迷宮鎮魂譚-ダンジョンで冒険者の遺品を回収して生き抗う小人族は英雄になれるのだろうか- 作:ゴリラズダンジョン
「はぁ、はぁ……」
義腕で打ち上げられた無防備な体に放たれた炎雷は、ディックスの骸を半壊させた。
死人ということで火には弱いのだろうか。右腕が消失して、焼け落ちた体の前面からは黒い煙と肉の焦げた匂いが昇っている。
「や、やりました……」
そういって戦闘態勢を解いたベルが、こっちに振り返ってくる。
その後ろで、ゆらりと。ディックスの体が起き上がった。
「ふっ!!!」
咄嗟に加速したツヴァイは、その胸の奥で光るもの――魔石を破壊する。
するとディックスの体は、足元から徐々に灰に成り始めた。
「魔石……?」
砕けた魔石の中からは、小さな石――殺生石がでてくる。
「なるほどな。魔石に組み込むことで、殺生石の効果を向上させているのか」
「でも、ディックスさんは簡単に操られるような人じゃない筈です」
生き返ったディックス・ペルディクスに『意思』はなかった。
だがそれは何らかの力で抑制されている訳ではない。
「元々、生き返しの力には時間の制限がある。魂が完全に抜けきってしまった場合、呼び起こしたとしても、そこにいるのはただの『抜け殻』だ」
おおよそ二十四時間がリミットだと、星火は言っていた。
「その屍をどうやって操っているかは分からないがな。さて……ベル・クラネル、言いたい事は分かるな」
「ごめんなさい、油断しました」
「それもあるが、もし本当に相手を殺す気があるなら、あそこで追撃した筈だ。相手は動く屍だ、情はかけるなと言った筈だが?」
「で、でも……折角生き返ったのに、又殺されるのは、その……可哀想だと思ってしまった」
「はぁ、お前は甘いな。まぁそれでその高みまで来てる訳だから、否定はしない。だが可哀想と思うならこそ、死人は葬ってやれ。自我と衝動の狭間で、ただ戦わせられるのはただの『悲劇』だ。――昔、ある兵士が居た。その兵士は、特攻を命じられ、一度命を落とした。だが、ある狐人の妖術で蘇った。命じられるがままにそれを何度も続ける内に、兵士は死の恐怖を克服した。気付けば特攻する度に、笑うようになっていた。やがて戦争が終わり、その兵士は無事に母国へ帰った。……自殺したのは、その日の夜だったそうだ。兵士は遺書にこう書き残した。『死の恐怖を忘れ、自分が自分で亡くなっていく事が恐ろしくてたまらない』ってな」
死の恐怖がない人間など存在しない。
それは根本的に破綻してしまっている。神だって、死ぬわけでもないのに多くが下界を離れる時に恐れる筈だ。
それを失うということは、自分が自分でなくなると同義である。勇気とも、無謀とも違う、それはただの悲劇でしかないのだ。
それを理解してくれたのか、ゆっくりとベルは頷いた。
「あァ――」
「なんだ、まだいたのかディックス・ペルディクス」
モンスターと違って、格である魔石を失っても、灰になる速度が遅い。
人間の意志力の介在が理由だろうか。
何か言いたいのか、喉を震わせている。やがてその瞳に虚無以外の色……生者としての微かな光が宿った。
「のう、えん……」
そういって、ディックスの体は完全に灰となって、夜風と共に攫われた。
「農園?来世は、田舎でゆっくり暮らしたいってか?」
「あれですよ、あれ。神様たちが言う、ダイイングメッセージって奴です」
「手掛かりってことか。さて、ここからどうするか……」
事前に決めた話では、仮に死人が蘇る状況になっていた場合、一度情報を持ち帰って対策を練ると決めていた。
実際、それが最も安全で賢い。
もしかしたら、星火の遺体は用済みだと焼却されているかも知れない。
だが、彼女の力で何かが起きようとしているのは事実だ。
それに、仮に情報を持って帰っても、恐らく直ぐに状況は解決に向かわない。
『証拠』が少な過ぎるのだ。冒険者の遺体が非合法な実験に利用されていたとしても、この場所がオラリオからは遠く離れた場所である以上、無闇に手を出す事は出来ない。
首謀者に、国でも一定の権力を有する辺境伯が関わっているともなると猶更である。
力には相応の責任が宿る。
自由の象徴と思われがちな冒険者だが、その実、彼らが自由に動けるのはダンジョンの中だけだ。
だが一度この状況を見過ごしてオラリオに戻れば、その間にどれだけ多くが傷付くだろうか。
正直、他人の命など、どうでもいい。だが自分の力で誰かが泣く事を、星火は望まないのだ。
「……ベル・クラネル、お前は一人でオラリオに戻れ。俺は、残って役目を果たす」
「僕も一緒に残ります」
「駄目だ。俺は今から、無謀に身を投じる。お前を巻き込むわけにはいかない」
他人の命など、どうでもいい。
だが自分の都合で、他人を欺いて命を脅かす気はない。勿論、悪人であれば、存分に使ってやるがベルは生粋のお人好しだ。
それに、次代を担う英雄候補の一角でもある。
「もしディックスさんみたいに強い冒険者が沢山生き返ってるとしたら、きっと多くの人が傷付く事になる。僕はそれを見過ごせない。それに、ツヴァイさんを置いて帰る事は出来ません」
「見捨てろ。俺はただの他人だぞ?」
「他人じゃない。ここまで一緒に旅をして来た仲間です」
「仲間……仲間か」
意志の弱いツヴァイでは、ベルを納得させる事は出来なさそうだ。
「だが仲間は言い過ぎだな。あとにも先にも、俺の仲間はあいつらだけだ。だから、そう……友達だ。ベル、友達として力を貸してくれないか?」
「はい!!!」
嬉しそうに、ベルは返事を返した。
「農園、とディックス・ペルディクスはいったな。丁度ここからそう遠くない場所に、もう廃れてしまったがかつては大きな農園だった場所がある。今日は休んで、明日向かおう」
「分かりました。もう屋敷を出ますか?」
「そうだな、もう人がいないにしてもここじゃ安心して休めない。探せば高そうな指輪くらい出てくるかもしれないが、星火の遺体がないなら用なしだ」
ツヴァイとベルは、エントランスの扉から堂々と屋敷を後にするのだった。
〇〇
「ツヴァイ・ティミドからの連絡だ。――やはり、我々が想定していた『最悪』は現実になってしまった」
「そうか。それで、彼の小人族はどうすると?」
「引き続き天使の遺体を回収するために残るらしい。全く、何を考えているのだか……。何時もの彼ならば、一目散に逃げだすだろうに」
「それが、彼が信じる役目なのだろう。レピオスが下界に降りて居れば、対処方法が分かったかも知れないが……いない以上、言っても仕方ないだろう。多くの神にとっても、生死は決して触れぬことのできる禁忌の領域だ。その力を子が用いるなど……頭が痛くなる」
「いいのか、ウラノス。ツヴァイ・ティミドはまだしも、ベル・クラネルが都市外で死ぬなどあってはならない」
「本当に危ない状況であれば、あの小人族は逃げおおせるだろう。それに、まだ最悪の状況ではない」
「死人が蘇っている時点で、既に最悪だと思うのだが」
「ただの死人は問題ではない。重きを置くべきは、その死人が誰であるかだ。迷宮より運び出された冒険者の遺体が誰か、私も把握している訳ではない。もし仮に首謀者が、かつての英雄たちの遺体までも手に入れていた場合は――考えたくもない」
「貴方にそこまで言わせるとは、やはり自体は最悪といっても過言ではないだろう」
「だからといって、我らに何かできる訳でもない。既に、賽は投げられてしまったのだから」