六分街に再び戻って来たタクミは、トワと共にビデオ屋の店番をしていた。
「…………」
「……ンナ?(タクミ、どうしたんですか?)」
「あ、いや……なんでもない」
その間、タクミはとあることで悩んでいた。
手に持った『チケット』を見つめながら、溜息を吐く。
(妄想エンジェルのライブ……どうすっかなあ)
以前の事。
タクミはひょんなことから、妄想エンジェルのメンバーであるアリア、羽、千夏と知り合い……彼女たちの初公演のライブのチケットを受け取る事になった。
受け取ったのなら、行けばいいのではと思うだろう。
そうできない理由があった。
と言うのも、彼女たちに会った時のタクミは、『とある要因』で十歳ほどの子供の姿となってしまっていた。
今は無事に元の姿に戻ったわけだが、彼女たちはそれを知らない。
と言うか、知られてはならない。
彼女たちはアイドルとは言え一般人であり、対してタクミはファイズとしてアウトローに片足を突っ込んでいる身分だ。
再び彼女たちに会った時、『あの時の姿は訳あって小さくなってました』と説明してみるとする。
明らかに『何者なのか』と思われるだろう。
それはいずれタクミがファイズないしオルフェノクだとバレる事、そしてリン達がパエトーンである事がバレる事につながる。
今や市長公認の存在となってしまったパエトーンだが、それでも一般人からしたら謎の伝説プロキシである事に変わりはない。
「…………」
何か理由を付けて、ライブに行けなくなったと彼女たちに伝えるという手もある。
しかし。
『タクミくん!』
『妄想エンジェルの初公演がある"黄金の日"まで、あともう少しだよ!』
『まだ当日じゃないのに、私はもう緊張でショートしそう!』
『あ』
『ショートしそうじゃなk』
『sじょうsp』
『(送信が取り消されました)』
『焦燥しそう!!』
『焦燥しそうって加工としたの!』
『えっと……』
『つまり、絶対最高のステージにするから!』
「…………」
画面に映っているのは、アリアからのDMである。
このメッセージを見て、『行けなくなった』とはとても言えない。
そもそもタクミ自身、こういうライブは初めてなので行ってみたいと思っている。
それに誤変換しまくるほど、彼女もライブを心待ちにしていたようだ。
(けど、このまま行っても……どうすれば……)
アリアたちが想像している『タクミ』は、今はいない。
狙って小さくなる事が出来るのなら万々歳だが……現時点でそんな能力はない。
侵蝕症状で某名探偵のように体が縮んでしまったと言おうともしたが……そんな事例は聞いたことがない。
(……仕方ない。あんまりこういう事はしたくなかったけど……)
タクミはスマホをタップし、メッセージを入力する。
『アリアさん』
『その日のライブ、もしかしたら行けないかもしれない。急用が入ってしまって』
『え!?』
『ほ、本当?』
数秒も経たずに返事が返ってきた。
『本当にごめん』
『だから代わりに、俺の友達がライブに行く』
『そうなんだ……』
メッセージ越しでも、明らかな落胆が伝わってくる。
『でも、急用があるなら仕方ないよね! 黄金の日だもん』
『それに現地に行けなくても、公式チャンネルで生配信されると思うから! その時に見てくれたら嬉しいな!』
『もちろん。配信はしっかり見させてもらう』
『ありがとう! タクミくんはもう、立派なモーソー族の一人だからね!』
「……はあ」
心が痛い。
こういうウソはなるべくつきたくなかったのだが……こちらにも事情があるため、仕方がない。
「ンナ、ンナ?(タクミ、大丈夫ですか……?)」
「ああ、俺は大丈夫だ……ありがとう」
トワをなでながら、タクミは次の課題について考えていた。
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トワに少しの間店番を任せ、買い出しに出かけたタクミ。
歩きながら、タクミは再び悩み始める。
DMではああ言ったが、少なくともライブにはちゃんと行くつもりだ。
ただしタクミとしてではなく、タクミの友達として。
(でもこのまま行ったら……俺がタクミだってすぐバレるよな)
背丈や年齢こそ変わってはいたが、顔や姿はどちらもタクミだ。
それも兄弟でも説明がつかないほど。
そのまま会ったら誤魔化しようもなく、皆同一人物だと思うだろう。
『あれっタクミ、だよね!? なんか、凄く大きくなってない!?』
きっとこう言われる。
成長期です、などとふざけて誤魔化せたらどれ程良かっただろう。
とにかくタクミである事がバレないよう、顔を隠す必要がある。
(ビリーから貰ったスタナイのお面をつけてライブに行くか……? いやダメだ不審者だろ、一発追放される)
ライブ中、観客の中に溶け込んでも違和感のないお面が必要だ。
だが、そんな都合のいいものがあるのだろうか。
考えにふけながら、ひたすら歩いていると。
「ンナ~!」
「ンナ、ンナア~!」
「?」
前方にある橋のそばでボンプたちが数匹、下に流れている川を見て声を上げていた。
「ンナ~!(リーダー~!!)」
「ンナナ~!(リーダーああ~!)」
「なあ、どうしたんだ?」
「ンナ、ワッタンナ!!(あっ人間さん! 助けてください、リーダーが!)」
青い帽子、ピンク色のハッピを着たボンプがタクミに助けを求める。
下を覗いてみると。
「あっ……!!」
彼らと同じ格好をしたボンプが、力なくぷかり浮かび川に流されている光景があった。
タクミはバッグを放り捨て、そのまま川へと飛び込んだ。
そして救出。
幸い、ボンプの命に別状はなかったが……
「ンナ、ンナンナ……!(リーダー、動いてません……!)」
「落ち着け……今直してやっから!」
川に落ちた際、着水の衝撃で回路に異常が起きてしまったのだろう。
びしょ濡れになったタクミは手だけをタオルで拭き、手早く回路を直していく。
そして数分後。
「……ンナ……?(ここは……?)」
「ワタワタンナ!(リーダー! 目を覚ました、やったー!)」
リーダーと呼ばれているボンプは、仲間のボンプに囲まれながらタクミの方を向く。
「ンナ、ンナ……!(君が助けてくれたのか……? ありがとう!)」
「体は大丈夫か?」
「ンナ! ンナナ……(おかげさまで! いやあ面目ない、うっかり足を滑らせて、土手の坂道をゴロゴロと……そのまま川に落ちてしまった)」
小さな両手が、タクミの片手をぎゅっと握る。
「ンナンナ!(僕はコサン! 君にお礼がしたい!)」
「お礼?」
「ンナ……ワタンナ?(そうだな……君は、妄想エンジェルというアイドルグループは知っているか?)」
「! 知ってる」
「ンナナ、ンナ!(おお、それなら話が早い! 単刀直入に言うが、ファンクラブに入ってみる気はないか?)」
「ファンクラブ?」
「ンナ!(そう! 僕達モーソー族は、ファンクラブを設立し、妄想エンジェルのために日々応援や宣伝活動をしているんだ)」
まだメジャーデビューをしていない妄想エンジェル。
その知名度は、まだ微々たるものだろう。
そんな彼女たちの名を新エリー都中に知らしめるため、日々『布教』を欠かさないようにしていると言う。
「ンナ、ンナナ?(僕たちと一緒に、妄想エンジェルを応援しよう! 君には間違いなく、その素質がある!)」
「ファンクラブか……でもそれって、ボンプのファンクラブだろ?」
「ンナナ! ンナ!(君は特別だ! 加入してくれた暁には、妄想エンジェル公認の限定グッズもプレゼントしよう! 例えば……)」
コサンはスマホを取り出し、画像を見せる。
人間サイズの妄想エンジェルの応援服。
メンバーのイメージカラーのペンライトなど。
さまざまな限定グッズがある中、タクミはとあるものが目に入った。
「……なあ、このお面って」
「ンナ? ンナナ!(これか? これはちなっちゃんが飼っているデジタルペット、バブルちゃんのお面だ!)」
「…………!!」
タクミはそのお面の画像をしばらく見つめていた。
(…………これだ!)
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ビデオ屋の扉が開く。
「ンナナ! ンナ(あっ、お帰りなさいタクミ! 遅かったで──)」
「ただいま」
「……!?」
帰ってきたタクミの姿を見て、トワは言葉を失った。
それもそうだろう。
なぜか全身びしょ濡れで。
しかも謎のピンク色の猫のお面をかぶり、その場に立ち尽くしていたのだから。
そりゃビビるだろう。