ZZZ × 555   作:びぎなぁ

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甘美なる呪物

 

 

 

 

 

 

ヴィクトリア家政のセーフハウスにて。

 

 

「タクミ様、ようこそおいでくださいました」

 

 

黒いメイド服を身にまとった、柔和な笑顔が特徴的なメイド長、リナが玄関から出迎えに来た。

 

バレエツインズの件が終わった後、タクミはリナからスイーツを振舞って貰える、という事でここに来ていた。

 

 

「こんにちはリナさん」

 

「お待ちしておりましたわ。さぁ、お上がりになってくださいまし」

 

 

リナに連れられ、屋敷内の廊下を歩く。しかし、ここにはリナ以外の気配が感じられなかった。

 

 

「……リナさん。ライカンさん達は?」

 

「今日は急用で外出しておりますわ。恐らく夕方までは帰っては来ないかと」

 

「へぇ……」

 

「タクミ様の方は如何ですか? お身体の具合は、もう差し障りはありませんでしょうか」

 

「大丈夫だぜリナさん。見ての通り、バリバリ元気だ。今日だってスイーツを食べれるのを楽しみにしてたからな」

 

「フフフッ……左様でございましたか」

 

 

リナはより温かな笑顔を見せる。

 

 

「スイーツの方は只今、作っている最中でございます。もう少しで出来上がるので、それまでの間食堂でお待ち頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「勿論。楽しみにしてるぜ」

 

「ええ、このリナにお任せ下さい♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

案内された食堂で待つ事十数分ほど。食堂の扉が開かれる。

 

 

「お待たせしました。リナ特製パンケーキですわ」

 

「おお、待ってま────!?」

 

 

テーブルに置かれた料理を見て、タクミは自分の目を疑う。

 

皿の上にあったのはパンケーキ……ではなく、何か……こう、形容しがたい何かであった。

 

しっっっっかりと料理を観察すれば、これがパンケーキであることは辛うじて分かる。

 

ただ、この見た目はなんなのだろうか。

 

 

まずパンケーキの生地の色。何を入れたらこんな濁りに濁った色を出せるのだろうか。

 

エーテル物質でも混ぜ合わせたのか。

 

 

次にパンケーキにかかった鮮やかな紫色のソース……いや、これはソースと呼んで良いのか。

 

最初見た時は紫芋か何かを使ったソースなのかと思った。秒で違うと結論付けた。

 

魔族の血液なのかもしれない。

 

 

極めつけはパンケーキの重ねた生地の間で蠢く触手。なぜ触手が生地の間から飛び出ているのか。

 

触手とパンケーキ。相対するはずの無い二つの存在が、目の前に置かれた皿の上に同居している。

 

この触手はなんなのか。タコか。きっとタコなのだろう。そうだと信じたい。

 

パンケーキにタコを入れるのも普通は変な話であるが、この見た目ならタコであって欲しい。

 

 

「……タクミ様? 如何なされましたか?」

 

「えっ、あっ」

 

 

目の前の情報を処理するのに夢中で、料理を作った本人であるリナの事を忘れていた。

 

 

「……リナさんが、これを作ったんだよな」

 

「ええ。腕によりをかけて、パンケーキをお作り致しましたわ♪ お口に合えば良いのですが……」

 

 

自信満々にそう言ってのけるリナ。その表情を見るに悪気は無いみたいだ。

 

これをパンケーキと言い張るなら、リナは『パンケーキ』が如何なるものなのかを知らない可能性がある。

 

『リナさんはおっちょこちょいだなぁ』などと現実逃避している場合では無い。

 

認めるしかない──リナは、メシマズである。

 

 

作法、言葉遣い、業務遂行能力、etc……どれを取っても完璧であるメイド長のリナがただ一つだけ苦手な事……それは料理。

 

加えて、恐らく本人はそれを自覚していない。

 

リナはきっと、本心からタクミの為に美味しいパンケーキを味わって貰いたいと作ったのだ。

 

現にリナはタクミに対して屈託のない、優しい笑顔を向けている。

 

リナも(先程までの)タクミと同様、この日を楽しみにしていたのかもしれない。

 

ならば。ここで食べないという選択を取るのは酷というものだ。

 

 

「……いただきます」

 

「ええ、召し上がれ♪」

 

そもそもだ。見た目がアレなだけで、味は至って普通なのかもしれない。

 

意を決してフォークとナイフを手に取り、食べやすいサイズに切る。

 

 

『ギィィィイイイイイイイ!!!』

 

 

何故パンケーキから断末魔が聞こえるのか、などと考えてはいけない。

 

タクミの使命はただ一つ、リナを悲しませない事だ。

 

そしてフォークで刺したそれを──口に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「──ごちそう、さま、でした。すげー、おいしかったです」

 

「もう食べ切ってしまわれたのですね。リナは嬉しゅうございます♪」

 

 

全てのパンケーキ(+おかわり)を平らげたタクミは、表情を崩さずにそう言った。

 

やった。やってやったぞと、満身創痍のタクミは心の中でガッツポーズをとる。

 

……ちなみに味の方だが、何も覚えてはいなかった。辛いのか、苦いのか、甘いのか、酸っぱいのかよく分からなかった。

 

パンケーキを胃にぶち込むのに必死で味覚が死んでいたのかもしれない。

 

今なら雑草ですら美味しく感じるかもしれない。

 

 

「ご満足頂けたようで何よりですわ。それではお皿をお下げいたしますわね」

 

 

ごゆっくり、とリナはフワフワとキッチンへと向かっていった。タクミは胃の中のパンケーキを消化すべく、目を閉じる。

 

 

「ただいま戻りました──おや、タクミ様。いらしていたのですね」

 

 

それと同時に、ライカン達が帰ってきた。

 

 

「……? タクミ、食堂で何してたの」

 

「ああ、実はリナさんにパンケーキを振舞って貰っ──」

 

「カリン! 急いで救急箱を! エレンは水を! 私はタクミ様を寝室へお連れ致します!!」

 

「は、はい!!」

 

「えっ、ちょ──」

 

「申し訳ありませんタクミ様……私の情報伝達が至らなかったばかりに……!」

 

「えっ」

 

 

どうやらヴィクトリア家政では、最初に客人に『リナの料理は食べるな』という忠告をするようにしているらしい。

 

それをすっかり忘れていたとのこと。

 

 

「〜♪」

 

 

ちなみに水を汲みに行ったエレンの話によれば、キッチンで皿洗いをしているリナはこれ以上無いくらいに上機嫌だったという。

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