ゲーセン『GOD FINGER』でスネークデュエルを遊んだ帰り。
タクミは、ビデオ屋の前で誰かがいる事に気がついた。
「朱鳶さん?」
「……あ、タクミくん! ちょうど良かった」
タクミを見つけた朱鳶はこちらに駆け寄る。
彼女はビデオ屋によく来る。
最初は治安官ということもあり、少し警戒心があったタクミだった。しかし、何度か話していくに連れそれも薄れ仲良くなっていった。
店内に入り、朱鳶と話す。
「今日は少し頼みたい事があって。店長さん達はいますか?」
「兄ちゃん達は今出掛けてますよ。うちに何か用ですか?」
それを聞いた朱鳶は少し考え込んだ後、こう言った。
「……それじゃあ、タクミくんにお願いしても良いでしょうか?」
「俺に?」
「ええ。詳しく説明する前に、まずはこの書類にサインをお願いできますか?」
そう言ってタクミに差し出したのは、捜査協力に関する秘密保持契約についての紙だった。
何をするのだろうか。
「……えっと、ここにサインすれば良いんすよね?」
「はい。ありがとうございます。それでは今から頼む事について説明しますね」
どうやら治安局の方で古いビデオテープを押収したらしい。
しかし、そのテープはラベルが剥がされ真っ黒な状態であると言う。
テープの中身を知る為、治安局の再生機器でビデオを再生しようとしたが、後方互換のない旧式であるためか、再生することが出来なかった。
「──そんなわけで、店長さんの所の設備をお借りして、内容を確かめられたらと思いまして」
「……それなら俺の部屋にありますよ。良かったらそこで」
「助かります。旧式のビデオを再生できる場所と言ったら、ここのビデオ屋しか思いつかなくて……それじゃあ、お邪魔しますね」
朱鳶はビデオテープを持って、タクミと一緒に二階へと上がる。
タクミの方は、ラベルの剥がれたビデオテープについて何かが引っかかるような感じがしていた。
確かどこかの映画でラベルのないビデオを再生する、みたいなシーンがあった。
それがどの映画だったか、必死に記憶の引き出しを探っていき……タクミは気づいた。気づいてしまった。
────これ、呪いのビデオテープじゃね? と。
「…………」
途端に冷や汗が溢れ出す。
黒いビデオテープ……再生すれば、恐ろしい怪異が液晶の向こう側から飛び出し、ビデオを観た者を襲うというお約束の展開。
アンビーに(無理やり)見せられた映画のシーンが頭の中で蘇る。
そして部屋の前に着く。
「……た、タクミくん? どうしたんですか?」
「しゅっ……朱鳶、さん……やっぱり、観るのやめませんか……?」
「え? どうしてですか? あ、もしかして今は再生機器は使えないとか?」
「い……いや、そうじゃなくて……それ、呪いのビデオなんじゃねぇかなぁって……」
それを聞いた朱鳶は苦笑する。
「まさか、そんなわけないじゃないですか。そんなのホラー映画でぐらいでしか見ませんよ?」
「だ、だってビデオテープのラベルって簡単には剥がれないんすよ!? 絶対呪い系ですって!やめましょうよ!」
「そうは言っても……押収したビデオの内容を把握しないといけませんし」
「……っ」
タクミの顔は青ざめている。協力すると言った手前、やっぱり出来ませんとは言えないでいた。
「…………」
僅かに震えるタクミを見た朱鳶は、自分の中で何か良くない感情が芽生えているのに気が付いた。
嗜虐心、とでも言うのだろうか。
何故か無性に、からかいたくなってしまった。
「……タクミくん」
「……はい?」
「もしかして、怖いんですか?」
「怖くないですが???」
そしてタクミもタクミで要らないプライドを発揮し、結局ビデオテープを再生することになった。
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「大丈夫ですよタクミくん。もし本当にそういう系ならすぐに再生を止めますから」
「わ、わかりました」
旧式のビデオデッキにテープを挿入する。そして液晶に映像が流れ始める。
女性が何かのインタビューを受けている様子が映し出されていた。
今のところ、ホラー要素は何一つとしてない。
(……なるほど、油断させておいていきなりびっくりさせてくるタイプの奴か)
タクミはこれから来るかもしれないであろうジャンプスケアに警戒し、目を閉じる。
朱鳶はと言うと──
(あれ……? これって……)
映像の女性が受けているインタビュー内容からビデオの内容を察する。
(これは……ダメな奴──)
そして場面が移り変わり、朱鳶の察した通り『あのシーン』が映し出された。
「〜〜〜〜ッ!!」
「!?!?!?」
そこから朱鳶の行動は早かった。隣で既に目を閉じていたタクミの両耳を大急ぎで塞ぐ。
「うおおお何!? なんなんだよ!?!?」
「タクミくん! そのまま目を閉じて! 何も見ちゃダメです!聞いてもダメです!!」
「な、何が!! 何が映ってるんすか!!」
「だから見ちゃダメです!! タクミくんにはまだ早すぎます!!」
タクミの両耳をガッチリとガードし、ビデオから流れる女性の声が聞こえないようにする。
タクミの方は何が起こっているのかが分からず、目をギュッと閉じたままじっとするしかなかった。
そして朱鳶は視覚と聴覚をシャットアウトさせたタクミを部屋から出し、大急ぎでリモコンでビデオの再生を停止させた。
「……! ……!!」
「あ、あの……朱鳶さん」
「…………」
「……朱鳶さん?」
「あっ、はい! 何でしょう!?」
「さっきは何が映ってたんですか? やっぱり呪いのビデオだったんじゃ……」
「……あー、えっと」
幸いにもビデオの内容は見られてはいないようだった。咄嗟の判断が功を奏したようだ。
「……ビデオの内容はスプラッタ系のホラー映画でした。タクミくんにはちょっと早すぎるかと思って」
「……あの女性の所からそこまで凄惨なシーンが……?」
「そ、そうなんです。あ、呪いのビデオとかではありませんでしたよ」
タクミには呪いのビデオテープでは無かった事を伝えさえすれば良い。
……本当はあっち系のビデオだった、なんて事を言う必要はない。
「その……ありがとうございました。タクミくんのおかげでビデオの内容は把握できました」
「……そうっすか? それなら良かったですけど」
「それでは私はこれで失礼します。あ……それとタクミくん」
「なんですか?」
朱鳶はタクミの両肩に手を置く。
まだアキラとリンは帰って来ていない。
もしあの時帰ってきていたら、彼らはタクミの部屋から艶かしい声がするのを聞くことになる。
間違いなく誤解されていただろう。幸運だった。
「さっきの事ですが……サインした書類にもあった通り、誰にも言わないでくださいね。店長さん達にもです」
「わ、分かりました──朱鳶さん何か顔赤くないっすか?」
「きっ……気のせいです!」
朱鳶はビデオ屋を後にする。
一人の少年を不健全な世界からなんとか守ることができ、ほっとするばかりであった。