Which is better ①
「…………」
目を開ける。
始まりの主関連のゴタゴタも無事収束し、タクミは再びいつもと変わらない日常を送り始める事になった。
「……」
「…………ん?」
本当なら、そのはずだった。
開いた目がさらに大きく開かれる。
知らない天井。
本当に知らない天井だった。
というか。
知らない部屋だった。
「は……?」
何か異常が起こっている。
適当観でもRandom Playでもないどこかの部屋のベッドから起き上がり、タクミは辺りを見回す。
病院ではない。
明らかに、誰かが住んでいるマンションの一室だった。
「…………」
近くのクッションの上で、一匹の猫がすやすやと寝ている。
ふと、タクミは自身の体に目をやる。
血色の悪い、細いながらもがっちりとした腕。
来ている服も、道着ではなく白いTシャツだった。
「……ここ、は」
そしてここでようやく気づく。
自身の声が、いつもとまるっきり違う事を。
冷や汗がぶわりと浮かんだタクミは部屋中を歩き回り、どこにあるかも分からない洗面所を探し、鏡で自分の姿を目にする。
「……!!!」
ダークブルーの短髪。
金色の瞳。
そして『美青年』と呼ぶべき端正な顔立ち。
鏡で見たその姿は、自分のものではない。
だが、彼にとっては見覚えのある、馴染み深い姿をしていた。
タクミは洗面器に水をため、両手ですくい上げ……思い切り顔にぶっかける。
そして再び鏡を見るが、何も変わっていない。
「……夢じゃない」
そしてこの展開。
ひどくデジャヴを感じる。
時刻は午前六時半。部屋に戻り、冷静に考えをまとめようとする。
その時だった。
「!」
ベッドの近くに置かれたスマホから振動音と共に着信音が鳴る。
慌ててスマホを取り、通話開始ボタンを押す。
「もしもし!」
『…………えーと、タクミだよね?』
電話をかけてきた人物は、開口気まずそうにそう言う。
タクミは、その人物の名前を呼ぶ。
「……悠真。お前……」
『……自分の声で自分の名前を呼ばれるって、なかなかレアな体験だよね』
電話越しに聞こえるのは、タクミの声。
だが、その話し方は……まさしくこの体の持ち主──悠真のそれだった。
以前、かなり前の話だが、タクミはアンビーと入れ替わってしまった事がある。
その原因は、襲った対象とランダムで選ばれる関係のない人物の意識を入れ替えてしまう危険なエーテリアス──『スウェルドナ』。
アンビーが邪兎屋の任務での最中、スウェルドナの奇襲に遭った事が原因で入れ替わってしまったのだ。
その時はスウェルドナを倒した事で無事に元に戻った。
そして今日、朝起きたらタクミは悠真と見事に入れ替わっていた。
つまり。
「──スウェルドナに奇襲を受けた?」
『そーゆ―事だね』
どうやら悠真は共生ホロウでの救助活動の際、突如現れたスウェルドナから攻撃を受けてしまったらしい。
そしてアンビーの例に漏れず、ランダムな相手と意識が入れ替わる事になったのだが……
その相手がよりにもよって、またしてもタクミだったのである。
ただでさえ遭遇確率が低いエーテリアスが、何十万人といる新エリー都の人間の中から入れ替える相手をタクミにしてしまった。二回も。
その確率、タクミの運の悪さは天文学的なものとなっている。
『いくら激レアエーテリアスとはいえ……ちょっと僕の認識が甘かったな。あの時は何も異常はなかったから急襲を免れたって思ったけど……バッチリ攻撃受けてたね』
(……そういえばアンビーの時も、すぐに入れ替わった訳じゃなかったな)
激レアのうえ、被害に遭った前例が片手で数えるほどしかないため、スウェルドナの詳細の全貌はいまだ明らかになっていない。
攻撃自体に痛みはなく、そのうえ遅効性のため、『攻撃を受けていない』と誤認させるのがスウェルドナが危険たる所以なのだろう。
『ま、そのスウェルドナを倒せば元に戻れるって分かってるのが幸いかな』
「そうだな。早いとこ共生ホロウに行って、ソイツを倒さなきゃならない。とりあえず俺は柳さん達にこの事を言っとくから、悠真は姉ちゃん達に──」
『……いや、ちょっと待ってタクミ』
「?」
『しばらくさ……このままでもいいかな?』
「……は!?」
悠真の口から出たのは、衝撃の提案。
『ホワイトスター学会が明らかにした研究成果によれば、スウェルドナはただ対象を入れ替えるだけで、それ以外何かしてくる訳じゃないんだ』
スウェルドナを倒すまで元に戻る事はできないが、だからと言って入れ替わっている途中、何か侵蝕症状があるわけではない。
つまり極論、入れ替わったままでも普通に生活を送る事が出来る。
『馬鹿な提案だってのは分かってるよ? ただ、こんな機会滅多にないからさ……数日くらいはこのままでもいいって思ってるんだよね』
「お前それ仕事サボりたいだけだろ」
『いやいや、そんな事ないって。ここだけの話、憧れてたんだよね……適当観での生活。君も僕がやってる仕事、興味がないわけじゃないでしょ?』
「そうは言うけどな、俺お前がやってるデスクワークとか知らないぞ。ホロウでの任務ならともかく」
『大丈夫だって。僕パソコンの画面を一分以上注視した事ないから。なんなら今日行かなくてもいいよ』
「お前ってよく減給処分とか受けないよな」
悠真はいかにスマートにサボれるか、その最適化がすでに完成されている。
というかタクミの方も別に四六時中ゴロゴロしているわけではないのだが、悠真はそれでもいいのだろうか。
『副課長や皆には内緒で! 良いでしょ?』
「待てよ、それじゃこれからお互いのふりをするって事か?」
『そうそう。って言っても、僕の話し方を真似しとけば怪しまれないと思うから。こっちもこっちで、うまくやっとくよ』
「本当に大丈夫かよ……」
まあバレたところで怒られるのは悠真だけなので大丈夫だろう。
それに先程悠真が言ったように、確かにホロウ六課での仕事には興味がないわけではない。
『よし、じゃあ打ち合わせだね。お互い、親しい人間に対してなんて名前で呼ぶのか、どんな話し方をするのか。その認識のすり合わせはしとかないと』
「そういうとこはしっかりしてるよな……」
二人はその後五分間ほど打ち合わせを行う。
一応数日経ったら、共生ホロウに行ってスウェルドナを倒し、元に戻る算段で行く。
『──あ、それと猫の餌やりと、薬を飲むのも忘れずにね。タクミ、今具合はどんな?』
「今は……なんともないな。そっちはどうだ?」
『滅茶苦茶気力に満ち溢れてるよ。今ジャンプしたら、部屋の天井突き破りそうなくらい』
本当に突き破ってしまえるので、悠真には十分注意してもらいたい。
『それじゃ、今日の夕方くらいにまた連絡するよ。ただ、もし体がヤバい時はすぐ連絡してよ。じゃあまた』
そう言うと、タクミ(悠真)は通話を切った。
悠真(タクミ)はスマホを置き、天井を見上げ溜息を吐く。
「……ひとまず、支度するか。家を出る時間までは……あと三十分くらいか」
「にゃあ~」
「おっと……おはよう。今ご飯用意するからな」
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朝食等を済ませ、六課の制服に着替えた悠真(タクミ)(以下省略)は出社のため家を出た。
スマホのマップとからタクミ(悠真)(以下省略)教えてもらった通勤路を照らし合わせながら、進んでいく。
その道中。
「ねえ、アレって……」
「え、嘘、マサマサ!? 出社途中のマサマサ!? えっこれ激レアじゃね!?」
「…………」
同じく出社途中のOLや女子高生たちからの視線を集めながら、悠真は気まずい思いをする。
(分かってたけど……すげえモテるな、悠真って。俺とは大違いだ)
状況が状況なだけに、注目されるのはなるべく避けたい。
H.A.N.D本部に向かって、早足で歩いていく。
その時だった。
「あれ……浅羽先輩?」
「!!」
聞き慣れた声が後ろから聞こえる。
振り返ると、やはりいた。
「……セス、くん」
「おはようございます、浅羽先輩」
セスが不思議そうな顔をしてこちらに向かってくる。
(落ち着け……話し方だけ気を付けて、いつも通りに……!)
平静を装い、怪しまれないようにする。
というかもう既に怪しまれている気がするのは気のせいだろうか。
「珍しいですね……こんな朝早くに会うなんて」
「そ、そうかな? この時間帯なら皆出社途中だし、普通だと思うけどな」
「え? オレ、浅羽先輩が出社するのいつも十時半くらいだって聞いた覚えがあるんですけど」
「!?!?」
まさか、この時間帯に出社する事、それ自体がいつもの彼から逸脱していたという事なのだろうか。
……いや、恐らく冗談で言った事なのかもしれない。
「……やだなあセスくん、あの時言ってたのは冗談だよ。俺……じゃなくて僕は、勤勉かつ模範的な執行官だからさ。ちゃんと毎日この時間に出社してるよ」
「そうなんですか? でも確かに、規定の出社時間から三、四時間も遅れて出社するのは、いくら浅羽先輩でもないですよね」
「ないない、ははは」
本当にないと信じたい。
「じゃあ、オレ行きますね。今日も一日頑張りましょう!」
「ああ、うん。じゃあね」
セスは手を振り、その場を後にする。
(よし……なんとか乗り切った。問題は出社後なんだけどな……)
多少の罪悪感と安堵感を覚えながら、悠真は目的地へと引き続き足を進めた。