迷宮鎮魂譚-ダンジョンで冒険者の遺品を回収して生き抗う小人族は英雄になれるのだろうか-   作:ゴリラズダンジョン

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小人族の見た夢

「――き――ください」

 

 深い海の底で意識が漂っている。

 

 何も見えない、何も聞こえない。何も、ここにはないのだ。

 

「起き――て―――」

 

 どれくらいそうしていたのだろうか。数分あるいは、数万年か。きっと自分はこの深遠で永遠にたゆたい続けるのだろう。そう思っていたが――、

 

「さっさと、起きて下さい!!!!!」

 

 甲高い声に弾かれたように、意識が浮上する。

 

 頭がぼーっとする、視界情報を処理する事が出来ない。

 

「全く、どうしてリリが、何時も貴方を起こさなくてはならないといけないのですか!!!」

 

 暫くして、やっと視界が鮮明になって来た。知らない天井だ、知らない場所だ。そして、

 

「お前……誰だ?」

 

 知らない存在だ。

 栗色の髪と瞳の少女――小人族(パルゥム)である。

 

「誰だ、じゃないですよ。何時も何時も、リリの事を馬鹿にして……!」

 

「待て待て、別にお前を馬鹿にする気はない。頭でも打ったのか、どうやら俺の記憶は混濁してるらしい。お前の名前は、リリって言うのか?」

 

 自分が何者なのか、それすらも今の自分には分からなかった。

 

「……リリルカ・アーデ。それがリリの名前です」

 

「リリルカ・アーデか」

 

「むぅ、真面に名前を呼んでいる所を見ると、どうやら嘘ではないみたいですね……」

 

 最初は懐疑的な目を向けていたリリルカだったが、何時もと異なる自分の様子を見て、信じてくれたらしい。

 

「それで、ここはどこで俺は誰なんだ?」

 

「ここはリリたちの本拠地(ホーム)である、竈火(かまど)の館です」

 

「本拠地……ってことは、俺はファミリアに所属してるのか?」

 

「それすらも忘れているとは……。そうです、貴方は【ヘスティア・ファミリア】に所属する冒険者、ツヴァイ・ティミドです」

 

「ツヴァイ……そうか、そうだったな」

 

 段々と、おぼろげだった記憶が鮮明に色付いてくる。

 

 そうだった。自分は神ヘスティアの加護を受けた冒険者なのだ。

 

 だがその過程を思い出す事は出来ない。

 

「食堂に行きましょう。リリだけじゃなくて、皆と話した方が効率がいいですから」

 

 リリルカに連れられて部屋を出る。

 

 朝焼けが差し込む食堂には、美味しそうな朝食が並べられていた。

 卓を囲むのは、六人の団員と一柱の神だ。

 

「――という訳で、どうやらティミド様は、記憶が混濁しているらしいです」

 

「本当かよ?又、何時ものおふざけじゃないだろうな」

 

「リリの名前を呼んでいたので、嘘ではないと思います。というか、これで嘘だったら、リリはもう二度とティミド様を信じません」

 

「俺って、そんなに信頼がないのか?」

 

「いざという時は役に立つが、それ以外はファミリアの仲間ですら翻弄してばっかだからな。お前を真面に扱う事が出来るのは、春姫くらいだろ」

 

「春姫……」

 

「はい、私が春姫でございます」

 

 春姫と名乗ったのは、狐人の少女だ。確かに彼女を見ると、こう何と言っていいのか……言葉が上手くでなくなる。

 この場では一番気が弱そうなのに何故だろう。

 

「昨晩はかなり夜更かしをしていたので、もしかしたらその影響かも知れません。貴方様は寝らずとも一週間活動ができると豪語していますが、やはり沢山寝て、沢山夢を見るべきです。貴方が体を壊せば、少なくともわたくしは悲しみます。どうかご自愛ください」

 

「お、おお、そうだな。悪かった」

 

「しかしなぜ、春姫殿はそう、ツヴァイ殿に対して強気なのですか?」

 

「……何となく、でしょうか?」

 

「リリがどれだけ口煩く言っても、悪いところを丹精してくれないのに……全く、理不尽です」

 

「胸の大きさが問題じゃないのか?」

 

「キー!!!」

 

「おっ、何時もツヴァイが戻って来たな」

 

 何故だろう、流れるように口から出た言葉がやけにしっくりと来る。

 

「しかしまぁ君も大変な人生を送っているね。先日一人で深層に落ちたばかりなのに、次は記憶喪失とは……」

 

「貴方がヘスティア様か」

 

「君に様を付けられるとムズムズするな……そうだよ、僕が君の主神であるヘスティアさ」

 

「早速だが、どうやって俺がこのファミリアに入ったのか聞いてもいいか?」

 

「最初は僕が君と出会った訳じゃなくて、ベル君が連れて来たのさ」

 

「僕とツヴァイさんが出会ったのは、ダンジョンでした。僕がミノタウロスに襲われている所を、貴方が助けてくれたんです」

 

「……?ミノタウロスからお前を救ったのは、確かアイズ・ヴァレンシュタインじゃなかったか?」

 

「アイズさんにも救われましたけど、それは又、別の日の話です。あの日、突然六層に出現して僕に襲い掛かって来た、腕が四本ある超強化版ミノタウロスを、貴方は簡単に倒してしまった」

 

「そう言われると、そうだったような……」

 

「貴方の動きに見惚れた僕が、弟子入りを懇願しました。ツヴァイさんは快く引き受けてくれて、定期的に戦い方を教わるようになったんです」

 

 つまり、ベルとの関係性は単なるファミリアの仲間ではなく、師匠と弟子という事だ。

 

「それだけじゃなくて、リリを助ける時とかゴライアスの時にも力を貸して貰って……【アポロン・ファミリア】から戦争遊戯を仕掛けられたときに、無理を言ってファミリアに入って貰った形です」

 

「僕が君と初めて会ったのはその時さ。出会って早々、僕の胸を見て『デカ』と単刀直入に言ったあの豪胆さには思わず震えたね。でも、君があのツヴァイ・ティミドと聞いて納得だった」

 

「俺は有名な冒険者だったのか?」

 

「有名も何も、現存する最高レベルの冒険者ですよ。Lv8【勇敢たる臆病(フィアナ・ハート)】、それまでツヴァイさんは僕に偽名を名乗っていましたから、貴方があのツヴァイ・ティミドだと知ったのもその時です」

 

「極東にもその名は知れ渡っています。【ゼウス・ファミリア】【ヘラ・ファミリア】の時代においても劣らなかったファミリアの団長を務め、三大冒険者依頼の達成に貢献したフィアナ以来の小人族の英雄、数年前に起きた大抗争でも、大活躍だったと聞いています」

 

 そうだ。

 

 【ヘスティア・ファミリア】ではない。かつて、ツヴァイは他のファミリアに所属していたのである。

 

 この血の通っていない右腕は、黒龍との戦いで失ったのだ。

 

「俺のファミリアは全滅したのか」

 

「夢半ばで命を落とした人も居たけど、『大往生』だと君は言っていたよ」

 

「そうか……なら、良かった」

 

 ツヴァイは仲間を失う事はなかった。

 仲間たちと共に戦い続け、多くの強敵を打ち破ったのだ。

 

「でも正直、僕は君がファミリアに入ることに反対だった。だってそうだろ?Lv8の環境破壊(チート)キャラがいたら、僕のベル君は真面な冒険が出来ない」

 

「実際、【アポロン・ファミリア】の戦争遊戯も、その気になれば一分で終わらせられるとツヴァイは言ってたからな」

 

「そうそう。だから僕は出来るだけ、ベル君の冒険に介入しないことを前提に、君をファミリアに歓迎したのさ。でも今思ったら、あの時に『出来るだけ問題を起こさないこと』も誓っておくべきだった」

 

 ヘスティアが頭を抱える。すると皆、何か思い当たる節があるかのように苦笑した。

 

「ベルの貞操を傷付けようとしたお前らは許さないと、まさか一人で【イシュタル・ファミリア】を壊滅させるとは思わなかった」

 

「異端児の一件の時は、一人でロキ・ファミリアを足止めしてましたし……もう滅茶苦茶です」

 

「一人で深層……しかも未到達領域に落ちたと聞いた時は、流石に運の尽きかと思ったけど、普通に帰ってくるからね。それなのに、僕の借金は返してくれない……!!!」

 

「それは自分で払いなさい」

 

「少しくらいいいじゃないか!迷宮関連の事業で、死ぬほど稼いでる癖に!!!」

 

「……思い出して来た。そうか、ヘスティアは駄目神だったか」

 

「ぐふっ!?」

 

「キレを取り戻し始めたな」

 

「しかし、それを聞く限りだと、俺って協調性のないただの怪物だな」

 

 怪物の域に達している戦闘能力は確かに魅力的だが、ファミリアにとっては協調性の方が大事だ。

 

 特に、このファミリアは、別に力を欲している訳ではない。【ヘスティア・ファミリア】にはベル・クラネルが居るのだ、別にツヴァイ・ティミドが居なくても、大抵の事は上手くやるだろう。

 

「もしかして俺って、このファミリアに歓迎されてなかったりする?」

 

 本当は皆、渋々、ツヴァイの仲間を演じているのかも知れない。少し、そう思ってしまった。

 

「ま、ベルはまだしも、俺やリリスケからすれば、お前は手の届かない強者なのは事実だな」

 

「それに、神である僕でも君を推し量ることは難しい」

 

「ですが皆、貴方様の事を慕っております」

 

「認めたくないですが、必要な時は必ず手を貸してくれますし……」

 

「そうですよ。確かに少し、悪戯な所はありますけど、人間味があって僕は素敵だと思います」

 

「そうか……このファミリアに、俺の『役割』はあるのか」

 

 思った以上に、ツヴァイは受け入れられているらしい。

 

 素晴らしい光景だ。温かいファミリアで第二の人生を過ごす、これがきっとツヴァイ・ティミドが望む未来だった。

 だからこそ、分かってしまう。

 

「これは夢だな」

 

「夢、ですか?」

 

「ああきっと、これは有り得たかもしれない『可能性』を、夢として見ているだけだ」

 

「記憶喪失の次は、この世界が夢だと言うのですか。ティミド様はまさか呪い(カース)の影響を受けているのでは?」

 

「Lv8が惑わされる呪いとなると、戦場の聖女(デア・セイント)くらいしか解呪できないだろ」

 

「まさか、ツヴァイ様は夢を口実に、今からベル様とあんなことやこんなことを……!?」

 

「僕は別に夢でもいいと思うけどなあ。夢はただの観測上の問題に過ぎない。今見ている世界が夢か現実か区別するのは、神にだって不可能さ。それこそ、覚めてから初めて気付くものだ。ならその束の間の夢を、楽しむ方が僕はいいと思わないかい?」

 

 この世界が夢だからといって、ツヴァイに何も出来る事はない。

 

 この場所で生きているのであれば、其処が現実なのだ。――とは言われても、やはり納得が出来ない。

 

 未だに記憶の全てが補完されないツヴァイは、朝食のあと、一人で冒険者墓地に向かうことにした。

 

 

 綺麗に整備されている墓石の前で足を止める

 そこに刻まれる名は、かつての仲間達だ。

 

 エルフを辞任する人間や盾役なのに装備を纏わない獣人など、名前だけで彼らとの冒険を鮮明に思い出す事が出来る。

 ただ自分が最も愛する狐人の少女の名は、何処にも見当たらなかった。

 

「あっ、ティミドだ!お~い!!!」

 

 呼ばれて振り向くと、其処に居たのは赤い長髪をきらめかせる少女だ。

 

「星火――じゃなくて、アリーゼか」

 

 この世界が夢だとしても、星火が居る訳がない。

 妖精の血をひくツヴァイと違って、狐人の寿命は人間と変わらないのだ。

 

「アリーゼ、アリーゼ・ローヴェル……」

 

「じろじろ見て、まさか私に惚れちゃった?」

 

「可愛いのは事実だ。タイプでもある」

 

「あら、お上手ね。特別に、今度私とダンスを踊る権利をあげるわ」

 

「生憎、握る女性の手は、生涯で一人と決めててね」

 

「あら残念、でもそこが貴方のいい所だと思う」

 

「……お前、生きてるのか?」

 

「まるで生きていない私を見たような言い方をするのね。あっ分かった、最近神様の間で話題のまるちゆにばーすって奴でしょ!あるいは、世界線って奴?」

 

「それだけぺらぺらと喋れるアリーゼは、きっとお前だけだよ」

 

「ふふん、どういたしまして」

 

 話している内に思い出した。

 

 かつて【アストレア・ファミリア】は、ダンジョンが生み出した異常事態(イレギュラー)――破壊者であるジャガーノートに襲われて、全滅しかけたのだ。

 だがその前に、駆け付けたツヴァイがジャガーノートを撃破して、少女達を救った。

 

 以降、アリーゼたちとは何度かダンジョン探索に行ったり、依頼(クエスト)をこなした事がある。【ヘスティア・ファミリア】以外では、最も関わりの強いファミリアだ。

 

「はぁ、はぁ……やっと見付けました。全く、一人で勝手に居なくならないで下さい」

 

 アリーゼを探しに肩を揺らしながら現れたのは金髪の地毛が美しい妖精――リュー・リオンだ。

 

「ごめんなさい、でもツヴァイを見付けちゃったのよね。ほら、私って彼のこと大好きでしょ?だからいかなくちゃと思って」

 

「だ、大好きとか、それは軽々しく口にしていいものではない。あらぬ誤解を招く可能性がある」

 

「あら、リオンはツヴァイの事好きじゃないの?」

 

「それは、その……」

 

 アリーゼがいっている大好きとは、異性としてではなく、人間性の話である。

 だが高潔なエルフにとっては、それはかなり意味の重い言葉だ。

 

「彼は、私が尊敬する小人族(パルゥム)です」

 

「おう、ありがとよ。でも俺は、お前の事好きだぜ」

 

「なっ……!」

 

「流石ツヴァイね、リューの弄り方を熟知してる……見習わなくちゃ」

 

「ここが墓地で無ければ、二人纏めて成敗しているところでした……」

 

「それじゃあ私たちは、輝夜たちのお墓参りにいってくるわね」

 

 そう、ツヴァイは【アストレア・ファミリア】の全員を助ける事が出来た訳ではないのだ。

 

 助ける事が出来たのは、アリーゼとリューの二人である。

 

「悪かったな、あの時、お前ら全員を助ける事が出来なくて」

 

「あー、それまだ言ってるのね。ツヴァイのおかげで、私たちは生きて、皆の正義を継ぐことが出来た。すごく感謝してる。それこそ、貴方に婚約者がいなければ、私がその座を奪いに行っていたくらいに」

 

「婚約者……?誰が」

 

 アリーゼとリューが揃って、ツヴァイに指を指して来る。

 

「誰と?」」

 

 ツヴァイが愛すると決めたのは一人なのだ。

 

 まさかその誓いを性欲で破ってしまったのか――と。

 

「又、ここに来てたのね、ツヴァイ」

 

 そよ風に乗せて、声が届く。

 

「あら、噂をすれば、ね。それじゃあ私たちは行くから」

 

 靴音が近付いてくる。その度に、鼓動が高鳴った。

 振り返らずとも、たったの一言で声の主が何者なのか理解したのだ。

 

「本物、なのか?」

 

「はぁ、本物以外、誰がいるのよ」

 

「いやだって……君の寿命はたかだが数十年で……」

 

「その筈だったけど、危なっかしい貴方一人を残して逝けないでしょ。それにあなた自身が、一生一緒に居てって懇願した筈よ。だから、封印した筈の力を使って、無理やり寿命を延ばした」

 

「力の、封印……?」

 

「冒険者としての役割を探していた私に、俺が英雄になって全てを守る、だから君は俺だけを支えて欲しいって、言ったのは貴方じゃない」

 

「…………」

 

「待って、まさか泣いているの?」

 

 分からない。そう、彼女とはもう百年もずっと一緒なのだ。

 

 一度として失ってなどいない。それなのに、彼女の顔を見ると心がとても苦しくて、切ない。

 

「何が【勇敢たる臆病(フィアナ・ハート)】、泣き虫なのは変わらないわね」

 

「夢だ……これは夢だ」

 

「何言ってるのよ。ほら、行くわよ。現実だろうと夢だろうと、ツヴァイ・ティミドは立ち止まらないでしょ?」

 

 空が青い。

 

 どこまでも続く悠久の空を、まだツヴァイは見上げている。

 

 ここが夢だとしても、全力で走り続ける。それが自分の唯一無二の役割なのだから――。

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