迷宮鎮魂譚-ダンジョンで冒険者の遺品を回収して生き抗う小人族は英雄になれるのだろうか- 作:ゴリラズダンジョン
「ベル!!!おいヒーラー、俺はいいからさっさと奴を癒せ!!!」
「でもぉ、貴方の方が重傷で――」
「いいから、やれ!!!」
「は、はいぃいいい」
アルフィアの攻撃を被って、ベルは地面にうつ伏せで転がっている。
「命に別状はないっぽいですぅ。でも、打ち所が悪かったっぽくて、完全に気を失ってちゃってます……」
「そうか……糞」
無理やり起こしたとしても、ベルでは宝剣を扱う事が出来ないのだ。
どうするべきか――と。そう言った思考すら、静寂は許さない。
「――祝福の禍根、生誕の呪い、半身喰らいし我が身の原罪」
彼女の口から、初めて音が零れた。
その詠唱に呼応して、アルフィアの頭上に灰銀の『鐘』が顕現する。
「禊はなく。浄化はなく。救いはなく。鳴り響く天の音色こそ私の罪」
鳴り響く終末の鐘。昇る圧倒的な魔力が、その威力を物語っている。
「魔法隊、撃て!!!」
その詠唱を止めるべく、一斉に魔法が放たれる。
この場に集まっている冒険者の中には、Lv3、Lv4の上級冒険者も多い。
折り重なった魔法は、階層主だって殲滅するだろう。アルフィアが纏っていた魔法の衣も、詠唱を開始したと同時に晴れている。
だがそれらを、彼女は『音』でかき消したのだ。
詠唱をしながら、別の魔法を行使したのである。
無茶苦茶だ。もう、どうにもならない。
可能性があるとするならば――。
「フィン、お前が――」
小人族の英雄を見る。
一族の勇者に託そうとしたツヴァイだったが――しかし、口を噤んだ。
その指は、こちらを指しているのだ。まるでお前にしかこの状況を打開する資格がないとでも言いたげに、真っすぐ、ツヴァイ・ティミドを指名している。
「……おい、ヒーラー。俺を癒せ」
「え、でもさっきはこの少年の方が優先だって――」
「ごちゃごちゃ言うな!!!」
「は、はいぃいいいい!」
治癒魔法を受け、ツヴァイはどうにか立ち上がる事に成功する。
とはいっても、満身創痍だ。平衡感覚もあやふやで、走り出してもきっとどこかで躓くに違いない。
この状態でも逆転の一手があるとすれば、それは宝剣だけだ。
ベルの傍に転がっているそれを、どうにか両手で持ち上げる。
あのベル・クラネルで駄目だったのだ。ツヴァイの魂が、受け入れられる道理はない。
実際、持ちあげただけで、少し心が軽くなる感覚――魂が侵食されてしまっているのだ。
「魂を喰らう宝剣か。全く、笑わせる。きっと今までの奴らは、お前に力を求めた筈だ」
力を求めた。だから、宝剣に主導権を握られ、対価としてその魂を喰らわれてしまった。
「残念だが、俺はお前に力を求めない。俺がその力を喰らってやる」
宝剣とは、所詮『遺品』だ。
そして遺品の扱いであれば、この世で最もツヴァイ・ティミドが得意とする分野だ。
魂の輝きは、圧倒的にベル・クラネルに劣っている。だがその経験だけは、嘘偽りのない百年の『真実』だ。
『いいだろう。私と貴様の我慢比べだ』
宝剣が心に語り掛けて来る。
「神々の喇叭、精霊の竪琴、光の旋律、すなわち罪禍の烙印。箱庭に愛されし我が運命よ砕け散れ。私は貴様を憎んでいる。代償はここに。罪の証をもって万物(すべて)を滅す。哭け、聖鐘楼――」
鐘の音が戦場を包む。今正に、その暴虐が解き放たれようとしていた。
「らぁああああああああああああああ!!!」
歯を食いしばって、宝剣を前に投げる。
この小さな躰では持ち上げられない。非力な腕には不相応だ。
矮躯には、振うのではなく投げるだけでも精一杯だったのである。
だが、その柄を一瞬だが握る事は出来た。宝剣の真価を発揮する資格は得たのだ。
しかし、ツヴァイの魂が負けてしまったのであれば何の意味もない。
「ジェノス・アンジェラス」
鐘の音が炸裂する。直後、恐ろしいほどの静寂が世界を襲った。
それは塵一つとして残さない災害。圧倒的な無の衝撃。
才禍の怪物足彼女が有する最大限の理不尽。
瞬きのあとには、この場にいる殆どの冒険者は灰になっていることだろう。
だがその刹那、静寂を『七色』の音が焼き払った。
宝剣に、貧弱な小人族の魂が勝ったのである。根拠のない自信と虚栄だけで、その輝きを勝ち取ったのだ。
受け継がれし魂の輝きは、魔女の必殺を押し返すだけではなく、そのままアルフィアの体にまで届いた。
「はぁ、はぁ……」
魂が持っていかれる事はなかったものの、代わりに体力が相当奪われてしまった。
体の感覚がない。少し、休まなければ――。
「おいおい、マジかよ」
だが現実が、夢の世界に浸ることを許さない。
宝剣の輝きを直で被った筈のアルフィアが立っているのだ。
だが、核である魔石が浮き出しになっている。再生が始まる前に、あれを壊さなければならない。
しかし、並の攻撃では手負いの彼女に届かないのは明白だ。
再び、宝剣を振わなければ。
「まだ、まだだ……!」
もう諦めてしまった方が楽だ。
だが今日は既に一度、諦めたあとだ。でもあの時、ベルのおかげで諦めることを諦めたからこそ、人生が無駄ではなかったと知ることが出来たのである。
今の自分にとっては、諦める事の方が苦しい。
だが、宝剣に手が届く事はない。あと少しで届くのに、これ以上体が動かないのだ。
「――あとは、任せて下さい」
少年の手が、宝剣を持ち上げる。
一度は拒否された魂だったが――この逆境でも諦めないその意志で、更に輝きを増し、資格を得た。
「結局、美味しい所は持って行くのかよ」
立ち上がったベル・クラネルに、そう悪態を吐く。
だがその反面、安心した表情と共に力を抜いたツヴァイは、ゆっくりと瞼を閉じるのだった。
「はぁあああああああああ!」
次に発せられた宝剣の輝きは、確実にアルフィアの魔石を破壊した。
これで、彼女の体は灰に戻る――その筈だった。
「――――へ?」
だが次の瞬間、ベルの体は空を舞っていたのである。
音で吹き飛ばされたのだ。
即座に体勢を立て直して、綺麗に着地する。
「…………」
大分遠くに飛ばされたが、着地した場所には、既にアルフィアが佇んでいた。
先ほどいた戦場からはかなり離れているのに一体どうやって――いや、方法は何でも良い。
魔石は砕かれている。その体は、徐々に崩壊を始めていた。
無理に戦う必要はない、ここは時間を稼いで――。
「おい」
言葉を発した。
詠唱ではない、ベルを呼びかけたのだ。
そこで初めてベルは警戒を解いた。何故だろうか、先ほどまでは感じなかった温かさを彼女からは感じるのだ。
面識はない。ベルが冒険者になる前に、彼女は既に命を落としていると聞いている。
それなのに、どこか懐かしい気分なのは何故だろう。
「お前の人生は、希望に満ちているか?」
「その、えーっと……」
突然そう言われて、ベルは戸惑ってしまった。
普通に返答した方がいいのか、それとも試されているのだろうか。
「幸せかと、聞いている」
「あ、はい。その、幸せだと思います」
「そうか……良かったな」
ずっと閉じていた目が見開く。
美しい双眸だった。幻想的で、それでいてやはりどこか懐かしい。
彼女の顔に宿るのは微笑。【静寂】の二つ名からはかけ離れている色鮮やかな表情。
ベルは母親の顔を見たことがない。どういう人だったかはお爺ちゃんから聞いているが、実際に笑った姿を見たことがある訳ではないのだ。
でもきっと、こういう表情を浮かべる人のことを、人は母というのだろう。
さっきまで命の奪い合いをしていた筈の死人の表情は、それほでまでに尊く、美しかったのだ。
最後の最後で自我を取り戻したわけではなく、実はアルフィアだけは、最初から意識があったりなかったり。