迷宮鎮魂譚-ダンジョンで冒険者の遺品を回収して生き抗う小人族は英雄になれるのだろうか- 作:ゴリラズダンジョン
「ち、近付けない……!」
「凄まじい熱だ。この距離で、肌が悲鳴をあげている」
アリーゼが纏う炎は、先ほどと比べても苛烈になっていた。
生命力の源である星火が近くにいることが、彼女の核に影響をもたらしているのか。味方の死人すら、彼女には本能で近付かない。
この場で最もレベルの高いフィンも、その炎に思わず目を細めていた。
「どれだけ数が居ても無駄だ。アリーゼ・ローヴェルは俺とフィンに任せろ」
「僕も一緒に戦います」
ベルが駆け寄って来る。
「いや、お前にはあっちの魔女を任せたい。今は静観を貫いてるが、何時動き出すか分からないからな」
どうにか死人たちを押し返す事が出来ていたのは、最大戦力であるアルフィアが動いていないからだ。
彼女が本気を出せば、全てが振出しに戻る。あれはそういう存在だ。
「信頼してるぞ、ベル」
ツヴァイの言葉に頷いたベルは、他の冒険者たちと一緒にアルフィアの方に向かった。
「さて。まずは言っておくが、俺はお前が嫌いだ」
「僕と二人になったのは、ただ悪態を吐くためだったというわけか」
「信頼なんてある訳ないだろ。お前は胡散臭い、腹が分からない。何よりも勇者を語って居ながら、
フィン・ディムナの動向を追っている訳ではないので、最近の彼に何が起こったのか分からない。
ただその瞳は少し、前と比べて真っすぐになった気がする。
「少し、理想を追い求める事にした。ある少年に感化されてね」
「はっ、笑い物だな。四十、五十のおっさんが今更理想だとか……」
「だが、悪くはないだろう?君にも分かる筈だ」
「そうだな、悪くはない。むしろ、見直した。こっちも百歳をとっくに過ぎて、英雄を語っている身だからな」
完全に信頼をおいた訳ではない。
だが今の勇者なら、背中を預けるのも悪くないだろう。
「勇気を貸せ、フィン。俺にはないそれが、今は必要だ」
「何を言っているんだ。君はもう――いや、いい。君が望むだけの勇気を賭けよう、我が同胞」
おかしな話だ。
勇者と名高い小人族と、遺品を漁って生き抗って来ただけの小人族が肩を並べるなど。
「エクス・ファイア!!!」
まずは試しに、彼女の炎ごと喰らうことができないかたしかめる。
だがやはり、彼女の炎に触れた途端、ツヴァイの魔法は霧散してしまった。
これはあくまで、遺体に特化した弔いの力だ。圧倒的な炎を焼き尽くせるだけの力は持っていない。
かといって、ツヴァイの炎が直撃する距離まで詰めるのは不可能だ。
最大限の速度で駆けたとしても、体が朽ちる方が先であろう。
「フィン、あの炎に対抗する手はないか?」
「難しい事を言うね。そうだな……僕の魔法で理性を捨てれば、熱さも痛みも感じることなく無理やり近付けるかも知れないけど――少々、賭けが過ぎる。できれば、最終手段にとっておきたい」
指揮官である彼が理性を失ったら、仮にアリーゼを撃破したとしても、後々戦場に影響が出てくるだろう。
「なら、一秒でいい。俺があの炎の『死角』に入る方法は?」
「……一つだけなら、ある。ツヴァイ、君はどれだけ速く走ることができる?」
「Lv6のお前が投げた全力で投げた石ころくらいだろ」
「なら、問題ない。今から僕が、全力の一槍を投擲する。君はそれに追随して、彼女の懐に入って欲しい」
「お前の槍が届かなかったら、どうする」
「君なら優に離脱できると踏んだんだけど、やはり難しいかな?」
「ちっ、やってやらぁ。槍が炎で溶けても、文句は言うなよ」
大きく息を吸って、恐怖を押し殺す。
腰を低くして、ツヴァイはただ勇者の投擲を待った。
「――ティル・ナ・ノーグ」
異様な魔力が勇者を覆う。
次の瞬間、空気が割れるほどの一槍が解き放たれた。
もはや、その速度は光と何ら変わらない。何が、問題ないだ。それは人間が観測できる速度ではない。
だが問題はないと言ってしまったのだ。
ならば、ツヴァイも又、人を凌駕しなければならない。体が軋むほどの
全てが遅くなる百分の一の世界で、ただツヴァイは勇者の槍に置いていかれまいと追随した。
槍は炎を押し返し、アリーゼの喉元に進む。このまま彼女を貫ければ、それでいい。
しかし現実はそう上手くはいかない。何も、炎だけが彼女の特権ではないのだ。
剣を掲げたアリーゼは、炎で減速していた槍を悠々と叩き落とす。
だが、目的は叶った。
「エクス・ファイア!!!!!」
勇者が開いた『道』が再び炎で閉じるまでの数瞬。躍り出たツヴァイが、その懐に炎を叩き込む。
ゼロ距離で放たれた死人に特化した光は、たちまちその体を浄化して、灰燼へと化す。手応えは十分、だが確実に仕留めるために二度目を――。
「ぐっ!?」
アリーゼの体が内側から発火する。
刹那に察したツヴァイは、即座に彼女から距離を取った。
燃やしたのだ。内側から炎に蝕まれる体を、自らの炎で制したのである。
毒を以て毒を制すとはいうが、あまりにも荒業だ。だがそのおかげで、心臓部の魔石が露になってしまっていた。
そして、纏っていた炎の装備も無くなっている。
勝負はあった。ここから手立てなどある筈がない。
――その筈だった。だが彼女は幾度と絶望的な状況を覆して来たのだ。あの時――18階層で【静寂】と戦った時もそうだったように。
次の瞬間、アリーゼが掲げた剣の剣先から一筋の炎が上に登る。頭上で爆発したそれは、虚空を広がって地面に落ちた。
いうならば、それは『炎の結界』だった。彼女を中心に、炎の膜が張られたのである。
「おいおいマジかよ」
そして少女と二人っきりになってしまったのは一人の小人族だ。しかも強い方ではなく、弱い方の偽勇者である。
フィンが直ぐに入って来ない以上、助けを見込める事は出来ないだろう。
これで更にアリーゼが炎を纏ってしまえば、地獄が誕生するとこだったが――流石にそこまでの炎は残っていないのか、彼女はただ赤い髪をきらめかせている。
だが熱い。炎に覆われている結界の中は、超高温のサウナだ。
気を抜けば意識を持っていかれる。熱体制がある錆び色のマントのおかげで、どうにか皮膚が焼け焦げるのは防げているが――それも時間の問題だった。
決着を付けなければならない。
ここでやらねば、やられる。
「エクス・ファイア!!!」
炎を纏っていないのであれば、その速攻魔法を妨げるものはない。
だが掌から放たれた炎はたちまち上昇して、結界に呑まれてしまった。
「魔法を喰うのか!?」
原理は分からない。が、ここではツヴァイの必殺を用いる事は出来ないらしい。
「くそぉおおおおおおおお!!!!!」
徐々に血の気が失われていく感覚を味わいながら、短剣を握って賭ける。
義腕はない、炎もない。残っているのは、短い左腕だけ。
その魔石を貫くべく、縦横無尽に駆けながら短剣を振う。
得意のヒットアンドアウェイ。だが既に、この動きは彼女に見せてしまっている。
理知のあるアリーゼには通じない。このままでは命を燃やし尽くすのが先だ。何か、別の手を――。
「クソ、これしかないか」
短剣を仕舞って、地面から拾ったのは『長槍』だ。
しかし、槍など使った事も無い。そもそも今のツヴァイは片腕だ。
重い、これでは体を上手く動かす事もできない。握るだけでも精一杯だ。
隙だらけのツヴァイに、次はアリーゼが仕掛ける。
どうにか片腕で槍を持ち上げて、防御に回った。だが、それだけだ。
それ以上は、何も出来ない。
ここで、終わりなのか――否だ。
片腕だろうと、慣れていない槍だろうと。まだ、この脚が残っている。
ならば『前』に進むだけだ。
「舐めるなよ。俺の
先にアリーゼの剣が、ツヴァイの体を貫く。
「この瞬間を待ってた」
今にも落ちてしまいそうな口角を上げ、ツヴァイは笑った。
痛い、血も出ている。だが、急所はずらしたので問題はない。ここが、唯一の好機。
アリーゼの体は今、貫いた剣ごと固定されている。動き回らないのであれば――。
「がぁああああああああああああああああ!!!!!」
槍を前に突き出す。
幸い、熱さで小指の感覚はない。ならば、思いっきり握ることができる。
――パリン。
届いた。その決死は、英霊に打ち勝ったのだ。
「やっぱ凄い奴だな、アリーゼ・ローヴェル」
結界もろとも、その体が遂に灰になっていく。もはや、疑う余地はない。
「これじゃあどっちが勝者か分からないがな」
少女の体を穿った槍は既に手から零れている。
今はアリーゼの剣が、ツヴァイの体を貫いている状態だ。
「はぁはぁ……あの時、俺の瞳を褒めてくれたよな?今の俺を見て、あの言葉は間違っていたと思うか?」
死人にどれだけ問いかけたとしても、返答が帰ってくることはない。
だがその
「――何も間違っていたなかったわ。最高よ、貴方」
それが彼女が残した最後の炎。死人としてではなく、アリーゼ・ローヴェルとして彼女はこの世から去った。
「言い忘れてたな。……お前の瞳も、悪くなかった」
あわよくば、彼女ともっと言葉を交わしたかったと、本心から思う。
補足
ツヴァイが、アリーゼに勝ったわけではないです。
小人族の炎に心を打たれ、少し自我を取り戻したアリーゼが抵抗をやめたからこそ、槍は届きました。
ただ必死だったツヴァイはそれに気づいていないので、言わないであげてください。