迷宮鎮魂譚-ダンジョンで冒険者の遺品を回収して生き抗う小人族は英雄になれるのだろうか-   作:ゴリラズダンジョン

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英雄としての役割

「戻って来たか、ベル・クラネル。その様子だと、彼女を倒したみたいだね」

 

「倒したと言っていいのか分からないですけど……それに、僕があの宝剣を振う事が出来たのは、ツヴァイさんのおかげです。あの人が、僕を奮い立たせました。勿論、フィンさんや他の冒険者たちも――」

 

「少なくとも、アルフィアを倒した功績に関しては、君とツヴァイのものだ。僕と他の冒険者に入る余地はない」

 

「あはは、ありがとうございます。ところで、ツヴァイさんはどこに?」

 

「……ツヴァイは――」

 

 フィンが目を伏せ、視線を逸らす。

 

 その方向には、泣きそうな顔で治癒魔法を詠唱するヒーラーの姿があった。

 彼女の手元で仰向けに倒れているのは、他ならないツヴァイ・ティミドだったのだ。

 

 まさかと、ベルは直ぐに駆け寄る。

 

「ごめんなさい。私の腕が悪いばかりに、彼を助けられなかった」

 

「そんな……嘘だ。だって傷は治って……」

 

 ツヴァイの体は状態が悪いわけではない。

 

 アリーゼに貫かれた傷は自ら燃やした事で塞がっているし、他に目だった傷もなかった。

 

「彼はLv2だ。それなのにあれだけ走って、最後にはあの宝剣すら振った。こうして体が残っているだけでも奇跡だ」

 

「僕が……僕があの時、宝剣を振う事ができていれば……」

 

「――後悔しているところ悪いが、そろそろ生き返ってもいいか?」

 

 ひょこっと、小さな躰が起き上がる。

 

「うぇえええええええ!?生き返ったぁ!?」

 

「五月蝿い」

 

「むぐぅ!?」

 

 傍にいたヒーラーが困惑に声を張り上げ、ツヴァイが鬱陶しそうに頬を摘まむ。

 

 ベルも内心凄く驚いているが、彼女が代わりに驚いてくれたので、わざわざ表現する必要は無くなった。

 

「で、でも可笑しいですぅ。だって心臓の音は止まって……」

 

「俺は特殊な呼吸法を体に馴染ませてる。だから心臓の音も、極端に小さいって事だ」

 

「小さいとかそういう問題じゃなくて、脈が……」

 

「でも、俺は生きているだろ?ごちゃごちゃいうな、名前もないモブヒーラーが」

 

「ああ、いっちゃいけないこといったぁ!!!私だって【戦場の聖女(デア・セイント)】みたいに、活躍したいのに……」

 

「だが、お前のおかげで大分楽になった。オラリオではそうじゃないだろうが、少なくとも俺にとってはお前は【聖女】だよ」

 

「えへへ……では私はその期待に応じるべく、負傷者を癒してくるれす!皆、聖女が行くよぉ~~~~~」

 

 ちょろヒーラーは最後に治癒魔法をベルにかけると、意気揚々とその場を後にするのだった。

 

 

「もう少し寝ていたかったが、生き返ったなら起きるか――って、おっとっと」

 

 体を起こそうとしたが、直後によろけてしまう。

 その体を受け止めたのは、突然現れた美少女――ではなく、同じ目線に居る美少年の小人族だ。

 

「悪いな、フィン」

 

「……そうか、君は――」

 

 フィンはツヴァイの目を見て、何か気付いた様子で目を丸くした。

 

「どうした、意外と睫毛が長くて驚いたか?」

 

「いや……その通りだ。僕に劣らず、美しい顔立ちをしているなと思ってね」

 

「僕に劣らずは余計だよ、ナルシスト勇者が。さて。見てなかったが、アルフィアは倒したってことでいいか?」

 

「はい、目の前で確かに灰になりました」

 

「そうか、流石だ。これで最大の敵も居なくなった訳だが――」

 

 周囲を見渡す。

 

 絶対的な理不尽が居なくなったおかげで、死者の大群にも勢いがなくなった。

 

 冒険者達が押している。このままであれば、そう経たずして全ての死人を葬ることができるだろう。

 

「素晴らしい。まさか、君がここまでの『器』だったとは思わなかった」

 

 死人の中から、首謀者であるアルマが堂々と現れる。

 

「お前、どういう神経してやがる」

 

「僕を殺しても何の解決にもならない。むしろ指揮者が居なくなることで、死人がどうなるか分からないだろう?その危険を侵す君じゃあない」

 

「あーはいはー、お前と舌戦をする気はないよ。やるなら、俺の横の勇者とやっとけ。それで、命乞いでもしに来たか?」

 

「まさか。僕はまだ、最大の『手札』を失っていない。確かにアリーゼとアルフィアは重要な『戦力』だった。だが遺体なら、世界のどこにでも埋まっている。殺傷石を核に出来ない以上、質は落ちるだろうが、それでも英雄はこの場に居る多くの冒険者に勝るだろう」

 

「ならその前に、星火を討つ」

 

「それが出来るなら、苦労はしないでしょ。彼女は死ねなかったからこそ、この場所に居る」

 

 アルマが指を鳴らした。

 

 途端、死人の奥で彷徨っていた星火の体に光柱が注ぐ。

 

 それは神が送還される光景と似ていた。だが彼女は天使と呼ばれる身ではあるが、実際に神ではない。

 光柱を発しているといった表現の方が正しいだろう。

 

 舞う光粒。それが地面に触れた途端、そこに緑が生まれた。

 戦火で焼き払われた灰色の戦場に色が宿ったのだ。

 

 それだけではない。

 

 草はやがて伸び、周囲に花まで咲き始める。十秒も経てば、立派な果実を実らせる木が出現した。

 蝶も飛ばない不毛な地で、彼女の周囲だけが『春』になった。

 

 それは圧倒的な生命力の証。だが草木はやがて枯れ、花はその色を失う。

 数十秒と経たずして、芽生えた生命は完全に朽ちてしまったのである。

 

「薬も過ぎれば毒となる、か」

 

「ある魔法で、彼女の力は『暴走』させている。死なない限り、あの『生命力の奔流』が失われる事はないだろう」

 

 アリーゼの炎、アルフィアの音とは別だ。

 

 あの領域には、誰も近付く事が許されない。実際、死人ですらその光を受けた途端、崩れて灰になって逝った。

 

「最終手段だが仕方がない。彼女が歩き、生命力を貪るたびにあの『光』は増す。大陸を一周する頃には、世界を覆い尽くす光となっているだろう」

 

 試しに小石を投げる。その領域に侵入した途端、苔が生え、やがて芽がでると、落ちる前に内側から割れてしまった。

 

 正しく歩く災害だ。他人を傷付ける意思はないが、時間が経てば、その奔流はこの星の生命力がすら凌駕するだろう。

 

「天使が引き寄せる終末……まるでヨハネの黙示録だな」

 

 かつて、天使が吹いたラッパが、世に終末をもたらした話は有名である。

 

「世界を滅ぼすのが天使の権能なら、神々も納得すると思わないかい?」

 

「そうだな。今の神時代は、神々が降臨して始まった。ならば、頂上的な存在で終わるのも、定めか……。だがな、星火は天使じゃない。確かにその権能はそう呼ばれる値するかも知れないが、俺が知っている彼女は人を想い、憂う事が出来る、どうしようもないくらい可愛い女の子だ。これは世界を終末から救うとか、天使の翼をもぐとか、そういった神話じゃない。――ただの女の子を囚われの身から救い出す、ありきたりな英雄物語だ」

 

 何が天使だ。確かにその可愛さは天使と呼んで然るべきかも知れないが、決して彼女は手の届かない頂上的な存在ではない。

 

 卓を囲み、笑いあったあの日々こそ、彼女の『真実』なのだ。

 

「いいだろう、文字通りこれが最後の手札だ。どうなるにしても、僕はその結末を見守るとしよう」

 

「フィン、お前は冒険者を逃がせ。ベル、お前には感謝してる。ここまで来ることが出来たのは、その力があったからだ。それに、お前との冒険は……そう、楽しかった。冒険をするのが楽しいと思ったのは百年前以来だ、ありがとう」

 

「はい……!オラリオに帰ったら、必ずダンジョンに行きましょう!!!」

 

「ああ、そうだな。だから、先に帰っておけ」

 

「嫌です、僕は――」

 

「仲間を見捨てない、だろ。分かってる。だが、俺は今から、好きな女に想いをぶつける。まさか、それに水を差そうと言うのか?」

 

「それは、でも……」

 

「おいおい、少しは信頼しろよ。大丈夫、死ぬ気はない。だが、そうだな……じゃあお前の炎を貸してくれないか?」

 

僕の炎(ファイア・ボルト)の事ですか?」

 

「ああ。俺の炎だけじゃ、きっと理想を映す事は出来ない。だがお前となら、行ける気がする。分かってると思うが、ここで俺にファイア・ボルトを撃てと言ってる訳じゃないぞ?」

 

 差し出したツヴァイの手を、ベルが力強く握る。

 それだけで十分だ。炎を、確かに受け取った。

 

「でも、どうやってあの領域を突破するんですか?」

 

「女の子に告白する方法は一つだろ。真正面から、それが男だ」

 

 ツヴァイが前を向く。

 

 フィンとベルも、冒険者たちと共にその場から離れ始め、やがて一人となった。

 

「はぁ……本当なら、お前の遺体を持って帰って、ちゃんと葬ってあげたかった。でも、不器用な俺にはきっとこれしか方法がない。――俺は、英雄にはなることに決めたよ」

 

 覚悟を決める。

 

 今のツヴァイを、リヴィラの街にいる顔見知りが見たら驚くだろう。

 

 お前、そんな双眸()をしていたのかと。

 

 金色に輝いているそれはフィン・ディムナにもベル・クラネルにも劣らない。断言できる、この場、この瞬間に限っては、自分以上の『色』は存在しないと。

 色に優劣など存在しない。赤、緑、青の代表色だけでも、皆それぞれ好きな色が異なる筈だ。

 

 だが今だけはきっとツヴァイ・ティミドの色こそが最高だった。

 

 それを自分は信じて疑わない。

 

「この一走に、俺は俺の人生を懸ける」

 

 百と十六年。今までずっと、この躰と共に走り続けた。

 

 一度として、その脚を止めた事はない。だからこそ、断言できる。

 

 この一走は、ツヴァイ・ティミドにとって最後の――そして最高の瞬間だと。

 

 恐ろしい筈だ。あれだけ忌避していた死が、もう直ぐ目の前にある。

 でも何故だろう、とても心が軽い。胸で疼いている『炎』が、恐怖を上回っているのだ。

 

 過去一番の恐怖、そしてもっとも熱い炎。更に速く走ることができるのは当たり前だ。

 

 星火から距離を取って、息を零す。世界に見ろとでも言いたげに大きく腕を広げ、一歩。

 

 その一歩を世界に轟かせるべく、勇敢に。これが英雄の軌跡だと、残す為に力強く。一歩、又、一歩と大地を蹴り上げる。

 五歩の地点で、既に過去最高速度の突破。そのままの勢いで、『絶対領域』に突入した。

 

 途端に泡立つ肌。コンマ一秒の世界でも、自分が自分で無くなっていく感覚が小指からひしひしと伝わる。

 

 この速度じゃ、彼女の元に届かない。この(おもい)が、伝わる事はない。

 

 なら、もっと早く。速く、速く、速く。

 

 高鳴れ心臓、巡れ血液。脚を回せ。

 走り続けて来たのだ。知らないとは言わせない。ツヴァイ・ティミド(お前)の細胞に至るまで全てが知っている筈だ。

 

 体が熱い。速度で体中が焼け焦げてしまいそうだ。

 

 だが胸の奥の方が、もっと熱い。今の俺を溶かしたいのであれば、太陽くらい持ってこい。

 

 やがて息を忘れ、呼吸を止め。それでも、前に走った小人族は今なお、愛することを辞められない狐人の少女の元に到達した。

 

 そして囁く。

 

「ファイア・エクスボルト」

 

 刻むのは己の炎。

 発するのは、英雄を認めた友から受け取った炎雷と交わした名。

 

 実際にそういった魔法が発現した訳ではない。

 

 だがその炎は、かくも美しく、そして天高く舞い上がる。

 生涯最高の、そして生涯最後の、命の灯。全身全霊を駆けた英雄の一掃。

 

 これでいい。英雄は命を落として初めて、そう呼ばれるのだから。

 

 らしくない。でも、悪くない。

 

 満足だ。最後まで走り抜いて、英雄の役割を見付ける事が出来た。

 これ以上にない結末だ。

 

 その筈だったのに――。

 

『愛してる』

 

 恒久の光に呑まれる直前、色付いた彼女が零したのである。

 

 ならば、大満足だ。嗚呼――今日まで生きていて本当に良かったなぁ――。

 

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