迷宮鎮魂譚-ダンジョンで冒険者の遺品を回収して生き抗う小人族は英雄になれるのだろうか- 作:ゴリラズダンジョン
―104年前、32階層。
「どうにか、勝てたか……」
今回の遠征は、
兎に角、大変だったのだ。
「俺のおかげだな!」
と、息巻くツヴァイは、当然のように満身創痍である。
それが戦った末の疲労や傷ならば、栄誉かも知れないが、今回も逃げ回っただけだ。
何時もならここで、お前は逃げ回ってただけだろうと口々に言われる筈なのだが――今日はツヴァイの軽口に、誰も反応を示す事はなかった。
彼らの視線の矛先は、一人の獣人に向いている。
ただ何時もであれば、どれだけ手酷い傷を負っても、傷は戦士の栄誉だと呵呵大笑してる筈だ。
「――間に合わなかった」
ファミリアで一番腕利きの治癒術師が、唇を噛む。
「冗談は止してくれよ。ファルードさんが死ぬわけがないだろ」
「冗談のような生き方をして来た私ですが、ヒーラーの端くれとして生死に嘘を吐いた事はありません」
言わなくても分かっている事だ。
ヒーラーとしては少々気性が荒い彼女だが、その実、生死に関しては真摯に向き合っていることを、ファミリアの皆が知っている。
実際、彼女の言葉を疑う者は、ツヴァイ以外にいなかった。
だが彼女に寄せる信頼と同じくらい、ツヴァイはファルードの鉄壁を信じている。
ここで簡単に散る男ではないと――。
「――ぁ」
だがその体に触れ、ツヴァイは理解してしまった。
あれだけ熱く滾っていた肉体が、只の抜け殻になってしまっていることに。
少なくとも、ツヴァイがこのファミリアに入ってから死人が出たのは始めてだ。
実際、多くの団員はその事実に動揺してしまっている。それも、自分たちより遥かに強く、頑丈だったファルードの死となると猶更だ。
だがツヴァイや、一部の団員が悲しみに暮れる事はなかった。――次にその視線は救いを求め、狐人の少女に向いたのである。
「生き返らせるわ」
その期待に応じ、彼女――星火は言い放った。
それが出来れば苦労しないといいたい所だが、実際に彼女は唯一、不可逆な死に抗う事が出来る力を持っているのはファミリアでは周知の事実だ。
「私は反対やわぁ」
しかしファミリアでも古参の魔導士は、その奇跡に反対を示した。
「私も反対です」
彼女だけではない。約半数が、ファルードを生き返らせる事に難色を示したのである。
「どうしてだ。まさか、星火の力を疑っているのか?」
「疑ってへんよ。でもな、死人は死人や。生き返らせるべきやない。今ここでその奇跡を見れば、私だけじゃなくて、きっと多くの子が死んでも生き返るっていう、本来は持ってはいけない自信を持ってまう。そうした思考が何を招くのか、あんたは聞いとる筈やろ?」
かつての大戦で、彼女が蘇らせた兵士たちは、死の恐怖を克服して自我を失った。
「それは何回も力を利用したからだろう。一回だ、それだけならきっと問題はない」
「一回だけ、ね。それじゃあ次に、他の人が目の前で命を落とせば、あんたは生き返らせないって約束できる?」
「そ、それは……」
「一回だけ、今回だけ特別に。そういった限定的な思考が身を滅ぼすのを、私は沢山見てきた」
「でもファルードは、俺達のために命を賭した。それなのに、俺達が見捨てるなど有り得ない」
「そもそも、彼は生き返らせることを望まないと思います。傷は戦士の名誉、彼が言っていた言葉です。仲間を守り抜き、その命を落とした。その『名誉』は、そう安々と奪っていいものではない」
こればっかりは生死観の問題だ。
きっとツヴァイが何を言っても、反対をしている人たちは納得してくれないだろうし、逆に何を言われても首を縦に振ることはできない。
「もう一回言うわ、私は生き返らせる。生き返しの力は、私のものよ。その使い方も、責任も、全て私の手にある」
「傲慢やなぁ。ファミリアの一員として、それはどうなん?」
「私はそういう女よ。あの主神もそれを受け入れた。なら、彼女の子である貴方に反論の余地はない」
「そこまでいうなら、別にええけどね。でももしその選択で何かが起これば、私は一生あんたを恨むで?」
「構わないわ」
「二人で話を進めないで下さい。星火、貴方がその傲慢を貫くのであれば、私も相応の手段に出させて頂きます」
緊迫した空気が張り詰める。元々、星火は他の女性陣と仲が良くないのだ。
仲裁に入る余地は、この矮躯の身にはない。ファミリアでも中核を担っている彼女たちの前では、この身はただの薄っぺらい紙に過ぎないのだ。
「ちょっとちょっと、この僕――聡くて、美しいエルフの団長を忘れていないかい?」
多くの団員が固唾を飲む事しか出来ない中、勇敢にも割って入ったのは団長のエルフだ。
因みにエルフと言っているが、妖精の血をひいてる訳ではない。確かに耳は長いが、それは神様がいうコスプレである。
ただエルフと自認しているだけの頭の可笑しい
だが、ファミリアの団長としては有能だ。唯一のLv5で、エルフ並みに頭が切れる。
立ち振る舞いにも華があって、団員たち以外にはまじでエルフと思われてるらしい。
「この問題は星火君一人の責任に留まらない。逆に、このまま生き返らせない選択をしたとしても、相応の責任が掛かる」
「だからこそ、皆の総意を聞いとるんとちゃう?」
「それで納得できる問題ではないだろう。この選択はやがて、ファミリアの分裂を防ぐかもしれない。だからこそ、この私の出番なのさ。知っての通り、このエルフが一番この中で賢くて、一番強い!!!そして、一番信頼を勝ち取っている。ならば私の選択には、誰一人として文句を言わない筈だ!!!」
暴論だ。
だが事実、このファミリアは彼に幾度と救われて来た。
皆、彼を信頼しているのも事実である。
責任を負うと、星火といっていることは同じだが、立場が違うのだ。
団長として、エルフは十分な信頼を得ている。
「どうやら異論はないようだね。――それじゃあ生き返らせようか」
「はぁ、こうなると思っとったわぁ」
「当たり前だろう。手の届く者を助けないなど、高潔なエルフとしての恥だ」
「……分かりました。この拳は、貴方に捧げたものです。その意志に逆らわないことを約束しましょう」
最も難色を示していたヒーラーが折れた事で、他の反対していた団員たちも納得する。
「それじゃあ始めるわね」
星火から距離を取る。
ファルードの遺体を前にした彼女は、少し緊張した様子で深呼吸をした後、その儀式を始めた。
【思ひ出せ。その軌跡は死してなお朽ちぬ。その器は、忘れがたき道しるべ】
舞い上がる狐の耳と尻尾。魔力とは少し異なる神々しい光に包まれて、優しい緑葉の瞳が苛烈に輝く。
神を彷彿とさせるその威光、しかし次の瞬間、不穏な闇が差しこむ。
【全てが許せる思ひ出ではないだろう。忘れ、蓋をしていた記憶もある。それすらも呼び起こそうとする傲慢な魂を許せ。罪なら背おう、罰も受け入れる】
せめぎ合う光と闇、混ざり合う事のない筈のそれらは拮抗していた。
【だから、今一度思ひ出せ。灯足る炎を宿し、失われし魂の色を照らせ。――トコヨノイザナミ】
やがて、光は闇に勝った。更なる輝きへと昇華したその奇跡が、既に失われた命に灯を宿す――その光景を誰もが疑っていなかった。
だが次の瞬間、予期せぬアクシデントで、その輝きは失われる事になる。
音がした。鋭利な何かが、空気を切り裂く音だ。
生じた暴風。思わずツヴァイは目を閉じる。
「――は?」
瞬きの後、広がっていたのは赤に染まる光だった。
引き裂かれたのは今正に、奇跡を実現しようとしていた狐人の豊かな胸部。
そこで初めて、光を染めた赤の正体は『鮮血』であることに気付く。
ツヴァイはLv2だ。昇華して一年程度たったが、そのステータスは敏捷以外殆ど変わっていない。
だがその速度には自信がある。それは反応速度であろうとも、同じだ。
この場でもっともその状況を早く認識した脳は、直ぐに彼女を引き裂いた正体を葬るべく、体を前に走らせることを命じた。
見た事のない怪物だ。骨で形成された体はアッデッド系のモンスターかと思ったが、腕や脚には、ミノタウロスを彷彿とさせる分厚い肉が付いている。
そして頭の骨を貫通して飛び出してきている角、まるで出来の悪いアート作品だ。
正しく『不完全』、そういった言葉が似あう。
「くっ!退け、ツヴァイ君!!!」
次に状況を理解したエルフが声を荒げる。
だが、ツヴァイは応じない。怒りに――そして『愛』に囚われているのだ。
それが致命的なミスになることを、今まで逃げ回って来たこの身は分かっている筈なのに。
不味いと気付いた時には、もう遅い。
「――ぁ?」
鋭利な爪は、小人族の矮躯を、簡単に裂いたのだった。
〇〇
惨劇だった。
それは正しく、悲劇だった。
階層主と戦ったばかりだったこともあって、突然現れた新種のモンスターに多くの団員が惨殺されてしまった。
「すまない、これは私が招いた現実だ」
目の前のモンスターが現れたのは恐らく、
「貴方のおかげで、私の血で染まる拳が、少しでも人の役に立った。だから、謝らないで下さい」
「そうやよ。そもそも私はこのファミリアに拾われないと、とっくに屍に成っとった身や。やから別に自分が死ぬことに後悔はない」
自分以外に最後まで残っていた二人も、目の前で散った。
それでも、不完全な怪物は生きている。既にエルフ自身も、力を使い果たしていた。
「ここまでか」
死を受け入れ、目を瞑ろうとした。
だが背後から微かに響いてくる『音』に気付き、エルフは振り向く。
そこに立っていたのは、真っ先に命を落とした筈の愚かな小人族だった。その瞳は虚ろで、裂かれた胸ともがれた右腕からは、夥しいほどの血が地面に滴っている。
それでも何かに憑りつかれたように、彼は前に歩き出した。
「おれの……おれの、仲間に手を出すな」
そう呟いた途端、彼の瞳が本来の金に染まる。
睨まれた怪物は興ざめをしたのか、それとも小人族に抱く筈のない『恐怖』に駆られたのか。これ以上の殺戮を辞め、潔くこの場を立ち去って行った。
バタッ。役割を果たしたかの如く、彼――ツヴァイ・ティミドはその場に倒れる。
駆け寄ったその脈を確かめるが、既にその灯は消えてしまっていた。
正しく奇跡だ。だが悲しいかな、残ったエルフ一人では地上に戻ることは難しく、小人族が最後に見せた勇士をを語り継ぐ者はいないのだ。
「……ぁ」
又、声が聞こえた。
今度は若い少女の呻き声だ。
「星火君……まだ息がある」
胸を裂かれ直ぐ、ヒーラーが応急処置をしたためか、微かだが息がある。
彼女の力があればあるいは――と、残っていた最後のポーションを飲ませ、回復を待った。
そうして暫く。ゆっくりと、彼女の体が起き上がる。
「――――皆、は?」
「生き残ったのは、僕だけだ。……だが、君は生きている。君の力で、どうにかならないだろうか?」
「ごめんなさい。もう、殆ど力が残ってないの。今生きてるのは魂の灯、だから時期に私も死ぬ」
「そうか……無理を言ってすまない」
「悲しい顔をしないで。出来ないとは言ってないわ。一人……一人だけなら、きっと蘇らせる事が出来る。ただ体の大部分を破損してしまっている人は、生き返らせる事は出来ない」
そうなると、生き返らせることができる者は限られてくるだろう。
「でもきっと、誰も生き返らせないのが正解だわ。この残った『生命力』を全て、貴方に譲渡する。それがきっと、ファミリアの皆が望む事よ」
生き返らせるための力を全て、エルフに譲渡する。
全快することができれば、一人で地上に戻る事も叶うだろう。
そして一人しか生き残る事が出来ないのであれば、きっと散っていった多くが団長であるこの身を推薦する。
「……私は、ツヴァイ君を生き返らせるべきだと思う」
だが少しの思考のあと、エルフはその最善を自ら跳ねのけた。
「いいの?言っておくけど、彼には貴方を地上まで連れて帰る力は――」
「私はエルフだ、もう十分生きたさ」
「そう……今まで偽エルフって思ってたこと、謝るわ。貴方は誇り高きエルフそのものよ」
「当たり前だ、私はエルフだからね」
「でもどうしてツヴァイなの?彼は弱い、きっとこの先も、英雄と呼ばれることはきっとない」
「そうだね、そうかも知れない。だがさっき、僕は『可能性』を見た。逃げ続けたその先で、一体何を成すのか気になったんだ」
「きっと彼は苦しむ事になるでしょうね」
「それが生き残った者の宿命だ。君は彼を生かす事に異存はないのかい?」
「初めてだったの。哀れみじゃなくて、その人の未来を望んでこの力を使いたいって思ったのは。娼婦として売られてからずっと、私は自分の『役割』を探していた。きっと……そう、私はここで彼を生き返らせるために、今日まで生きてきたんだと思う」
天使は詠った。
自分の命を賭し、自分を愛し、その世界を色付けてくれた小人族を現世に呼び戻したのだ。