迷宮鎮魂譚-ダンジョンで冒険者の遺品を回収して生き抗う小人族は英雄になれるのだろうか- 作:ゴリラズダンジョン
「ツヴァイさん!?」
「大丈夫だ。爆発の瞬間、自分の右腕を切り落として離脱した。それよりも――」
硝煙でアリーゼの姿は分からないが、火炎石の爆発で死ぬなら苦労はしないだろう。
「二分と五十六秒経ったぞ。もう行けるか」
「はい――行けます」
ゴォーン、ゴォーン。甲高く、鮮明に大鐘楼が響く。
光粒は幻ではなく、確かにベルの掌の中にあった。
硝煙が晴れる。手足に少しの傷を覆いながらも、やはりアリーゼは五体満足でそこに立っていた。
ツヴァイの決死でも碌なダメージにならないとは、全く嫌になる。だが、やることはやった。
「いけ、英雄」
「ファイア・ボルト!!!!!」
生じた炎雷は竜巻の如く渦を巻いて、アリーゼが纏う炎の鎧を覆い尽くした。
空気を裂くほどの凄まじい威力だ。
「やったか!?」
「…………」
だがそれでも、アリーゼが消滅する事はない。
纏っていた魔法と、上半身の半分が消失してしまっているが、剥き出しになった極彩色の魔石は健在だ。あれを壊さない限り、死人は本当の意味で死なない。
「ここまでやっても、まだ……」
「いや、再生が始まっていない。あれだけの魔法、そしてあの怪我。恐らく、相当な生命力を使い果たした筈だ。今の内に、二人であの魔石を砕くぞ!!!」
「はい!!!」
ベルと共に、アリーゼに肉薄する。
彼女の体は動かない。こっちを見てもこない。
勝っていた、間違いなくツヴァイとベルは力を増して蘇った英霊に勝ったのだ。だが――。
「君たちの勇気に賞賛を。礼儀として、君たちには静寂なる死を提供しよう」
一瞬、恐ろしい程の静けさが戦場を支配した。
そして次の瞬間、
「あがっ~~~~~~~~!?」
「ベル!?」
五臓六腑まで轟く重低音が鳴り、ベルの体が決河の勢いで吹き飛ばされる。
ツヴァイが目で追う事が出来ない速さで少年の体は真横を通過し、ベルは風車塔を体で粉砕した。瓦礫を浴び、苦悶に顔を歪める彼の表情は、今の攻撃がどれほどのものだったかを物語っている。
小指の疼きが止まらない。
それはあのジャガーノートを目の前にした時よりも、更に上の恐怖だ。
上だ。見上げた先に、怪物が居る。
見たくはない。ただ見なければ、やられる。恐怖に目を背ける事も許されず、ツヴァイはその『脅威』を見た。
「今日まで、僕がことを起こさなかった理由の一つが彼女だ。溶岩に呑まれ、その体を大部分を欠損していた彼女の体を再生するのには、時間が掛かってしまった。だが、彼女にはそれだけの価値がある。【ヘラ・ファミリア】でも異質だった彼女――アルフィアであれば、今の冒険者に太刀打ちは出来まい」
向かいの風車塔の屋根に佇むのは、瞼を瞑って、灰色の髪を揺らす女だ。
忘れる筈もない。その静けさとは裏腹に、多くの冒険者の脳裏に焼き付いている彼女は――【静寂】のアルフィアだ。
才渦の怪物、魔女。呼び方は色々あるが、歴代の冒険者の中でも彼女は間違いなく最強の部類である。
「確かに、大抗争で彼女は【アストレア・ファミリア】に後れを取った。だがそれは、彼女の情と病が理由だ」
アルフィアは、深刻な病気に侵されていたと聞いている。
それが理由で、長時間戦う事は叶わなかったと。それ故に、絶対的なLv差を覆されて、アリーゼたちに敗北したとも。
それに、都市を襲ったのにも何か『理由』があったのだろう。ただ死人となった彼女には情に振り回される事はないし、死人は病気に罹らない。
それでいて、生命力の影響で力が増している。
Lv8――いや、Lv9はくだらないかも知れない。
実際、たったの一撃で瓦礫に埋もれるベルの体は起き上がることができていなかった。
三半規管ごとやられてしまったのか、立ち上がろうとした途端に、バランスを崩して尻餅をついている。
勝てない。あれは、如何なる奇跡も灰燼へと帰す、圧倒的なまでの『理不尽』だ。
「この際だ、新しい世界の始まりを君には見せてあげよう」
空を雲が覆う。
既に陰りが差す心に、更なる絶望が現れる。
地平線の彼方からぞろぞろと現れた影、大地を覆い尽くしているそれらは全て死人だった。
疑問。あれだけの死人を蘇らせることができるほど、殺生石は大きくはない筈だ。
「アリーゼ・ローヴェルとアルフィア、二人の実力を引き出す為には、殺生石の半分を用いる必要があった。残った半分では、十人程度しか蘇らせる事が出来ない。そこで僕はどうすれば、世界を創ることができるほどの死人を蘇らせることができるかと、数十年も試行錯誤した。――だが、成せなかった。そもそも天使の力は、人間には御せぬのだ。だから、僕はその力を本人に用いて貰う事にした」
死人が跋扈する軍勢の先頭で、幻想的な輝きを纏っている狐人の少女の姿があった。
「星火……」
この距離でも見間違うわけがない。
彼女は、ツヴァイ・ティミドが愛した唯一の女だ。
煌めく赤色の髪に、緑葉の瞳。正に、生命を彷彿とさせる色を、他の死人と違って失ってはいない。
そうアルマは、彼女の魂を封じ込めた殺生石の力で、星火を蘇らせたのである。
「だが生き返らせたとしても、そこに核足る『魂』がなければ妖術を発揮する事は出来ない筈だ」
ただの抜け殻が、妖術を用いることができる道理はない。
「確かに、普通の狐人はそうだ。だが彼女は、魂に起因する妖術を二つ有していた。一つ目は、生き返しの妖術。そして二つ目は、夢を操る妖術だ」
妖術とは、魂に起因する。その原則は一人一つで、だからこそ殺生石で封じる事が出来るのだ。
しかし、星火は二つの妖術――つまり、二つの魂を持っていたのだ。
曰く、本来は混ざり合っている筈の光と闇の魂が二つに分かれているからこそ、生死という二面性に干渉する力が発現したらしい。
「僕が殺生石に封じ込めたのは、生き返しの妖術を有する光の魂だ。彼女の体には、まだ夢を操る妖術を有する魂が残っていた」
「だとしたら、やっぱり生き返しの力は失われていなければおかしいだろ」
「そうだ、生き返しの力は失われた。だから、これは彼女の描いた『夢』だ」
「夢……?」
「ああ、これは僕にとっても予想外だった。誰も命を落として欲しくない、そうした彼女の夢が無制限な生命の奔流を実現したのさ。しかし、それは当然の結果なのかも知れない。そもそも生き返し自体、夢物語だ。これは僕の持論だが――生き返しの妖術とは、夢の力が創り出した虚像であったと思っている」
あくまで、生き返しの妖術は、星火が有していた幸せな夢を見る力から派生した力に過ぎないと言う訳か。
夢が現実に影響を及ぼすなど有り得ない。だが今、ツヴァイが生きているこの世界が、夢と現実か区別する事は出来ないのだ。
夢とは、覚めて初めて気付くものなのである。
我々人間では、世界を真の姿で観測する事は出来ない。
もしかしたら、この世界は星火が見ている夢なのかも。
だがどちらにしても、天使は再びその夢の力を手に入れてしまった。
しかも数千を生き返しできるほど、その効力は増している。
「これ程の死人をどうやって、操った」
「質問ばかりだね。まぁ百年もかけた計画の『種』を誰にも言わないのは勿体ないか。
神の恩恵は本来、命を落とせば失われる。
そしてそれがなければ、殆どの冒険者はその実力を発揮する事が出来ない。
なるほど、ディックスがある程度の実力――ステイタスの力を有し、アリーゼが魔法を用いていたことにも納得がいった。
「ファルナを刻まれた屍の命令権は全て、邪神にある。僕はそれを譲渡して貰っているのさ――さて、余興は終わりだ。君たちの死を以て、新たな世界への鎮魂歌を奏でるとしよう」
死の軍勢が押し寄せて来る。
大地は徐々に、黒く染まっていった。今見ている世界を彩る色はない。
既に花畑は殆どが戦火に枯れてしまっていた。絶望だ、これは紛れもない悲劇だ。
もはやツヴァイに出来る事は無くなった。だがどこか、安堵している自分も居た。
やるべきことはやったのだ。最後に、少しの勇気を賭けることも出来た。
それに、愛した者の力で殺されるのであれば、本望かも知れない。
唯一心残りがあるとしたら――。
「悪かったな、ベル。お前を巻き込んだ、せめてお前だけでも生きて帰れ」
先ほどの決死で体に隠していた万能薬は殆ど割れてしまったが、まだ一本だけ残っている。
ベルに飲ませると、たちまち彼の体が回復を始めた。
彼の足であれば逃げ切れる可能性もある。勿論、アルフィアが居る以上、絶望的ではあるが、ベル・クラネルはここで死ぬ玉ではない。
よろよろと立ち上がったベル。しかしその真紅の眼差しは、眼前に広がる敵を見ていた。
そして歩き出す。後ろではなく、前に、前に。小指は勿論、脚も一切恐怖に震わせることなく、まるでそれが当たり前だと言いたげに、砂粒程の迷いなく前進する。
「僕は、逃げない」
「馬鹿、状況を見ろ。アルフィアだけでも、お前が三人居ても勝てるか分からない強さだ。アリーゼ・ローヴェルも再生を始めてる、そして数千の死の軍勢もいる」
死の軍勢の中には、見知った冒険者の姿もある。
「ベル・クラネル一人立ち向かっても、どうにもならない」
「そうかも知れません。でも、僕は仲間を見捨てて逃げるなんて嫌だ」
「見捨てろ。少なくとも、俺にその価値はない」
「価値とか、そういった話じゃない。僕は貴方と一緒に、ここまで来たんです。だから、絶対に見捨ていない」
「ふむ、噂には聞いていたが、ベル・クラネルとはここまで愚直な少年だったのか。良し、決めた。君は死人として、蘇らせてあげよう。やれ、アルフィア」
重低音が響き渡る。
音の魔法は不可視で、実体がない。だが先ほど、それを一度被っているベルは間一髪で避ける事に成功した。
「ファイア・ボルト!!!」
反撃。風車塔の屋根に佇むアルフィアに炎雷を解き放つ。
しかし彼女の体に当たる直前、それは霞となって消えてしまった。
「魔法が、無効化された……?」
「【静寂】の付与魔法だ。攻撃魔法の威力を下げる代わりに、魔法の鎧を纏う」
少年に突き付けられる現実。つまり、威力が制限されている魔法の一撃で、ベルは先ほどやられてしまったのである。
「警戒するのは、上だけでいいのかな?」
「くっ!?」
復活したアリーゼが再び炎を宿し、その余波を被ったベルの体が怯む。
しかし、少年は俯かない。力強く短剣を握って、切り結ぶ。
だが猛攻も虚しく、短剣は簡単に弾かれ、がら空きになったベルの懐にしなやかな少女の脚が放たれた。
そして宙を舞うベルの体に、これでもかと無慈悲な音の暴虐が叩き込まれる。
「あがっ~~~~~~~~~~~~~!?」
折角立ち上がったのに、ベルはボロ雑巾みたいにあしらわれてしまったのだ。
「これで無駄だと言う事が分かっただろう。分かったら、さっさと――」
「逃げ、ません……僕は、戦います。――だから、ツヴァイさんも一緒に戦ってください」
「無理だ。右腕を失った、もう恐怖で立ち上がる事すらできない。星火の記憶を見たお前なら分かるだろ、俺は彼女を――仲間達を見捨てて逃げた男だ。そして今日まで、戦う事から目を背け続けて来た。戦う資格がない、助けられる価値もない。だから――」
「嘘を吐かないで下さい。貴方は、逃げてなんかいない。この目で、そして記憶の中で見た貴方は何時だって『前』に進んでいた」
「お前に、俺の何が分かる!?
「僕は貴方と初めて言葉を交わして、まだ一か月も経ってない。でも、分かる事もある。貴方は、逃げてなんかいない」
「逃げた、だから俺一人生き残った。それが真実だ!!!」
「嘘です!あの時、貴方は仲間を見捨てて逃げなかった。だって僕は、記憶の中で貴方が一人で立ち向かう姿を見た」
「そんな筈はない、たしかに俺はあの時逃げて――」
と、今まで鮮明に記憶として刻まれていた筈の光景に、なぜか靄が掛かった。
頭が痛い。あれだけ呪った自分の弱さを思い出そうとしても、虚像として砕けていく。
――そうだ。
そして、新たな記憶――真実が構成された。今まで、ツヴァイは自ら記憶に蓋をしていたのだ。
だが、真っすぐな少年の瞳を見て、それが百年の時を経て開いた。
ツヴァイは決して、あの時逃げた訳ではない。
少なくともあの時、ツヴァイ・ティミドは一番最初に立ち向かったのだ。
妖術が一人に一つというのは勝手な解釈です。
星火も本来であれば、幸せな夢を見させるだけのくだらない妖術だけですが、絶望が夢への想いを更に強くした結果、生き返しという二つ目の妖術が生まれたという感じです。