迷宮鎮魂譚-ダンジョンで冒険者の遺品を回収して生き抗う小人族は英雄になれるのだろうか-   作:ゴリラズダンジョン

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星を見る少女と。泥を見た小人族。

 最近、地上は暗黒期らしい。

 

 悪派閥の台頭で、冒険者達は随分と参っていると聞いた。

 

 その影響で、今は殆どのファミリアが遠征を辞めてしまっている。つまり、死人が出ない――遺品の回収ができなくなったのだ。

 

 しかし、貯蓄なら十分にある。

 

 それにオラリオの英雄達なら、近い内にどうにかするだろう。

 

 それまで、ツヴァイは隠れておくことに――。

 

「何が一体、どうなってる」

 

 広がるのは、まさに地獄だった。

 水晶が溶け、森が姿を消し、大地が割れ、その全てが炎に舐られている。

 火に染まったその光景は、ダンジョンの深層を彷彿とさせる。いったことはないが、伝え聞いた52層から始まる地獄の領域と同じだ。

 

 誰も思わないだろう。

 

 まさかここが、あの『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』だとは。

 

 数日前、かつての【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の亡霊が、地上に現れたらしい。

 来たる最終決戦を前に、リヴィラの街からも冒険者が加勢するために、地上に戻っていった。

 

 そんな化け物達と戦うのは御免だと、当然、ツヴァイはこの場所に残ったのだ。

 

 まさか、戦火がここにまで及ぶとは。

 

 突然の出来事に、残っていた冒険者たちの多くは訳も分からずに、焼き尽くされてしまった。

 

 足が速くて、本当に良かったと思う。

 

 今はどうにか、火の手が回っていない場所まで逃げて来たところだ。だが直に、この場も駄目になる。

 

「あれは――」

 

 遠くで空を舞う、魔女の姿を見た。

 

 間違いない、【ヘラ・ファミリア】のアルフィアだ。二つ名は【静寂】、紛れもない才禍の怪物である。

 

 少し、この状況を解決できないかと、思い立った自分も居た。だが何時だって、自分を現実に連れ戻してくれるのは『強者』だ。

 

 ツヴァイ・ティミドには、どうにもできない。

 

 さて、さて。

 

 このままだと本当に、冒険者は悪に負けてしまうかも知れない。

 

 そうなったらダンジョンから魔物が溢れ出し、遺探者の仕事もなくなる。新天地――も、難しい話か。

 もはや、一都市だけの問題ではない。

 止められなければ、この戦火はやがて大陸中に魔の手を伸ばすだろう。

 

 英雄が必要だ。……一人じゃ足りない、より多くの英雄が――。

 

「あれは――」

 

 再び同じ言葉を零し、魔女に対峙する眼下の人影を見る。

 

 目を凝らすと、炎の渦中で舞うのは少女たちだった。中には、小人族らしき者も居る。

 

 正気の沙汰じゃない。実際、手も足も出ずに、アルフィアに押されていた。

 

 だが、槌を振うたびに、研ぎ澄まされていく剣のように。膝を付き、無様に転がっても、彼女たちは何度も立ち上がって――やがて、戦況は逆転した。

 

 そして――、

 

「【ルミノス・ウィンド】!!」

「【炎華(アルヴェリア)】!!」

 

 少女たちは、大英雄に勝ったのだ。

 

 それは、驚くべき偉業だった。今後語り継がれるべき、英雄譚の一幕に違いない。

 

 ただその光景を見てなお、ツヴァイの心に火を付く事はない。

 むしろ、あれが英雄ならば、自分には一生なれないだろうなと、やはり苦笑する事しか出来なかったのだ。

 

●●

 

 大抗争と呼ばれた闇派閥の一斉蜂起は、冒険者達の勝利で終わった。

 

 それから暫くたって、18階層の復旧も随分進んでいる。

 

 遠征も解禁されたので、又、問題なく遺探者としての仕事に準ずることが出来ていた。

 

 今日も今日とて、酒場で情報を待つ。そうしていると、やけに外が騒がしくなり始めた。

 

 表に出て見ると、ひとりのエルフがふらふらと広場を歩いていて、皆の注目を集めている。

 

「あれは【疾風】か」

 

 あの時、アルフィアを倒した少女の一人だ。

 金髪のエルフは体中に傷を負っている。

 

 何があったのかは、その虚ろな目が物語っていた。

 

 今までに何度も見て来たそれは自らに対する悲憤と、何をどうしていいか分からない虚無の証。――仲間を失った冒険者の瞳だ。

 

 一日ほど前に【アストレア・ファミリア】が、三十層に向かった事は知っている。

 

 まさか――。

 

「ああ、どうやら【闇派閥】の連中に襲われて、全滅しちまったらしい」

 

「【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】もか」

 

 あの時、アルフィアを打ち破ったのが【アストレア・ファミリア】だと、ツヴァイは後で知った。

 

 影ながらに、彼女たちのことは応援していたのである。

 

 特にあの赤い髪の少女――団長のアリーゼ・ローヴェルだ。

 

 まさかいつの日か出会った頭の可笑しい少女と、アルフィアを討った少女が同一人物とは思わなかったが、あれは紛れもなく英雄の器だった。

 

「……三十層、だったよな」

 

「ああ、そうだが…‥ってまさか、お前、行く気か!?悪い事言わないから、やめとけ。そりゃあ【アストレア・ファミリア】の遺品ともなれば、金銀財宝と同義だが……まだ、闇派閥の連中が残ってるかもしれないんだぞ。それに、実は突然変異の魔物にやられたっていう噂もある――っていっても、お前には無駄か」

 

 錆び色のマントを翻したツヴァイは【疾風】を横切って、一人、迷宮に向かったのだった。

 

●●

 ―30階層『密林の峡谷』

 

 ここに来るのは、初めてではない。だから、直ぐ違和感に気付いた。

 

 迷宮の至る所が、破壊されているのだ。そして、修復が始まっていない。

 

 迷宮の自己修復は数時間もあれば、どれだけ大きな魔法の跡もかき消す筈だが――。

 

 兎に角、ツヴァイでは想像もできない事があったのだろう。木々が軒並み折れ、燃やされてしまっているおかげで、直ぐ【アストレア・ファミリア】の残骸を見付ける事が出来た。

 遺体は残っていない。魔物たちに食われたのだろう。

 代わりに、彼女たちが用いていた武具が、地面に突き刺さっていた。

 

 その周囲だけ、なぜか大量の灰が降り注いでいる。

 

 傍の壁には見た事も無いくらい、深い爪痕があった。やはり、ただ闇派閥に襲われただけではないのだろう。

 

 早く回収して、退散すると――。

 

「おいおい、誰かと思ったらツヴァイ・ティミドじゃないか」

 

 気配もなく、その男は突然現れた。

 

「……どうしてお前がここにいる、ヴィラス・ヒュールド」

 

「遺品を回収しに来た。遺探者なら、当然だろう?」

 

 ヴィラス・ヒュールドはツヴァイと同じ人間(ヒューマン)の遺探者だ。

 

 だが、ツヴァイは情報を手に入れて直ぐ、この場所に駆け付けたのである。自慢ではないが、全ての冒険者を含めて、迷宮内で自分より俊敏に動ける者はいない。

 ヴィラスの背後には、二人の仲間の姿もあるのだ。

 実際、この場所に来るまで戦闘した形跡はどこにもなかった。

 

 それに何より不可解なのは、ツヴァイのスキルに反応しなかった事だ。

 

 スキル【探索者】は、敵感知の精度を飛躍的に高める。

 

 いや、この際理由はどうでもいい。

 

「遺品は、先に見付けた方に回収する権利がある。遺探者としての、暗黙のルールの筈だ」

 

「それを守ってるのは、君だけだよ。大抵の場合、弱い方が強い方に譲る」

 

「ボス、この際ですから、やっちまいましょう。卑しいパルゥムに、毎回先を越されるのは我慢ならんのです」

 

「僕もそうしたいけど、無理だよ。彼が本気で逃げれば【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】だって手を焼く。でも足が速いだけで、それ以外はただのLv2さ。君もそれは分かっているだろう?」

 

 何時もであれば、こういう時は、絶対に譲る。

 ツヴァイは自分の命が一番大切なのだ。危ない橋を渡りたくはない。

 だが、

 

「今回はどうしても譲れなくてね」

 

「珍しいね。君が、自分の命以外を優先するとは。それじゃあ、相手をしてあげるよ」

 

 ヴィラス・ヒュールドはLv4だ。取り巻きの二人も、確かLv3である。

 彼我の戦力差は、絶対的だ。

 

「おいおいこいつ、小指を震わせてますよ」

 

 危険を知らせる小指が震えている。

 恐怖で崩れそうになる脚に何とか抗っているせいで、今にも攣ってしまいそうだった。

 

 でも、それでいい。恐怖を忘れなければ、ツヴァイは死なない。

 ツヴァイ・ティミドは、正真正銘のLv2である。

 確かにステータスの敏捷はSに達しているが、それでも中級冒険者の域を出る事はない。

 

 それでも一人で、中層や下層を駆け回って問題がないのは、そのスキルにあった。

 

窮寇一心(リトル・ハート)】臆病心に比例して、敏捷が向上する。

 

 そして臆病と揶揄される小人族の中でも、ツヴァイは飛び抜けて臆病者(チキン)だ。

 

 その速度は、Lv6にも劣らない。

 

 しかし、ヴィラスの言った通り、速度以外はLv2の中でも下位である。

 どれだけ早く動けても、自分より上のレベルを倒せる道理はない――というのは、発想の問題だ。

 

 ツヴァイは、英雄にはなれない。

 

 どれだけ立派な装備で身を固めても、あの高みには手が届かない。

 

 だが英雄以外に勝てない道理はないのだ。

 

 錆び色のマントからその右腕――銀に輝く、義手を露にしたツヴァイは、ヴィラスに肉薄した。

 

「――――は?」

 

 それは、両脇に居た彼らにとって、瞬きの間の出来事だっただろう。

 視界からツヴァイが消失したと同時、直ぐ傍にいたボスが、吹き飛ばされて地面を転がったのだ。

 

 その体は、ぴくりとも動かない。

 

「な、なにをやりやがった!!!」

 

 今まで余裕綽々といった表情だった男の一人が戸惑いを露にする。

 

「俺の拳は、木を折る事が出来ないし、剣を持ったとしても岩を斬る事は出来ない。なら、それを他の方法で補ったらいいだけだ」

 

 この義腕の中には、魔石が埋め込まれている。

 魔石のエネルギーを衝撃に変換し、掌で放つ。それが、からくりだ。

 

 その威力は、Lv2の魔法と大差はない。

 

 だがLv2の魔法でも、真面に被れば、十分な殺傷能力がある。

 理論上は、Lv2の魔法でLv5,6の冒険者を殺すことだって可能だ。

 

 しかし現実はそう甘くはない。第一級冒険者に対し、Lv2の魔法が直撃するなど、寝ているところを襲撃しても、まず有り得ないだろう。

 

 それは、精度と詠唱速度の問題だ。

 高レベルの魔法使いは威力というよりも、その点において圧倒的に優れている。

 

 つまり、精度と詠唱速度だけ第一級冒険者並みであれば、Lv2相当の魔法でも十分に対抗が出来るということだ。

 

 ツヴァイの場合、速度を生かしてゼロ距離という荒業を実現する事で、精度を補うことができている。

 そしてインターバルは少しあるが、義腕で衝撃を打つのに詠唱は要らない。実質、速攻魔法と言っていいだろう。

 

 これが、Lv4を一撃で葬ったからくりである。

 

 ただ、毎回こう上手くいくわけではない。

 

 ある程度、条件が整っていることが必須だ。

 

 ①小人族だからといって、舐められていること。

 ②実力差が離れすぎていないこと。

 

 このどちらも満たしていれば、銀の衝撃は必ず当たるといっても過言ではない。

 

 だが、ツヴァイにはどうしても克服する事が出来ない弱点がある。

 

 それは『防御力』だ。

 

 ステータスの耐久はE、小人族で貧弱な体を考慮すれば、Lv1とそう変わらない。

 

 かといって、防具を装着すれば、速度が損なわれる。

 

 つまり、ツヴァイ・ティミドにとっては、あらゆる攻撃が『致命傷』と成り得るのだ。

 速度の代償である。

 

 だが当たらなければ、どうということはない。

 

「手の内はバレた訳だが、一番厄介なのはいなくなったな」

 

 義腕を当てるのに苦労はするだろうが、何もこれだけがツヴァイの切り札ではないのだ。

 それに警戒してくれれば、別のやり様もある。

 

「テメェ、本当にLv2か」

 

「Lvを上げるには、偉業を達成するのが条件だろ。冒険をしない俺には、上がる余地がないからな。だが長く生きてる分、経験はある。百年も冒険者やってれば、自分の活かし方くらい分かるさ」

 

「ただの小人族じゃなくて、ハーフか」

 

「祖父がな。耳を見れば分かるが、妖精とは程遠い」

 

 長寿種族のエルフは、何事も先延ばしにする傾向がある。

 

 だが、臆病なツヴァイはずっと何かに追い立てられて生きて来た。

 

 その経験は、百年程度では図れない。

 

 だからこそ、駆け引きが上手く、対人に強いのだ。

 

 最も、駆け引きがきかないモンスターは勿論、圧倒的な実力差を前には何も出来ない。

 

「そんなの、神の連中でいう『チート』だ……!クソ、やってやれるか!!!」

 

 ヴィラスを置き去りにして、取り巻きの二人が逃げ出そうとする。

 

「おいおい待て待て。どうやってここに来たのか教えて貰わないと」

 

 背を向けられる前に、その懐に入って囁く。

 

 動けば、義腕が猛威を振るう。地面に転がっているヴィラスを見て、その威力を理解している男は、一歩も動けなくなった。

 

「い、言えねえ。言ったら、殺される……」

 

「そうか、分かった」

 

 それだけで十分だ。男は、死の恐怖で支配されている。

 間違いなく、闇派閥が関わっているだろう。

 面倒なので、それ以上、関わらないのが吉だ。

 

「一応聞いておくが、ここに来たのはお前たちが所属している組織の命令か?」

 

「それは違う。俺らが、勝手にやった事だ」

 

 つまり、ここに来た『手段』に【闇派閥】が関わっているだけで、命令されてきたわけではないのだ。

 

「なら、良かった」そうほっとした様子で笑って、ツヴァイは迷わずに衝撃を放つ。

 

 男はそのまま吹き飛ばされ、崖下に落ちていった。この距離なら、助からないだろう。

 

「ひ、ひぃ、やめ――」

 

 取り出した短剣で、残った一人の喉を切る。

 

 義腕の秘密を見られてしまったのだ、生かしてはおけない。

 【闇派閥(イヴィルス)】の命令で来たのであれば、敵対行為になるので不味かったが、そうではないのであれば、問題はないだろう。

 

 さて、最後にそこで気絶しているヴィラスを――。

 

「って、逃げられたか」

 

 流石はLv4か、何時の間にかいなくなってしまっている。

 

 ただ、訳も分からずにやられてしまった彼は、義腕の秘密に気付いていない筈だ。

 

 冒険者殺しは大罪だ。ただLv2の小人族が、Lv3の二人を殺したなど、誰も信じる訳はないだろう。

 

 それに元々はあちらから、けしかけて来たのだ。

 

 さて。

 

「本業に戻りますか」

 

 なれないことをやると、神経を使う。

 遺品を回収し、さっさとその場を後にするのだった。

 




 小ネタ解説
窮寇一心(リトル・ハート)】臆病心に比例して、敏捷が向上する。
 このスキルは、逃げる時よりも敵に立ち向かう時の方が、敏捷は向上します。
 当然、そっちの方が恐ろしくて、小指が逃げ出すからです。
 基本的に相手が強い方が、その効能は高くなります。

 因みに爬虫類が苦手で、その際の逃げ出す速度は音速を凌駕するらしい。


 補足しておくと、自分の解釈では、Lv4までであれば、Lv差が二つあっても問題はないと思っています。
 第一級冒険者でなければ、経験や運の差で勝敗は決まるという解釈のもと書いているのであしからず。
 逆にLv5以上であれば、Lv差が二つあったらまず勝てないですし、Lv差が三つもあればどうにもならないでしょう。
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