任務を終えた後、瞬光たちは澄輝坪へと戻って来た。
ホロウの拡張とミアズマの異変が止まった事により、赤かった町の空も元通りになっており、黒い花もすべて消えていた。
照はロープウェイから降りた後、両腕を腕を上に伸ばしリラックスをする。
「それじゃ、ここでお別れだねえ。ザオちゃんはそろそろ報告に戻らなきゃ」
「!」
「報告? なんのっすか」
「……あ~そっか。キミはあの時いなかったもんね」
照は自身が青溟剣を持ち帰る任務のために瞬光たちと接触していたことをタクミに明かす。
「……マジか。そうだったんすね」
「えっと……黒枝のボス?さんには失敗したって報告するの?」
「ウン。あ、無理に貸そうとしなくていいよお? たかだか保身のために他人の善意を利用するくらいなら、『常勝不敗』の肩書なんていらないからね。その相手がキミたちなら猶更」
「照ちゃん……」
「……コホン。ざ、ザオちゃんはもう行くから。それじゃ、またね」
タクミから返してもらったネクストファイズドライバーを両手で抱えながら、照はその場を後にする。
……途中振り返り、瞬光たちに手を振りながら帰っていった。
三人が手を振り返し見送ったタイミングで、リンのスマホから着信音が鳴った。
相手はアキラ。
『リン、もう澄輝坪に帰って来たかい?』
「うん、今着いたとこだよ」
『瞬光もいるかい?』
「ワタシならいるわよ。どうしたの、アキラ?」
『実は君たちに市長さんから話があるらしい。今から繋ぐよ』
「え!?」
市長と言う名前を聞いた途端、体が強張る瞬光。やましい事は何もないが、なぜか妙に緊張してしまう。
それから十秒も経たず、市長と電話が繋がった。
『急な連絡で済まない。要件についてだが、手短に話そう。まず、今回の件における三人の尽力に、感謝の意を示したい。君達がいたからこそ、迅速に事態を収束させる事が出来た』
「あ、ありがとう……ございます」
『緊張しなくてもいい、瞬光君。……いや、これからする話を聞いて、緊張するなと言うのは……いくら君でも酷な話か』
「え……? な、何が、でしょうか?」
『実はだね。今回の危機における君の活躍を鑑み──』
『新エリー都最高の栄誉である……"虚狩り"の称号を、君に授ける事にした』
「うっ──!?」
「「!!」」
リンとタクミが、同時に瞬光の方を向く。
瞬光本人は、市長からたった今言われた事を理解するのに時間がかかった。
「わ……ワタシが、ですか??」
『そうだ。どうか、受け取って欲しい』
「で、でも今回の件はワタシ一人の力じゃないですよ? 皆がいてくれたから……」
『無論、今回の作戦に参加した全員が何らかの形で相応しい賞賛と褒章、そして報酬が授けられる事になる。だがそれとは別に、君を虚狩りに任命しようと思い至った理由が、いくつかある』
一つ目は瞬光自身の実力。
青溟剣を携え、始まりの主を抑えた瞬光の実力は目を見張るものがある。
それこそ、『虚狩り』と肩を並べられるほどの力が、彼女にはあった。
二つ目は青溟剣の剣主であるという事。
望まずして青溟剣の剣主となり、その代償に苦しんできた瞬光。
市長は儀玄からその話を聞き、その苦しみを乗り越え民を救った彼女が『虚狩り』に相応しいと判断した。
「……以上の理由が、私が君に『虚狩り』の称号を与えたいと考えた理由だ。とは言え、最終的には君自身が決める事だ。焦らずにゆっくり決めて欲しい」
「わ、ワタシは……」
瞬光は不安そうな面持ちでタクミを見る。
「……市長さんの言う通りだ。ひとまず責任やら何やらは置いといて、瞬姐さん自身がどうしたいかだ。どっちを選んでも、誰も責めねーよ」
「…………」
瞬光はタクミの言葉を聞いた後、しばらく俯く。
やがて、決心したのか瞬光は顔を上げる。
そしてリンが持つスマホに向け、ハッキリと意思を伝える。
「ワタシは、青溟剣の力とワタシ自身の力で、これからもみんなを守りたい。だから『虚狩り』の称号……謹んで、お受けします」
「……!」
『……その言葉が聞けて、嬉しい限りだ。叙勲の式典については、責任を持って手配しよう。改めて、人類の未来の為に尽くしてくれた君たちに感謝を』
「……ありがとうございます!」
緊張半分、嬉しさ半分と言った感じで瞬光は返事をする。
市長との通話が終了した後も、瞬光は緊張でカチコチだった。
「タクミ、リン……ワタシ、虚狩りになっちゃった……ちゃんとできるかな……?」
「自信持ちなって瞬光! あんたなら絶対できるから!」
「ああ。今まで一緒に戦ってきた俺達が言うんだ。これ以上ない保証人だろ?」
「……! うん! この青溟剣の力も、これまで以上に皆の役に立てるって事よね……! ワタシ、頑張る!」
瞬光は力強く頷く。
彼女なら、きっと『虚狩り』の名に恥じない活躍をしてくれるだろう。
「それじゃ、そろそろ適当観に戻りましょ。皆も待ってるだろうし」
「そうだな。帰ったら今日は部屋でゆっくり──」
「──あ」
「? どうしたの、タクミ」
───────────────────────
適当観にて。
正門が開かれ、瞬光とリンが帰って来る。
「あ! お弟子ちゃん、瞬光ちゃん、お帰りなさいっ!」
「ただいま、福福先輩……ってあれ? オルペウス達もいたんだ?」
「ご、ご無沙汰しているであります……!」
適当観には福福の他に柚葉、オルペウスと鬼火がいた。
どうやら福福と一緒に瞬光達を待っていたようだった。
「お邪魔してま~す。二人ともお疲れ様!」
『まさか本当に始まりの主を鎮めてしまうとはな。さすがはあの宗主様が取った弟子という訳か』
「そ、そんな……アナタ達がいてくれたから成し遂げられたの。本当にありがとう」
『……フン』
「隊長、秒で絆されているであります……!」
『うるさいっ! それよりもだ』
鬼火が強引に話を切り替える。
『さっきタクミがここに帰って来たんだが……我々に気づきもせずに適当観の奥に走って行ってしまったぞ』
「タクミくんがあんなに急いでるの、初めて見たかもしれないです……何かあったんですか……?」
「……えっと、実はね」
とある要因で少年体型になってしまったタクミは、瞬光は五感を取り戻したタイミングで元の姿に戻った。
それを思い出したタクミは、瞬光たちにこう言い残し、一人で適当観まで急いで帰って行った。
───身長測ってくる
なぜか。
もしかしたら、元に戻った時身長が前より伸びているかもと思ったからだった。
『…………』
「そ、そうだったんですね……」
「んー……柚葉が見た限りだと、いつものタクミと変わんないと思うけどなあ」
「あはは……まあ、そこら辺は本人にしか分かんないんじゃない?」
タクミが再びここに戻って来た時、その顔に見えるのは歓喜か絶望か。
どちらでも面倒臭い事この上ないだろう。
「そ、そういえば瞬光ちゃん! 体の方は大丈夫ですか? 激しい戦いでしたし、青溟剣も使ったんですよね……?」
「ワタシなら大丈夫。完全にってわけではないけど、青溟剣もそれなりに使いこなせるようになったから。それより、皆に伝えておきたい事があるの」
「伝えておきたい事?」
「うん。後で師匠と市長さんにも、改めて話をするつもりなんだけど……」
瞬光はロックスプリングが話していた事をすべて話す。
『ファイズ』がかつて初代虚狩りだった事。
その変身者が、歴史の闇に葬り去られてしまった事。
『ファイズ』が扱っていたファイズドライバーが、虚狩る戎具の一つである事。
虚狩る戎具がなんなのかも含め、隠さずに全て彼女たちに話した。
「……ファイズのベルトが、青溟剣と同じ……虚狩る戎具……?」
「……瞬光ちゃん、リンちゃん。それ本当?」
「うん。多分ロックスプリングは、嘘をついてた訳じゃないと思うの。大昔にファイズを見たとも言ってたし……」
『……』
「と、という事は……で、でもその代償は、『今』はないんでありますよねっ?」
「多分。現に、今まで何度も変身してきたけど、タクミの体には何の異常もなかった。最も、見た限りでは……だけど」
タクミが隠しているのか、それとも本人ですら気づかないうちにその代償を受けていたのか。
ロックスプリングがいない今、情報は何もない。
バタフライオルフェノクなら何か知っている……かと思ったが、任務が終わったあと忽然と姿を消していた。
「……タクミくん……もし本当に……代償があったら……」
『フン、何を案じている。そのボンプが言っていた事が、誰かに吹き込まれた真っ赤な嘘と言う可能性もあるだろう』
「まあ確かに、ホントだって証拠はどこにもないよね。……ウソだって証拠も、どこにもないけど」
『……まあ、な』
ファイズドライバーがいつからあったのか、誰によって造られたのかすら分かっていない。
その事実が、ロックスプリングの言っていた事を『嘘』だと断言できなくしていた。
何も分からない
それが、瞬光たちに募る不安をより大きくしていた。
彼の言葉の、どこからが嘘で、どこからが本当か。
もし本当に代償があったら?
すでにその代償が、タクミの体を蝕んでいたとしたら?
……その代償で、明日にでもタクミが命を落とす事になるのだとしたら?
「……っ、タクミ……」
「…………」
極端な話だと頭の中から払いのけようとしても、その不安は押し寄せてくる。
辺りに、重苦しい空気が流れ始める。
「二センチ縮んだァ!!」
その空気は、いとも簡単に壊された。
「……!?!?」
適当観の奥から聞こえてきた、タクミの悲痛な声。
先ほどまで彼女たちが感じていた不安が、その一声でものの見事に消し飛ばされた。
「…………た、タクミくん……身長が……」
「……ぷっ、ふふふっ……!!」
ぽかんと口を開ける福福。
笑いをこらえ始める柚葉。
「ゆっ、柚葉……! 笑っては、ふっ、ダメでありますよ……! 本人はっ、ほ、本気なんですから……!」
「お、オルペウスだって、笑ってるじゃん……!」
『……なんなんだアイツは、本当に……』
「…………」
「…………」
リンと瞬光は目を丸くしたまま、顔を見合わせる。
「……ぷっ……!」
「あはは……!」
そして同時に、堪えきれずに笑い出した。
タクミ本人ももちろん、ファイズドライバーの事については聞いている。
だが今のタクミにとって目下重要なのは、代償ではなく身長だった。
本人がこの調子なのに、本人ではない自分たちが気にしすぎるのも、なんだか馬鹿らしいと思えてしまった。
「この調子なら……タクミも、大丈夫だよね。多分」
「うん。ワタシたちにタクミがいるみたいに、タクミにもワタシたちがいる。だからこの先何があっても、大丈夫」
「タクミ! どうしたんだ、大声出して!」
「兄ちゃん! チクショウ兄ちゃん! チクショウ!!」
「落ち着いてくれ! というかその"チクショウ"って僕に向けての言葉じゃないだろうね!?」
───────────────────────
やがて時は過ぎ、瞬光が虚狩りに任命される叙勲式の日。
メイフラワー市長本人から、直々に称号を受け取った瞬光は演台に立ちスピーチをする。
大勢が集まる中、タクミ達も後ろから彼女の姿を見ていた。
以前まで責任と使命感に突き動かされるがままに、剣を振るっていた瞬光。
大切な何かを失い続ける日々に絶望し、一人で泣いた夜もあった。
だが多くの人たちとの出会いや、自分自身と向き合う機会を経て、彼女は『進み続ける強さ』を知り、得る事が出来た。
これからも彼女は新エリー都のために、恐れることなく剣を振るう事を選ぶ。
だがそれは英雄としてではない。
この世界で進み続ける無数の灯火のうちの一つとして、彼女は戦い続ける。
『──今この瞬間から、ワタシはこの世界で生きる皆の為に……すべてを捧げる覚悟です。"虚狩り"の称号を拝命する事を、ここに誓います!』
そんな彼女の勇気と決意は、まさしく『虚狩り』に相応しいものだった。
そして叙勲式から、さらに数日が経った後。
いよいよ瞬光の虚狩りとしての初任務の日がやって来た。
自身の部屋で支度を進める瞬光。
「瞬姐さん。入っていいか?」
「あ、うん! どうぞ!」
瞬光の部屋にタクミが入ってくる。
「忘れものはないか……って何見てんだ?」
「写真を見てたの。アナタや皆と過ごした日の思い出、気づいたらこんなにたくさん……ほら、アナタが撮って送ってくれた写真もあるわよ!」
タクミやリンが撮った写真や、瞬光自身が撮った写真がアルバムに貼り付けられてある。
数日前の叙勲式で撮った集合写真も飾ってある。
「……なんか俺だけの写真もないかこのアルバム」
「うん。これハムスターで、これ猫!」
「おいやめろ! 動物の名前で呼ぶな! つかいつの間に撮ったんだ!」
だが、この瞬間の一つ一つも、瞬光にとってはかけがえのない思い出。
瞬光はアルバムを閉じ、大事そうに抱きしめる。
「例え忘れちゃったとしても……皆と過ごした過去は消えない。どんな未来が待ってても、アナタがいてくれるから、怖くない」
「瞬姐さん……」
「これからワタシは、虚狩りとして……大好きなこの町を守っていく。ワタシ、きっとやり遂げてみせるわ!」
彼女はそう言った後、タクミの方を向く。
「……ねえ、タクミ。一つ、お願いがあるの。いい?」
「なんだ? せっかくだ、何でも言ってくれ」
「えっとね……その」
「交換……して欲しいの。アナタのヘアゴムと、ワタシの……髪飾り」
「……え?」
消え入りそうな声で瞬光はそう言った。
何を言われるかと思ったが、謎の提案に面食らうタクミ。
「ヘアゴム……ヘアゴムが欲しいのか? 使ってないやつがあるから、それでも──」
「ち、違うの……ワタシは、アナタが着けてるものが欲しくて……!!」
「……俺の?」
「なんて言うか……虚狩りの初任務だから、ワタシ一人だと、幾分か不安で……ただ、アナタが近くにいれば凄く勇気が出て……だからその……アナタだって思えるものを……」
「……??」
「だ、だから! 要するに、ワタシの髪飾りと交換したいの! ほら、そうすれば、お互いが近くにいるって感じするじゃない!?」
自身が言ってる事が中々にアレだと今になって自覚したのか、瞬光の顔はみるみる赤くなっていく。
一方タクミは、彼女の意図がいまいち理解できないでいたが、とりあえずヘアゴムが欲しい事は分かったので、今着けているヘアゴムを外す。
このヘアゴムは、リンからもらった古いヘアゴムがちぎれた後、自分で買ったもの。
「え!? い……いいの?」
「いいの?って……瞬姐さんが欲しいって言ったんだろ? ほら」
「う、うん……」
瞬光はおずおずとタクミからヘアゴムを受け取る。
「……えへへ」
余程嬉しかったのか、瞬光の口角が上がりまくっている。
ヘアゴムを大事そうに握りしめる彼女。
「あ、ありがと……じゃあ、ワタシからも……」
瞬光は髪のこめかみ部分につけている花の形をした髪飾りを片方、タクミに手渡す。
試しに付けてみるが……似合っているかは分からない。
分からないが、目の前の満面の笑みの姉弟子を見るに大丈夫なのかもしれない。
「ワタシだと思って……大事にしてね?」
「あ、ああ。ありがとう」
彼女の笑顔に、どう反応していいか分からなかったが……これから虚狩りとして戦う彼女の力になれると言うのなら、それでいいのだろう。
「じゃあ支度も終わったし、そろそろ行かなきゃ。皆にも、挨拶しておかないといけないわね」
「瞬姐さん、頑張れよ。きっと大変だろうけど……適当観では俺達が待ってる。だから、安心してくれ」
「うん……! ねえタクミ、最後に……良い?」
「良いって何が……うわっ!?」
何をするつもりかと問う暇もなく、瞬光はタクミに抱き着く。
そのまま胸元に顔をうずめ、動かなくなった。
「……瞬姐さん。これは」
「栄養補給……」
「だからその栄養補給ってなんなんだよ」
「…………」
瞬光は問いに答える事もなく、時間ぎりぎりまでタクミのもとを離れることはなかった。
六章も完結です!
次回から番外編です!