悠真(外見タクミ)はベッドに寝転がりながら、部屋の天井を見つめる。
「…………」
そりゃあ、タクミ(外見悠真)の言っていた事は間違いではない。
確かに入れ替わったのをいいことにサボりたいという気持ちはあった。
適当観では腰の痛くなるデスクワークも存在しない。
それに。
(……タクミ、怪我してるな)
恐らくつい数日前に衛非地区で起きた始まりの主に関する異変。
その時に負った怪我が、まだ治っていないのだろう。
処置はしてあるため、病院には行ったらしい。
怪我はほぼ完治しているが……
(……今日は一日中ゴロゴロしても許されるかな……? なんてね)
一日中とまではいかなくとも、しばらく安静の為に惰眠を貪っても誰も責めないだろう。
我ながらずる賢い人間だと自嘲しながら、悠真は二度寝のため瞼を閉じる。
「…………」
眠れない。
十数分瞼を閉じても、眠る事が出来なかった。
それもそうだろう。
一度起きたために、脳はすでに覚醒しており。
いつもとは雰囲気も何もかも違う部屋にいる。
さらに、元の体と違ってタクミの体はエネルギーが有り余っている。
まさに健康体そのもの。
眠れないのも無理はなかった。
(今日は二度寝しようと思ってたけど……さすがに体動かさないと、なんか気持ち悪いな。あそうだ、ビデオ屋の手伝いでもしようかな)
リンからの話によれば、ビデオ屋はここ澄輝坪でも営業していると聞いた。
六課での仕事程過酷でもないため、これくらいなら気楽にやれるだろう。
そう思って部屋を出ようとした、その時。
「あ、タクミ! 起きてたのね、おはよう」
(おっと……この子は確か……)
悠真は以前叙勲式の生中継をテレビで見たことがあるため、彼女の事は知っていた。
虚狩りなりたてほやほやの瞬光が、タクミの部屋に入って来た。
「えーと……おはよう瞬姐さん」
「…………」
「? どうしたんだ?」
「……アナタ、本当にタクミ?」
「!?!?」
いきなり大ピンチに陥る悠真。
ボロは出したつもりはないのに、なぜか一目で怪しまれている。
「んー……なんか雰囲気が、いつものタクミのとは違うような……」
「な、何言ってんだよいきなり。俺はいつも通りだぞ?」
「…………」
瞬光はタクミの体に顔を近づける。
「……確かに、匂いはいつものタクミね」
(ちょっと待って匂いで判別してんのこの子)
「いきなりごめんね、疑って。ちょっと違和感を感じたから、警戒しちゃった」
「あー、はは……」
大丈夫だろうと高を括っていた悠真だったが、ここに来て不安が募る。
果たして隠し通せるだろうか。
「そういえば、なんか支度してたけど……どこか行くつもりなの?」
「あーその……今日はビデオ屋の手伝いをしようと思って。仕入れとかな」
「! ダメよ!」
「え?」
瞬光にベッドに押し戻される。
「まだ怪我は治ってないでしょ? お医者さんからも安静にしてくださいって言われたんだから、完治するまでは大人しくしなきゃ!」
「……でももう痛みは感じないぞ。傷だってもうほぼ……」
「だーめ! 悪化したらどうするのよ! 良いから大人しくしてて? お散歩くらいならいいけど、その時はちゃんとワタシに言う事! いい?」
「……はい」
「よろしい! あ、そう言えば朝ごはん出来たから、持ってきてあげるわね!」
「…………」
「困ったことがあったらなんでも言って! だってアナタはワタシの大事な弟弟子だもん。ね?」
瞬光はそう言うと扉を開け、部屋を出る。
悠真はそのまま、ベッドに座り込む。
叙勲式後のインタビューでは、瞬光はしきりに弟弟子の話をしていた記憶がある。
故に、瞬光とタクミは特段仲がいいのだろうと軽く考えていたが……
(……さすがに、愛が重すぎないかなぁ……)
タクミの行く末が心配になった悠真だった。
───────────────────────
一方その頃。
無事にH.A.N.D本部に到着したタクミは、迷いそうになりながらも六課のオフィスに来る事が出来た。
タイムカードを切り、打刻する。
(……誰も来てないな。早く来すぎたか?)
タクミは悠真が普段座っている席へと座る。
その直後だった。
「……あれ? ハルマサ?」
「!」
聞き慣れた声がしたので、振り返る。
柳と、あんぱんを食べている蒼角がいた。
「おはようございます、副課長。蒼角ちゃんも、おはよう」
「…………」
「……浅羽隊員。本当に貴方なんですか?」
なぜ『生きていたのか』みたいなリアクションをされるのだろう。
まさか三、四時間遅れて出社しているというセスの証言は本当なのか。
「……まさかそんな。貴方が、私と蒼角より早く出社するなんて……」
このリアクションを見るに、本当なのかもしれない。
敢えて時間を遅らせるべきだったとタクミは今更ながら後悔した。
そんなタクミの元に、柳は駆け寄り額に手を当てる。
「……熱はないようですね。もし具合が悪いようなら言ってください、早退届を用意しますので」
「さっき出社したばっかなのに!?」
余程緊急事態と受け取られているのだろう。
「ハルマサ、具合悪いの?」
「だ、大丈夫だって! 今日の僕はただ、いつになく絶好調ってだけだから! 久しぶりに仕事のモチベーションが上がってるな~、なんて……!」
「モチベーション……? 浅羽隊員に限って、そんな……」
(どんだけ信用ねえんだよ!)
普段通りの悠真がどれほどの頻度でサボっているのか、タクミはいまいち把握できてなかった。
まさか普通に出社するだけで不自然に思われるとは思わなかった。
「と、とにかく本当に、大丈夫ですから! 僕にだってそういう日はありますから!」
「……そうですか、分かりました。本音を言えば、毎日『そういう日』にして欲しいものですが」
ごもっともである。
二人からの追及は免れたものの、まだこちらを見る目は怪訝さが残っている。
(悠真……お前、普段どんな……)
今の体の状態も相まって、まだ朝なのに疲れた。
タクミは溜息をつき、席に着いた。
朝礼後。
タクミは席に座り、パソコンの画面を見つめながらマウスを動かす。
ちなみに雅はまだ来ていない。
(悠真がやってる業務のマニュアルは……しまった、マニュアルの場所も聞いとけばよかったな……)
一応彼から普段やっているデスクワークでの業務は教えてもらっている。
しかし当然ながら、やり方はマニュアルを見ないと分からない。
いつもの悠真ならそもそもこのような事は滅多にしないのだろうが……
(柳さんの事考えたら……今日ぐらいは俺がやらないとな。悠真の代わりに)
そう思いながら、タクミはPC内のファイルからマニュアルの格納場所を探す。
「……浅羽隊員」
「! な、なんですか副課長」
「本当に、大丈夫ですか? 無理はしなくともいいんですよ?」
「えっ……や、やめてくださいよ副課長~! 今日の僕は健康体かつやる気モードなので、安心してくださいって!」
「ですが……いつもの浅羽隊員なら、勤務開始から数分経ったら休憩しているはずです」
それはもう何をしにここに来ているのか分からなくなってくる。
ホロウでの任務はともかく、オフィスでの業務はほぼやっていないようだ。
これ以上怪しまれたらマズい。
タクミは席を立つ。
「そ、そう言われたらなんか休憩したくなったな! すいません副課長、五分休憩頂きますね!」
「たったの五分だけ……? いつもの浅羽隊員なら、最低でも一時間程は──」
「一時間休憩頂きまーす!!」
タクミは逃げるようにオフィスを後にした。
「…………」
───────────────────────
H.A.N.Dビル内某所。
タクミは一人、コーヒーを飲んで脳内一人作戦会議を開く。
(落ち着け……落ち着いて悠真のマネに徹するんだ。じゃないとすぐにバレる……!)
向こうは上手くやれているのだろうか。
確認のため、一度悠真に連絡を取った方がいいかもしれない。
そんな時。
「悠真」
「!」
振り返ると、雅がいつの間にか近くにいた。
「か、課長……おはようございます」
「今日は早いな」
「ええ、まあ……こういう日があってもいいかなって」
「そうか」
「そう言えば課長、今来たんですか? 随分遅かったですね」
「ああ。ここへ向かう途中、小雨が降りだしてな。これを機に、『雨を避けながら出社する修行』に徹していたら、遅れてしまった」
雅は今日も通常運転のようだ。
「それよりも悠真。何か心配事でもあるのか」
「え!? な、何の話ですかね」
「珍しく表情に出ていた。『ぽーかーふぇいす』のお前がそのように不安を表に出すとは、さぞ大事に違いない」
言えない。
本人と入れ替わったので物真似に苦心していますとは言えない。
雅になんと説明しようかと悩んでいると。
『各員に通達! クリティホロウに、高危険度エーテリアスが出現! エーテル活性上昇中!』
「!!」