入院してたって話を聞いて、確信したの」
「…………」
「……タクミは、覚えてる?」
「……実は最近、その時の夢を見たんだ。病室に、小さい瞬姐さんが入ってくる夢を」
十年以上前の話であるうえ、会った時間も短かったのでタクミは既に自分が覚えていないだけだと思っていた。
しかし、無意識にその日の記憶が、瞬光と出会った事で呼び起こされたのだ。
「……あの時、俺が差し入れで貰った金木犀のケーキを、瞬姐さんに食べさせたんだよな。やっぱり、ただの夢じゃなかったのか」
「……! うん、それでワタシ、金木犀のケーキが好きになったのよね! 思い出してくれたんだ……!」
「言われてやっと、って感じだけどな。瞬姐さんは覚えててくれたのに、俺は今の今まで忘れてたのか……」
「気にしないで、随分昔の話だし……それに、すぐ思い出してくれたじゃない。その日にタクミが言ってた事も、覚えてる?」
映画を観たあの日。
人と生きる事を選んだ怪獣に対し不思議に思った瞬光に、タクミはこう言った。
『それは怪獣さんが、そうしなきゃいけないって思ったからだよ。怖がられるかもしれなくても、勇気を出したから、怪獣さんは色んな人と仲良くなれた』
『僕も……怖い事をしなくちゃいけない時は、そうしたいって思ってる』
「……アナタが言ってくれたあの言葉があったから、ワタシは……こうして勇気を出して選択できたのかも。思えばワタシ、大事な事をアナタに二回も教えてもらったのね」
そしてもう一つ、瞬光は気づいたことがある。
以前までもう一人の瞬光の事は、最初は醜い部分だと一蹴し、必死に隠そうとしていた。
生に縋り、恐怖を叫ぶあの時のもう一人を……彼女は受け入れられないでいた。
「それも……アナタと会って、やっと気づいた。死にたくないって願う自分も、大切な自分の一部分なんだって。だからワタシは、
半ば責任に突き動かされていた時の自分も、守られていた時の優柔不断だった時の自分も、もういない。
青溟剣を受け入れ、剣主として世界を守り、世界と共に生きていく──彼女はそう決めた。
「そうしなきゃいけないからじゃない。ワタシがそうしたいから。それに……アナタの為に、何かしてあげたいから」
「…………」
「へ、変な事を言ったけど……でも、本気だから! ワタシにとって、タクミはそれくらい大切な存在なの!」
「分かってるよ。瞬姐さんがどんな決断をしても、俺は隣で瞬姐さんを信じる」
「……うん。アナタがそう言ってくれるだけで、なんだか力が湧いてきちゃう……不思議よね」
『大丈夫』で取り繕われた、作り笑いではない。
いつしか彼女は、心からの笑顔を作れるようになっていた。
「……さて! 朝ごはんにしましょ! 今日はワタシが作って──」
「瞬光! タクミ! いる!?」
「!」
勢いよくドアを開け、部屋に入って来たリン。
「リン? どうしたの?」
「緊急事態! ラマニアンホロウが──」
「急速に、拡大してる……!!」
───────────────────────
外へ出た瞬間、その異常事態を把握する事が出来た。
適当観だけではなく、澄輝坪全体に例の黒い花が咲いている。
それも、昨夜の時とは比べ物にならないほどの量だ。
広場へ出ると、雲嶽山を始め怪啖屋、オボルス小隊、そして黒枝の面々の姿があった。
そしてそれとは別に、見慣れた姿も。
「雅さん! それに乾さんまで……」
「来たな。ミアズマの異変……昨夜も同じ事があったって聞いたが、やっぱり一時的なもんだったみたいだな」
「私の無尾も先程から絶え間なく共鳴している……此度の戦いは恐らく、熾烈なものとなるだろう」
「お前の兄貴も言ってたが、エネルギー量もピークに達してるみたいだ。それこそ、ホロウが澄輝坪を呑み込みかねないくらいにな」
「…………」
乾の言葉を聞き、事の重大さを改めて認識した。
状況は一刻を争う。
放っておけば、旧都陥落並みの災厄が起きるだろう。
「俺と星見も解決に向かうつもりだ。……それと、あそこにいるTOPSの奴が、お前に渡したいもんがあるってよ」
「え?」
「行ってこい。多分、お前に必要なもんだろ」
乾が指差した方向には、ダイアリンの姿が。
タクミは笑顔で手を振っている彼女の元へ向かう。
「ダイアリンさん」
「いやあお待ちしておりましたよ、タクミくん! なんかまーたホロウがヤバい事になってるらしいですねえ」
「そうみたいっすね……それで、渡したいものって?」
「前に照ちゃん先輩からお聞きしたと思うんですけど、あんたにテスターをお願いしたいっていう『試作品』の開発が……ついにテスト可能な段階まで来たんです!」
「なるほど……その試作品ってのは?」
「ふふん、こちらの『試作品』はホロウの異変解決に一役買う事間違いなし! その名はずばり──」
「『ファイズドライバーNEXT』……ですっ!」