暗い、静かなホロウ。
月明かりが差す狭い道を、一人の女性とボンプ一匹が走っていた。
「待ちやがれこらァ!!」
そしてそのすぐ後ろを、ヘルメットを被った筋骨隆々の男たちが爆走中。
女性とヘルメットのギャングたちは、絶賛追いかけっこ中であった。
「この、弱小ホロウレイダーがあ……!」
「ほーんとお馬鹿さん達ねぇ! 恨むならこのニコ・デマラを弱小だと見誤った、その節穴の眼を恨みなさい!」
ピンク髪の女性ニコは、ギャングたちにそう挑発しながら逃げ続ける。
ヘルメット越しでも分かるほどに怒りをにじませていたリーダー格の男は叫ぶ。
「うるせえ! その『ブツ』は俺達のもんだろうが! それを小賢しく横取りしやがってこのコソ泥が!!」
「コソ泥はどっちかしら? あたしは依頼人の荷物を取り返しただけ! 人のものを盗んじゃいけないって、いい勉強になったじゃない! なんなら授業料を請求したいくらいだわ!」
「この……っ、ぶっ#$%てやる!!」
依頼人の荷物であるアタッシュケースを片手に、ニコは障害物をかわしつつギャング達との距離を徐々に離していく。
「ばいば~い♡」
やがてニコは、前方にある裂け目へと飛び込んで行った。
追いかけていたギャングの男たちも迷わず裂け目へと入る。
「……!!」
裂け目の先。
ニコを追っていた男たちの眼に映ったのは彼女の姿ではなく、左右に分かれた道。
そして右側に伸びる道から、逃げているかのような足音が聞こえてくる。
「り、リーダー……! 聞こえましたか……!」
「ああ。あの女、これで撒けたと思ってやがんな」
先ほどの怒りから一転、ギャングのリーダーはにやりと笑う。
「キャロットによれば、アイツが行った道は裂け目もねえ行き止まりになってる。お前ら右だ! 右の道を行くぞ!」
部下たちに合図をし、一斉にニコが逃げ込んだと思われる右の道へと進んで行った。
「追い詰めたぞニコ・デマラ!!」
ギャング達は道を進み、その先で人の影を見つけた。
「これでてめえも袋のねず……み……」
リーダーの男は人影を見ながらそう言いかけ……やがてその口が止まる。
そして、笑みが消えた。
「……!?」
ヘルメットの中に、冷や汗が流れる。
男たちがそれを異常と感じたのは、その容貌が、明らかに人のそれではなかったからだ。
その人影は暗がりから月明かりが差し込む場所へと移り、姿をあらわにする。
頭部には黄色く光る複眼。
そして血管のように体中に流れている、赤く光る線。
その人影から、声が発される。
「……残念ながら、
それは、まだ声変わりすらしていない少年のものだった。
「てめえは……誰だ!! あの女の仲間か!?」
えも言えぬ恐怖心を感じたギャングのうちの一人は、声を震わせながら聞く。
質問に対し、その人物は少しの間俯き沈黙する。
「……知りたいんなら、教えてやる」
[Exceed Charge]
「なっ……!? 何する気だ!」
腰部分のガラケーを開き、ENTERキーを押す。
すると瞬く間に、彼の右拳に赤いエネルギーが集まっていく。
その様子に当然ギャング達は狼狽えるが……お構いなしに彼は拳を構える。
「俺の名前はファイズ」
「──『Gentle House』の、従業員第一号だ」
ファイズと名乗ったその人物は、自己紹介を終えると同時に、右拳に装備したファイズショットを地面に叩きつけた。
地面は揺れ、近くにいたギャング達は、まるでトランポリンのように空中へと放り出される。
「うわあああっ!?」
阿鼻叫喚の光景に悲鳴を上げるギャング達。
ファイズが地面を砕いた際にできた瓦礫は、彼らと共に打ち上げられる。
そしてそれらは二秒もしないうちに引力に従い、彼らと共に地面へ落下していく。
やがてガラガラガラと音を立てて地面に落ちた瓦礫は、ギャング達を下敷きにした。
男たちはリーダーを含め、一人残らず気絶。
まるで嵐が去った後かのような静けさのみが残った。
「タクミ!」
「!」
自身を呼ぶ声に、ファイズは振り向く。
先ほどまで姿を晦ましていたニコが、こちらへ向かってきていた。
「
「さっき入った裂け目の近くの物陰よ。灯台下暗しとはまさにこの事ね! だから言ったでしょ? ぜーんぶあたしの計画通りだって!」
「……まさかこのおとり戦法、今後もやってくつもりか?」
「仕方ないじゃない。その『ファイズ』になれるのは、今の所あんたしかいないんだし。唯一の戦力なんだから」
「はあ……」
溜息交じりに、ファイズは瓦礫に埋もれ気絶しているギャング達に目をやる。
リーダー格の男のヘルメットを外して素顔を見たが、指名手配書にはない顔。
どうやら弱小ホロウレイダーの一員だったようだ。
「そいつらは放っときなさい。さっさとホロウを出て、依頼人の荷物を届けるわよ。アミリオン!」
「ンナナ!」
ニコとタクミ、そしてアミリオンは増援が来る前にホロウを出た。
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「姉ちゃん」
「何よ」
「前から聞きたかった事あるんだけど」
家賃三万ディニーのアパート。
そこで、タクミはコップに注いだ水道水を飲みながら、ニコに尋ねる。
「依頼人ならともかく、他の同業者やらギャングやらに名乗る意味ってあるのか?」
「はあ?」
何を今更と言った風に、ニコはハンバーガーを頬張りながら答える。
「そりゃ、あたし達『Gentle House』の名を広めるために決まってるでしょ。いくら恨みを買われようとも、この新エリー都で名を轟かせるためには必要な事なの」
『報酬さえ用意すれば、なんでも承ります』
そんな何でも屋を『Gentle House』という商号で立ち上げたニコだが、インターノットでは恨みを買われているからか、悪評の方が目立ってきている気がする。
有名になって来ていると言うのは事実だが。
「悪名は無名に勝るって言うでしょ? 注目を集めること自体に意味があるの」
「でも今んところ、ほとんどが誹謗中傷か低評価かだぞ」
「そんなの大体は嫉妬よ嫉妬! それがいつか、スクロールしきれないほどの高評価の嵐になるの!」
「…………」
「……何よ、あたしのやり方に文句ある? あんたは、黙ってあたしに着いて来ればいいの! 今までと同じようにね」
旧都陥落の際にタクミを拾ったニコは、彼を義弟とし共に生活してきた。
一時期養子として預けられていた時も、彼女が『Gentle House』を設立した時も、後ろには常にタクミがいた。
「現に、うちに舞い込んでくる依頼の数は右肩上がりに増えていってるもの! 収入が安定すれば、いつしかこの狭苦しいアパートとともおさらばできるわ!」
「あ、そうだ。収入と言えば……はいこれ、今月の収支」
タクミはコンビニで印刷してきた収支報告書をニコに渡す。
「今月も赤字ぃ!?」
「うるっさ」
収支報告書を見たニコは叫び、紙を机に叩きつけた。
ここは賃貸なのでやめて欲しい。
「どうなってんのよ! ここ最近、依頼は成功続きだったじゃない!」
「ああ。そのおかげで今月の収入自体は前より増えてた。ただ問題はそこじゃない」
おんぼろなパソコンが置いてある机をとんとんと指で叩きながら、タクミはニコを見る。
「問題は、収入が多い少ないに関わらず支出が
「うっ……そ、そんな使ってないわよ!」
「使ってるからこうなってるんだよ!」
生活費云々の必要経費を差し引いても、ニコは浪費癖が激しすぎる。
懐に余裕が出来た途端、すぐに散財するのが彼女だ。
ニコが至る所で作っている借金は、タクミが工面しなんとか返済している状況。
特に役職は決めていないが、タクミは実質的な経理担当でもあった。
「俺がいなかったらどうしてたつもりだったんだ。この前だってディニーに余裕があるわけでもないのにブティックに寄ろうとしてたじゃねえか」
「そ、それは必要経費よ! だって名だたる『Gentle House』の社長が貧相な格好してたら面目丸潰れじゃない!」
「…………」
「な、何よその顔! あんたはいいの!? 自分の義姉がみすぼらしい中古の服を着てても!」
「俺はな、別に普通の服屋で良いだろって話を──」
「ゲホッ、ゲホッ……!」
「!」
その時。
話を遮るように、隣の部屋から咳が聞こえた。
「「…………」」
タクミとニコは顔を見合わせ、隣の部屋へ行く。
ニコの寝室。
彼女のベッドで、とある少女が眠っていた。
「……アンビー、平気か?」
「だい、じょうぶ……ゲホッ」
アンビーと呼ばれた銀髪の少女は、熱に浮かされながらそう答えた。
「どこが大丈夫なのよ、全く……お腹空いてないかしら?」
「……すいた、かも」
「じゃあおかゆ用意してあげるから待ってなさい。タクミ、アンビーの事お願い」
「分かった」
タクミはアンビーの額のタオルを新しく代える。
アンビーは以前、仕事で旧都近郊のホロウへ入った際、タクミが発見した。
見たところ数日放置されていたようで、首元は血で塗れていた。
タクミは彼女が完全に死んでいると思っていたが……なんと心臓はしっかりと動いていた。
大急ぎで家へ連れ帰り、応急処置をした後に、彼女は無事に目を覚ました。
だが、目が覚めた直後、彼女は自身の名前すら思い出す事ができなかった。
今でこそ『アンビー』という名前だけは思い出せているが、それ以外はまだ思い出せていない。
さらに長時間ホロウの中で雨に降られていたからか、免疫力も著しく低下していた。
そのおかげで見事に風邪になったので、現在タクミとニコが看病しているという訳だ。
(……侵蝕症状はましになったけど、熱はまだ下がってないな。にしても、この人……)
彼女がどこの人間なのかはもちろん、なぜホロウの中に数日居て命に別条がないのかが分からない。
恐らく彼女は、ただの人間ではないのだろう。
だが彼女が何者なのか、その手がかりは皆無に等しい。
発見した際に着ていた白い服から、ただならぬ出自である事はなんとなくわかる。
(……自分が何者なのかも、生まれた場所も分からない。なんであの時ホロウにいたのかも、全部忘れてる)
(……なんか、俺と一緒だな)
うなされるアンビーを見ながら、タクミはそんな事を思った。
タクミが邪兎屋の一員だったら? というifルートでした
設定はある程度決まりましたが、ストーリーのプロットがほぼ白紙なので、続くかは分かりません!
そして次回からシーズン2間章です!