迷宮鎮魂譚-ダンジョンで冒険者の遺品を回収して生き抗う小人族は英雄になれるのだろうか-   作:ゴリラズダンジョン

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かつての亡霊

「あの屋敷だ」

 

 辺境伯の屋敷は、彼が収めている領地とは少し離れた川沿いにある。

 当初は到着までに二日ほど時間を要するとみていたが、僅か一日半で目的の屋敷に到着した。

 

 正直、何かしら障害がでてくると思っていたので、拍子抜けではある。

 ただパンドラの箱が眠っているのは、あの屋敷の地下だ。

 

「どうしますか?」

 

「深夜になるまで待って、俺が屋敷に侵入して来る。お前はここで待機だ。もし何かあれば、分かり易い合図を出すから、屋敷に向かって魔法をぶっ放して気を惹いてくれ」

 

「分かりました。でも本当に一人で大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だ。俺にはこれがある」

 

 いって、ツヴァイがバックパックから取り出したのはゴーグルだ。

 

「これは壁を透視して、生命反応を確認する事が出来る優れものだ」

 

「す、すごい……どこで手に入れたんですか?」

 

「俺が作った」

 

「ツヴァイさんも、アスフィさんと同じアイテムメーカーなんですね」

 

万能者(ペルセウス)と同じにするな。あれは他人のために魔道具を作れるが、俺は俺が生き抜くためにしか……って、ここで自虐しても意味はないか。まぁ俺が器用なのは否定しない。ただこのゴーグルは、ダンジョンの分厚い壁を透視する事は出来なくてな。泥棒でもしない限り、使い道はないと思っていたが――まさか、役に立つ日が来るとは」

 

 ゴーグルを着用して、屋敷の中を見通す。

 入る前に、まずどれだけの敵がいるのか、確認しようとした。

 

 だが、少なくとも地下を除いた屋敷の中には生命反応がなかった。

 

 留守にしている……ということはないだろう。辺境伯ほどの地位を与えられている者が、護衛の一人も雇わないなど有り得ない。

 実際、暖かみのある魔石灯の光が外に溢れ出して来ている。

 

「壊れたか?それとも……」

 

 一度ゴーグルを外したツヴァイは、ベルに待機を命じて、一人屋敷に忍び寄った。

 壁に近付いて、聞き耳を立てる。……が、人の声は勿論、気配も一切ない。

 

 本来はもっと夜更けに侵入する予定だったが――人がいないのであれば、今侵入しても変わらないだろう。

 

 一度ベルの元に、ツヴァイは戻った。

 

「屋敷の中に、人の気配がしない。プラン変更だ。一緒に屋敷に入って、地下の扉を探そう。見付けたら俺が先行するから、お前は待機して誰かこないか見張っておいてくれ。分かったか?」

 

 息を殺して頷いたベルと共に、今度は一緒に、屋敷に向かう。

 事前に見当を付けていた厨房の窓から小さな体を滑り込ませたツヴァイは裏口を開け、ベルを屋敷の中に迎え入れた。

 

 厨房のシンクはそこまで錆び付いていない。作りかけのリゾットはすっかり冷めてしまっているが、腐臭まではしなかった。

 遂最近まで、この屋敷に誰かが居た証拠だ。

 

 厨房を抜け、次はエントランスに出る。魔石灯で出来たシャンデリアがぶら下がっているが、不自然に一つだけ点滅していて気味が悪い。

 だがやはり、人の姿はないようだ。

 

 ただ問題は『地下』である。

 

 再度人の気配がないことを確認して、ツヴァイは『書斎』に向かった。

 

 国境沿いの村で聞いたメイドの話だと、書庫に多くの人が出入りしていたと聞いている。

 重々しい歴史を感じる扉を開けると、一屋敷にしては十分過ぎるほどの書物が収納されていた。辺境伯は熱心な読書家なのだろう。

 

 科学的な知識が記された学術書も多いが、その反面、英雄譚なども多く収納されている。

 

 ただどれだけ物色しても、地下に続く階段らしきものは見当たらない。

 

 その時、ゴゴゴと。突然、ベルが触っていた本棚が動き始めた。

 

「何をした」

 

「何もしてません。ただ、英雄譚に挟まれる何だが凄そうな本があって、それで触って見たら……」

 

 ベルが持っている一際豪奢な、著者も題名もなかった。

 やがて、本棚の下から姿を現したのは『階段』だ。

 

 あの本が、地下に行くためのトリガーだったのだろう。

 

「とにかく、でかした。それじゃあ、さっき言った通りにな」

 

 息を殺して、ダンジョンに潜る気分で階段を降りてゆく。

 

 地下は、正に実験室といった様相を呈している。

 

 色とりどりな化学薬品が棚に並び、実験用具が至る所に転がっていた。その中で目を引くのが、中央にある縦型の装置だ。

 装置の中は緑色の液体で満たされていてる。何かを培養していたのだろうか。

 同じ装置が三つ並んでいるが、中に何か入っている訳でもない。

 

 さて。ここまで来れば、ゴーグルで地下に生命反応がないか透視できる。一応、やっておこうか――いや、辺りを見渡せないほど暗い訳じゃないし、自分の目で見た方が確実だ。

 

 それに、物音ひとつしない。既に天使の遺体ごと、運び出されていると見るのが妥当か。

 

 ただ全てを調べた訳ではないので、引き続き前に進む。すると、奥の部屋から冷気が漏れ出している事に気付いた。

 扉を開けると、そこには無数の棺桶が立てかけられている。冷気が漏れ出ているのは、更にこの先だ。

 

 素手で触れば、たちまち皮膚が凍り付いて悲惨な事になるだろう。だから血の通っていない右手で扉をこじ開ける。

 

「これは――」

 

 中は正に冷凍庫だった。ただ冷凍庫にしては、何十人も人が寝泊まりできるくらい大きい。

 

 沢山の寝台が並んでいる。この場所で運んで来た遺体を管理していたのだろうか。

 確かに生き返らせるのであれば、氷漬けにしておかないと腐食して、やがてただの骨になる。

 

 ただ今は、誰の姿もない。

 

 やはり、既に星火たちの遺体は運び出されてしまった後なのだろう。だがそれにしても不用心過ぎる。

 用が無くなったからといって、ここまでの証拠を残しておくだろうか。

 

 証拠を問い詰められたとしても、問題ないほどの準備が整っているのだろうか――。

 

 あるいは――見た者を逃がさない番人がいる、とか。

 

『ファイア・ボルト!!!』

 

 その時、少年の裂帛の気迫が地下まで響き渡って、屋敷が揺れた。

 何かあったのだろう。直ぐに彼の元に向かう。

 

 階段を上ってまず見たのは書庫にあいた大穴、その向こうのエントランスでベルが何者かと戦っていた。

 

 あの顔、見たことがある。

 

「確か……ディックス・ペルディクスだったか?」

 

 ゼノスの一件で、彼と鉢合わせてしまった事があった。

 

 闇派閥に組する糞野郎だが、有象無象ではなくLv5の第一級冒険者だ。

 

 ただゼノスのデカい牛に殺されたと聞いていたが――。

 

「どうして、貴方は死んだって……!」

 

 ベルも生きているディックスに戸惑っている様子だ。

 

「……そうか、既に遅かったか」

 

 ディックスの目を見れば分かる。あの妄執に囚われていた赤い瞳はそこにはない。

 あるのはただ、永遠にも等しい『虚無』だ。

 

 あれは生きる屍だ。そしてそれを成したのは、言うまでもない。

 

 既に星火の魂は殺生石に封じ込められてしまっていたのだ。

 

 そしてそれは、フェルズが予測していた『最悪』が当たっていたことを示している。

 

「そいつは死人だ。俺たちは一足遅かったって事さ」

 

「くっ、どうしますか?」

 

「そうだな。もし生き返った死人を見たら、一度情報を持ち帰るのがフェルズとの約束――つまり、ウラノスの意思だ。だがここで逃げれば、こいつは何をするか分からない。その矛先は、無垢な一般市民に向くかもな」

 

 普段であれば、他人など思いやらない。

 その力も責任も、ツヴァイにはないのだ。

 

 しかし、こうしてディックスが再び生を受けているのが、星火の――大切な仲間の力である可能性が高い以上、無視はできない。

 彼女の力で誰かが悲しむことを、ツヴァイは許せないのだ。

 

「というわけ、ベル・クラネル。頑張れ」

 

「ちょ、見てないで戦ってくださいよ!?」

 

「死人は死人でもLv5だ。真面に攻撃を受ければ、俺は簡単に死ぬ。だからまずは見極めるのが先だ」

 

 死人と戦うのは初めてだ。

 

 どういった意識行動をとるのか、知っておきたい。本来ならば戦いながらそれを見極めなければいけないが、今回は体のいい囮――ではなく、信頼できる仲間がいる。

 

「魔法は使わないのか……。おいベル・クラネル、お前は確かディックスと戦った事がある筈だな?」

 

「が、頑張って戦ってるのに、話し掛けないで下さい!?」

 

「む、そりゃそうだな。良し、分かった」

 

 ツヴァイは左手首の魔道具――スパイダーシューターのギアを変更する。そして、ディックスに向かって放出した。

 この魔道具には二段階のギアがある。ギア1は移動のために一本の糸を射出してくっ付け、ギア2は独立して纏まった糸を放出するモードだ。

 

 発射された糸は相手の顔にへばり付いて、その視界を奪った。

 

 この糸は深層のモンスターからしかとれない貴重な素材でできているので、剥ぐには時間が掛かるだろう。

 

「今の内に、作戦会議だ」

 

「今の内にやっちゃったらいいんじゃ……」

 

「上級冒険者だぞ。視界を奪っても下手に近付けば、やられる。さて、さっきの質問の答えを聞こうか」

 

「えーっと、はい戦った事はあります。呪詛をまき散らしてた代償で、レベルダウンしてましたけど」

 

「どうだ、その時と比べてディックは強いか?」

 

「僕もレベルアップしてるので何とも言えないですけど……ステイタスダウンしてた時と同等、もしくはそれより弱いと思います。力とか速さじゃなくて……その、判断が悪いように感じます」

 

「やはり、意識は殆どないと見るのが妥当か。ただ、駆け引きが通じない獣の怖さもある。……そうか、分かった」

 

「良かった、やっと力を貸してくれるんですね」

 

「いや、まだ俺は戦わないが」

 

「僕、貴方に何か悪い事をしましたか!?」

 

 まだまだ情報が足りない。

 

 追い詰められたときに、魔法を放ってくる――なんて可能性もある。

 

「未知を既知にするのは、冒険者の仕事だろ?」

 

 それらしいことを言って、ただ見る。

 糸を剥いだディックスは再び。ベルとの戦闘を始める。

 

 死人という、初めての相手ではあるが、ベルは器用に対処できている。

 ツヴァイが手を貸さなくても、時期に攻略法を見付けて、勝手に勝ちそうだ。

 

「ベル・クラネル、できるだけ長く戦ってくれ。より多くのサンプルをとっておきたい」

 

「人でなし!!!!!」

 

 シンプルな悪態を吐いて、少しベルは守備に割合を振った。

 

 そうして暫く戦ってくれたおかげで、分かったことが二つある。

 

 まず、死人の攻撃には『パターン』があった。臨機応変に対処してくるわけではない。

 

 そして一番気になったのは、戦っている最中、一度もツヴァイを警戒して来ていないことだ。

 糸を射出できる左手は警戒されている様子だが、ツヴァイ・ティミドには無関心である。

 

 ディックスの二つ名は【暴蛮者(ヘイザー)】、他人を見下してその命すら奪う事に愉悦を抱く異常者だ。

 

 だが一度、ツヴァイは彼から逃げおおせている。少なくともこの脚は脅威であると、生前の彼から認識されていた可能性の方が高い。

 

 しかし、ディックスはツヴァイを見ていない。

 

 導き出される仮説は、死人は理性よりも『本能』の割合の方が強いということ。

 そして、彼は本能で小人族は弱者だと嘲っている。――好都合だ。

 

 ベルの影に紛れ、悠々とディックスの懐に飛び込んだツヴァイは、その銀の衝撃を叩き込む。

 

 何時もと比べて、掌に乗る感覚が強い。想像以上に、死人の体は脆いらしい。

 だが罅が入っただけで、決定打にはなっていない。

 

「今だ、ベル・クラネル!!!」

 

「ファイア・ボルト!!!!!」

 

 苛烈な炎雷が、死人を弔うべく轟いたのだった。

 

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