匿名の依頼人は電話越しに、事情を説明する。
『先日、知能構造体の治安官が"何者"かにより乗っ取られ、その身体を介し奇妙なメッセージを発信した』
「メッセージ?」
───新エリー都のため、
『──これは紛れもない、犯行予告だ。我々はこの犯行予告を送った人物と、件の知能構造体市民暴走事件の犯人は同一人物だと考えている』
というのも、犯行予告をさせられた知能構造体の治安官と、突然暴走した他の知能構造体の市民たちにはとある共通点があった。
それは、彼らの眼にあたるパーツが、紫色に発光していたという事だ。
また人格も従来と大きく変わっており、乗っ取られた知能構造体は、総じて他者を嘲笑するような態度を取っていたらしい。
「……なんか、いかにもって感じの愉快犯だね」
『だが、その"機動力"は侮れない。知能構造体をいとも容易く乗っ取り、あまつさえ自身の体のように動かす事が出来る』
「確かに、並大抵のAIではできない事だな……」
『そしてここからが本題だ。治安局の技術チームが、犯人と思しきAIの足取りを掴む事に成功した。その場所は……ラマニアンホロウ内部だ』
「!」
リンたちは、依頼人の言わんとしている事を察した。
要するに、ラマニアンホロウの構造とAIの知識に精通している『パエトーン』に、調査を依頼するつもりなのだ。
話を聞いていたタクミはおずおずと手を上げる。
「……あの、依頼人さん。ちょっといいすか」
『その声は……なるほど、君がファイズか。何か聞きたい事でも』
「! ……いやその、依頼の事は分かったんすけど。そもそも、依頼人さんはどちら様なんですか? せめて名前だけでも教えてくれると」
「うんうん。依頼人の素性を探る気はないけど、相手が治安局ならちょっと話が変わってくるよ」
『……君たちの疑問は最もだ。だが、今夜眠れない夜を過ごしたくないのなら……お互い顔を合わせる機会まで、保留にしておいた方がいい』
依頼人の返答に、三人は顔を見合わせる。
治安局の事は特務捜査班の事以外は良く知らないが、聞いたら驚くような名前なのだろうか。
『犯行予定時間までに、件の知能構造体を逮捕……あるいは消滅させる事に協力してもらう。それでは、都市の治安維持への協力……感謝する』
そう言うと返事を待たず、依頼人は通話を切った。
シーシィアにスマホを返す。
彼女は依然として、怯えっぱなしだった。
「……あ、ありえないんですけど……!? あのクソ上司の声があーしのスマホから、十三回も……!! ホント無理なんですけど!!」
そう言うとシーシィアは階段を駆け上り、二階へと逃げて行った。
ジェーンはそれを見て再びため息を吐く。
「……ホロウの調査で必要なサポートは、あの子がしてくれるわ。少しの間、頭を痛める思いをするかもしれないけど……そこはごめんなさいね」
「あ、うん。ありがとう、ジェーンさん」
「じゃ、アタイの役目はこれでおしまい。それじゃグンナイ、店長ちゃんたち」
ジェーンはそのまま、ビデオ屋を後にした。
タクミは、奥の階段を見る。
(……ん? あれ? 今シーシィアって人、二階に行かなかったか?)
嫌な予感がする。
タクミは階段を駆けあがり、少しだけ開いていた自分の部屋のドアを開けた。
「……!!」
そこでタクミは見た。
澄輝坪で買い、六分街に帰った後にゆっくり食べるつもりだったたまごボーロ。
それが無残にも食い散らかされ、空の袋が机の上に置いてある。
そしてそれを食べたであろうシーシィアが、我が物顔でタクミのベッドでスヤスヤと眠りこけていた。
ご丁寧に毛布まで被って。
「ん~……あったか~」
「てめゴラァ!!」
「んぎゃあああああああ!?」
問答無用で、タクミは毛布を引き剥がした。
「ちょ、やめろし! 今あーしの安眠タイムなんですケド!? 寒いから毛布返してくんない!?」
「やかましいわスッタコが! 俺のベッドなんだよそこは!!」
なぜ会って三十分も経っていないパツキンギャルに自身のベッドを占拠されているのか。
あまりにも非常識が過ぎる。
「しかもてめー俺の菓子まで食いやがって……本当に捜査官かよ!」
「あ、当たり前っしょ! あーしを誰だと思ってんの! 泣く子も黙る敏腕捜査官シーシィアさまだよ!? ひかえおろ!」
「うるせえよさっき聞いたよそれは。つか寝るなら自分の家で寝ろ、なんで俺のベッドなんだよ」
「だ、だってそれはぁ……」
さっきの生意気な態度から一転、急に弱々しい感じになるシーシィア。
「ぶっちゃけるとあーし、前まで郊外育ちで……人生の半分以上が根なし草だったワケでぇ……寝る場所も碌に確保できなかった哀れなギャルなんですぅ……」
「…………」
「やっとの思いで定職に就けたと思ったら、あのおっそろしい大魔王にこき使われる日々。さっき食べたたまごボーロだって、久しぶりにありつけた食事だったかんね? マジ可哀そうでしょ、あーし……?」
大魔王というのは先ほど電話で話した依頼人の事だろうか。
嘘を言っているわけではないようだ。誇張はあるかもしれないが。
シーシィアは涙目になりながら、タクミを見る。
「だからそんな哀れも哀れなあーしを助けると思って……一生のお願い! あーしをここに泊めてくんない!?」
「はあ?」
「一晩だけ、一晩だけでいーからさ! それに明日、ラマニアンホロウに行くじゃん? ホシを捕まえんのに、あーしのコンディションの良し悪しはマジ最優先事項だから!」
「…………」
一理はあるかもしれない。
だが、このまま承諾するとタクミは寝る場所が無くなってしまう。
タクミは少しの間、考える。
「……分かったよ。じゃあ俺工房のソファで寝るから。部屋の物色とかすんなよ」
「!! あんがとー! キミってばマジ救世主じゃんね! えっと……キミの名前何だっけ?」
「タクミ」
「んじゃたっくん、あーしはもう寝るから! また明日よろ~!」
出発時間をリン達と一緒に決めた後、タクミは工房のソファで横になった。
ここのソファは寝心地は悪くない。
何度かここで昼寝もしてたので、眠れない事はないはずだ。
そんな時。
『助手三号』
「? Fairy、どうした急に」
タクミのスマホから、Fairyの声が聞こえた。
『助手三号に、お伝えしなければならない事がございます』
『明日の夕方、予定時間よりも早めに、
「……?」
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次の日、午後二時。
タクミはリン達より一足早く、澄輝坪へと戻って来ていた。
(例のAI、本当にラマニアンホロウにいるとするなら……)
ホロウに行く時間まで、まだすこし余裕がある。
もしかしたら儀玄なら何か知っているかもしれないと思い、タクミは適当観へと寄る事にした。
正門を通る。
すぐに儀玄、福福、瞬光の姿が見えた。
帰って来たタクミを見た福福と瞬光は、ぱあっと花が咲いたような笑顔を浮かべ、大きな尻尾をぶんぶんと振ってこちらに来た。
「……! タクミ、おかえりなさい!」
「やったぁ! もう依頼は終わったんですねっ! これで黄金の日は一緒に過ごせますよ!」
「あーその……ごめん二人とも。依頼はまだ終わってない……ラマニアン絡みの依頼だったから、ここに寄っただけなんだ」
揺れが止まり、二本の尻尾がびたーんと地面に落ちた。
「そ、そうなのね……ねえタクミ、その依頼ってもう終わるの?」
「黄金の日まで、あと数日もないですよ? ほ、ほんとに帰って来てくれるんですよねっ?」
「瞬光、福福。そんなに急かすな。顔を出してくれただけでもまだいいだろう……黄金の日までは、まだ時間もあるわけだ」
「でもお師匠さまだって、タクミくんが帰って来てないかしきりに確認してましたよねっ?」
「っ……コホン。それよりもタクミ、ここへ寄ったのは何か用があってか?」
分かりやすくスルーし、タクミの方を向く。
タクミは事情を簡潔に説明した。
「……なるほど。そいつが点灯式を壊そうと目論んでいるわけか」
「その犯人はラマニアンホロウにいるって聞きました。師匠たちのまわりでは、何か変な事は起こってないですか?」
「少なくとも、そういう話は聞かないな」
「盤岳先生たちはいつも通りでしたよね……」
「……ねえ、タクミ。その犯人がラマニアンホロウにいるって事は、まさか始まりの主と関係があるんじゃ……」
「それは俺も考えた。けど、行ってみない事には何も分からないな」
ホロウ調査には、ファイズの他にシーシィアがインターノットで雇った『腕利きのプロ』も来るらしい。
戦力に関しては、恐らく心配は要らないだろう。
シーシィア自身はラマニアンホロウには行かないと言っていたが。
「まあとにかく、その事なら私達でも目を光らせておく。とはいえ、期待はするな」
「ありがとうございます」
儀玄たちにお礼を言った後、タクミは適当観を出てラマニアンホロウへと向かった。
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ラマニアンホロウ内部、入り口付近。
ファイズに変身したタクミは、リン達を待っていた。
(……にしても、なんで変身して待つ必要があるんだ……? 『腕利きのプロ』に身分を明かさないため……?)
一応治安官であるシーシィアが、調査の為に何の関係もない一般人を雇うはずがない。
恐らくパエトーンの事も、ファイズの事も知っているはずなのだ。正体を隠す意味がない。
しかしFairyには『自身がタクミである事は明かさない方がいい』と言われた。
彼女の意図が、いまいちつかめないでいた。
(……そう言えばアリアと千夏が受けた依頼も、ラマニアンホロウで、この時間帯だったな。鉢合わせしないと良いな……)
タクミはこの時、少しでも疑うべきだったのだ。
ホロウでのAIの調査の場所と時間帯、アリア達が受けた依頼の場所と時間帯。
それらが見事に重なっているのが、本当に偶然なのかを。
「お待たせ!」
「お、来たか。じゃあ早速──」
ファイズは合流してきたリン達を見て、絶句した。
リンに対してではない。
彼女の両脇にいる、『腕利きのプロ』に対してだ。
「貴方が、店長さんの言ってたファイズさんだよね? 私はアリア、よろしくね!」
「う、うち……千夏言います! よろしゅう頼んます……!」
「……!!!」
シーシィアが雇った『腕利きのプロ』とは、アリアと千夏のことだった。