セシリアに頼まれたシンザンは、練習へと戻って行ったアリアの元をもう一度訪れることにした。
入口近くの受付カウンター付近で、アリアを見つける。
「……『願いの妖精』さんも応援してくれたし、きっと大丈夫。アリアならできる!」
そこにいた彼女は、自身に言い聞かせるように独り言をつぶやいていた。
アリアも千夏と同じく、ライブで上手くやれるかどうか不安な気持ちが少なからずあるのだろう。
「……アリアちゃん、ちょっとよろしいですかな」
「あ、シンザンくん! どうしたの?」
「少し聞きたい事がありまして。先程アリアちゃんが言っていた『願いの妖精』についてなのでござるが……」
別にアリアは『願いの妖精』の事を秘匿しているわけではない。
後ろめたい事もなさそうなので、シンザンはストレートに聞いてみる事にした。
「セシリアさんから話を伺ったのですが、アリアちゃんはその『願いの妖精』ととても仲が良いようですな」
「うん、そうなんだ! 妖精さんは新エリー都が私にくれた贈り物……壁にぶつかった時も、妖精さんのおかげで乗り越えられたんだよ!」
「なるほど……」
話だけ聞くと、善良なAIに聞こえてくる。
だがやはり、きな臭さは消えない。
半信半疑のシンザンに、アリアはタブレットを渡してきた。
「これ、見てみて!」
「これは?」
「私と願いの妖精さんの会話履歴だよ! こうやってチャットで会話してるの」
「……見ていいんでござるか?」
「ちょっとなら大丈夫! 人に見せらんないような会話はしてないから……多分」
タブレットを受け取ったシンザンは、履歴画面をスクロールしていく。
羽たちからも話を聞いたが、アリアと願いの妖精は妄想エンジェルが結成される前からの知り合いらしい。
彼女は願いの妖精に全幅の信頼を置いており、履歴をざっと流し見しても、妖精がアリアを騙くらかそうとした感じはない。
妄想エンジェルのメンバーになる前もなった後も、願いの妖精は真摯にアリアの相談に乗っていたという。
(……見たところ、怪しい要素はないな……)
履歴を新しい順からさかのぼり、直近の会話履歴を見てみる。
(この会話は……例の依頼の件か。ちゃんと依頼の危険性についても警告してくれてるのか……悪意があるわけじゃ──ん?)
スクロールする中で、シンザンはとある会話履歴が目に留まった。
『……ねえ、願いの妖精さん。最近、気になる男の子がいるんだけど……』
『謝罪。恋愛についての相談は、適切な回答をお出しできない可能性があります』
『れっ、恋愛じゃないよ!? えと、少し前に仲良くなった男の子がいるの。会ったのは一回きりだけど……それ以来、私たちを応援してくれてるんだ。その子に私、いつか感謝の思いを伝えたくて……』
『…………』
『ノックノックであの子が送ってくれる応援のメッセージを見るたびに、心がポカポカするの。だから……言葉だけじゃない"ありがとう"を伝えたくて』
『二週間後に控えている、黄金の日のライブ以外の方法で、と言う事でしょうか』
『…………うん』
『提案。直接その方の元まで出向き、直接感謝の気持ちを届けるのは如何でしょうか』
『え?』
『根拠に基づくかもしれない推測によれば、その相手の方は新エリー都でも随一の──インターノットで常用されているスラングで言い換えるなら、所謂クソボケである可能性が非常に高いです』
『くそぼ……え……?』
『感謝の気持ちを伝えるなら、より積極的かつ直接的なアプローチを実践していくことをお勧めします』
『あ、アプローチって……! 出来ないよそんな事! そもそも、あの子がどこに住んでるのかも分からないし……!』
『ご安心を。その方の住所、SNSのアカウント、果ては生活時間までもを速やかに特定し、いつでも突撃ができるよう調整を──』
『ダメだってやめて!? 犯罪だよそれ!』
(……なんだこれ)
一連の会話を履歴でみたシンザンは頭にはてなを浮かべる。
(この会話だけ、やけに空気感が違ったな……アリアの言ってる男の子って誰だ? いや、そこまで踏み込むべきじゃないな、流石に)
許可されているとはいえ、他人の友達との会話を見ているのだ。
プライベートな部分には必要以上に触れない方がいい。
それよりも、気になる事があった。
(……このAI……喋り方が誰かに似てるような……つか、なんか無性に腹立つAIだな)
会話には自分の名前など一文字も出ていないのに、なぜかそのAIに間接的にディスられた気分だった。
「あれ? シンザンくん、その会話って──うわああああ!?」
練習中、ふと画面を覗き見てきたアリアは、瞬く間に顔を真っ赤にし、シンザンからタブレットを奪い取ってしまった。
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気づけば、時刻は午後七時。
アリア達と別れを告げ、ライブハウスの入り口まで出ると、空には既に月が昇っていた。
(冬は日が暮れるのも早いな……)
アキラとリンは既に家に帰っている。
タクミも帰ろうとお面を外そうとしたが、踏みとどまる。
(……一応帰るまでは着けとくか)
油断してバブルちゃんのお面を外した……そんな時に限って、何か急用でアリア達がタクミを追いかけてくる事があるかもしれない。
お面を着け直し、タクミは帰路に着く。
知り合いに出くわした時が怖いが、ビデオ屋までは近いのでそうそう出会う事は──
(あっ)
足が止まる。
前方二十メートルほど先。
車の外で誰かを待っている、イヴリンの姿があった。
(イヴリンさん……!? なんで六分街に……やべえこのまま通ったら絶対見つかる──いや落ち着け、まだこっちに気づいてない)
彼女が去るまで、ライブハウスに戻って待つ事にしようとタクミは考える。
三十分くらい待っていれば──
「何をしているんだ君は」
「ウアア!!」
考えている間にイヴリンが至近距離まで来ていた。速い。
「ライブハウスから見知った顔が出てきたと思えば……タクミ、妙な仮面を着けて歩くと不審者と疑われるぞ」
「イヴリンさっ……いや、拙者タクミではござらんよ……?」
「なんだその喋り方は……」
疑いの眼を向ける事すらされていない。
呆れたような眼を向けられている。
観念したタクミは、お面を外した。
「まさか、君のそれは変装のつもりか?」
「…………」
「……多くは聞かないでおこう。安心しろ、お嬢様も『彼女』も、他言はしない」
「? 彼女?」
「お嬢様は車で待っている。紹介したいご友人がいるとの事だ」
ご友人、とは。
誰なのかを聞く前に、ノックノックに通知が来る。
『タクミ!』
『そのバブルちゃんのお面、とっても可愛いじゃない!』
『どこで売ってるの?』
前に停めてある車を見ると、窓の中からアストラがサムズアップをしていた。
そして次の瞬間には、いつの間にか車の中にいた。
イヴリンの手腕にはいつも驚かされる。
そして車の中には、見知った顔が『二人』。
アストラと。
「あなたは……」
「!! せ、セシリアさん……」
タクミは肩を強張らせ、彼女の名を呼ぶ。
アストラの友人とは、セシリアの事だった。
「アリア達の言っていたタクミって、貴方の事だったのね……」
セシリアはタクミの顔を見て驚き気味にそう言った。
「……その、すみません。黙ってて……」
「気にしないで。貴方にも事情があったんだろうし……それに、なんとなくそんな気がしたもの」
「タクミってば、あんな可愛いお面着けてるだけじゃすぐに変装してるってバレちゃうわよ?」
『お嬢様にだけは言われたくない』と、車の外からツッコミが聞こえた気がした。
「それよりも……アストラと貴方が知り合いだった事に驚いたわ」
「そういうセシリアさんも、アストラさんと知り合いだったんですか?」
「ふふん、知り合いってレベルじゃないわよ? ずーっと昔からの付き合いなんだから。タクミも、この名前くらいは聞いたことがあるでしょ?」
「──歌姫セルシーって名前を」