死の支配者と天の覇王   作:アキ山

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聖棍棒を見て衝動的に書いてしまった。

分かっていたがあんな綺麗なお姉さんが酷い目に逢うのは辛すぎる。

そんな訳で全ての元凶であるナザリックとデミえもんがいない単独転移モノです。

お暇なら見て行ってくださいな


第1話

 DMMO-RPG『ユグドラシル<Yggdrasil>』

 

 西暦2126年日本のメーカーが満を持して発売した、仮想世界内で現実にいるかのように遊べる体感型ゲームだ。

 

 数多存在するDMMO-RPGの中でも燦然と輝くタイトルとして知られているゲームであり、日本国内だとユグドラシルはこのジャンルの代名詞とまで言われるまでに高い評価を受けていた。

 

 しかし、そんな名作ゲームも12年という長い月日が経てば飽きられて過疎化する。

 

 全体的なログイン数も減り、課金だって一部の好事家がするくらいだ。

 

 一時は膨大な数を誇ったプレイヤーも櫛の歯が欠ける様に引退していき、現在では全盛期の十分の一も存在しないだろう。

 

 そんなユグドラシルの中で一時名を轟かせた異形種ギルドがある。

 

 名をアインズ・ウール・ゴウン。

 

 ナザリック地下大墳墓という巨大な拠点を持ち、PKに特化した非公式魔王軍というべき極悪集団だ。

 

 そんなナザリックの第九階層、円卓の間に俺は幼馴染の親友と共にいた。

 

「今日で最後か……」

 

「うん、寂しいな」

 

 円卓の向かいに座る豪奢な黒のローブを纏う肉の一片までもを削ぎ落した骨の魔人に話しかけると、彼は深い感慨を言葉に込めて返して来る。

 

 奴は鈴木悟、アバターのハンドルネームは『モモンガ』。

 

 変人の巣窟と言っても過言じゃないギルドを纏め、彼等の大半が去ってからも俺と共に拠点とギルドを維持してきたギルド長だ。

 

 種族はアンデッドの最高位である死の支配者であり、その外見や死霊系魔法に特化したキャラビルド、さらには5割を超える高いPVP勝率から非公式魔王などと呼ばれていた。

 

 かく言う俺とて人間の姿ではない。

 

 ユグドラシルでのアバターはカブトムシを人間化したような昆虫人間。

 

 このデザインは親父が趣味で収集していた旧世紀の紙媒体のコミック、その中にあったSFバイオヒーロー物の敵役である『ゾアノイド』の一体から取った。

 

 ハンドルネームも元ネタと同じく『ゼクトール』で、ちゃんと人間形態に戻れる能力のおまけ付きだ。

 

「しかし最後だって言うのに、拠点に引きこもっていていいのか? 非公式ガイコツ魔王の名が泣くぞ、悟」 

 

「そっちだって有終の美に一花咲かせないと『世紀末覇者』の名折れじゃないか、賢二」

 

 こちらの軽口に肩をすくめてお返しをしてくる悟。

 

 俺と二人しかいない時は堅苦しいから本名呼びなんだけど、そういや久しく使ってないな、ハンドルネーム。

 

 まあ、その辺は考えるとへこむから置いておく。

 

 それじゃあ、改めて自己紹介をしておこう。

 

 俺は宇津美賢二(うつみけんじ)

 

 子役から数えると芸歴20年の一発屋声優にして、アインズ・ウール・ゴウン42人の一人でもある。

 

 

 

 

 最終日とはいえサービス終了まではまだ時間がある。

 

 俺達はナザリックから出て、ユグドラシルの世界を思い出と共に見て回っていた。

 

「そうだ、この丘だった! あのイベントでミスミの爺さんが殺されたの!!」

 

「セラフィムの連中が頭にモヒカン付けてヒャッハーしていたのを見た時は、さすがに我が目を疑ったわ」

 

「天使なのに世紀末ファッションでモヒカンとか絵面強すぎだって。しかも背中からミスミの爺さんを槍で貫いたうえに、『気分はどうだ、あージジィ! えージジィ!! おージジィ!!!』って詰めてたからなぁ。LIVEカメラで見ていたたっちさんやウルベルトも噴いてたよ」

 

「あの時はモヒカン雑魚登録したイベント参加者は、どんな酷い事をしてもカルマ値に影響が無かったからな。ユグドラシルはまさに世紀末だった」

 

「各流派の伝承者候補に見つかったら惨たらしく殺される義務もセットだったこその特例だよな。デスペナ無しだったし」 

 

「その所為で皆が皆、例の珍妙な断末魔叫びまくり。アイツ等、滅茶苦茶楽しそうだったわ」 

 

 話題に上がるのはギルメンがいた時の話、そしてユグドラシル12年の歴史上ある意味最悪と言われているイベントについてだ。

 

 ウチのギルメンの事はともかくとして、イベントについて語るには先に優勝者である俺の事を語らねばならない。

 

 俺の両親は芸能関係にコネを持っていて、俺は物心が付く前から子役として仕事をしていた。

 

 リアルでは小学校でも通える人間は裕福で多くの子供達は物心が付けば働きに出てたんだから、今の世じゃ俺の子役デビューだって早すぎる事も無い。

 

 悟とは当時自宅だった団地のお隣さんで、その頃から仲良くしていた。

 

 子役としての俺だが、幸いなことにそれなりに演技の才能があったらしい。

 

 お陰でドラマのチョイ役やCMなど仕事が干される事は無かった。

 

 しかし、それも成長して声変りを迎えるまでだった。

 

 何故なら13を過ぎた頃から俺の声は急におっさんになってしまったからだ。

 

 容姿と声にあまりにもギャップがあり過ぎて、年相応の役は熟せずに仕事は激減。

 

 さらには両親が事故で亡くなり、俺は悟同様に天涯孤独になってしまったのだ。

 

 当時のどん底っぷりは本当に酷かった。

 

 悟がいてくれなかったら自殺していたかもしれん。

 

 とはいえ、ガキの頃から芸能界しか知らず親も失った俺に生き残る道は多くない。

 

 あの状態からどっかの企業に入って、一から仕事を覚えるのは正直無理筋だからな。

 

 そんな俺が一縷の望みを掛けて飛び込んだのが声優業界だった。

 

 そして、その選択は当たりだった。

 

 脇役が似合うオッサン声は、あの業界では割と需要があったのだ。

 

 俺はファンタジー物の夜盗や近所のオッサンなど、脇役を熟す事で何とか食つないできた。

 

 そうして十年が経った頃、大きな転機が訪れた。

 

 それは古の名作漫画『北斗の拳』のリメイクアニメ制作が発表された事だ。

 

 俺もキャストに抜擢され、与えられた役はなんと大人気の敵キャラ『ラオウ』だったのだ。

 

 理由は俺の声が初代アニメのラオウ役にそっくりだということ。

 

 名前の読みまで一緒だというのだから、聞いた時はある種の因縁を感じてしまったほどだ。

 

 しかし、こちとら子役時代も含め芸歴だけは長いとはいえ、脇役専門なクソ雑魚ナメクジ声優。

 

 当然、そんな大役を任されては畏れ多くて死にかけだ。

 

 だが、この抜擢は同時にチャンスでもあった。

 

 この役を成功させて経験を肥やしにすれば、これからは敵のボスキャラを任せられるかもしれない。

 

 そう考えた俺は役作りの為に様々な事をやった。

 

 大枚を叩いて本当に格闘技を学び、悪役連合というべき敵ボス経験者の先輩方へアドバイスを貰いに何度も行った。

 

 伝説と言われたアニメ化第一作だって、伝手で取り寄せてもらってデータドライブが擦り切れる程見た。

 

『なら、実際にラオウになってみたらいいじゃん。仮想世界でさ』

 

 それでもまだ足りないと足掻いている時に声をかけてくれたのが、リン役のぶくぶく茶釜先輩だった。

 

 DMMO-RPGなら演技し放題、しかも戦闘中などはアバターとはいえ体を動かしながらだからアクションシーンの練習にもなる。

 

 まさに目から鱗な妙案だった。

 

 そんな訳で俺は茶釜先輩の紹介で彼女の所属するギルド、アインズ・ウール・ゴウンへ加入する事になった。

 

 

 

 

 ユグドラシル最終日夕刻、俺達はアルフヘイムにある北斗練気闘座跡地へと来ていた。

 

「あの最後の戦いは凄かったな」

 

 夕暮れが差し込む中、俺とイベントの優勝争いをしていた相手とのぶつかり合いで半壊した闘神像を見上げて悟が呟く。

 

「互いに初手で無想転生を放って相打ちとか、原作とおんなじシチュエーションだったもんな」

 

 しかも相手は俺と同じ考えでユグドラシルを始めた『声優ギルド』所属のケンシロウの中の人である。

 

 ここまで来たら呪われていると思ってもおかしくないだろう。

 

「正直、勝てたのはたっちさんや武御雷さんが稽古に付き合ってくれたおかげだよ。あとやまいこさんも」 

 

「レベル100になったばかりなのに、あのイベントの所為で皆からボコボコにされてたもんな」

 

「全部無想転生をワールドアーツにした運営が悪い」

 

「お陰でお前が勝った時はナザリック内はお祭り騒ぎだったよ。生きたワールドアイテムが手に入ったって」

 

「ひでぇ。あ、そう言えば知ってるか?」

 

「何が?」

 

「イベントで殺されたミスミのじいさんも中の人、役をやってた声優さんなんだぞ」

 

「マジで!?」

 

 今更ながらの暴露に驚く悟。

 

 まぁ、俺や茶釜先輩と違ってあの人は運営に公表されてないからな。

 

 ちなみに茶釜先輩がリン役と公表された時は、俺とは別の意味でユグドラシルのチャットは騒然となった。

 

『あんな可愛い幼女と卑猥な肉棒の中の人が同じだと!?』

 

『嘘やん! あの人、ヒロイン経験バリバリのロリボイスマスターやぞ!』

 

『それじゃあまるで天帝棒じゃないか!?』

 

『天帝の血を引く子が肉棒だからか、誰が上手いこと言えと』

 

『やめろー! やめろー!! 粘体がリンの声でしゃべるなぁぁぁぁっ!!』

 

 ショックを受けたファンか何か知らんが、チャットに流れていたのはこんな感じだ。

 

 その時は先輩も弟のぺロロンチーノさんからイジられて超憤慨していた。  

 

「あと最後に会った時はミスミのじいさん、農業ギルドでレベル100のファーマーになってた。大乗南拳レベル15のクラススキル持ちの」

 

「大乗南拳ってなに!?」

 

「カイオウ戦の後の話に出てきた国の王様が使ってた剛拳。たしか猛牛をチョップ一発で真っ二つにできる」

 

「そんな農民嫌だ……」

 

「何をいまさら。ユグドラシルは武闘派農民ばっかじゃないか」

 

「爺さん、そんなに強いのに何で野盗に殺されたんだ」

 

「イベントの都合やで」

 

 ちょっとしたオチが付いたところで俺の過去に話を戻そう。

 

 アインズ・ウール・ゴウンに入って一番驚いたのは、ギルドのまとめ役が悟だったことだ。

 

 久々にあった幼馴染が骨で極悪ギルドのボスになってるのだ、あの時は目ん玉飛び出るかと思ったわ。

 

 こうして俺は異形種ギルドという制約から虫人間であるインセクト・ファイターでキャラを作り上げ、ギルメンの皆の助けを借りて育成に励んだ。

 

 もちろん、その間もラオウムーヴは忘れないし、キャラだって素手で戦うモンク職のガチビルドで頑張った。

 

 そうして俺がレベル100になった時、あのイベントはやってきた。

 

 運営のテコ入れか企業からの介入か、ユグドラシルが『北斗の拳』とコラボしてしまったのだ。

 

 メインターゲットは格闘職で、参加者は北斗神拳・琉拳の二流派、南斗聖拳、あとは華山流や泰山流などの諸流派から一つを選んで参加者同士やモヒカンヒャッハーになったモンク職以外のプレイヤーと戦うトンデモルールだ。

 

 殆どの流派は一定数参加者やモヒカンを倒せば習得という事でモンクの職業(クラス)レベルが変化する。

 

 しかし南斗六聖拳の5流派と北斗神拳は一子相伝という事で得られるのは一人だけ。

 

 さらには北斗神拳は優勝者のみ取得可能というトンデモない縛りが来た。

 

 というのもアニメ放映会社のテコ入れか、北斗神拳の究極奥義『無想転生』がワールドアイテムの技版、ワールドアーツになってしまったからだ。

 

 当然、俺は北斗神拳の伝承者争いから落ちることは許されなかった。

 

 中の人がラオウ役の声優と運営から公言されてしまったのだから猶更である。

 

 原作のコアなファンである武人建御雷さんは『ラオウなら負けるのは最終決戦でケンシロウにのみ! それ以外は認めん!!』とか言うし、たっちさんも『世紀末覇者の意地を見せましょう!!』とか言って模擬戦三昧と来た。

 

 まぁ、お陰で戦闘テクニックの腕はメキメキ上がったんだけどね。

 

 こうして順調に勝ち進んだ俺はイベントに優勝し、見事北斗神拳伝承者の座を勝ち取る事が出来た。

 

 途中でこの話を聞いたアニメのスポンサーや事務所の社長から圧を掛けられまくっていたので勝てて本当に良かったと思う。

 

 

 

 

 ユグドラシル最後の太陽も随分前に地平線へ沈んだ。

 

 俺達は悟が最後に誘ったギルメン数人が顔を出した際に何度かナザリックへ戻ったが、彼等が落ちるとまた最後の冒険を続けた。

 

「人化の指輪だってよ、悟! これ付けたらお前も人間になるんじゃね?」

 

「いやいや、そんな面白アイテムあるわけ──うおっ!? マジでなった! しかも種族レベルとかスキル無効になってる!!」

 

 ギルド維持の為に資金を集める中で見向きもしなかった、末期に増設されたマップを捜索しては新しいアイテムに驚き……。

 

「なんかイベントやってるぞ」

 

「最後だから盛大にやらかした事ごめんなさいだって。面白そうだからやって行こうぜ!!」

 

「俺達ごめんなさい案件あり過ぎだろ!」

 

 この日にログインしたユグドラシルを愛するプレイヤー達が企画する馬鹿イベントにも積極的に参加した。

 

 そうして気が付くと残り時間は10分。

 

 この僅かな時間を時計の針が刻めば、俺たちの青春の象徴は消えてなくなるのだ。

 

「そろそろナザリックへ戻らないとな」

 

「ああ」

 

 誰かが主催したであろう花火が夜空を照らす中、前を行く悟が頷く。

 

 最後はナザリックの第八階層にある玉座で終わりを迎えると二人で決めていたのだ。

 

「そういえば、賢二は仕事上手くいってるのか?」

 

「なんだよ。今聞くことか、それ」

 

 突然の問いかけに俺は内心の動揺を抑える。

 

「いや、確かに今聞くことじゃないけどさ。この頃アニメで賢二の名前見なくなったから気になって……」

 

 相変わらず目端が利くな、この親友殿は。

 

 あたりをつけて聞いてきたのなら誤魔化すのも無駄だろう。

 

「正直言ってヤバい。今は半ば干されてる状態だ」

 

「なんで? ラオウ役上手くいったんだろ」

 

「ああ」

 

 数年前に北斗の拳の放映が終わり、俺の演じたラオウに対する評価は高かった。

 

 ネット民やアニメ評論家はハマり役と絶賛してくれたさ。

 

 だから終わってから少しの期間は仕事も多く舞い込んできた。

 

 今までみたいなチョイ役から準主役の武人役や敵のボス役なんかが。

 

「ラオウ役に力を込め過ぎたんだろうな。演技がアッチによって戻らないんだよ」

 

 そう、粉骨砕身で当たった結果、俺は芸の幅を狭めてしまったのだ。

 

 だから視聴者からは俺の演技は何をやってもラオウに聞こえると言われ、仕事も徐々に減っていく事になった。

 

 今じゃチョイ役が月に5本来る程度、事務所から契約が打ち切られるのも遠くないだろう。

 

「だったらゲームやってる場合じゃないだろ! 転職活動とかしないと!!」

 

 悟が焦るのは当然だ。

 

 地球環境が壊滅的に悪化してガスマスク無しじゃ外も歩けなくなった現代、俺達下層民にとって失業は餓死に直結する。

 

 本当なら悟の言う通り、死に物狂いで次の職を探すのが正解なんだろう。

 

「いいんだよ。ユグドラシルは俺にとって青春そのものだ。このゼクトールは挑戦と成功の象徴なんだよ。だから最後まで看取ってやりたいんだ」

 

 そう、これが終われば夢から覚める。

 

 ただ生きる為に社会でいいように使われる歯車……いや、歯車なんていいモノじゃないな。

 

 職歴もない俺なんてネジで精一杯だろう。

 

 そして限界が来ればゴミの様に死ぬ、そんな人生が待っているのだ。

 

 だったら、自分を育ててくれたお伽の国くらい最後まで楽しんでも罰は当たらないさ。

 

「───そろそろ戻ろう。時間が無くなる」

 

「そう……」

 

 俺に促されて悟が転移魔法を使おうとした時だった。

 

 満天の星がきらめく夜空にひときわ大きな花火が上がったのだ。

 

「あ……」

 

「おお……」

 

 現実ではお目に掛かる事は不可能な火の芸術、それを目の当たりにした時に俺は…いや悟もこう思ったのだろう。

 

 『もういいよな』と。

 

 仲間との思い出の場所で最後を迎えるのもいいが、こうして親友と幻想的な光景の中で〆るのも悪くない。

 

 だから二人は最後にこう言葉を交わした

 

「楽しかったよな」

 

「ああ、本当に楽しかった」

 

 こうしてユグドラシルは終わりを迎え、ログアウトした俺達は殺風景な部屋に戻される……はずだった。

 

 

 

 

 サービス終了の時間を迎えた瞬間、一瞬の視界のブレを挟んで次に目の前に映ったのは洞窟らしき岩壁だった。

 

「……は?」

 

「……えぇ?」

 

 一体全体どうなっているのか?

 

「なぁ、どういうことだ悟」

 

「わかんねぇ。もしかしてユグドラシルⅡにサプライズ・アップデートとか?」

 

「んなはずが……いや、あの運営ならやりかねんか」

 

 そんな事を考えていた俺はふとある違和感に気が付いた。

 

「マジ…か……?」

 

 それは鼻孔を通り抜ける埃っぽさとどこか饐えた臭いだった。

 

 瞬間、脳裏に鳴り響いたのはレッドアラートだ。

 

 電脳法によって、DMMO-RPGは味覚と嗅覚が完全に削除されている。

 

 つまり、匂いが分かるという事は違法なプログラムが動いているという事に他ならない。

 

「ヤバいぞ、悟! 匂いが分かる! 嗅覚が繋げられている!!」

 

「なんだって!? GMコール…いや強制ログアウトを!」

 

 俺の言葉に危険性を理解した悟がログアウトしようと中空に手を伸ばす。

 

 こちらもそれに倣おうとしたが、どうしたことかコンソール画面が現れないのだ。

 

 いったいどういう……いや、待て。

 

 ユグドラシル……DMMO-RPGにしては感覚がおかしすぎる。

 

 俺はこんなに目が良かったか?

 

 俺の鼻はここまで匂いが嗅ぎ分けられる程に鋭かったか?

 

 俺の肌はこんなに鋭敏に大気の流れや感覚を捉えられたか?

 

「まさか……」 

 

 俺は嫌な予感に導かれるままに口の中に歯を立てる。

 

 すると舌が感じ取ったのは鉄錆の匂いと少しの塩辛さ。

 

 そう、味覚まで存在するのだ。

 

 しかも舌の上に乗ったモノの成分がある程度分かるほどに異様な鋭敏さを備えていた。

 

 瞬間、頭をよぎったのは親父のコミックコレクションにあった一つの設定だ。

 

 こんな物を信じようとしているなんて、もしかしたら俺は気が狂っちまったのかもしれない。

 

 だが、状況はこれが正解と全力で後押ししているのだ。

 

「なあ、悟。もしかしたら俺達……」

 

 意を決して焦る悟に俺の仮説を伝えようとした時だ。

 

「もし……」

 

 生身よりも数段良くなった俺の聴覚が掠れたこちらへ呼びかける声を捉えた。

 

 声を頼りに振り返ってみると、鉄格子が嵌められた洞窟のくぼみの中に二人の女性が閉じ込められていた。

 

 一人は金髪に純白の法衣のような服を着た20代前半の女性、もう一人が彼女に膝枕される形で横になっている茶色の髪をポニーテールにして同様の法衣を着た女性だ。

 

 二人共俺も悟も見た事のない美女で、彼女いない歴=年齢な野郎としては気後れしそうになる。

 

 しかし彼女達の状態を見れば、そんな呑気な事を言っていられる状態じゃない一目瞭然だ。

 

 囚われの身であるうえに、臥せっている女性は腹部からかなりの量の出血がある。

 

 金髪の女性の方は血の匂いが薄いので、彼女は軽傷で付いているのはもう一人の返り血だろう。

 

「えっと、呼びかけたのは君だよね?」 

 

 もう少し気遣える言葉があるだろうに、口から出たセリフはこんな物である。

 

 我ながらコミュ障にも程がある!

 

「はい。そちらの御方は神様ではないですか?」

 

「…………はい?」

 

 あまりにも斜め上過ぎる言葉に、俺と指さされた悟は思わずフリーズした。

 

 この骨が神様?

 

 もしかして死神かな?

 

「悟。お前、神様だったの?」

 

「んなわけねーだろ! ブラック企業勤めの社畜だってお前も知ってるだろ!!」

 

「ですよね」

 

 そりゃそうだ。

 

 ガキの頃からの付き合いのコイツがいきなり神様になったらビビるわ。

 

「ですが、そのお姿に人にはあり得ない魔力は闇の神スルシャーナ様としか……」

 

 悟に否定されたものの、藁にも縋るといった感じで女性は言い募る。

 

「つまり、君達の知る中にはコイツと同じ神様がいるってわけか」

 

「はい」

 

「OK。その辺のことを話す前にやるべき事をやっちまおう」

 

 俺はそう告げると彼女達が囚われた牢の鉄格子を掴む。

 

「ほっ!」

 

 そして軽く捻ってみると鉄で出来ているであろう格子は面白いくらいに曲がり、一本は引きちぎれてしまった。

 

「あ……」

 

「怖がらせてすまん。信用できないかもしれないけど、彼女を治療させてくれないか」

 

 言葉と共に意識を向けると、彼女の体にある708の経絡秘孔が手に取るように分かった。

 

 普通ならこんなカブトムシボディで突けるわけがないと思うのだが、俺には絶対に成功するという確信があった。

 

 まずは大腿部にある秘孔で痛みと出血を抑える。

 

「失礼」

 

 一言断って患者の服をめくると、腹部を横切るように刀傷が奔っていた。

 

「これは…私を守る為に負った傷です…ケラルト……」

 

 無念さと申し訳なさで声を絞り出す金髪の女性。

 

 出血は多いが幸いな事に傷は内臓まで届いていない。

 

 これならば俺のオーラ治療でも手に負えるだろう。

 

「いや、それは俺がやるよ」

 

「悟」

 

 牢に入ってきた悟とそう言うとインベントリから一枚のスクロールを取り出した。

 

大治癒(ヒール)

 

 悟がスクロールの魔法を発動させると、ケラルトという名の女性の傷はあっという間に消えてなくなった。

 

「ああっ! ケラルト!! ありがとうございます!!」

 

 これで失血死などで彼女が命を落とす事は無いだろう。

 

『よかった、スクロール発動したぁ。これで空振りだったらどうしようかと思った』 

   

『いや、自分がやるって言っといて自信なかったのかよ!?』

 

 メッセージでこちらへ泣き言を伝えてくる悟に思わずツッコミを入れてしまう。

 

 改めて彼女の話から状況の確認をと思っていたのだが、そうは問屋が卸さなかった。

 

「捕虜の檻から妙な音がしたぞ!!」

 

「逃げようとしているのかもしれん!!」

 

「だから明日と言わず、すぐに殺せと言ったんだ!!」

 

「苦労して捕まえた聖王女に逃げられたら事だぞ!!」

 

 何かがこちらへ近づいてくる気配に檻の外へ出て見れば、洞窟の影から現れたのは各自手に武器を持ったオーガや蛇人間になんだかよく分からん人型と化け物のオンパレードだ。

 

「うおおっ!?」

 

 突然の事に思わずビビる俺。

 

 しかし身体の方は奴等の殺気に勝手に反応していた。

 

「ほ…北斗剛掌波ッッ!!」

 

 情けない声とは裏腹に、何千何万と繰り返した型通りに体は右の掌を迫り来る化け物共に突き出した。

 

 そこから放たれるのは赤く染まった闘氣の奔流。

 

「あぷぱっ?!」

 

「め…めっちゃぁぁあぁっ!?」

 

「おろかぶっっ!?」

 

「ばろんぺっ!?」

 

 坑道全体を覆う程の奔流は化け物共を粉砕すると洞窟を形成する岩を削って駆け抜けていく。

 

「あ…あらぁ……」

 

 そうして闘氣が駆け抜けた先にあったのは、夕暮れだろう茜色の日が差し込む風穴。

 

「お前……ちょっとやりすぎじゃね?」

 

「おおぅ…ミステイク」

 

 どうやら俺は洞窟をトンネルへと改造してしまったらしい。

 

「ああ…やはり、やはり貴方方は神なのですね!」

 

 あまりの事態に悟と共に呆然としていると、牢から駆け出した金髪の女性が俺達の前に跪いた。

 

「え…ええと……」

 

 その感極まったと言わんばかりの顔に否定の言葉が出せないでいると、彼女は豊かな胸の前で両手を組んでこう言った。

 

「どうか私達をお救いください! 私はカルカ・ベサーレス! ローブル聖王国で当代聖王の任につく者です!!」

 

 …………なんやて?

 

   

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