歌姫セルシー。
その名をアストラから聞いたタクミは、セシリアを見た時から感じていた既視感の正体をようやく理解した。
「ど、どっかで見た事あると思ったら……こんなに身近にいたのか」
「……」
タクミの反応にセシリア……もといセルシーはむず痒そうに頬をかく。
引退理由も明かさずに、ひっそりと表舞台から姿を消したかつての歌姫。
そんな彼女が目の前にいるというのは、何か変な感じだった。
「俺てっきり報道見た時は、何かしらの病気で歌手を続けられなくなったのかと思ってました」
「病気……ある意味では、そう言えなくもないかもしれないわ」
「?」
「…………」
セシリアは俯き、その表情には影が差している。
そんな彼女の肩に、アストラは優しく手を置いた。
「タクミになら、話しても良いと思うわ。確かな根拠はないけど、彼にはそういう力があるもの。なんとなくきっとあなたの心のわだかまりだって解いてくれるはず! ね、セシー?」
買い被っている気がしなくもないが、セシリアの力になりたいという気持ちは確かにある。
セシリアは顔を上げ、自嘲気味に笑う。
「……わだかまりなんて大層なものじゃないわ。私がしているのは、ただの現実逃避。引退した理由は単純よ──もうあの時の私には、歌う力なんて残っていなかったから」
旧都陥落で多くを失ったエリー都の市民たち。
かつてのセシリアも、その一人だった。
多くを失い、日常が文字通り崩れていくその光景を目の当たりにしたセシリアはトラウマを抱えてしまった。
いつしか自身の歌声にも自信をなくし、セシリアはついに表舞台から去る決意をした。
「……けど、引退発表したのって旧都陥落から結構経ったあとですよね」
「ええ。やっぱり、引退すると言ってすぐに出来るわけではなかった。でもだからと言って……私の魅力も何もない歌声を、これ以上皆に届けたくはなかったの」
そんな時、セシリアはとある少女と出会う。
そう、アリアだ。
彼女はアリアを自身の代わりに歌わせることで、引退前の公演を無事に終える事が出来たのだ。
「でも……その決断は、私自身から『許し』を得る機会を永遠に奪ってしまったのだと、後から気づいた。今の私に、表舞台に戻る資格はない」
「……アリアはこの事、知ってるんですか? セシリアさんが、歌姫セルシーだって事」
「…………」
セシリアは何も言わずに、首を横に振った。
『なぜ』とタクミは声に出しかけたが、それを飲み込んだ。
「……もう。自分を責める前に、やる事があるでしょう? セシーだって、分かってるはずよ?」
「…………」
「これじゃあ、『電撃復帰』は叶いそうにないわね。点灯式の主催者さまは、もし貴女が来ないなら、最近話題の『ヴェスポ』に声をかけなきゃって、そう言ってたわよ?」
最近新エリー都を賑わせている、TOPS芸能部門に所属している知能構造体の女性歌手、ヴェスポ。
主催者は彼女にも声をかけるつもりだが、ひとつ懸念点もあるらしい。
「タクミは聞いたことある? 最近知能構造体が暴走して人を傷つけてしまうって事件」
「ああ……『知能構造体市民暴走事件』だろ? それならニュースは見た」
「ええ。その事件のせいか、知能構造体の人をオファーする事で世間から良くない目で見られるんじゃないかって考えているの」
今は被害者も完治しているという事もあり、そこまでの騒ぎにはなっていない。
だが主催者としては、どんなトラブルも視野に入れておくべきだと考えているのだろう。
「私個人としては、ただ『知能構造体』ってだけでそんな風に見られること自体がどうかって思ってるけどね」
「……いくらなんでも、それだけの理由で出場資格を剥奪される、なんて事はないわよね?」
「もちろん。それに、あの子の実力は確かなものよ」
いくらなんでも世間の反応だけを見て出場の是非を決める事はできない。
セシリアがアストラの誘いを断るなら、点灯式にはヴェスポが出る事になるだろう。
「貴女がどうしても出たくないなら、無理強いはしないわ」
「……ありがとう」
「お嬢様。そろそろ」
「あ、もうそんな時間かしら。それじゃあ二人とも、今日は会えて嬉しかったわ」
「時間を取ってすまなかったな、タクミ」
「大丈夫ですよ。じゃあ、俺はこれで……」
「待って」
車から出ようとしたタクミを、セシリアは引き留める。
「……さっきの話、アリアには……言わないで欲しいの」
「! ……セシリアさん」
「タクミくんに負担はかけないわ。あの子には……私から、直接伝えさせて」
「……分かりました。じゃあ、俺からは何も言わないでおきます」
「……ありがとう」
その後、タクミはアリアから聞いた『願いの妖精』についての事をセシリアに教えたあと、ビデオ屋に戻った。
少なくとも今は、あのAIはただ腹立つだけの無害AIだと判断した。
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「ただいまあ……」
体中の空気をすべて外に出すほどのため息を吐き、タクミは帰宅した。
工房から、既に帰宅していたアキラとリンが顔を出す。
「あれ、タクミ? お帰り。ジェーンさんじゃなかったね」
「ジェーンさん? ああ……今日来るんだっけ」
「多分もうすぐ来ると思うよ……と言うかタクミ、やけに遅かったな?」
「ちょっと色々あってな……とりあえず着替えてくる」
そう言うとタクミは二階への階段を上って行った。
そしてしばらくした後……ドアが再び開いた。
「ハーイ、店長ちゃんたち。久しぶり~」
「ジェーンさん、いらっしゃい」
「……あら? たっくんはいないの?」
「タクミなら今さっき着替えに行ったよ。すぐ戻ってくるんじゃないかな」
「そう? まあ、時間もないし手短に済ませるわね。状況は電話で伝えた通り。依頼人が店長ちゃんたちに引き合わせたいって子がいて、アタイはその仲介人ってワケ」
「引き合わせたい子……? ここにはいないようだけど、遅れているのか──」
「おわあああああああ!!?」
「「!?」」
二階。
アキラの声をかき消すように、二階からタクミの悲鳴が響き渡った。
直後、爆速でタクミが階段を駆け降りてきた。
「タクミ、どうしたの!?」
「ふふふ不法侵入!! 俺の部屋のベッドに、不法侵入者がいる!!」
「えっ不法侵入?」
まさかFairyお墨付きのセキュリティを誇るビデオ屋に、空き巣が入ってしまったのだろうか。
リンが階段を上って確かめようとした、その時。
「あーもううっさいんですけど~。あーしの安眠の邪魔しないでくれる~?」
気だるげな声と共に、階段から見知らぬ誰かが降りてきた。
それは金髪の、いかにもな『ギャル』だった。
白い尻尾を見るに、彼女は蛇のシリオンなのだろう。
「姉ちゃん! こいつだよこいつ!! 俺の部屋にいた不法侵入者!!」
「不法侵入者~? 誰だか知んないけど、この敏腕捜査官シーシィアさまがとっ捕まえてやんよ!」
「え、捜査官……?」
「…………」
シーシィアと名乗る少女は、その不法侵入者が自分だという事も知らずに、ドヤ顔をかました。
ジェーンはそんな彼女を見て、呆れ気味にため息を吐いた。
「……ちょっと待ってくれ。ジェーンさん、まさかとは思うけど……」
「……そうよ。このヘビちゃんが、例の子」
良く見ると、服には『N.E.P.S』の文字がある。
だが今のタクミには、お世辞にも彼女が治安官だとは思えなかった。
「てかキミら、ここに住んでるカンジ~? なんかマジあったかそうなベッドあったじゃんね!」
「シーシィアちゃん。時間、ないわよ」
「……!! あッス……」
人を食ったような態度のシーシィアだったが、ジェーンの一声でそれは一変。
急に怯えた表情になったかと思えば、懐からスマホを取り出し、電話番号を入力する。
……番号のボタンを押すごとに、彼女の怯えが増している気がするのは気のせいだろうか。
程なくして、シーシィアは誰かと通話を始めた。
「も、もしもし~……」
『……シーシィア捜査官。何か不測の事態でも』
「あっいや、そーゆーんじゃないんすけど……なんかあんまし、依頼の事伝わってないっぽくてぇ~……いや、あーしは何も悪くないんですよかんさつかん!?」
『……成程。パエトーンとは、代われるか』
「は、はい! そりゃもう今すぐ!!」
シーシィアはそう言うなり、逃げるようにリンにスマホを乱暴に押し付けた。
リンは恐る恐る電話に出る。
「……あ、あの……もしもし?」
『……ふむ。ジェーン・ドゥは無事に、私の不出来な部下と君たちを引き合わせてくれたようだな』
『依頼人』……もとい『監察官』は、穏やかにも厳かにも聞こえる声でそう言った。