迷宮鎮魂譚-ダンジョンで冒険者の遺品を回収して生き抗う小人族は英雄になれるのだろうか-   作:ゴリラズダンジョン

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命の価値

「あがっ……何が、おきて……!!!」

 

 自らの炎ごと喰らわれてしまったベルの体が、地面に転がる。

 

 防御するべく前に出したその両腕は、戦闘衣ごと皮膚の一部が焼け落ちてしまっていた。

 幸い、ベルの邪魔にならないよう距離を取っていたツヴァイに被害はない。

 

「これを飲め、ベル」

 

 咄嗟に、腰に下げる鞄から取り出したのは万能薬(エリクサー)だ。回復魔法を用いる者が居ない以上、怪我をした場合はポーションに頼らずを得ない。

 だが、効果は抜群である。ベルが喉に流すと、みるみるうちに焼けただれた筈の皮膚が再生を始めた。

 

「凄い、もう傷が治った。この万能薬(エリクサー)、まるでマーメイドの血みたいです」

 

「そりゃ、マーメイドの血が混じっている最高級品だからな。数百万ヴァリスはくだらない」

 

「す、数百万……!?」

 

「死ぬよりマシだ、気にするな。それに、ストックはまだまだある」

 

 あと数十の万能薬を、ツヴァイは体の至る所に隠している。

 だが、無限ではない。どれだけ回復をしたとしても、勝てなければ意味がないのだ。

 

「あれは……魔法か」

 

「死人は、魔法を使うことができない筈じゃ――」

 

「そうだね、魔法とは『知能』だ。。仮に魔石の品質を高め、殺傷石を大きくして生命力を高めたとしても、死人が魔法を再び描ける道理はない。それは一重に、アリーゼ・ローヴェルという存在が特別だったからだろう」

 

「嫌な特別だな」

 

 魔法が利用できる以上、スキルも同様に発動していると見て間違いないだろう。

 

 そしてその全てが、星火の力で底上げされていると来た。

 

「ありゃLv5じゃきかないな……Lv6相当だろう」

 

「それじゃあ、アイズさんと同じ……!」

 

「同じじゃない。アイズ・ヴァレンシュタインはお前に牙を向かないが、あの炎は全てを燃やし尽くす。周囲を見ろ、熱で花が根元から散ってやがる」

 

 彼女の髪色に似た赤い花が、次々と黒く染まって、灰になってゆく。

 

 さきほどツヴァイが抉った筈の脇腹は、既に完治してしまっていた。

 

「確か、アガリス・アルヴェシンスだったか。ただ炎ならまだしも、あの付与魔法(エンチャント)は身体能力を底上げする。……ベル、勝てそうか?」

 

「……勝ちたいです。でも、強く成ったら今だからこそ、分かります。今の僕一人じゃ、アリーゼさんには追い付けない」

 

「一人じゃ、ね。……どれくらいだ。どれだけ時間を稼げば、お前はあの英霊を倒せるほどの溜め(チャージ)が出来る」

 

「三分あれば、多分……」

 

「三分だな、分かった」

 

「待って下さい、一人じゃ危険過ぎます。僕も一緒に戦って――」

 

「駄目だ。それで、失敗したら元も子もない。お前はアリーゼ・ローヴェルを倒す事だけに集中しろ」

 

「で、でも」

 

「見くびるなよ、ベル。確かに俺は弱い、冒険者をやって来た期間を強さで割れば間違いなく最も『最弱』の部類だ。でも、ここまで生きて来た。英雄になるとは言わない、だが俺の百年と十数年を懸けて『三分』を稼いでやる」

 

 そういってのけたものの、その足と小指は震えている。

 

「どうだ、ベル。俺の雄姿はかっこ悪いだろう?」

 

「そんなことないです。僕は素直に、貴方をかっこいいって思います」

 

「はっ、そうかよ。なら、俺のかっこわるい所を存分に見せてやる」

 

 敵に立ち向かうのは、何時振りだろうか。

 

 緊張と恐怖で凍り付いてしまいそうだった。だが幸い、目の前には大炎がある。

 

 ただ残念なことに、それはツヴァイを優しく包む暖かさではない。

 

 暑い、熱い。気を抜けば、体が溶けてしまいそうだった。

 

「あの時、俺の瞳を褒めたよな?今のお前にはどう映る」

 

「…………」

 

「会話で時間は稼げないか。なら――」

 

 体の自由を奪うために蜘蛛糸を放ったが、たちまち分子ごと崩壊してしまった。

 そうなるとやはり、攻撃して止めるしかない。

 

 ゴォーン、ゴォーン。

 

 背後で、大鐘楼の音が鳴り始める。途端にアリーゼの意識は、ベルの方向を向いた。

 

「おいおい妬けるぜ。俺のことを見てくれよ」

 

 その間に肉薄したツヴァイは、義腕を繰り出した。だが先ほどの事もあって警戒されてしまっていたのか、剣を滑り込まされ、防がれてしまう。

 相手の攻撃(アクション)を待っていては駄目だ。

 

 あらゆる面で圧倒的に劣っているツヴァイが、時間を稼ぐには『手数』で翻弄するしかない。

 

 一度後ろに跳び退き、しかし直ぐに体重を前に乗せ、再び肉薄する。

 次は短剣での一閃、しかしそれも防がれてしまった。

 

 だが防御態勢に入ってくれるのであれば、好都合だ。

 

 究極のヒットアンドアウェイ。炎の隙間を駆け抜けていく風には、今のアリーゼとて手を焼くだろう。

 

 叫びたくなる熱さに歯を食いしばりながら、どうにか『一分』を稼いだ。

 

「クソ、慣れたか」

 

 【窮寇一心(リトル・ハート)】は臆病心に比例して、敏捷が向上する。

 

 ツヴァイにとって戦うという事は、臆病を重ねていくと同義だ。

 ならば、理論上その速度が見切られる事はない。

 

 だが、物事には限度がある。Lv2の小人族という器では、肉体的な上限があるのだ。

 そして既に、ツヴァイはその上限に達してしまっている。

 

 一度見切られてしまったのなら、同じ手は二度と通じない。

 

 ヒットアンドアウェイ戦法はここで終わりだ。

 

「次だ」

 

 ツヴァイが羽織っているマントは、何もヒーロー気取りでかっこつけている訳ではない。

 義腕を含め、その下には色々と隠しているのだ。

 

 腰に下げている鞘から、剣を抜く。冷気が溢れ出るそれはただの剣ではなく、氷を宿した魔剣だ。

 それは魔剣の中でも、最も高品質とされているクロッゾの魔剣である。

 

 しかも、数十年前から寝かしていた年ものだ。

 

 振われた魔剣は、氷結の斬撃となってアリーゼを襲う。

 流石はクロッゾの魔剣といったところか、彼女の炎に溶かされることはなく、足元を凍り付かせて地面と固定した。

 

「おらおら、そんなものかアリーゼ・ローヴェル!!!!!」

 

 どっちが悪人か分からない台詞吐きながら、魔剣を何度も振う。

 

 最初こそ、剣でどうにか対処していたアリーゼだったが、行動を制限されている事もあって、やがてその体は完全に氷の牢獄に囚われてしまった。

 

 同時に、役目が終わった魔剣が朽ちる。このまま残りの一分と少し、凍り付いた状態でいてくれるのであれば万々歳だが――。

 

「『   』」

 

 更に、苛烈に舞い上がった炎が、氷をいとも簡単に溶かしてしまった。

 

「おいおい、こっちは上限があるのに、お前の炎にはないのかよ」

 

 遥か上空を飛行していた鳥が、無気力に墜落して来る。 

 それほどまでの熱、圧倒的な炎の華。

 

 あと一分だ。どうにかして、あと一分を勝ち取らなければならない。

 

 道具は尽きた。いや実際には、あと幾つかの飛び道具はあるが、それでは時間稼ぎにもならないだろう。

 

 そもそも、ツヴァイ・ティミドの命には彼女の三分を止められるだけの価値がないのだ。

 ならば命を賭けたとて、何も得られるものはない。言うに易し、『命を賭けて』とはその命に価値のある強者だからこそ、資格のある台詞なのである。

 

 頭を冷やせ、ツヴァイ・ティミド。命ではない、お前が賭けるのは経験と知識だ。

 

 時間稼ぎなどという、生ぬるい目標を立てるな。殺す気で勝ちに行け。

 

「『   』」

 

 炎の斬撃がベルの方に向かう。

 その射線に体を割り込ませたツヴァイは、義腕を前に出して炎を喰らった。

 

 アダマンタイト製の義腕は魔法で壊れる事はない、筈だったが――。

 

「くそ、溶けてやがる」

 

 掌が溶けだしている。衝撃を放出する穴が溶接されてしまって、これではもう使い物にならないだろう。

 

 ただの鉄塊だ。一番警戒するべき義腕の機能を失ったツヴァイに、アリーゼが肉薄する。

 火の粉と共に舞う剣技、煌めく炎の戦風。

 

 全く嫌になる。死人の身で、これほどまでに美しい技で魅せるとは。

 もし今の彼女が生きていれば、きっと更なる輝きを以て多くの未来を照らしていたのであろう。

 

 だが、既にアリーゼ・ローヴェルはこの世にいない。

 

「もう休め、英霊」

 

 避ける、躱す。皮膚を掠め、焼かれながらも、アリーゼの技はツヴァイの致命傷にはならない。

 

 死人は死人だ。決して、精密機械ではないし、生命力で力を増しているとはいっても神の領域に至った訳ではない。

 待て、注意深く。見ろ、瞼を閉じるな。

 

 目を開けているだけで痛いのは分かる。だが、死ぬわけじゃない。

 

 命は賭けなくていい。だがそれ以外の全てを捨てて、勝機を零すな。

 

 ……『綻び』が、生まれる。

 

 それは本当に些細な一瞬で、多くの冒険者が気付かない。

 だが、洞察眼を長年培ってきた小人族は、見逃さなかった。

 

 その懐に義腕を叩き込む。ただ既に、その機能は失われてしまっているのだ。――なら、別の使い道を探せばいい。

 

 この義腕の魔道具は、魔石から抽出したエネルギーを火炎石で増幅させ、衝撃として放出する。

 

 そう、中には火炎石という名の爆弾が埋め込まれているのである。

 

 普段は間違っても爆発しないよう安全策をとっているが――それすら、彼女の炎の前に溶けてしまった。

 ならば、強い衝撃が加われば、爆発するのが道理だ。

 

 次の瞬間、ギコッと嫌な音を立てた義腕が、ゼロ距離で爆裂したのだった。

 

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