「幸田、ちょっと来てくれ。」ちょっとで済む訳がない。
○月〇日。
俺は、嫌な予感がした。
辻先輩からの電話だからだ。仕事中でも深夜でもかかってくる。
「幸田、ちょっと来てくれ。」ちょっとで済む訳がない。
所長に、先輩から聞いたあらましの話をしたら、「明日の予定は?」と所長に尋ねられた。
「堺市の案件です。」「お初か。花ヤン、頼むわ。」「はいはい。」
簡単に花ヤンに引き継ぎをして「すんませんね。」と言ったら、「断ったら、後が恐い先輩なにんやろ?」と聞かれ、思わず頷いた。
翌日、倉持と辻先輩の治療院に行くと、先輩は表で待っていた。
先輩は車に乗り込み、「十津川外科の向こうの喫茶またまたに行ってくれ。」と、まるでタクシーに乗った時みたいに言った。
喫茶またまた、って、マスターのセンス悪いな、と思っていたが、言ってみると、若い男の子がいた。
マスクをしている。目の前のコーヒーには手を付けていない。
「実は、この子は、隣の『吾妻アパート』の店子や。今年、予備校生になった。」
つまり、一浪か。
「先日来、よう咳をしていた。『吾妻アパート』の店子は、この子と、隣の煩いオバハンだけや。そのオバハンが結核やの百日咳やの煩く言うてくる。で、長く咳が続いているのも事実や。でも、風邪薬と咳止め、うがい薬、喉シュシュも使っている。そして、長江クリニックで風邪薬を処方して貰った。ここまではいいか?」
先輩は、その青年、岩谷と俺に同意を求めた。
青年も俺も頷いて、先輩は話を続けた。
「百日咳に違い無いから、病院に行け、って聞かへん。十津川先生に話してみたら、『病院病だな』って笑ってはった。たまにクリニック・診療所はろくな設備がないからちゃんと診ることが出来ない、って思い込んでいる人がいる。そういう人に限ってクリニック・診療所で受診しない。幸田も知っての通り、迷信というか、思い込みや。そらあ、全ての検査が出来る訳やない。でも、看板出して開業している以上、その診療科目には自信持って患者の診察をしている筈。大雑把に言えば、ベッド数でクリニックか病院か、おかみが決めるんや。」
俺は、藤島病院を思い浮かべた。今はクリニック体制やが、息子が帰って後を継いだら病院体制に戻るんや。
そこへ、岩谷の母親らしき女性が和服を着て現れた。
「すんません、先生。事情は分かったので、別のアパートを契約してきました。近所のオバハンらも口が悪い連中が多いから、吾妻さんとこが空いているから安直に引っ越しさせましたが、『クリニック』と『薬局』に挟まれたアパートに空き部屋があったから、契約してきました。先生のお話によると、幸田さんところの『顧問弁護士』さんは有名で有能な弁護士さんやそうで、もしもの時に興信所を通じて依頼しようと思います。それと、この子、体が弱い方で、はしかも百日咳も、子供の時の病気、一通り済んでます。そのお隣さん、耳が遠いせいか、この子の説明を聞き逃したようです。これからもよろしくお願いいたします。」
立って深々と礼をした母嫌に連れだって岩谷は出て行った。
呆然としている辻先輩に、昨日花ヤンに聞いた話をした。
花ヤンの母親の同級生は、自宅近くの『離れ』に『隔離』されていたそうだ。
肺結核は『不治の病』だったのだ、当時は。
文通していたが、音信が途絶えた。
法事が全部終ってから、家族から連絡が来た、寂しかった、と母は言っていたそうだ。
今は、肺結核でも治療薬も治療法もある。
マスコミは、肺結核であろうと、百日咳であろうと、怖がらせようと流行っている流行っていると囃したてる。コロニーの時の『甘い汁』が忘れられないのだろう。
岩谷に関しては結果オーライだ。立派な母親やないか。
先輩は、礼と詫びを同時に言い、歩いて帰った。
俺と倉持は、暫く休憩してから、興信所に戻った。
―完―
花ヤンの母親の同級生は、自宅近くの『離れ』に『隔離』されていたそうだ。
肺結核は『不治の病』だったのだ、当時は。
文通していたが、音信が途絶えた。