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「ねえお願いよタクミ! 今回まで! 今回までだから!」
「はあ?」
「…………」
Random Playにて。
邪兎屋のニコが店番をしていたタクミに『レンタル料金をツケて欲しい』とせがんでいる光景。
それを、同じく店に来ていたパイパーは目撃していた。
「こんな事頼めるの、あんたしかいないんだから!」
「こんな事ってお前、その『こんな事』をいつも兄ちゃんと姉ちゃんに言ってるじゃねえか」
「あの二人は……聞いてくれないのよ。でもあんたならきっと分かってくれるわよね? お礼もするから、いいでしょ?」
そう言うとニコは体を密着させるほどに近づけ、タクミに頼み込む。
(おお……大胆だなぁニコのやつ)
傍から見ていたパイパーは他人事のようにそんな事を思った。
ニコが本当に『そのつもり』なのかは定かではない。
だがどちらにしても大抵の男性は、彼女のそのプロポーションに鼻の下を伸ばし了承してしまうだろう。
別にお礼に何をするかは言っていないのに、相手は折れてしまう。
パイパーはニコの事を知っているため、それが『彼女のやり口』だと理解している。
だが、タクミ相手ではどうだろうか。
「……お前な。兄ちゃんと姉ちゃんがダメだからって、俺なら丸め込めると思うな」
鼻の下を伸ばすとか、そんな気配など一ミリもなく、ただニコに冷ややかな視線を向ける。
「だいたいお前これ何回目だよ。ちょっとずつでも良いから返せばいいじゃねえか」
「そ、それが出来たら苦労しないわよ! あたしだって帳簿とにらめっこしながら切りに切り詰めてるのよ……!? 生活費とか、アンビー達の給料とか……!」
「おいウソ泣きしながらレンタル無料券出してくんな! それ半年前に期限切れしたやつだろ! 捨てろ!」
「本当に今回までだから! 今度ドでかい稼ぎ持って来て清算するから!」
「それなんか前に聞いた事あるぞ!」
態度は終始変わることなく、タクミはニコの頼みを突っぱねた。
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別の日。
日が落ちかけていたブレイズウッドに、タクミとリンが遊びに来た。
「たーーーっ、くーーーん♪」
「ぐああああああああ」
タクミの背後からテンション爆上げのバーニスが後ろから猛ダッシュで抱き着いてきた。
「ねえ聞いてよ! ついこないだ、ニトロフューエルの新フレーバー、開発しちゃったんだあ~! もちろんたっくんも飲むよね!?」
「飲む! 飲むよ! 飲むから一回離し痛い痛い痛い痛い」
「お、おいバーニス! タクミ苦しがってんだろ!」
バーニスはただタクミに抱き着いているだけだが、第三者から見たらヘッドロックをかけているようにしか見えない。
シーザーがバーニスからタクミを引き剥がそうとしている光景を、パイパーはニトロフューエルを飲みながらぼんやりと眺めていた。
(……両手に花ってやつだなぁこりゃ)
カリュドーンの子の中でも、スタイル抜群の二人。
そんな彼女たちに挟まれ、タクミはどんな反応を見せるのか。
「…………」
顔は赤く……なっていない。
むしろ青くなっている。
そろそろ解放しないとマズいかもしれない。
「バーニス~、その辺にしてやれ~」
「あっ! ごめんねたっくん!」
「ゲホッ……助かっ──いやなんでまだヘッドロックの姿勢なんだ」
「ニトロフューエル治安官バーニス、タクミ容疑者を連行しまーす!」
「うわあっ!?」
「ちょ、おいバーニス!」
タクミを引きずり、チートピアの食堂の中へ入っていくバーニスと、それを追い掛けるシーザー。
特に助けもせず、パイパーとリンはその様子を見ているだけだった。
「元気だねえ」
「……なあリン、ちょっと聞きたい事があんだけどさ」
「ん? どしたの」
「あ~……その」
「前から気になってたんだけど、タクミって『そういう事』に興味はあんのかぁ?」
「……?」
パイパーの質問に、リンは頭にはてなを浮かべる。
「……そういう事って?」
「いやほら、だから……」
質問した当人は、気まずそうに頬をかく。
「タクミだって……その、思春期、って言うのか? そういうお年頃だろ? なんてゆーか、異性のなんやかんやに……ってやつ」
「……!」
滅茶苦茶言葉を濁してきたパイパーだが、その質問の意味がリンにも伝わったようだ。
「ぱ、パイパー……それ聞いちゃう……?」
「だって仕方ないだろ~……ほら、あれ見てみなって」
パイパーが指を差す先。
シーザーとバーニスと一緒にニトロフューエルを飲むタクミ。
三者の距離は、かなり近い。
ルーシーが見たら『ハレンチですわ』と顔を赤くして怒るだろう。
しかし、先ほどのバーニスのスキンシップの時もそうだが、タクミはそれにどきまぎしている様子はない。
むしろ若干『暑苦しい』と言った表情をしている。
「あいつと同い年の子どもなら、下向いて顔真っ赤にしたりするのが普通ってもんだぜい」
「それはそうかもだけど……タクミはそういう事に関しては……うん」
とは言え、さすがに限度を超えれば彼も動揺はするだろう。
だがスキンシップや色仕掛けなどには、彼はそう言ったリアクションを見せない。
スキンシップに関しては、そもそもされる事に抵抗がない。
故に抱き着かれても、『栄養補給』されても、タクミは呆れるかビビって悲鳴を上げるくらいしかしない。
逆に『ハグをしろ』と言われたら、タクミは素直にする。
タクミは内向的であるため、言われない限り自分からはしないというだけだ。
なぜなのか。
正常な十六歳なら感じるであろう『恥ずかしい』だとか『気まずい』と言った感情をどういう時に持つのかという事を。
それを学ぶ機会が、学校に行かなかったタクミには全くなかったからだ。
もちろんそういう『知識』もない。
「でもさ、勉強はリンとアキラが教えてたんだろ?」
「うん」
「……その時に保健体育の授業はしなかったのか~?」
「…………」
「…………」
「……そういうのは、まだタクミには早いじゃん」
「早くないだろ~」
機会がなかった、その原因はある。
アキラとリンがタクミをそういう世界から遠ざけてきたからだ。
成人指定でなくとも、そういう『アツいシーン』がある映画は徹底してタクミに見せないようにしている。
そんな過保護とも言える教育が影響し、タクミは『異性を異性として認識する』事がなんなのかすら分かっていなかった。
「で、でもさ? それは昔のことだし、私やお兄ちゃんが教えなくても勝手に知っていくものだって思うじゃん? ネットもあるんだし」
ところがどっこい。
そもそもタクミは調べもの以外でネットに触ることがほとんどない。
なので『勝手に知っていく』という事がない。
「あーどうしよう、教育失敗しちゃったかなあ……まさか異性のなんやかんやに関心の一つすらないなんて……」
「ん~……まあ関心はあるんじゃねえかあ? あんなスキンシップされてたら、知らなくても興味くらいは持つと思うぜい。あいつだって男だしなあ」
「そうかな……」
「それにシーザーやバーニスとか以外にもいるだろ、すげー格好のネーチャン達が」
「パイパーとか?」
「……なんでこいつの話になるんだよ。それ以外だっての」
パイパーは若干顔を赤くし、露出した腹部を手で隠しながらリンを軽くにらむ。
すげー格好と言っているが、リン目線ではパイパーもどっこいどっこいである。
「まあ、あんまりこういう事言うのもあれだけど……師匠とか瞬光とかは……確かに、かなり刺激的かも」
「だよなあ。前に衛非地区に行った時にチラッと見たけど、ヤバいよなあアレ」
儀玄が近くにいたらゲンコツを食らわされそうな会話だ。
一応、パイパーとリン以外にこの話を聞いている人はいない。
「でもタクミは……」
「…………」
日常的に適当観で彼女たちと一緒に暮らしているわけだが、タクミの彼女たちの視線に、下心などは微塵もない。
それならアキラや潘、釈淵にも同じ事が言えるのでは? と思うかもしれないが、彼らは意識して見ないよう努めているだけに過ぎない。
タクミとは訳が違う。
極めつけはファンタジィリゾート。
彼は周りの水着を着た女性観光客には一切目もくれず、ひたすら浜辺でボンプの砂像を作り上げていた事もあった。
一緒にいた柚葉達を呼び、嬉々として砂像を見せていたタクミの姿は、子ども扱いされても仕方がないほどの純真さで溢れていた。
「…………」
パイパーはリンの話に驚きを隠せない。
慣れたとか、耐性があるとか、そういう次元の話ではない。
果たしてこれは『純粋』で片づけても良いものだろうか。
色んな要因が積み重なり、奇跡の人材が誕生していた。
「……今になって、タクミの未来が心配になってきちゃった。一応教えられるだけ教えた方がいいのかな……」
「……別にわざわざ教えなくても良いと思うけどなあ」
「え?」
「なんて言うかな、それがタクミって感じだし。あそこまで純真でいてくれた方が、却って良いと思うぜい」
「うーんでも……」
「ほら見ろよ、バーニスがあんなにくっついてんの。あいつは誰に対してもああするわけじゃないからな~。タクミが『無害』だって分かってんだろ」
「その言い方だとなんかバーニスが犬みたいに聞こえるんだけど……」
とにかく、リン達の知り合いの女性陣は、半分が直視できる格好ではない。
その事をタクミが一度でも意識してしまえば、あらゆる人間関係に亀裂が生じてしまうかもしれない。
十六になるまでに何も知らない状態でいたなら、もういっそずっと知らないままでいた方がいいのではとパイパーは考えた。
……あまりに無害すぎて、異性からのアプローチが全く効かないという問題はあるが。
そして日も完全に落ち、月が昇って来た時。
「パイパー!」
「お? どした~タクミ」
なぜかグロッキー状態のシーザーをおぶったタクミが、こちらへ向かってくる。
「おいおい……シーザー、完全に出来上がってんなあ」
「さっきまでバーニスとシーザーが飲み比べをしてたんだ。シーザーの部屋ってどこにあるのか分かるか?」
「どんだけ飲んでたの……」
パイパーはタクミにシーザーの部屋の場所を教える。
「ありがとう、じゃあちょっと行ってくる」
「……ねえタクミ。一応聞くけど、何しに行くの?」
「何って……寝かせに行く以外何があるんだよ。シーザーがなぜか対抗心燃やしまくってたせいで、もう一人で歩けない状態になってたんだ」
「たくみぃ……おれさまだってぇ……」
寝言を呟いているシーザーをおぶったまま、タクミはその場を後にする。
「…………」
「…………」
今タクミが言った言葉が全く嘘だと思えなかったのが、彼がある意味で信頼に足る人間だという事を暗に現していた。