迷宮鎮魂譚-ダンジョンで冒険者の遺品を回収して生き抗う小人族は英雄になれるのだろうか- 作:ゴリラズダンジョン
「先ほどは加勢していただいて、ありがとうございます」
騒ぎに乗じて【アストレア・ファミリア】の墓標が荒らされていないか確認しにくると、そこには薄緑髪のエルフが居た。
「誰だ、お前」
「ただの、しがないエルフです」
「そうか。それで、お前は一体なにリオンなんだ?」
言った途端、リューは慌てた様子で肉薄してきて、口を塞いでくる。
「き、気付かれていたのですか」
「あれだけ派手に魔法ぶっ放したらな。――何か、いい出会いがあったのか?」
「何のことですか?」
「何のって、今のお前だよ。さっきの姿は、英雄のそれだったぞ」
「えいゆう……」とその意味がいまいち分からない様子で、リューは反芻する。
「知っての通り、私は穢れた身だ。そのような評価は、いささか過分すぎる。それにあれを英雄的行動というならば、あなたも同じだ」
「俺は別に誰かを助けたくて、加勢した訳じゃない。ただの意地だ」
「意地だとしても、私は誰かを救う事が出来る人を尊敬します」
それこそ過分な評価であると、ツヴァイは肩を竦める。
「――正義とは、何だと思いますか」
「知らん」
「ちょっとは考えたらどうですか」
「考えなくても分かる。俺に正義はない、故に知らん」
やったことのないゲームの感想を聞かれているようなものだ。
「……なるほど、そういう正義もありますか」
「あ?」
「正義の形は人それぞれです。ならば知らないのも又、正義に成り得る」
「何を言っているかいまいち分からないが、逆にお前にとって正義は?」
「私は……まだそれを見付けられていない。私は、正義を掲げる資格を失ってしまったから」
「仲間を失ったからか?」
リューが小さく頷く。
「そうか。俺は別にそれでもいいと思うぞ。だが、今後本当に自分が命を賭けても守りたいものが出来たとき、お前はきっと『正義』を求める。その時になって、後悔はするなよ」
「忠告、痛み入ります。それでは、又何時か」
「帰り道には気を付けろよ」
「貴方は私の保護者ですか」
次会う時が遺体ではない事を祈っておこう。
★★
ベル・クラネルが、もうLv3になったらしい。
先日、Lv2になったばかりの筈だ。もはや、ただ運がいいだけだと片付ける事は出来ない。
まぁ今は、彼の少年に関してはどうでもいい。
最近、遺品が見付からなくなった。
どれだけ速く駆け付けても、既に回収された後なのだ。前も言ったが、まず自分より迷宮内を俊敏に動ける者は存在しない。
ならば可能性としては、以前ヴィラスが30階層でツヴァイの元に現れたときに使っていた方法――『隠し通路』の可能性が高い。
だがもし本当に隠し通路があるのであれば、それを遺品回収のために使うのは大分、リスキーな筈だ。
兎に角、このままでは死活問題である。
「おいおい、まじかよ」
その日、何時もより速く遺体の場所に到達したツヴァイは見てしまった。
あろうことか、目の前で冒険者の遺品を漁っているのは、同業者ではなく――そもそも人間ですらない。モンスターだ。しかも一体ではなく、複数――全部の個体が別種である。
異様な光景だった。ある程度の知能がある怪物の存在は聞いた事があるが、あれではまるでモンスター同士が協調しているみたいだ。
「見ろよ、レイ。こりゃ、噂に聞く宝石って奴だぜ」
「本当ですか。……これは又、素晴らしい技巧ですね。でもこれはきっと、この冒険者が大切な人から貰った者です。奪うのは辞めておきましょう」
しかも、人語を介している。
……これは不味い。面倒な事に巻き込まれる前に、さっさと退散しよう。
「ツヴァイ・ティミドだな」
喋るモンスターを見て、数日後。
周囲に人がいないタイミングはからって、何処からともなく現れたの黒衣で全身を包む、如何にも怪しい奴だ。
深淵から唸るような声をしている。
「先日、27層で喋るモンスターをみただろう。その件で話がある」
「ナンノコトカナ」
「とぼけても無駄だ」
「……なぜ、バレたか聞いてもいいか?」
気配は消していた筈だ。あの喋るモンスターに見られても居ない。
「音だ。耳のいいものが、遠ざかっていく足音を聞いていた」
「くそ、俺もまだまだだな。それで、見たからには生かしてはおけぬ……という、パターンか?」
「あの場所にあのタイミングで冒険者が来ないと彼らにいったのは私だ。君が彼ら――『
黒衣――フェルズと名乗った魔術師は、ゼノスという存在に関してツヴァイに語った。
どうやら見たままで、人知を有するモンスターたちらしい。一番驚いたのは、彼らが人類との共存を願っていることだ。
「俺以外に知っているのは?」
「神の一部と私、そして闇派閥の人間だけだ」
「そこに並べられると、俺は間違いなく闇派閥側だな。それで、わざわざそれを俺にいって、何をして欲しい?」
「見られてしてしまったからには仕方がない。君には、ゼノスを手伝って欲しい」
「いやだ」
「……君の足の速さは、私の主神――ウラノスも評価している」
「いやだ」
「わ、私一人では、どうしてもゼノスたちに物資を届けるのが間に合わないことがあるのだ。だから――」
「いやだ」
「人の話を聞け!?」
「だって、間違いなく面倒事だろ。モンスターに物資を届けているとか、バレたら社会的に不味い」
「遺品はゼノスたちが迷宮で生き延びていく為の、貴重な資源となっている。ならばそれらの遺品は、決して仲間達の元に帰ることはない。君は、それでもいいのか?」
「……俺は『遺探者』だぞ、遺品を売って生きる卑劣な小人族だ。その俺が、まさか誰かのもとに遺品を返す為に、この仕事をやっているとでも?」
「その通りだ。知っているぞ、君は回収した遺品が支払い能力のない零細ファミリアに所属していた遺体の持ち物だった場合、仲間、あるいは神の元に無償で返していると」
「そうなのか?」
「とぼけても無駄だ。私の神、ウラノスは全てを知っている。百年前、迷宮で命を落とした冒険者の遺品は、殆どがただ土に埋もれるだけだった。だが君が初めて『遺探者』と成り、それからは多くの遺品がどういう形であれ、再び日の目を浴びた」
「……全部、お見通しってわけか」
そうだ。
遺探者と呼ばれる職業を最初に始めたのは、他でもないツヴァイである。
だがそれは優しさではない。
それこそ、生き残ってしまった自分に課せられた、『贖罪』という名の役割なのだ。
「俺のファミリアは、俺一人を残して全滅した。滝に近い場所だったこともあって、あとで回収しに行った時、遺体は勿論、遺品も何一つとして見付からなかった」
遺品とは、積み重ねてきた『軌跡』の一つだ。
確かに、彼女たちは英雄になれなかった。
ただ少なくとも自分にとって、その遺品はどれだけ優れた武器よりや防具よりも価値があったのだ。
ツヴァイは、英雄にはなれない。だから、あの勇敢な仲間たちの思いを継ぐことはできない。
だからこれは、ただのエゴだ。彼女たちと同じ場所に行った時に、何もしてなくて怒られるのが怖いから、遺品を回収できなかったという後悔を、体のいい罪滅ぼしにしているだけである。
「君が物資を運んでくれれば、ゼノスたちは遺品を奪う必要はない。勿論、相応の報酬は渡そう」
「……俺の依頼は、高いぞ」
「ああ、分かっている。それでは、君にこれを渡しておこう」
フェルズが渡して来たのは、球体の通信機だった。必要な時は、これで連絡をしてくれるらしい。
「役割を見失うな、ツヴァイ・ティミド」
そう何か不穏な事を言い残して、フェルズはその場を去っていった。