みんな、北斗の拳好きねぇ。
皆さんの期待に応えられるように頑張りたいと思います
モモンガ達が聖王国に現れる数日前、リ・エステリーゼ王国内にあるカルネ村という開拓村で異変があった。
突如としてバハルス帝国の手勢と思われる騎士達の襲撃を受けたのだ。
通常であれば十数名とはいえ、訓練された騎士相手では村人など抵抗する間もなく屍に化けるだろう。
しかし、そんな暴力の具現であるはずの彼等は村の入り口で一列に並んで正座していた。
「よいかな、若いの。何事も短絡的に動くのはいかん。お主たちの狙うガゼフ戦士長も、人類の窮状を知れば手を貸すやもしれん」
両の頬を大きく腫らして、まるで親や教師に叱られているかのように俯く騎士達。
そんな彼等に人の道を説いているのは、農夫と思われる貧相な初老の男性だった。
「う…うるさい! 俺は特殊任務を任されたエリートだ! 家だって資産家なんだぞ! お前みたいな貧相なジジイに説教されるいわれは──ブベラッ!?」
他の騎士達が大人しくしている中、部隊の隊長を名乗る見るからにボンボンといった感じの男が叫ぶ。
しかし次の瞬間、目にもとまらぬ速度で間合いを詰めた老人の放った平手によって数メートル吹き飛ぶ事となった。
「お前さん、随分と罪穢れが溜まっておるのぅ。いったい今まで何をしてきたんじゃ? いっこうに心も入れ替えんし、いくら祓ってもキリが無いわい」
また奥歯でも折れたのだろう、地面を転げまわって悶絶する隊長に呆れる翁。
「我が隊長が申し訳ございません」
部隊の実質的なまとめ役だったロンデス・ディ・グランプは、名ばかりとはいえ自分達の隊長の無様さと無礼に翁へ頭を下げる。
「お主も大変じゃのう」
にこやかな笑顔を崩さない老人にロンデスが敬意を表すのは、一方的に打ち倒された上に命を取られなかっただけではない。
彼…いや、他の団員達も見たのだ。
老人が自分達の頬を殴った瞬間、眩く光る彼の手が自分達の身体から出た黒い靄を打ち消す光景を。
如何に国から与えられた任務で対象が他国の民と言えど、無辜の民を殺めるのは彼等の本意ではない。
元より彼等は人類種の守護者となるべく、己を鍛えてきたのだ。
その刃を本来護るべき人々へ向ければ気も重くなる。
実際、部隊の中には鬱を発症しかけている者もいたくらいだ。
しかし老人に殴られた際、ロンデス達は強烈な痛みと共に心の澱みが消えていくのを感じた。
鬱気味だった者は平手を受けた後、号泣しながら自分の罪を全て告白したほどだ。
なのでロンデスは思った。
この方は地位を退き、この村で隠居生活を営む高僧なのだろうと。
そう考えれば、農夫とは思えない戦闘力も現役時代にモンクとして鍛え上げた物だと納得がいく。
「よいかな、若いの。今この瞬間しか見ないのでは動物と同じ。人であるなら、自分の行いの先に目を向けねばならん」
未だに反省の色が無い隊長にもう一発平手をお見舞いした後、翁は彼等にこう言った。
「人間、今日よりも明日なんじゃ」
◆
この世界に入って初めての戦闘を無事に終えた俺達。
本来なら追撃を避ける為にすぐさま移動すべきなんだろうけど、少々立て込んでいる事もあって動けないでいた。
その原因となったのはケラルトさんだ。
「ごめんなさい、二人共! 神様扱いは嫌だって言っていたからケラルトには普通の冒険者だって……きゃあっ!?」
「やっぱり普通の人じゃないのね! モモンガさんは当たり前みたいに第五位階魔法使うし、ゼクトールさんはなんなの!? いきなり亜人の頭がパーンって!! あんなエゲツない死に方見たの初めてよっ!!」
増援や伏兵が無いかと取っていた残心を解いて一息つくと、何故か絶賛テンパり中のケラルトさんがカルカさんの両肩を掴んで矢継ぎ早に言葉を浴びせながらガックンガックン揺らしているではないか。
『悟君や、第五位階魔法ってそんなに凄かったっけ?』
『俺達にとってはバリバリの雑魚魔法ですが、なにか』
北斗神拳がグロいのは納得だが、ユグドラシルだと御新規さんでもあっと言う間に使えるようになる第五位階魔法が槍玉に上がるのはよく分からん。
というか、彼女の態度から主君に対する敬語やら礼節やらが見事に剥がれてるんですが。
「えっと……落ち着いてくれ、ケラルトさん。その辺はちゃんと説明するから、カルカさんを放してあげて」
「そうですよ。亜人の追撃が何時あるか分からないし、まずはここを離れないと」
本来こういうモノは部外者が首を突っ込むとロクなことにならんのだが、こちらは追われる身である。
騒ぐのも時間を浪費するのも厳禁だ。
「それよ! どうして要塞線で亜人を抑えている筈なのに、聖王国内で襲撃されたの!? しかもカルカ様を狙って! これ、絶対おかしいわよ!!」
カルカさんの両肩から手を放して叫ぶケラルトさん。
「そうね……。考えたくないけど、内部で亜人を手引きしている者がいるのかしら?」
俺達にはサッパリな話だが国としても重要な事なのだろう、さっきまで半泣きだったカルカさんの顔も引き締まる。
「なんかヤバい事に気付いちゃったっぽい?」
「自分の国にスパイがいるかもって話だ、これはもう少し時間が掛かるかもな」
どうしたものかと思っていると、悟がメッセージを飛ばしてきた。
『ところで、さっきの戦いの時のラオウRP、凄かったな。さすがはプロってところか』
やれやれ、痛いところを突いてきたな。
『……やってない』
『え?』
『あのラオウみたいな言動は気付いたら出てた。俺はやろうなんて思ってなかったんだ』
メッセージの中でも悟が息を呑むのが分かった。
当然と言えば当然か。
『……それってどういう事なんだ?』
『荒唐無稽な話だけどな、もしかしたらこの身体に引っ張られての事なのかもしれない』
精神と肉体は密接な関係にある。
いきなり器が変わったら、その影響が出るのは当然だ。
ましてや俺は2年強もの間、ラオウに声を吹き込んできたのだ。
親和性だって高くもなる。
『それって大丈夫なのか?』
『口調が変わったりするのは戦闘中だけみたいだし、俺は俺だって心掛けておけば問題ないさ。それよりお前も気を付けろよ』
『え?』
『オーバーロードに戻った時、精神的に変化があるかもしれん。器と中身は互いに影響し合うからな。下手すると気付けば心もアンデッド、なんて事もあり得るぞ』
『……わかった。必要な時以外は人化の指輪を外さないようにするよ』
俺の言葉が脅しじゃないと分かったのだろう、悟は素直に忠告を受け入れてくれた。
もしかしたら、骨魔王だった時に何か心当たりがあったのかもしれないな。
脳内でそんな話をしている間も、カルカさんとケラルトさんは互いに襲撃者の侵入ルートについて議論を重ねていた。
盗み聞きしている限りでは、どうやらこの国は半島の中にあるらしい。
その為に南北と西を海に囲まれており、東にはアべリオン丘陵という亜人の生息地域に面しているそうな。
その丘陵に住む亜人達は人を食らう種が多く、長い間聖王国へ侵攻を続けていた。
そんな亜人達を食い止める為に、国は東側に中国にあった万里の長城のような長大な要塞を築いているとのこと。
『つまり、唯一の侵入ルートである東側を要塞線で止められている以上、国内に亜人が入ってくる事はあり得ない筈ってことか』
『そうなると考えられるのは海を渡るって方法なんだが、そこも対策されているっぽいな』
なんかマーマンとか海に住む亜人達とは同盟を組んでいて、海上の警備は彼等と協力してやってるとか何とか。
こうなると最終学歴小卒な俺達では答えなど見当もつかん。
「まどろっこしいわね、コイツ等から聞き出せたらよかったんだけど……」
「それは無茶よ、ケラルト。あの状況で生かして捕らえる余裕はなかったもの」
苛立つケラルトさんをたしなめながらもカルカさんは肩を落とす。
たしかに生きていたら秘孔を突いて口を割らせる……って、待てよ。
『悟、アンデッド創造のスキル持ってるよな?』
『ああ。それがどうしたんだ?』
『それを使って亜人達の死霊を呼び出せないか? その死霊に侵入ルートをゲロさせるんだよ』
『うーん……この世界でスキルがどう作用するか分からないけど、やってみるか』
ふと思いついた事を相談してみると、悟は少し考えるそぶりを見せた後に頷いた。
「ケラルトさん、すみません。少しいいですか?」
「はい、なんでしょうか」
そうして例の策を説明したが、やっぱり二人は渋い顔をした。
「ケラルト……」
「───今は手段を選んでられないか。モモンガさん、お願いできますか?」
「分かりました、下位アンデッド創造」
それでも緊急事態という事で納得したようで、ケラルトさんの要請を受けた悟は人化の指輪を外してオーバーロードへ戻ると灰になった『氷炎雷』へ手をかざす。
アイツが本来の姿に戻った時、ケラルトさんがギョッとしていたのは見なかった事にしよう。
すると、悟の手から染み出した黒い粘体のようなものが遺骸を飲み込み、そこから一体のゴーストが現れる。
「質問する。お前に生前の記憶は残っているか?」
『……はい、残っています』
悟の問いかけに虚ろな声で答える『氷炎雷』の死霊。
「なら、俺の質問に答えてくれ。お前達はどうやって聖王国が敷いた要塞の内側へ入ってきたんだ?」
『亜人への回帰を掲げた…マーマン族の…極右タカ派を…協力者に、アべリオン丘陵に…面した湾から…海を経由しました。直近に起きた…要塞線への大侵攻は…私達に気付かれない為の…陽動……です』
「なんてこと……!」
死霊は語る潜入の内実にカルカさんは思わず口元を手で覆う。
「モモンガさん。襲撃の際、どうやって私達の部隊を特定したのかを聞いてもらえますか?」
「分かりました。聖王の部隊の見分けた方法は?」
『それも…マーマン族のタカ派による…情報提供です。ラン・ツー・アン・リン…のように……九色が出る程…マーマンは王家から…信用を得てますから……。王都に潜めば……』
「私達の動きを知る事も可能という訳ですね。モモンガ様、そのタカ派の代表者の名を聞いてもらってもよろしいですか?」
カルカさんに促されて悟が問いかけると、裏切者の頭目はギー・ソムというマーマンであることが分かった。
ちなみに九色というのは、国内の強者や文化や国への貢献で非常に素晴らしい働きをした者に、聖王から与えられる九つの色の称号だそうな。
でもってラン・ツー・アン・リンというマーマンの御仁は緑色なんだとか。
「最後の質問だ。カルカさん達を倒した後、お前達はどうするつもりだった? 聖王暗殺だけで終わりじゃないだろう」
『聖王の死で…国が混乱すれば……要塞線の防備にも揺らぎが…生じる。その隙を突いて……精鋭による本命の一打で要塞を堕とし……一気に攻め込む算段でした』
死霊の口から出た計画の最終フェイズ、それを聞いたカルカさん達の顔色は悪くなる。
「これ以上は聞けそうにないな。……あれ? なんだこれ、消えないぞ」
どうやらスキルを解除しようとしても効果が切れないのだろう、骨の身体でワタワタと焦る悟。
「しかたないなぁ、悟君は。───フンッ!」
某数百年の歴史を持つネコ型ロボットの声真似をしながら、俺は軽く指拳を放つ。
『へべっ!?』
その拳圧をモロに受けた死霊は粉砕されると、そのまま靄になって消えた。
『なにやってんだよ、悟』
『いや、スキルを解除してもアンデッドが消えなかったんだよ。ユグドラシルだと普通に消えたのに』
『あっちとこっちの違いってヤツか。その辺はちょっとずつ調べて行こう』
再び人化の指輪をはめた悟とアホな会話をメッセージでやっていた一方、ショックから戻ってきたカルカさん達も深刻な顔で相談をしていた。
「亜人達がここまでの計画を立てていたなんて……」
「どうするの、カルカ?」
カルカさんはしばらく思案した後でケラルトさんに耳打ちし、彼女の同意を得ると次いでこちらへ振り返った。
「モモンガ様、ゼクトール様。お願いがございます」
「えっと、何かな?」
「私達はこれから亜人達の策略を逆手にとって、要塞線にて敵戦力の本命を打破しようと考えています。なので送っていただく先を王都ではなく、要塞線に近い城塞都市カリンシャへ変更してほしいのです」
「そのカリンシャはここからどのくらい離れているんですか?」
「馬で一日あれば十分に到着する距離です」
悟の問いかけにケラルトさんが答える。
ふむ、王都ホバンスは3日と言っていたから確かにそっちのほうが近いな。
「そして、できれば要塞線で行われる亜人との決戦に、お二人の力もお貸しください!」
そう言って頭を下げるカルカさん。
予想はしていたけど、やっぱりこう来たか。
『どうするよ、悟?』
『正直難しい。こっちは来たばかりでスキルや能力の確認も出来てない。それに聖王国の人間と一緒に戦うからには人化の指輪も外せないし、俺達の他にユグドラシル・プレイヤーがいないとも限らないからな』
『いや、亜人側に少なくとも一人はいるぞ。ゴラムに峨嵋拳を教えたのはプレイヤーだ』
『そうなのか?』
『ああ。峨嵋拳は北斗の拳に出てくる拳法の一つ、つまりは架空の武術だ。だからそれを使えるのはマンガのキャラクターか───』
『例のイベントに参加したユグドラシルプレイヤーって訳か』
『そうだ。前者がこの世界に飛んできたってのもあり得ないとは言い切れないが、可能性からすると後者の方が高いと思う』
『現に俺達が来ているからな。……賢二、もしそのプレイヤーが出てきたら勝てるか?』
『無想転生もあるし、よほど対策が取られていない限り負けない。ただ相手は100レベルだろうから、人化したままじゃキツいかな』
悟との相談の結果、導き出された答えはNO。
カルカさん達には悪いが、俺達には聖王国の為に命を賭ける義理も義務もない。
敵にプレイヤーがいるのなら猶更だ。
『……もし、俺達が断ったら戦いはどうなると思う?』
『負ける、だろうな。氣探知で調べたけど、カルカさんでだいたい30手前。ケラルトさんでレベル30序盤の強さだ。彼女達が神官や王族だから戦えないのならいいけど、聖王国兵の平均的な強さがこれならヤバい。峨嵋拳使いのプレイヤーが出てきた時点で詰む』
異世界にユグドラシルの法則を当てはめるのはナンセンスなんだろうが、それでも自身の倍以上の力量を持つ者に勝つのは至難の業だろう。
しかも相手は世紀末殺人拳の遣い手、勝ち目なんてある筈がない。
『そうなったら、この国も滅んで二人も死ぬんだよな?』
『ああ』
俺とのやり取りに苦い顔で俯く悟。
その顔には悔恨や苦渋の念がありありと浮かんでいる。
コイツは仕事を除けば基本的に内向的で初対面の人間とは距離を取るタイプだ。
その反面、俺やギルメンのように一度関わると見捨てられないお人好しでもある。
俺等の安全に天秤を傾けたとはいえ、この世界に来て最初に知り合ったカルカさん達と見捨てるのは心苦しいんだろう。
となれば親友としてやることは一つ。
『いっちょやってやろうぜ、悟』
『え?』
『俺だってカルカさん達を見捨てるのは寝覚めが悪いし、峨嵋拳ごときに後ろを見せるのはあのイベント優勝者としても業腹だ』
『賢二……』
『それにユグドラシルに名を轟かせたPKギルドの長と、過疎った中とはいえ最後のワールドチャンピオンがいるんだぜ。プレイヤー一人にビビってたら、アインズ・ウール・ゴウンの名が泣くぞ』
『そっか……そうだな』
こうして背中を押してやることだ。
「分かりました。俺達でよければ力になります」
「ありがとうございます!」
悟の答えに満面の笑みで何度も頭を下げるカルカさん。
それを横目に俺はケラルトさんへ言葉を投げる。
「ゴラムに峨嵋拳を教えたのは、おそらく俺達と同じ存在だ。奴等の本命ってのはソイツの事かもしれない。奴が出てきたら全力で戦う事になるから、兵士たちに根回しはしておいてくれ」
「全力って事は、モモンガさんはアンデッドの姿になるのよね。もしかして、あなたも変わるの?」
「ああ、デッカいカブトムシにな」
「か…カブトムシ……」
俺の答えに口元を引きつらせるケラルトさん。
まんまカブトムシじゃないんだが、面白いから言わないでおこう。
北斗拳法図鑑①
峨嵋拳
変幻自在の面妖なる拳として中国全土で恐れられている中国五岳拳法のひとつ。
コミック『ラオウ外伝 天の覇王』にて、後の拳王城となる城を治めていた鬼王ゴラムが使用した。
技には『出洞猛蛟の型』という独特の構えから、右拳で突き掛かると見せかけて左手で鎧の背後に隠してある毒を塗った暗器を放つ『峨嵋鬼突拳』
奥義として天高く跳び、頭上から両掌を虎爪の型に構えて敵に襲い掛る『幽冥狼牙拳』がある。
いずれもラオウには通用せず、一撃のもとに粉砕された