死の支配者と天の覇王   作:アキ山

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お待たせしました。

年末に向けて繁忙期が迫っています。

皆さん、寒くなるので体調などを崩さないように気を付けてくださいね


第6話

  要塞線で戦いの火蓋が落とされた頃、カルカ・ベサーレスもまた北部城塞都市カリンシャの庁舎で己の戦いに挑んでいた。

 

「軍事物資の輸送を急いでください! 本命の侵攻が一波だけで済む保証はありません! 予備役の兵達も輸送隊と共に要塞線へ!!」

 

 最前線で戦う部隊へ支援を送る為の書類へ承認印を連打しながら、文官や軍事参謀へ絶えず指事を飛ばすカルカ。

 

「カルカ様。ラン・ツー・アン・リン氏から報告がありました。マーマンの正規軍が極右過激派アジトを強襲、首魁のギー・ソム含め構成員を全て殲滅したと」

 

「そうですか。彼の口から亜人達との繋がりを解明したかったのですが、仕方ありませんね」

 

 ケラルトの報告にカルカは小さく息をつく。

 

 捕獲と殲滅では難易度に大きな開きがある。

 

 ギー・ソムの身柄を確保するとなれば、マーマン正規軍側にも犠牲を強いる事になるだろう。

 

 将来的にも有効な関係を望むなら、そこまで強要することはできない。

 

「では、あの時のようにモモンガさんに情報を取得してもらってはどうでしょう?」

 

「お二人にこれ以上負担は掛けるのは心苦しいのですが、そうも言ってられませんね。ギー・ソムの遺体はこちらで回収する旨、マーマンの族長へ話を通してください」

 

 ケラルトを補佐にして、次々と書類を捌いていくカルカ。

 

 そうしていると、彼女は一枚の報告書を前に手を止めた。 

 

「これは他国から来た王族の訃報ですか。……バルブロ王子が亡くなった?」

 

 その中に紛れていた訃報と葬儀の招待状にカルカは盛大に顔をしかめる。

 

 バルブロとはローブル聖王国の近隣に存在する大国の一つ、リ・エスティーゼ王国の第一王子だ。

 

「バルブロって、あの勘違い馬鹿王子でしょ。今度はなにをやらかしたんですか?」

 

「そう言えば、一月ほど前に王国から問い合わせがあったね。たしか傷の化膿に効く薬はないかと。それで裏を取ってみたんだが、なんでもエ・ランテルを大名行列で練り歩いている時に平民に襲撃されて足を刺されたらしい」

 

 他国の王族に対して無礼極まりない事を口にするケラルトの問いに答えたのは、カルカの補佐で書類整理をしていたカスポンドだ。

 

「その犯人だって理不尽な理由で無礼討ちにされた民の遺児というではないですか。完全に自業自得ですよ」

 

 そんなカスポンドの答えを捕捉するカルカ。

 

 珍しく他者への嫌悪を顔に出す妹に、カスポンドはさもありなんと苦笑いを浮かべる。

 

 実はカルカはバルブロ王子の事を酷く嫌っている。

 

 理由は件の人物が王族という身分を笠に着て、粗野で尊大な態度を隠さない失礼な人物だからだ。

 

 カルカとは一度顔を合わせる機会があったが、その際に彼女を見て『美しい女だ。私が王になったあかつきには聖王国をリ・エスティーゼに併合して、お前を妾にしてやろう』などと戯言と共に腰へ手を回してくる始末。

 

 あの時は護衛で付いていたレメディオスが止めに入ってくれたし、バルブロに同行していたランポッサ国王が必死に謝ったので冗談と流してやったが、普通なら宣戦布告と取られてもおかしくない暴言だ。

 

 その事があってカルカはバルブロの事を本気で嫌っているし、リ・エスティーゼ王国も好きではない。

 

 むこうが提案してきた第二王子との縁談を秒で蹴ったのも、この件が大きく影響している。

 

「今は我が国の一大事です。他国の事など構っている余裕はありません」

 

 そう断ずるとカルカは葬儀の招待状を兼ねた書状を横に投げ捨てる。

 

「分かったよ。外交官を通して弔文を送らせよう」

 

 カスポンドがヒラヒラと飛ぶ書状を回収した瞬間だった。

 

「きゃああっ!?」 

 

「うおおっ!?」

 

「くぅっ!?」

 

 凄まじい爆音が庁舎一帯の空気を揺るがしたのだ。

 

「聖王女陛下、大丈夫ですか!?」

 

「いったい何があったのです?」

 

 すぐさま駆け込んできた護衛の聖騎士にカルカが問う。

 

「はっ! 要塞線の方角で大規模な爆発が起こった模様です! 物見の人間から天に立ち昇るキノコ状の雲を見たとの報告がありました!」

 

 兵士の報告にカルカとケラルトは息を呑む。

 

(要塞線からここまで響く程の爆発なんて普通の魔法では起こせない。きっとモモンガ様によるものだわ。でも……)

 

(亜人達の部隊は聖王国を滅ぼす為の本命。奴等に隠し玉があって、それが原因だとしたら……)

 

 二人が心配するのは自分達の我が儘を聞いて戦場へ赴いている二人の男だった。

 

 本来ならカルカ達も防衛戦に参戦するつもりだったのだが、拉致事件の時の混乱を例に挙げたカスポンドから『王と神官長が死ねば国が終わる』と反対を受けて断念したのだ。

 

 だからこそ、余計にカルカ達はモモンガとゼクトールの身を案じる。

 

 己の中にある淡い想いを自覚しながら。

 

「……あの方はご無事かしら」

 

「彼が無事ならいいけど……」

 

 そんな憂いから思わず出た言葉。

 

 互いのそれを耳にした瞬間、剣呑な光を宿したカルカとケラルトの視線が交わる。

 

 そして二人の身体からあふれ出たのは、聖王女や神官長に不釣り合いなおどろおどろしい圧だった。

 

「────お兄様、少し息抜きをしてきますわ」

 

「カスポンド殿下、私も失礼いたします」

 

 しばらく互いの顔を見た後、カルカ達は満面の笑みでカスポンドへ一時退室を願い出る。

 

「…………ごゆるりと」 

 

 それを受けた王兄は青白い顔に強引に笑みを作り、快く二人を送り出した。

 

 妻帯者となった今では無くなったが、若き日は彼も多くのご令嬢からアプローチを受けていた身だ。

 

 王族である以上うっかり食われるわけにもいかず、それを避ける為に彼は女性の機微には嫌でも鋭くなった。

 

 だからこそ、政務が溜まっていてもカスポンドは二人を止めなかった。 

 

 あの状態の女性に口出しするとロクな目に逢わない。

 

 彼はそれを身を以て知っているのだ。

 

 さて、廊下を出たカルカとケラルトは人目の付かない物陰で対峙していた。

 

「ケラルト、分かっているわね?」

 

「貴方こそ」

 

 二人が纏うのは一流の気迫。

 

 ここに誰かがいたならば、『南斗虎破龍(なんとこはりゅう)!!』『北斗龍撃虎(ほくとりゅうげきこ)!!』という空耳が聞えていたかもしれない。

 

 親友にして幼馴染な二人が物騒な雰囲気を醸し出しながら睨み合うのには理由がある。

 

 カルカとケラルトには苦い過去があった。

 

 それは二人の初恋がカスポンドだという事だ。

 

 もちろん、互いに口に出した事は無い。

 

 しかし女の勘でその事は察していた。

 

 結果としてはカルカはもちろんのこと、ケラルトも妹としてしか見られずに二人の初恋は告白する事も無く敗れ去った。

 

 それ以来二人の男運はものの見事になくなって現在に至る。

 

 そんな婚期というタイムリミットで焦る二人に舞い降りたのがモモンガとゼクトールだった。

 

(ケラルトと争うのは心苦しいけど譲るわけにはいかないわ! 行かず後家の聖王女なんて言われたら死ねる!!)

 

(たとえカルカが相手でも私の幸せは邪魔させない! もしもの時は、ころしてでもうばいとる!!)

 

 万が一にも懸想する相手が被ってしまったら、その男性を巡って悲劇が繰り返される事になる。

 

「ゼクトール様!」

 

「モモンガさん!」

 

 そして意を決した二人は相手に叩き付けるかのように自身のターゲットを口にした。 

 

「……」

 

「……」

 

 一瞬の沈黙が辺りを二人の間を通り抜けると、彼女達は互いに口角を釣りあげてガッと固く握手を交わす。

 

「ケラルト、貴方の事を私は心から応援します!」

 

「私もよ、カルカ。貴方の方は王配になるから大変でしょうけど、神官長権限をフルに使ってサポートしてあげる!」

 

「大丈夫よ、ダメだった時は寿退位するから! 国の事はカスポンド兄さまに任せて、私は女としての幸せを手に入れるわ!」

 

「モモンガさんは人間になれるけど正体はアンデッドだからなぁ……。私も寿退社しようかしら。実家は姉様がいれば問題ないだろうし」

 

 なんとも軽い感じでトンデモない事を口にする現聖王国のトップ2。

 

 しかし、それは必然とも言えた。

 

 亜人による拉致事件で己の死に直面した体験は、カルカとケラルトの意識に大きな変化をもたらした。

 

 それは自分の幸せを掴みたいという願望が大きくなったことだ。

 

 理想を追い求めるのもいいが人生は一度きりなのだ。

 

 ならば、地位や血筋目当ての男ではなく自分自身を愛してくれる伴侶と添い遂げてもいいだろうと。 

 

 聖王や神官長は他に成り手はいるが、カルカやケラルトという人間に代わりはいない。

 

 両立するなら問題ないが、無理なら自分を優先させて何が悪いのかとある意味開き直ったのである。

 

「いいわね、カルカ。絶対に逃がしちゃダメよ!」

 

「ええ! 私達には後がないもの!!」

 

 現代日本ならともかく、十代半ばでの結婚が普通なこの世界では24は完全に売れ残りの年齢だ。

 

 故に今度こそチャンスを物にしてみせる! と二人は繋いだ手を固く握りしめるのだった。

 

 

 

 

 紅蓮の闘氣を纏うゼクトールの前に立ち塞がったのはオニ太鼓だ。

 

「コホォォォォッ!」

 

 オニ太鼓が牙の生え揃った口から特殊な呼気を放てば、赤い肌の色がみるみる内に鋼色に変わっていく。

 

「───華山鋼鎧呼法(かざんこうがいこほう)。お前さんの拳を受けるには生身だと少々キツいからのぅ」

 

 華山鋼鎧呼法。

 

 それはオニ太鼓が使う華山角抵戯の奥義の一つである。

 

 特殊な呼吸法により全身に鋼が如き強度を得るというこの呼吸法は、極めた者なら斬りかかってきた剣を逆に砕く程の防御力を得られると言われている。

 

「鋼程度でこの俺の拳を受け止められぬわっ!!」

 

 そんなオニ太鼓に対してゼクトールは右拳で中段突きを放つ。

 

「よいしょおっ!!」

 

 並の者なら為す術なく五体が砕け散るであろう一撃、それをオニ太鼓は丸太のような腕を盾にして迎え撃つ。

 

 インパクトの瞬間、周囲に鐘を打ったような轟音が響き渡り、同時に後ろへ大きく弾かれるオニ太鼓。

 

 間合いにして数メートルは後退したが、それでもオニ太鼓の剛腕は砕ける事も無ければ秘孔によって破裂もしない。

 

「なにっ!?」

 

「さしもの拳王もその姿ではオニ太鼓の鋼皮は抜けんようだの! 峨嵋鬼突拳!!」

 

 オニ太鼓へ一撃を放った隙を突いて、たまニャンが空中から峨嵋の暗器を放つ。

 

 地上、しかも出洞猛蛟の型を取らねば打てなかったゴラムとは明らかに練度が違う。

 

 速度やキレはもちろんのこと、暗器が持つ最大の強みである隠密性もだ。

 

「チィッ!」

 

 これを受け止めるのは不可能と判断したゼクトールは薙ぎ払った左腕の拳圧とオーラで暗器を弾き飛ばす。

 

 しかし、それが相手の付け入る隙となった。

 

「おおおおおっ! 華山角抵張手(かざんかくていはりて)ぇぇっ!!」

 

 力士特有の突進によって間合いを詰めたオニ太鼓がその剛腕を振るったのだ。

 

「ぐぬっ!?」

 

 当人は張り手と言っているが、その一撃は掌打に近しい。

 

 鋼の痛打をゼクトールは右腕を盾に防ぐものの、その一撃は先ほどのお返しとばかりに彼の巨体を後方へと弾き飛ばす。

 

 そこへ畳みかける様に空を駆けるのはバードマンのくるっくーだ。

 

「ヒュゥゥゥゥゥ……シャオッ!!」

 

 すれ違うようにして放った南斗翔天拳の一撃はプレートメイルと同等の防御力を誇るスーツのジャケット諸共、ゼクトールは左右の肩の肉を大きく切り裂く。 

 

「うぬぅっ!?」  

 

 血しぶきを上げながらも踏み止まるゼクトール。

 

「まだまだぁ! 華山鐘鳴打(かざんしょうめいだ)!!」

 

 そこへ大きく頭を振り上げたオニ太鼓が襲いかかる。

 

 一説ではモンゴル相撲の源流ともいわれる中国拳法打雷台の流れを組む華山角抵戯。

 

 その真骨頂は頭打、すなわち頭突きにあるという。

 

「させぬっ!」

 

 しかし、ゼクトールもまだまだ息の根は止まっていない。

 

「ぬぐおぉぉっ!?」

 

 振り下ろそうとしたオニ太鼓の頭を、頬を剛拳を打ち込む事で弾き返す。

 

「俺の剛拳、何度も受けきれると思うな!!」

 

 そしてゼクトールは両の拳から連続で豪打を放つ。

 

 北斗羅裂拳(ほくとられつけん)

 

 これは多少秘孔の位置がずれてでも強力な連続攻撃を相手に叩き込んで倒す、シンプルがゆえに力量を試される北斗神拳の絶技の一つだ。

 

「ぐおわぁぁぁっ!?」 

  

 鋼鉄になった肉体に次々と拳の型を刻まれて後ろへ吹き飛ばされるオニ太鼓。

 

「オニ太鼓!? ケヤァァァッ!!」

 

 しかし大技となれば、隙が生じるのは必定。

 

 それを突いたたまニャンの虎爪の型から繰り出される双掌打がゼクトールの脇腹に撃ち込まれる。

 

「ぬぐっ!?」

 

 猫獣人の敏捷性を乗せた一撃に揺らぐゼクトールの巨体……

 

「シャアアアアアっ!!」

 

 その胸板を神速の踏み込みと共に十字に振りぬいたくるっくーの手刀が切り裂く。

 

「ぐうううぅぅっ!?」

 

 血煙の中で仰け反るゼクトールだが、やはり膝を付く事は無い。

  

 それを目にした二人は攻め切れぬと判断し、吹き飛ばされたオニ太鼓の元へと下がった。

 

「生きておるか、オニ太鼓!?」

 

「なんの、まだ秘孔は突かれておらぬわい。しかし、少し残念じゃの。どんな断末魔を上げようか考えておったのに」

 

「馬鹿を言うとる場合か!」

 

 たまニャンとくるっくーの言葉を受けて立ち上がるオニ太鼓。

 

 フンッ! と彼が気合を入れればへこんだ身体はパンッパンッと軽い音を立てて元に戻る。

 

「な…なんて奴等だ……」 

 

 そんな亜人3人組とゼクトールの戦いを見ていたパベルは、自分達とはあまりに隔絶した力に絶句していた。

 

 鬼の踏み込みは石畳の床にクレーターを作り、バードマンの手刀はその余波で城壁に巨大な亀裂を生んでいる。

 

 猫獣人の姿はパベルの優れた視力でも影すら掴ませず、ゼクトールの拳も放った際の風圧だけで矢除けの為に設置された人の身長はある巨大な石材を砕き、吹き飛ばすのだ。

 

 そして、そんな常識外れな攻撃を受けてもお互い五体が砕ける事無く健在である。

 

 その攻防は化け物……いや、武神同士の戦いといってもいいだろう。

 

 しかし、戦いの多くを捉えることが出来ないパベルから見てもゼクトールが不利というのが分かった。

 

 三対一に加えて亜人の一人一人がゼクトールと同等、いや彼よりも力量は上なのだ。

 

 今はまだ拮抗しているが、このまま行けば押し切られてしまうだろう。

 

「しかし、さすがは拳王と言ったとこか」

 

「なんとも強靭な肉体よ。これではいくら切っても急所に届く気がせんわい」

 

「だが、あ奴は聖王国側にいる限り真の姿は見せられん。となれば20はレベルが下がる」

 

 たまニャンの感想にくるっくーが先ほどゼクトールの身を刻んだ己の手に目を落とす。

 

 そしてオニ太鼓の言う通り、ユグドラシルでは異形種が人間に化ければ代償として種族レベルが下がる事が多かった。

 

 多少の誤差はあれど、その平均は20程度とされている。

 

 つまり現在のゼクトールはレベル80程度の力しか出せないという事だ。

 

「ワシ等は老いさらばえたとはいえ、戦力は90は下らん。それが三人となれば何とかなるか」

 

 そしてユグドラシルにおいては同条件であれば、レベル差が10あると歯が立たなくなると言われている。

 

 たまニャン達3人が見出した勝機とは、この事だったのだ。

 

「ふ…ふふ……」

 

 しかし劣勢に追い込まれている筈のゼクトールが浮かべるのは不敵な笑みだ。

 

「心地良き痛みよ。拳を振るう度、傷を受ける度にこの身が我が物となっていくのが分かるわ!」

 

 身体を血で濡らしながらも、前に出るその身から立ち上る闘氣はいささかの衰えもない。

 

 いや、むしろ先ほどよりも濃密さが増している。

 

「……こりゃあいかん」

 

「流石は北斗神拳の伝承者というべきか。戦いの中で実体となったアバターと己が魂を同調させておるわ」

 

 この世界で100年の時を生きるくるっくー達は知っている。

 

 プレイヤーの魂と実体になったアバターには、降臨当初は大きな乖離があるという事を。

 

 本来ならある程度の期間を使ってゆっくりと馴染ませていくだが、眼前の男はそうではない。

 

 乱世の拳である北斗神拳がそうさせるのか、それともモデルとなったラオウという男の存在が原因か。

 

 ゼクトールは闘いの中で急速に魂と身体のズレを矯正しているのだ。

 

「あの男は是が非でもここで討たねばならぬの」

 

「うむ。万が一にも原作ラオウのような、乱を招く狂える暴凶星になられては堪ったもんじゃないわ。──むっ!」

 

 たまニャンとオニ太鼓が決意を固めた瞬間だった。

 

魔法最大化(マキシマイズマジック)! 朱の新星(ヴァーミリオン・ノヴァ)!!」 

 

 三人を中心として天を衝く程の業火が吹き上がった。

 

「賢二が押されてるってことは、あの三人はプレイヤーか!?」

 

 第九位階魔法・朱の新星を放ったのは、左翼から全速力でここまで飛んできたモモンガだった。

 

「あれはモモンガか?」

 

「じゃろうな。朱の新星を単体で撃てる術者など、この世界にそうおらん」

 

 直撃は避けたのだろう、体毛に煤を付けながらも炎から飛び出すたまニャンとオニ太鼓。

 

「じゃが、奴も擬態をしている様子! 種族レベルが働かん今なら殺れる!!」

 

 そしていち早く魔法を避けていたくるっくーは、翔天拳自慢の跳躍でモモンガに向けて突進していた。

 

『悟! 奴は南斗聖拳を使う! 攻撃は斬撃と打撃の複合属性だ!!』

 

「マジかよッ!?」

 

 ゼクトールからのメッセージで相手の攻撃の厄介さに思わず愚痴るモモンガ。

 

「非公式魔王! 冥途の土産にその首貰っていくぞ!!」

 

 その一瞬の隙を突いてくるっくーは彼の間合いへ踏み込んでいる

 

「させるか! 光輝緑の体(ボディ・オブ・イファルジェントベリル)! 光輝赤の身体ボディ・オブ・イファルジェントヘリオドール! 発動!!」

 

 十字に交差させた手刀を振りぬくくるっくーだが、オリハルコンの塊すら断ち切る南斗聖拳の一撃はモモンガの身体を切り裂く事は無かった。

 

「なんじゃとっ!?」

 

 プレイヤーの出現を予測していたモモンガは闘いの前に自身へ魔法によるバフを盛れるだけ盛っていたのだ。

  

 今回効果を発動した〈光輝緑の体〉は打撃属性の攻撃を軽減するほかに、一度だけ相手の打撃攻撃を無効化させる効果を持つ。

 

 そして〈光輝赤の体〉は斬撃属性の攻撃に同様の効果を持つ。

 

魔法最大化(マキシマイズマジック)! 万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)!!」 

  

「ぬおおおおおおっ!?」

 

 魔法の特性によって必殺の一撃を無効化したモモンガは、くるっくーに轟雷の雨を降らせる。

 

 しかし現地では神の領域と言われている第九位階魔法でも、プレイヤーにとっては決め手にはなりえない。

 

「あ奴、たしか斬撃武器耐性Ⅴ持っとったよな!? なのに何で斬撃属性軽減魔法なんか覚えとるんじゃ!?」

 

「モモンガは718も魔法を持っとる! 耐性魔法をコンプしていてもおかしくないわい!」

 

「あ奴、やっぱ頭おかしいわ!!」

 

 全身から黒い煙を上げながら降りてきたくるっくーの叫びに、応じるオニ太鼓。

 

 一般的なユグドラシルの魔法詠唱者の魔法取得限界が300であることを考えれば、その倍以上の魔法を所持しているモモンガがこう呼ばれても仕方がない。

 

 とはいえ、モモンガの方はそんな事を気にしている余裕はなかった。

 

「や…ヤバかった! レベル差40もあるところに、あんなトンチキ拳法くらったら一撃死してもおかしくない!!」

 

 咄嗟の機転で危機を脱したものの、プレイヤーの放つ翔天拳は今の自分の手に負える代物ではなかったからだ。

 

 指輪を外して擬態を解こうとするモモンガだが、そこにゼクトールからの念話が入る 

 

『悟、ここは俺に任せろ』

 

『任せろって、プレイヤーが3人もいるんだぞ!? 人間のままじゃ勝てないだろ!!』

 

『心配するな、勝ち筋ならちゃんとある。この身体も馴染んできて、切り札の使い方だって分かったからな』

 

『けどなぁ!』

 

 明らかに無茶を言う親友に頭の中で声を荒げるモモンガ。

 

 しかし、ゼクトールの意思は変わらない。

 

『この切り札は将来的に絶対必要になる。ここでしっかり使いこなせるようになりたいんだ。───頼む』

 

『───わかった。けど、ヤバいと思ったら擬態を解いて助けに入るからな』

 

『ああ』

 

 もとよりモモンガは我を張り通すのは得意ではない。

 

 そして、長年の付き合いからゼクトールがこういう時は結果を出していたのを知っている。

 

 だからこそ、彼を信じてプレイヤー達の射程圏外まで距離を取った。

 

「ほう、モモンガを下げるか」

 

「なんのつもりかは知らんが好都合よ!」

 

「先にお主の首を取れば、前衛の無い魔法詠唱者など恐るるに足りんからの!!」

 

 それを見たオニ太鼓、そしてたまにゃんがひび割れた石畳を蹴る。

 

 たまニャンは右から、そしてオニ太鼓は左から。

 

 剛と疾、二つの特性を持った挟撃はレベル差を考慮すればゼクトールに破ることはできない。

 

「ぬぅんっ!」

 

 しかし、その目論見は脆くも崩れ去った。

 

 ケット・シー特有の鋭い爪で放った峨嵋拳の一撃。

 

 それがゼクトールの脇腹を抉る前に、先ほどと倍する程の速度で飛んできた右拳がたまニャンの身を捉えたからだ。

 

「ぬぐぉぉぉっ!?」

 

 臓腑がひっくり返る程の衝撃を受けたたまニャンは踏み込みに負けない速度で後ろへと飛んで行く。

 

「おのれぇっ!!」

 

 そんな友の姿に驚愕したオニ太鼓だが、もはや止まる事などできはしない。 

 

 先ほどと同じく剛腕をうならせて放った張り手は円を描くようなゼクトールの滑らかな腕によっていなされ、カウンターで跳ね上がった膝に腹を抉られてこちらも後ろへ吹き飛んで行く。

 

 この結果に驚いたのはくるっくーだ。

 

「大丈夫か、貴様等!?」

 

「おう…しんぱ……ぐおおっ!?」

 

「ワシは…ぬぐぁっ!?」

 

 自分の隣まで戻ってきた友たちが立ち上がったのに安堵したのもつかの間、たまニャンは肩を、オニ太鼓は自身の左手を押さえて悶絶し始める。

 

 そして次の瞬間───

 

「ごわぁっ!?」

 

「うぬおぉっ!?」

 

 たまニャンの肩の肉が内側からはじけ飛び、オニ太鼓は左手は肉も骨もはじけ飛んで中央に大きな穴が開いた。

 

「ど…どういう事じゃ!? 先ほどとは動きがまるで違う! ぬぅっ!?」

 

 秘孔で体を破壊された事に悶絶するたまニャン達、しかしくるっくーはそれに意識を裂く余裕はなかった。

 

「ぬぅぅ……おおおおおおおおおッ!!」 

 

 ゼクトールから放たれる闘氣による圧に耐えるので精いっぱいだったからだ。

 

 元より巌の様だった筋肉はさらに盛り上がり、内側からシャツとジャケットを弾き飛ばす。

 

 それによって今まで受けた傷は筋収縮によって塞がり、ピタリと血も止まった。

 

「───北斗神拳の奥義の中にはユグドラシルでは使えなかった物がある。この転龍呼吸法(てんりゅうこきゅうほう)もその一つ」

 

「転龍呼吸法……聞いた事があるぞい」

 

「北斗神拳にのみ伝わる特殊な呼吸法によって、常人では30%しか使えぬ潜在能力の全てを引き出すという奥義」 

 

「そうか! そういう事か!!」 

 

 ゼクトールの言葉を聞いたくるっくー達は蒼褪める。

 

 ゲーム世界のユグドラシルではアバターの能力は数値がすべてであり、潜在能力なるモノは存在しなかった。

 

 故に転龍呼吸法は単なるフレーバーテキスト、北斗神拳という流派を飾る設定にすぎなかったのだ。

 

 しかしアバターが実際の肉の身体となった事で、この前提は覆った。

 

 ゼクトール本来の姿である蟲王で使えるかどうかは分からないが、少なくともこの人間の体であれば転龍呼吸法は機能する。

 

 そして潜在能力が全て引き出せば、たとえ擬態を解かなくてもレベル100の能力を上回ることが出来るのだ。

 

「やれやれ、やはりこうなったのぅ」

 

 動揺するのも一瞬、悟ったような笑みを浮かべるとたまニャンは要塞線の外へ目を向ける。

 

 そこにはガルガの指揮によって撤退していく亜人達の軍団があった。

 

 転龍呼吸法によって彼等が見ていた勝ちの目は潰えた。

 

 彼等の考えていた勝利条件は、擬態によって下がったゼクトールの能力に付け込む事が前提だった。

 

 そして能力と人数の差に物を言わせ、ワールドアーツである無想転生を使わせぬ内に一気に討ち取る。

 

 しかし、その前提はすでにご破算となった。

 

 転龍呼吸法によって能力差が逆転した以上、彼等に勝ち目はない。

 

「さすがは一子相伝の北斗神拳」

 

「チートにもほどがあるわい」

 

 しかし、くるっくー達の顔に浮かぶのも同様の笑みだった。

 

「もとより我等の役目は撤退する馬鹿弟子達の為にお主の足を止めること」

 

「それが叶った以上、思い残すことなぞ無いわ」

 

「となれば、後は華々しく散るだけよ」

 

 口々にそう言うと、三人は今までにない構えを取る。

 

 たまニャンは峨嵋拳の奥義である幽冥狼牙拳を撃つべく、獣のように四つん這いで四肢に力をみなぎらせる。

 

 くるっくーは翼と両手を広げて足の筋肉が盛り上がる程に力を籠める。

 

 オニ太鼓は相撲の源流に相応しく、四股を踏むと体を大きく沈める。

 

「行くぞ、拳王! 我等が奥義を受けてみよ!!」

 

 たまニャンの激に応じて三人は天高く跳びあがる。

 

「華山角抵戯が奥義! 華山獄砲弾(かざんごくほうだん)!!」

 

「峨嵋拳奥義! 幽冥狼牙拳!!」

 

「南斗翔天拳奥義! 夢翔烈破(むしょうれっぱ)!!」

 

 オニ太鼓を先頭に空を裂いて襲いかかる三つの奥義。

 

 それを前にゼクトールは大きく息を吸う。

 

 それによって身に纏っていた紅い闘氣は彼の身の内へ吸い込まれていく。

 

 北斗神拳・呑龍呼法(どんりゅうこほう)

 

 北斗神拳に伝わる呼吸法で、肉体を活性化させることで「剛の拳」をより強化することが出来る。

 

「その覚悟、見事。ならば、こちらも奥義を以て応えよう!」

 

 そして大きく両手を体の前で回し、それによって取り込んだ闘氣と体内の氣を合一して練り上げて両掌へ集中させる。

 

天将(てんしょう)! 奔烈(ほんれつ)ッッ!!」

 

 神速で突き出した両手、そこから放たれるのは如何なる物も打ち砕く拳圧と闘氣だった。

 

 夜の帳が降り始めた空を奔る紅いオーラはまさに濁流。

 

「ぐおおおおおおおっ!?」

 

「ぬああああああっ!?」

 

「ぐ…ぐぐぐ……!!」

 

 それはたまニャン達を飲み込むと、その身を微塵に砕かんと荒れ狂う。

 

 それでもなお、彼等は暴力的な流れに逆らおうとする。

 

 奥義の威力と己の命を削って少し、また少しとゼクトールとの間合いを詰めていく。

 

 しかし現実は非情である。

 

 最初に限界が来たのは、巨体を二人の盾としていたオニ太鼓だった。

 

「ここまでか……」

 

 華山鋼鎧呼法によって鉄の鎧と化していた体にヒビが奔り、その割れ目を押し出すように次々と中の肉が飛び出し始めたのだ。

 

「さらば! 先に逝くぞ!!」

 

「おう! ワシ等もすぐに逝くわい」

 

「酒でも用意して待っとれ!!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべて砕け散るオニ太鼓。

 

 次に天将奔烈の威力に晒されたのはたまニャンだった。

 

「ぬぐおわぁぁぁぁぁあっ!?」

 

 しかし彼にオニ太鼓のような頑強さはない。

 

 虎爪の型で突き出していた両手は圧によって見る見るうちに潰れ、全身の身も骨も打ち砕かれていく。

 

「くるっくー! ワシを踏み台にせい! 奴は眼の前じゃ! もう一度加速すれば一矢報いられるじゃろ!!」

 

「応!!」

 

 たまニャンの叫びにくるっくーは迷わなかった。

 

 南斗聖拳の手刀を振るって闘氣流に抗うと、砕けていくたまニャンの背を踏んでさらに加速する。

 

「……お先に」

 

「また会おうぞ」

 

 別れの挨拶はすれ違う刹那。

 

 それから先は微塵に砕けるたまニャンを振り返る事は無い。

 

 ゼクトールとの間合いは1m弱。

 

 しかし闘氣流の中では、その間があまりにも遠かった。

 

「ぐおおおおおおおっ!?」

 

 盾となってくれた二人がいない今、くるっくーの身体に天将奔烈の威が襲いかかる。

 

 バードマンの特徴である翼は折れ、全身の骨格も次々に砕けていく。

 

 その想像を絶する痛みをくるっくーは舌をかみ切る痛みを気付けにして耐えた。

 

「オオオオオオオオオオッ!!」

 

 そして紅の奔流を抜けた彼は、ゼクトールの胸板目掛けて渾身の一撃を放つ。

 

 天を奔る紅い光が消え去ると共に、肉を切る音が辺りに響き血飛沫が上がる。

 

「───見事だ」 

 

 ゼクトールの賞賛にくるっくーは口元に笑みを浮かべる。

 

 彼の手刀はゼクトールの胸に指の第一関節程度しか穿っていなかった。

 

 これでは致命には程遠い。

 

「ワシ等の負けじゃの」 

 

 ゼクトールの胸から指を引き抜くと、年老いた血まみれのバードマンはフラフラと後ろへ下がる。

 

「同郷の者と相打った詫びではないが、一つ置き土産をくれてやろう。この世界にはユグドラシルプレイヤーを憎む竜王がおる。あまり力を誇示しすぎると奴等が襲ってくるぞ」

 

「……竜王か。心に留めておこう」  

 

「そして、スレイン法国という国には天斗(てんと)の男がおる」

 

「なにっ!?」

 

 くるっくーの言葉にゼクトールは驚きで目を見開く。

 

「あ奴は神皇を名乗り、あの国の神となっておる。お主が現れたと知れば、ちょっかいを掛けてくるかもな。ゆめ気を付ける事じゃ」

 

 そう言い終わるとくるっくーの全身から血が噴き出す。

 

 闘氣流によって突かれた秘孔が作用し始めたのだ。

 

 幸いなのは砕かれ、死に始めた彼の身体は痛覚が作用していない事か。

 

 刻一刻と迫る死期を前に、くるっくーは己の人生を振り返る。

 

 本来なら、彼は腐り果てた現実世界の中で社会の歯車として使い潰される予定だった。

 

 しかし何の因果か、この世界に来た事で彼は多くのモノを手に入れた。

 

 仲間を、愛する人を、家族を、弟子を、栄誉を。

 

 その多くは長い年月の中で彼の手から巣立っていったが、それでもリアルで生き続けるなら何一つ手に入らなかったであろう宝物だ。

 

 そして最後に武術家として長年練り上げた技を存分に振るえた。

 

 思い残す事などあろうはずがない。

 

 だからこそ、彼は己の人生をこう評するのだ。

 

「我が生涯に一片の悔いなし!!」

 

「ぬっ!」

 

「辞世の句はいただいていくぞ。お主はまだ先があるのじゃ、新しい末期の台詞でも考えておくのじゃな」

 

 驚くゼクトールに食えない笑みを返すと、くるっくーと呼ばれた男はその生涯を終えた。

 

「さらばだ。うぬらもまさしく強敵(とも)であった」

 

 砕け散った五体の残滓のよう舞う血塗られた羽に、ゼクトールは手向けの言葉を告げるのだった。

 

 




北斗拳法図鑑③

華山角抵戯

中国拳法打雷台の流れを組む、モンゴル相撲の源流ともなったと言われる拳法。

瞬時に筋肉を鋼鉄と化す事を極意とし、その奥義である華山鋼鎧呼法を使えば落とされた石柱を逆に砕き、刀剣を突き立てられても傷一つ付かなくなる。

作中では牙一族の族長・牙大王が使用し、かつてデスバトルのチャンプだった男の頭を頭突き二発で粉砕してみせるなど猛威を振るった。

北斗の拳のソシャゲが出た影響から、垂直ジャンプから強烈な頭突きを放つ『華山獄砲弾』。

3歩程ケンケンした後に反動をつけた頭突きを放つ『華山鐘鳴打』など、原作に無い技が増えている。
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