迷宮鎮魂譚-ダンジョンで冒険者の遺品を回収して生き抗う小人族は英雄になれるのだろうか-   作:ゴリラズダンジョン

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英雄願望(ツヴァイ・ティミド)

 そう、ツヴァイ・ティミドは逃げてなどいない。

 

 そのあと目が覚め、ツヴァイが目にしたのは団員たちの遺体と、一人でモンスターと戦う団長の姿だった。

 

 『生きろ』

 

 その一言で、全てを察したのだ。

 喪失に嘆くこともできずに、残された者として今まで以上の速度を以て、地上まで駆け抜けたのである。

 

 逃げたのではない、生かされたのだ。

 

 だが仲間を失った事実を受け入れる事が出来なかったツヴァイは、分かり易い『罪』に逃げた。

 

 逃げ出したのだと自らに思い込ませる事で、前に進まないことを正当化したのである。

 

 全てを思い出した。いやずっと、記憶の中には残っていたのだ。

 ただ見て見ぬふりをしていただけ。

 

「……そうだ、俺は生かされた。だがその上で、現実から目を逸らす事を選択したのは、他ならない俺の意志だ。俺が只の臆病者であること事実は、何も変わらない」

 

 自分の意思で、記憶を隠していたのだ。

 

 決して封じられていた訳ではない。それが再び蘇ったところで、覚醒の火種になる事はないのだ。

 むしろ、自分という存在がどれだけ臆病なのか刻まれただけである。

 何も出来なかった、何も成せなかった。それがツヴァイ・ティミドの人生なのだ。

 

「もう放っておいてくれ。俺の人生には、何の『意味』もなかった」

 

 諦めた。

 

 この期に及び、ツヴァイ分かり易い絶望に染まることで自らの人生から逃げ出したのだ。

 百年前と同じだ。何一つとして、自分は変わっていない。

 

 それなのに――。

 

「思い出して下さい。記憶の中の貴方は、勇敢で輝いてた。人生に意味がないなんて、そんなの絶対に間違ってる」

 

「今の俺は違う」

 

「今の貴方も同じです。確かにツヴァイさんは臆病かも知れません。でも何時だって、前に進んでた。ただの臆病者だったら、きっとここにはいないと思います」

 

 ベル・クラネルは見捨てなかった。

 

 誰もが救いようがないと唾棄する灰色の小人族に、それでも手を差し伸べた。

 

「立ち上がれないなら、僕が時間を稼ぎます。だから立ち上がる準備ができたら、一緒に戦いましょう」

 

 仲間だから見捨てる事は出来ない、それは理解できる。

 

 だが彼の場合は、ツヴァイの力を求め、『信頼』しているのだ。それはきっと、星火の記憶が見せただけの虚像だ。

 全ては少年の勘違いだ。

 

 それなのに、その信頼がどうしようもないくらいに心を揺さぶる。

 

 立ち上がって、戦いの意志を示したベル。やれやれと肩を落としたアルマが腕を上げると、頭上のアルフィアから生じた轟音が少年を再び薙ぎ払った。

 当たり前だ。佇む魔女に対抗する力など、彼にはもう残っていない。

 

 こうして、息をしているだけでも不思議なのだ。

 

「これ以上、体に傷を付けてしまったら、再生するのが面倒だ。屍たちよ、彼の少年を丁重に殺せ」

 

 星火の蘇生は、大きく体が欠損している場合は機能しない。

 実際、ツヴァイの権能はその権能で戻る事はなかった。

 

 アルマの命令を受け、屍たちが襲い掛かってくる。

 最初こそどうにか押し返していたベルだったが、数があまりにも多過ぎる。

 

「がっ……!!!」

 

 少年の白を屍の黒が圧し潰そうとする。それでもベル・クラネルは諦めていなかった。

 

 人の本質は変わらない。何度も自分で言った事だ。

 だから――今も昔も、ツヴァイはずっと臆病で、そして愚かだった。

 

「ここまでお膳立てされれば、嫌でも足は前に動くだろ……!」

 

 あれほど言い訳をしておいて、少しおだてられただけで調子に乗ったのだ。

 だが、唯一の攻撃手段である銀の右腕はない。

 

 震える左の小指は、拳を握ることすら許してくれない。

 残っているのは、微かな『炎』だ。

 

「俺の仲間を傷付けるな……エクス・ファイア!!!!!」

 

 『エクス・ファイア』は、ツヴァイが有する唯一の魔法だ。

 

 だが特段、凄い魔法ではない。無詠唱の速攻魔法ではあるが、同じ炎にも関わらず、ベルの『ファイア・ボルト』とはその威力に関して天と地の差がある。

 この魔法は、遺探者として暫く経った頃に発現した、ただ遺体を弔うためだけのくだらない炎だ。

 

 悪あがきでしかない。――その筈だった。

 

 だがその微弱な炎が、屍たちに触れた途端、爆発的に広がったのだ。

 

 それは正しく『大炎』だった。敵を焼き尽くすには十分過ぎる、起死回生の一撃だ。

 

 兎程度だと思っていた炎が、突然龍の如き焔に変貌を遂げたのである。

 

「これは……」

 

「ほぅ。まさかこの期に及び、切り札を残して居たとはね」

 

「これが、切り札?」

 

 切り札なのではない。だってこれは炎にも満たない、ただのくだらないお遊びで――。

 

「信じて、ました。ツヴァイさんなら、きっとできるって……!」

 

 手に宿る炎を見る。

 

 見間違いではない事を確かめるために、再び弔いの炎を放出した。だが、目の前で起こったのは先ほどと同じ光景だ。

 自分を遥かに上回る冒険者だった死人ですら、その炎に接触した途端、たちまち喰われて灰になっていく。

 

 弔うための炎。意図したわけではないが、それは死人に対する『特攻』だったのだ。

 

 そう、くだらない筈の――意味がないと思っていた炎が、少年を救ったのである。

 

「意味はあったのか」

 

 逃げ続けて来た自分の人生に意味などないと思っていた。

 

 だが今日まで遺探者として生き続けて来たからこそ、この炎が誕生した。

 そして遺探者になることができたのは、あの時、ツヴァイが生き残ったからこそである。

 

 意味はあった。今までの人生は決して無駄ではなかったのだ。

 

 しかしそれは所詮、たかが一度の成功体験だ。何が変わった訳でもない。

 

 少し苛烈な炎を宿しただけだ。アダマンタイトを砕けるほど力が強くなったわけではないし、あらゆる攻撃を受け付けないほど防御が固くなった訳ではない。

 

 だが、ツヴァイ・ティミドとは単純な男だ。

 

 もう一度言おう。人の本質は変わらない。

 

 少し風向きがこちらに向けば、調子に乗ってしまうのは言うまでもないだろう。

 

 そして今、人生で一番の成功体験を手に入れた。

 

 ならば――。

 

「今、分かった。俺は、俺の役割は――ここで、英雄になることだ。俺は、今日まで英雄になるために生き抗って来た」

 

 掌で揺れる炎が、灰色の瞳の奥に映る本当の色――金色を映し出す。

 

 これだ、この感覚だ。

 

 目の前に広がるのは相変わらずの絶望、未だに恐怖で体中が震えている。

 

 でも、体が軽やかなのだ。恐ろしいのに、前に走りたくて仕方がない。

 ――勇気足る恐怖。それこそ小人族が宿した速さの理由である。

 

「あたかも、恐怖に打ち勝った勇者の言葉だが、しっかり脚が震えているよ」

 

「これは……そう、武者震いだ」

 

 そう息巻いても戦況は何も変わらない、その筈だった。

 

 だが英雄とは逆境で、奇跡を誘発する存在である。

 

 ならばその奇跡とは、必然だ。

 

「――良く言った、ツヴァイ・ティミド。勇気ある同胞に、僕も力を貸そうじゃないか」

 

 死人の大群の反対、未だ鮮やかな色が残る大地の方向から響いてくるのは透き通った勇者の声だった。

 

 彼が率いるのはその瞳に生を宿している冒険者の大群だ。

 

「ちっ、お前かよ――と言いたい所だが、役者としては悪くない」

 

 金髪碧眼、見間違い訳もないその美少年は【勇者(ブレイバー)】だ。

 

「フィンさん……」

 

 勇者が率いる援軍の到着を見て嬉しそうな表情をしたベルだったが、次に、不思議そうな顔でツヴァイを見てくる。

 援軍が来る予定なら、最初から言って欲しかったとでも言いたげだ。

 

 しかし、この状況はツヴァイにとっても全くの予想外である。

 

 内心、酷く驚いていた。フェルズに、死人が蘇っている事を記した手紙を送ったのは昨晩だ。

 

 それから援軍を寄越したとして、これだけの数が今、現れる訳がない。そもそも、状況がまだ詳細に分かっていない以上、ギルドがこれだけの冒険者を援軍で寄越すなど有り得ないのだ。

 

「おーい、助けに来たぞ!!!」

 

「はー、あれが噂のツヴァイ・ティミドか。思った以上にちんちくりんだなぁ」

 

 中には見知った冒険者もいるが、殆どは全く面識のない者たちだった。

 

「不思議そうな顔をしているね」

 

「ああ。だって皆まるで、俺に恩義があるみたいな……」

 

「その通りだよ。彼らはギルドの命令を無視して、君に恩義を返しにきたんだ」

 

「恩義、か?」

 

「おうよ!弱小ファミリアだった俺達に、遺品をただ返還して貰ったこと忘れてないぜ!!!」

 

「君が、孤児院に寄付をしてくれたおかげで、僕はこうして冒険者に慣れた。その恩義を今、返すべき時だ」

 

「孤児院に寄付か、まさか君がそこまで手広くやっているとは」

 

「それだけじゃないぜ、勇者(ブレイバー)。その小人族は、冒険者が続けられなくなった奴に対して、『転職支援』もしてる」

 

「一度は冒険者を辞めたが、再び冒険者を志した奴も支援してるって聞いたわ。そのおかげで、あたいは今の夫と出会う事が出来た」

 

 今更、否定はしない。

 

 確かに、ツヴァイは遺品を売って得た金銭の殆どを、そういった寄付や支援活動に当てていた。

 

 だが必ず匿名でと念を押していた筈だが……一体誰が漏らしたのだろうか。

 

「はっ、まぁいい。わざわざ援軍に来たからには、存分に使わせて貰おうか。おい勇者、こいつらを率いろ。俺は、リーダーには向ていない。一人で行動を――」

 

「彼らは、君のためにこの場に集った。僕じゃなくて、君の言葉で動かすべきだ」

 

「そうですよ、ツヴァイさん。きっと、皆それを望んでます」

 

 ヒーラーに治癒されるベルも又、そう背中を押してくる。

 ――いいだろう。己は英雄だと、啖呵を切ったのだ。

 

 この場だけでは、ベル・クラネルにもフィン・ディムナにも劣らない『唯一無二』になってやる。

 

「俺は臆病者だ。それはきっと、何があっても変わらない。今後もきっと、あらゆるものから逃げ続ける。でも俺の『逃げ』は後ろ向きじゃない。今日、気付いたんだ。俺はずっと、前向きに逃げ続けて来たって」

 

 現実から目を逸らし続けた。

 

 だが停滞はしなかった。ツヴァイはずっと、前に逃げ続けて来たのだ。

 

「勇気がある奴は、前に進め。ない奴は、俺と一緒に前に逃げろ。――勝つぞ」

 

「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」

 

 冒険者たちの雄叫びが上がる。

 

 初めてのスピーチだったが、どうにか上手くできたらしい。

 

「……予想外、実に想定外。だが、遅かれ早かれだ。先に英雄たちの幻想を砕き、フィン・ディムナを含めた冒険者たちの遺体を手中に収める事が出来れば、僕の計画は更に速く進む」

 

 生者の意志と死者の虚無が今、衝突を始めるのだった。

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