現在、午後十一時。
すっかり夜も更けてしまったので、今夜は適当観で過ごす事にした。
もちろん、アリアと千夏も。
タクミも入浴を済ませてさっぱりした後、夕飯を食べに食堂へ向かう。
その途中、タクミは人影を一つ見つけた。
「……」
アリアは中庭で一人、夜空を見上げてぼーっとしていた。
やがて、アリアはこちらに気づくと、笑みを浮かべた。
「あ、タクミくん……今日はありがとう。お夕飯できてるから、食堂においでって店長さんが」
「アリアは行かないのか?」
「私は、盤岳先生に蓄電器を借りたから、大丈夫。それに今は……ちょっと考え事がしたくて」
「……」
タクミは何も言わず、アリアの隣に座った。
それに対しアリアは少し驚いたような表情を見せたが、とくに拒むこともせずに、俯いた。
ホログラムを解き、知能構造体としての姿を見せる。
「……そういえば、タクミくんには話してなかったですね。アリアが、何者なのか」
アリアは元々、ホロウで破棄された『戦術構造体』の一体に過ぎなかった。
長らくホロウで眠っていた彼女は、とある『声』を聴き、目を覚ます。
その声とは……あるホロウレイダーが聴いていた、『歌姫セルシー』の声だった。
目覚めたアリアはホロウを出て、過去を忘れ、新エリー都での生活に身を置いた。
そうしていくうちに、アリアは初めてセルシーの歌を聞いたときの感動を皆に伝えたいと、強く思うようになる。
声や歌い方をセルシーのものに近づけ、歌う事にした。
「そんなある日、セルシー様のマネージャーさんがアリアを見つけて……『歌えなくなった彼女の代わりに歌って欲しい』と頼まれたんです。後から知ったんですが……セルシー様はもうその時から、舞台から身を引く事を考えていたそうです」
『願いの妖精』にも背中を押され、アリアは残されていた公演のために、歌を録った。
セルシーが引退した後、アリアは元の生活に戻り──その際に羽や千夏と出会い、『妄想エンジェル』を結成したのだった。
「新エリー都に来てからの生活は、とっても楽しくて、幸せでした。セルシー様と出会えて、ちなつちゃん達と出会えて、店長さん達と出会えて……そして、タクミくんと出会えた」
「…………」
「それでも……アリアが『戦術構造体』として生きていた過去は消えません。今日『仲間』と会って、そう強く感じました」
「! それは──」
「分かってます。過去に囚われてちゃいけないって。さっき盤岳さんと少しお話したんですけど……これはその時に教えて貰った言葉です」
『人の歩みは、重き荷を負いて彼方へ行くが如し』
『来し方の過ちは路傍の石となり、己だけでなく、共にゆく者たちの足をも止めるだろう』
「盤岳さんも、似たような経験をしたみたいで……過去と向き合わないと、ちなつちゃんや羽ちゃんの負担になっちゃうって……そう思って」
「……ライブは続けたいんだよな?」
「は、はい……それはもちろん! でも……もしアリアのせいで、大事な友達が傷ついたらって思うと、凄く怖くて。……どうすれば、良いと思いますか?」
そう聞いてきたアリアの瞳は、迷いで満ちていた。
ライブはしたい。
だが友達は傷つけたくはない。
自身と妄想エンジェルの未来を憂うその眼を見て、タクミは口を開く。
「……アリア。お前が考えてる事を当ててやる。最悪、黄金の日のライブは二人に任せればいい……なんてこと考えてるだろ。自分の過去と向き合うために」
「っ!! そ、それは……」
「図星だな。お前が責任感が強いやつだってのは分かってる……そういう考え方をするのも、仕方のない事だ。実際、そういうのに折り合いをつける事は大事だ。けどな」
タクミはアリアの眼をじっと見つめる。
彼女は狼狽えるが、目を逸らす事は出来なかった。
「それは
「…………」
過去と向き合う。
それは、未来を捨ててしまうことではない。
「傷ついたり、あるいは傷つけたりしてしまったとしても、それでもいい。あの二人は、それでもアリアと一緒に歩きたいんだ」
「……受け入れて、くれるんでしょうか。アリアは、兵器なんですよ? そんな、都合の良い事が……」
「信じられないなら、ちょっと『身の上話』でもしようか。本当は羽もいる時に改めて話そうって思ってたけど……アリアには今、話しとく」
「……え?」
何の話か、と。
そう聞く前に──
タクミの顔に、模様が浮かび上がった。
そして瞬く間に、その体は白い光に包まれ……
「……!!」
人間だった彼の姿は、異形と化す。
ホッパーオルフェノクへと、変身した。
怪物になったにもかかわらず、ホッパーオルフェノクは先ほどと同じ声音で話を進める。
「これが俺の、もう一つの姿だ。アリアも聞いたことがあるだろ? オルフェノクの存在を」
「……おる、ふぇのく」
「ああ。エーテリアスよりも恐ろしい、あのオルフェノクだ。俺は実は、化け物だったんだ」
「…………」
「経緯が複雑すぎるから、あえて詳細は省く。俺が言いたいのは、姉ちゃんも盤岳先生も適当観の皆も、この事を知ってるって事だ。
タクミの事を何も知らない人が見たら、悲鳴を上げて逃げ出すであろうその姿。
それを見ても、アリアはどういう訳か、恐怖心を感じる事はなかった。
姿はまるっきり変わってしまったのに、タクミといる時の安心感は、微塵も変わらなかったのだ。
「実を言うとだな。俺も前に、アリアと同じ事で悩んだことがある。オルフェノクになってしまった以上、皆と一緒にいていいのかって。だから、傷つけてしまう前に、いなくなってしまおうって」
「! タクミくんも、同じ事を……」
「ああ。でも、姉ちゃん達は……そんな事を承知の上で、離れないで欲しいって、一緒にいて欲しいって……そう言ってきたんだ」
自身が傷つけられる事よりも。
離れ離れになってしまう事の方が嫌だと。
たとえどんな姿だとしても一緒にいたいと、そう言われた。
「一緒に生きる、
「……ちなつちゃんも、羽ちゃんも……アリアと、一緒にいたい、んでしょうか」
「その答えは俺よりも、お前の方が良く知ってるはずだ」
「…………」
アリアの脳裏に浮かぶ、千夏と羽の顔。
傷つけたくない。拒絶されたくない。
その思いとは裏腹に、あの二人が自身を拒むような光景はどうやっても思い浮かべることはできなかった。
「……タクミくんの、言う通りですね。まずは、羽ちゃんとちなつちゃんと三人で、ゆっくり話し合ってみます。三人でなら、きっと黄金の日のライブも無事に──」
『アリアさん? その結論は……いささか軽率と言わざるを得ませんねえ~』
アリアが持っていたタブレットから、声が聞こえた。
「! 願いの妖精さん……?」
『良くないなぁ、こういうのは。僕を放って他の人に相談するなんて……今まで一緒に壁を乗り越えてきたじゃないですかあ。もう僕の事はいいんですか?』
「そ、そんな事……! 願いの妖精さんだって、頼りにしてますから……!」
『じゃあ
「……!」
タクミはタブレットから聞こえる『願いの妖精』の声に違和感を抱いていた。
会話履歴とはだいぶ違う。
ここまで人を食ったような話はしていなかった。
だが、声は似通っている。
『黄金の日のライブは失敗できない事、知ってますよね? アリアさん自身の問題で、他の二人のパフォーマンスに影響を及ぼす恐れだってあるんです。手を煩わせるわけにはいかないでしょう?』
「……!」
(……!おかしい……いつも通りなら、願いの妖精はここで背中を後押ししてくれるはずだ)
『お友達を傷つけ、ライブは大失敗……そんな事になるくらいなら。いっそ今後の為に、黄金の日のライブは出ない事をお勧めしますよ?』
「…………」
アリアは『願いの妖精』の言葉を聞いた後、しばらく考え……やがて口を開いた。
「……ありがとうございます、願いの妖精さん。アリアの為に、色々考えてくれてるんですね……」
『ええ、ええ、もちろん。今まで貴女が頑張ってきたことは、しかと見守ってきましたから。だから──』
「けど、ごめんなさい。まずは二人とお話をさせてください……アリアは、『妄想エンジェル』だから……黄金の日のライブに出るかは、三人で話し合って決めます」
「アリア……」
『……なるほど』
『願いの妖精』は、アリアの返答に食い下がる事はしなかった。
何か言いたげな感じではあったが、妖精はこれ以上何も言わなかった。
『……まあ、そういう事なら止めませんよ。黄金の日のライブ、応援してますからねえ』
「は、はい! ありがとうございます、妖精さん!」
タブレットの画面が暗転し、声が聞こえなくなる。
タクミは今しがたの妖精の発言に、違和感を捨てきれずにいた。
何か嫌な予感がすると……本能で感じ取った。