迷宮鎮魂譚-ダンジョンで冒険者の遺品を回収して生き抗う小人族は英雄になれるのだろうか- 作:ゴリラズダンジョン
骨の破壊者に小石を投げて帰ってきて、ツヴァイは風邪を引いた。
慣れないことをしたためだろう。
これが中々拗らせて、一か月ほど続いた。
「ベル・クラネルとリュー・リオンが
だから、事の顛末を聞いたのは、全てが終わって暫く経った頃だった。
二人があのあと、深層に落ちたところまでは知っていた。
帰ってこれた事も、遂先日、風の噂で聞いている。
だがあの怪物――ジャガーノートを倒した事に関しては初耳だ。
「そうか……やったのか」
あれは、ツヴァイのファミリアを全滅させた個体とは別だ。
だがあれより強い化け物を倒せる冒険者が居るのであれば、毎晩のように怯える必要もなくなった。
敵討ちをしてもらった気分だ。
ツヴァイがこの気持ちなら、リューはもっと清々しい気分だろう。深層という絶望に抗い【アストレア・ファミリア】を惨殺した怪物を倒したのだ。
自分と同じ境遇にある彼女には同情の念も抱いていたので、素直に喜ばしい。
「それと、人口迷宮の一部を掌握し、地上からゼノスに物資を運搬する経路が整った。今後、貴様の力を借りる事は少なくなるだろう」
人口迷宮のことは、フェルズから聞いている。
鍵が――とか、
「遺品の回収は、引き続きゼノスたちが行う。無償で施しを受けるのは嫌だ、という彼らたっての要望だ」
「つまり、『遺探者』は廃業ってことか?」
「この迷宮においてはそうなるだろう」
この迷宮とはいっているが、冒険者が探索できるダンジョンは世界でここしか残っていない。
「……そうか」
長い、長い旅路だった。
ツヴァイは役目を全うしたのだ。もう、恐ろしい迷宮を一人で駆けまわる必要もない。
貯金なら十分にある。何をするのも自由だ。
ただ、役目が終わったあとの人生など、今まで考えた事も無かった。
オラリオから出ていけば、Lv2のツヴァイでも驚異のない生活を送れる。ただもう百年はこの街、ひいてはこの階層にいるので、外の世界に対する不安感もあった。
寿命はあと、百年くらいか。誰かと添い遂げるのも、あるいはいいのかも――。
「ツヴァイ・ティミド、まだ貴様の役割は終わっていない」
「――言っておくが、俺はもう何も依頼は受けないぞ」
「依頼ではない。これは、今日まで遺探者として生きてきた貴様の役目だ。――人口迷宮を用いて、継続的に『冒険者の遺体』が運び出されていたことが、最近になって分かった。冒険者の遺体が不自然になくなっていたことに、覚えはあるだろう?」
遺品の傍に、必ずしも遺体がある訳ではない。
それはモンスターが骨も残さず食い尽くす、あるいは保存用の食料として、持って帰るからである。
ただ後者のケースは稀で、殆どはその場で頂かれるのが普通だ。
そのため、遺品の傍には肉片や夥しい量の血が広がっている場合が多い。
だが稀に、忽然と遺体が姿を消してしまったみたいに、食べ漁られた痕跡がないこともあった。
「大型のモンスターに一口で食べられただけだろう」
「それもあるだろう。だが実際に、遺体は地上に運び出されている」
「だとしたら、一体何のために?」
人口迷宮が使われていた以上、遺体を埋葬するためなどという、殊勝な心掛けでないのは明白だ。
遺体は遺体だ。それ以上の、利用価値はない。英雄だって、死ねばただの骸なのだ。
「最初に遺体が地上に運び出されたのは、百年前、ある狐人の少女だった」
狐人、その言葉を聞いて、心臓が跳ね上がる。
「彼女の名を星火、かつて天使と呼ばれ、貴様と同じファミリアに所属していた冒険者だ」
ガガッ。それは、止まっていた筈の『歯車』が百年ぶりに動き始めた音だった。
●●
しばしば優れた癒し手は、聖女と呼ばれることがある。
実際、
では彼女より更に優れた使い手がいるとすれば、何と呼べばいいか。
勿論、聖女が崇める『天使』であろう。
狐人の星火は、そう呼称するに値する『奇跡』の使い手だった。
魔法とは異なった『妖術』を用いる彼女はあらゆる傷を癒し、呪いを祓う事が出来た。
その権能は不可逆な死への叛逆――つまり『蘇生』すら、可能にしたのである。
「星火は俺を庇って命を落とした、確かにこの目で見た。仮に『殺生石』を用いても、彼女の魂を取り戻す事は出来ない」
殺生石とは、狐人の魂を封じ込める禁忌のマジックアイテムだ。
実際、彼女の力を求めた派閥に星火を誘拐され、その儀式を行われそうになったことがある。
ただ遺体に魂はない。名前の通り生きていなければ、その禁忌を用いる事は出来ないのだ。
「ヒューマンもエルフも、死ねばその魂は等しく、浄化される。それが世の摂理だ――だが彼女は、唯一それに抗う力を持っていた」
「……有り得るのか?」
「大いに有り得る。彼女は生きている――いや、仮死状態で保管されている可能性が高い」
狐人の寿命は、人間と同じだ。
生きている可能性は、ほぼゼロに近い。
ただそれらは、推測に過ぎないのだ。その言い方だと、実際に見た訳ではないだろう。
だが遂最近まで、冒険者の遺体が秘密裏に運び出されていたことを加味すると、確かにその『推測』に至る。
狐人の魂を封じ込めた殺生石は、その砕いた欠片だけでも効果を発揮する。
もし星火の力が、あの石に宿ったなら――一体、どれだけの死人を生き返らせる事が出来るだろうか。
「確証はない。だがもし彼女の遺体を手に入れた者が、百年も前から『その気』でいたのなら――恐ろしい事になる。どうする、ツヴァイ・ティミド」
あの日、逃げ出した小人族は、仲間達の遺品を回収する事が出来なかった。
その後悔から『遺探者』という職業を始めたのだ。
何度も言っているが、それはティミドのエゴでしかなかった。誰も自分と同じ辛い思いをして欲しくないとか――そういった意味はない。
ただの贖罪だ。それ以外の意味はなかった。
だが今日、その行動に意味が生まれた。今なら、自分がここまで遺探者として生きて来た理由が分かる。
彼女を――ティミドが愛した『天使』の遺体を回収するためだと。
これには春姫もびっくり。