土曜日の午前。
タクミは苦しんでいた。
何に苦しんでいるのか。
「……寒い……」
それは、この気温にである。
布団の中で、縮こまっていた。
秋もいつの間にか過ぎ去り、新エリー都は冬を迎えた。
今日は昨日と比べ格段に寒くなったせいで、昨夜エアコンをつけずに寝たタクミは後悔していた。
(暖房つけたい……でも、布団から出たくない……!)
このまま一日過ごしていたい気分になったが、適当観でそんな怠惰な過ごし方をするのも如何なものか、という気持ちもあった。
「…………」
寒いのをこらえ、タクミは布団から出る事にした。
時計を見ると、時刻は既に午前十時を回っている。
(あーくそ……なんでこんな急に寒くなんだよ……これじゃ外に出る事も──あれ?)
(……え?)
窓の外を見ると、いつもと違う風景。
向こう側に見える瓦の屋根が、白くなっている。
それだけではない。
石造りの地面も、端っこに生えている木も。
一晩見ないうちに、いつの間にか白くなっていた。
そして空から降っては地面に消えていく、綿のような白い粒子。
(……ゆ、)
(雪だ!!)
それを見たタクミは、テンションがぶち上がった。
すぐに着替え、厚着をした後部屋を飛び出す。
「姉ちゃん! 雪降ってる雪!!」
リンの部屋まで向かい、ドアを叩く。
しかし。
「……あれ?」
返事はない。
ドアを開けて部屋の中を確認するが……リンの姿はなかった。
リンだけではない。
アキラや瞬光、福福たちの姿も見えなかった。
(皆出かけてるのか……)
オシシや朔はいたが、寒いのか暖かい部屋の中でくつろいでいた。
適当観の外にいるのは、タクミしかいないようだ。
(……にしても)
本当に久しぶりに、雪が降るのを見た。
以前見たのは六分街にいた時で、その雪はごくまれにしか見る事が出来なかった。
降ったとしても雪が積もるほどではなかった。
「…………」
手のひらを出せば、その中に雪が落ち……瞬く間に消えていく。
しかし触れた瞬間の冷たさはその後もしばらく残っている。
不思議な感覚だった。
「よーし」
折角なので、タクミはボンプの雪像をつくることにした。
つくった。
「…………」
出来上がったのはオシシの雪像。
形はやや歪だが、初めてにしてはまあ上手く出来た方ではないだろうか。
「おや、何やら楽しそうな事してますねえ」
「あっダイアリンさん」
マフラーをしたダイアリンが適当観へとやって来た。
「いやあ、雪って子供じゃなくてもテンション上がりますよねえ。あたしもなんか作っていいですか?」
「もちろん。何作るんすか?」
「ふふん、それは作ってからのお楽しみって事で~」
雪が降った時にこういう事をするのは子供っぽいと思うかもしれないが、実際余程の豪雪でもない限り誰だってそうするだろう。
タクミも次は何をつくろうかと、雪を丸めながら考えるのだった。
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一方その頃。
「…………」
「…………」
買い出しのため車で外出していたアキラとリンは、絶賛テンション降下中だった。
前方に見えるのは永遠に続く車の列。
「……お兄ちゃん、これいつ帰れるかな」
「……この渋滞なら、多分正午には……」
渋滞の原因は、言うまでもなく今降っている雪。
出掛ける前から雪は降っていたが、少しくらいなら大丈夫だろうと高を括っていたらこれである。
「あーもう! 前の車もうちょっと詰められるでしょ!」
「リン……そうかっかしないでくれ」
「タクミは今頃適当観で大はしゃぎしてるんだろうなあ……」
「ははは……前もそうだったからね。今頃雪が降っているのを見て、僕かリンのどっちかを呼びに行っている頃じゃないかな」
「だね。あー……私も適当観に残ってタクミと遊んどけばよかった。お兄ちゃんだけで買い物行かせればよかったなあ」
「薄情な妹だ……」
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見事に行動を兄と姉に読まれていた事も知らずに、タクミは雪像づくりに勤しんでいた。
「タクミくん見てくださいよこれ! 可愛くないですか!?」
「ん? ……おお~」
ダイアリンが見せてきたのは、なんとも可愛らしい数匹の小さな兎の雪像。
それぞれ大きさが違っており、それがより可愛さを引き立たせている。
やたら完成度が高かった。
「見るからにモフモフしてそうですね」
「そうでしょそうでしょ!? やっぱ最強なのはモフモフの動物なんですよね──はっくしょん!」
「大丈夫すか?」
「えへへ……もうちょっと厚着して来れば良かったですね~」
現在の外気温はギリギリマイナスにならないくらい。
いつもの恰好にマフラーと手袋だけでは、さすがに寒いだろう。
「はあ……こんな時に暖を取れるモフモフのシリオンがいたら良いんですけどねえ」
「それってもしかして」
「あれ? 二人とも、何してるのお?」
「あっ照ちゃん」
「お~! 噂をすれば!」
適当観に姿を現したのはもこもこのジャンパーを着た照。
ダイアリンは早速照に抱き着いた。
「は~あったか~い」
「いきなり暑苦しいよダイアちゃん」
「そんな事言わずにぃ~、寒さで凍える可哀そうな後輩を助けてくださいよ~!」
「あのねえ、後輩の体温調整は別にザオちゃんのオシゴトじゃないんだけど。良いから離れなさい」
「ええ~?」
名残惜しそうに、しぶしぶと照から離れる。
「ところで、何してたの?」
「雪降ってたんで雪像とか雪だるまとか作ってました」
「ふう~ん……」
「照ちゃん先輩も一緒にどうですか? 意外と楽し……あ、そうだ!」
ダイアリンは何かを思いついたのか、いきなり照にびしっと指を差す。
「照ちゃん先輩! 今から決闘しましょう!」
「……今度は何を企んでるのかなあ」
「いやいや、ただ遊びたいだけですって。せっかくこんなに雪が降ってるんですし、あれで勝負しませんか?」
「そう──雪合戦で!」
「雪合戦?」
ダイアリンは地面に積もる雪を丸め、手のひらサイズの小さな雪玉をつくる。
もう戦闘態勢に入っているダイアリンに、照は冷ややかな目を向けていた。
「ルールはシンプルに、三回雪玉を当てられたら負けって事で! あたしが負けたら、モフモフは片方のお耳だけにしときます」
「うんうん。勝ったら?」
「勝ったら照ちゃん先輩の両耳を毎日モフモフさせていただきます!!」
「それザオちゃんに勝負するメリットなくないかなあ」
「チームはあたしとタクミくん、それと照ちゃん先輩で二対一です!」
「いや個人戦じゃねえのかよ」
「というか、さりげなくたっくんを引き込まないでくれる?」
照は溜息を吐きながら、雪玉をせっせと作る。
「……まあいっか。ザオちゃんも今日やる事なかったし、付き合ってあげる」
「え? ホントに二対一でいいんですか?」
「別にいいよお。それで負けるザオちゃんじゃないし。ただし、そっちが負けたら──」
ぎらり、とダイアリンの方を見る照。
雪玉を握りしめ……投球の姿勢に入る。
「今後半年間は──おさわり禁止だから!」
「えっ、はんとし──うわあっ!」
思った以上の勢いで飛んできた雪玉。
ダイアリンはそれをすんでで避け、空を切った雪玉はそのまま壁にぶつかりぐしゃりと潰れた。
「はっや……」
「ちょ、ちょっと照ちゃん先輩!? 半年間はちょっと酷じゃないですか!?」
「勝負を仕掛けたのも、賭けの内容を提示したのもダイアちゃんだよね? ザオちゃんのお耳に触りたいなら、それ相応の対価を払う覚悟はしておかなきゃ」
「くっ……こっちも本気でやんないとですね……タクミくん、用意は良いですね!」
「すみません降りていいすか!?」
今にも熾烈な雪合戦が始まろうとしていた、その時だった。
「頼もう」
「あっ盤岳先生。何か用ですか?」
「うむ。儀玄に野暮用があり、ここへ参った次第だが……」
「師匠なら今出かけてますよ」
「そうであったか。ならば出直すとしよう、邪魔をした。して……」
盤岳は雪玉を作りまくっている照達を見る。
「貴殿らは……何をしておるのだ?」
「雪合戦ですよ」
「雪合戦とな……」
「モフモフ権のために戦ってる最中なんですよ! 盤岳先生もやりませんか?」
「……モフモフ権とやらが何かは分からぬが……その雪合戦に、我輩も加われば良いのであるな?」
「ええ! はいこれ、盤岳先生の分の雪玉です!」
ダイアリンは笑顔のまま盤岳に雪玉を渡す。
盤岳が雪玉を持つと、よりそれが小さく見えてくる。
「ちょっとダイアちゃん? なにさりげなく盤岳先生も引き込もうとしてるのかなあ」
「だ、大丈夫ですって! 照ちゃん先輩なら三対一も──」
「……あい分かった。貴殿らがそう望むのなら……この盤岳、全力を以てこれに臨もう!」
「……あの、盤岳先生? まだルール説明とかしてないですよ? これ別に個人戦って訳じゃ」
「覚悟されよ!!」
「ちょっ、盤岳先せ──」
いきなり本気モードに入った盤岳により、ダイアリン達三人は大量の雪玉の餌食となり。
結局、照とダイアリンは仲良く引き分けになったのだった。
そして腕を四本も使うのはズルくないかと、タクミは雪の地面に突っ伏しながら率直にそう思った。