迷宮鎮魂譚-ダンジョンで冒険者の遺品を回収して生き抗う小人族は英雄になれるのだろうか- 作:ゴリラズダンジョン
その狐人の人生は幸せだった。
極東のある山岳地帯で生まれた彼女は、のびのびとした生活を送っていた。
だが十四の誕生日に、全てが変わった。
賊に襲われ、両親が殺されたのである。少女も囚われの身となって、娼婦として売られることになった。
それでも、少女は生き抗った。貞操だけは死守すると、客には妖術で幸せな夢を見させることで凌いだのだ。
だがある有名貴族の客にそれがバレて、少女は叱責を受けた。
叱責とは生ぬるい、ひどい仕打ちを受けて、守って来た貞操も奪われて多くの男に陵辱された。
その上で、お前の居場所はないと奴隷商に売り渡されたのだ。
その頃には、少女は生きる気力を失っていた。全てに絶望し、自分の色すら見失ったのだ。
死にたかった、殺して欲しかった。だが奴隷には、その権利すらない。
その『妖術』を買われ、彼女はある国で無理やり戦場に駆り出されることになったのだ。
その国では、毎日多くの死傷者が出ていた。もはや敗戦は濃厚と言われていて、兵士たちもやがて死に逝く身であることを疑わなかった。
少女の仕事は戦場を駆け回って、負傷した兵士に幸せな夢を見せることで、少しでも多くの敵を葬って貰う事だった。
多くの絶望を、悲劇を直ぐ傍で何度も目の当たりにした。
それは、既に自分の人生に絶望してしまっていた少女に追い打ちをかける鎮魂歌だった。
響いた剣の音だけ、少女の心は錆び付いた。
流れた血の数だけ、少女の瞳は淀み、視る世界は暗くなった。
二年――。それだけの月日が経った頃には、もはや人が死ぬことに関して何の感傷も抱いていなかった。
もう自分の命すら、どうでもいい。
少女は、『死』という概念に飽きてしまったのだ。
だからだろうか。
「お嬢ちゃんのおかげで、最後にいい夢が見れたよ」
「……勝手に死ぬな、気分が悪い」
ある日、少女は死という不可逆を『気分悪いから』という理由で否定できる、身勝手で強欲極まりない力を手に入れたのだ。
やがて天使と呼ばれるようになる彼女の原点は決して明るいものではなく、ただ暗い絶望が反転しただけの『偶然』だったのである。
だが彼女――星火は、清い乙女だと崇められ、戦場と天使としてその名を広めた。
天使のおかげで死を克服した兵士たちの勢いは凄まじく、敗戦濃厚だった小国を一気に勝利の土俵まで押し上げたのだ。
それが、自分の『役割』だと、信じて疑わなかった。
だがその権能が行使される度に、兵士たちに違和感が現れ始めた。
最初こそ、意気揚々と戦っていた兵士たちだったが――やがて、その瞳はかつての自分と同じ虚無に染まっていたのである。
死への恐怖という人間として当然の感覚を克服してしまった事で、多くが自己を見失ったのだ。
死ねないというのは悲劇なのだ。死してもなお戦うことを強要する『生き返し』の力は、人の心を殺し、尊厳を踏み躙る事に気付いてしまった。
この戦場は、星火のいるべき場所ではない。
だから、彼女は天使を辞めた。
自分の役割を求めて、外の世界に飛び出したのだ――。
「……はっ!?」
まだ日が昇りきっていない頃、眠っていたベルが何かに驚いた様子で、体を急に起こした。
「どうした、悪い夢でも見たか?」
「いや、その……夢を――いや、星火さんの記憶を見ました」
「何だ、そういうスキルがお前にはあるのか?」
「持ってないです。それに、他人の人生を覗き見るのは、僕も始めてでした」
「……狐人の魂が封じ込められた殺生石は、言わば星火の『心』だ。ディックス・ペルディクスと戦った事で、干渉したのかも知れないな。実際に、この手でそれを壊した俺も、同じ夢を見れるかも知れないが――星火が俺をどう思っていたかなど、知りたくもない」
実は嫌われていたなどと発覚したら、それこそツヴァイは立ち直れない。
逆に自分が思っている以上に、彼女にとってのツヴァイ・ティミドが大きな存在だった場合は、助けられなかった事実が更に重くなる。
「もう少し、眠っておけ。小指が疼いてる、そろそろ旅の本懐を果たす時だ」
件の屋敷に踏み入ってなお、小指が疼く事はなかった。
そして案の定、そこに天使の遺体はなかったのだ。
農園に何か隠されているのはほぼ間違いないだろう。
「……神様がいう、中二病ってやつですか?」
「違うわ!。これは希望的観測に基いた……兎も角、お前の力が必要になる。いざという時は、役割を果たして貰うぞ」
「僕の役割、ですか?」
「ああ、言うまでもないだろう。お前の役割は囮だ。俺は危なくなったら逃げるから、お前は身を挺して時間を稼げ」
「えっ」
「冗談さ。そう、冗談……」
「目が
「ごちゃごちゃ言ってないで早く寝ろ愚兎が」
「理不尽!?」
何度も言っているがいざという時、役に立つのはベルの方だろう。
彼の役割は英雄なのだ。
役割とは言わば、『信念』と言っても過言ではない。
何故なら、役割と信念は立場や状況で変わるからである。
ツヴァイの役割は、最初ただ生き抗って、やがて英雄になることだと思っていた。それが、狐人の笑顔にすることに代わって、気付けば『遺探者』として遺品を回収する事になって……今では、天使の遺体を回収する事が役割である。
そこに一貫性はないのだ。
だからこそ、常に英雄という役割に位置するベルは眩しい。
―人生とは、自分の役割を見付けるためにあるの。
星火が常々いっていた言葉だ。
ただ結局彼女はそれを見付ける前に、命を落としてしまった。
自分も恐らく、そうなるだろう。
申し訳ないとは思うが、しかし一貫した役割を見付けられるのは一握りだけなのだ。
ツヴァイでは、空を彩る星がどういう名前なのかも分からないのである。
〇〇
アリューの大地は、かつて広大な緑が広がる場所だった。
農牧が盛んで、周辺諸国の中で最も大きな農園を有していた。
だが戦火が及び、一度、大地は焦土と化した。戦争が終わってなお、大地は錆び付き、荒涼とした風が吹いていたが、ある魔法使いがかつて農園だった場所に花畑を創り出した話は有名である。
以降、色付いた大地は、穏やかな気候と風情を取り戻しつつある。
ただ僻地にあるので、観光目的に訪れる者は滅多いない。
「わぁ、凄い。こんな大きな花畑、始めて見ました」
眼前に広がる花畑にベルが感嘆の声を漏らす。
確かにオラリオとダンジョンくらいしか行き来する事がない冒険者には、中々お目にかかれない光景だろう。
「これ全部、魔法で創られたものだなんて、信じられないです」
「冒険者にとっては、魔法はモンスターを殺す為の形のない武器でしかないからな。オラリオ外には、そういったくだらない魔法を用いる魔法使いも多いと聞いてる。だがこれだけ再現性の高い魔法を用いることができる奴なら、冒険者に成れば英雄として名を残していたかも知れない」
この花畑を創った魔法使いの名は、知れ渡っていない。エルフであれば今も生きているだろうが……。名乗り出なかったということは、そもそも名声に興味がないのだろう。
「――それはないよ。僕はただ、花を愛でる事しか出来ない魔法使いだからね」
そういって突然、花畑に現れたのは老躯のエルフだ。
数百年を生き、その間も麗しい容姿を保ち続けている妖精の種族は、見た目だけでは年齢が分からないことが多い。
実際、リュー・リオンもあれで、二十代半ばだと聞いて仰天した。
だが目の前のエルフはハッキリと、年寄りであることが分かる。エルフとして、晩年に差し掛かっているのだろう。
「その言い方だと、まるでお前がこの花畑を創った魔法使いみたいになるが」
「その通りだよ。ここで戦った英霊たちを弔うために、僕は花畑を創った」
その瞳からは懐古や哀愁といった感情が感じられる。年寄りの妄言という訳ではなさそうだ。
「名前を聞いてもいいか?」
「アルマ・イスファルトだ」
「アルマ……それって――!」
「ああ、あの屋敷にいる筈だった辺境伯の名前だ」
辺境伯の種族が、エルフであることは聞いていた。
このタイミング、ここであった時点でもしやと思っていたが――。
「動くな。動けば、不自由な余生を過ごす事になるぞ」
転瞬、肉薄したツヴァイはアルマの首元に短剣を押し当てていた。
「俺が聞いた事だけ話せ。まず、ここに星火――狐人の遺体はあるのか?」
「あるよ、僕が保管している」
「そうか」
「っ、待ってください!!!」
ツヴァイは、アルマの右腕を折ろうとした。
だがそれに気付いたベルが、腕を引っ張って止めてくる。
「まだ、この人が悪い事をしたって、確定した訳じゃないです。それなのに、傷付けるのは良くないと思います」
「俺の愛した女の遺体を、この男が保管しているのは事実だ。善悪以前に、俺が許さない……が、冷静に欠けてたのは事実だ」
一度頭を冷やして、アルマの拘束を解く。
「なぜ、単独で俺達の前に現れた」
「対話をする為だ。今から僕がする事を、君たちに許して貰いたくてね。――少し、歩こうか」
花畑を歩きながら、アルマはその理由を語るのだった。
星火の容姿は、アリーゼに似てます。
『アストレア・ファミリア』が、特にツヴァイの心の中に残っている理由の一つです。
ただ性格が真反対なので、そのことにツヴァイ自身は気付いていないです。
リュー・リオンに何かと構っているのも、境遇が似ているからというのは勿論ですが、実はタイプだからと理由もあったりします。