新・中年探偵幸田の日記   作:クライングフリーマン

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中年探偵は行く51~60

51.地蔵じまい

○月〇日。

俺は、鍼灸師で柔道整復師である、辻友紀乃治療院の前を通りかかった。

辻先輩は、茶道部の先輩だ。首根っこを掴まれたおれは、治療院に『連れ込まれ』た。

「幸田。私と10回セックスするのと、私の願い事を聞くのと、どっちにする?」

「願い事。」「まだ言うとらんやないか。」

「消去法で。」「何やと?」「えと。願い事を取るのは、俺が興信所調査員やからです。ご、ご用命は?」

先輩は、不承不承、俺を突き放した。そして、頼みもしないのに『治療』を始めて、話を続けた。

未だに不思議でしょうがない。なんで、こんなプロレスラーみたいな人が茶道部だったのか。あの時も、今のように茶道室に連れ込まれた。学園祭の時だった。そして、無理矢理部員にされた。

「まあ、いい。幸田。そこのカドの地蔵さん、知ってるな。」「はい。」「この間、西出のお婆ちゃん、死んだやろ?」「そうですね。」「亡くなったから、家もろとも壊してまえ!って話が出てるんや。もうじき地蔵盆やろ?本来は子供の為のお祭りやが。今は高齢者支えるお祭りや。発祥の地と言われる京都では派手にやって、子供に振る舞って、やけどな。」

「ようある話ですね。親族の相続争いですか。あそこは確か三角の変形の家で、土地付きの家として売っても、大した金にならへんって、扶桑不動産のオヤジが言うてましたね。」

「で、町内の老人会や。立派な祠も作っていつも祀ってるし、地蔵盆には、それなりに提灯とか飾って、集まってお茶飲んでワイワイやってるやんか。」

「先輩が、中に入って・・・。」「え?先輩の中に入って?真っ昼間に口説くなよ、幸田。」

「あ。間違いました。先見の明もあり知恵も人生経験も豊富な先輩が『仲裁』に入れば、話が纏まるんではないか、と。」

「幸田。」「はい。」「私は、あいつが嫌いやねん。」「あいつ・・・町内会長ですか。」

「私は仲裁に入られヘン。とにかく、皆の楽しみの地蔵さんを『地蔵じまい』するのは、可哀想や。可愛い後輩は、ちゃんと分かるよな。」「はい。」

「ほな、頼むで。」先輩は、衣服の乱れを直しながら、手を出した。

え?治療費取るの?ぼったくりバーみたいやな。

「ゆがみ直したから、6000円な。」

夕方。俺は仕方無く、横ヤンに頼んで随行して貰って、町内会長のところに行った。

「わかるよな、幸田さん。あんたもここに住んで長いんヤから。」

「取り敢えず、その、お婆ちゃんの親族の家行ってみますから、住所、知ってたら教えて下さい。」

町内会長は、すっと、紙片を出した。段取りええな。

翌日。倉持と一緒に、隣町に住んでいる長女の家に言った。

長女ではなく、長女の婿が言った。

「財産は3分の1が当たり前。不動産は簡単に分けられヘンから、売るしかない。地蔵さんは、お婆ちゃんの趣味。趣味は要らん。そうでしょ?」

「3分の1とは、限りませんよ。ウチは弁護士の先生と連携して仕事してますから。」

「はあ?」「いや、そやから、遺族で会議して決めるのが筋で、3分の1は義務やなく目安ですから。ちゃんと話し合って下さい。お地蔵さんは、燃えるゴミやないですよ。『地蔵じまい』するときは『供養』しないとイカンのですよ。」

「なんやと、偉そうに。帰れ!」

俺達は、長男のところに行った。

打って変わって、歓待された。「遺産分割協議書いうやつですか?司法書士の仕事ですよね。」「いえ。弁護士の先生でもいいんですよ。紹介しますか?」「はい。」

倉持は、早速、本庄先生に電話した。

「で、3人目のお子さんというのは?」「嫁に行った妹は、泉南市の方です。」

「先輩。明日なら先生、来てくれるそうです。」

「じゃ、取り敢えず、わたしの家に明日、お願いします。」

倉持は、またスマホに向かった。

あれやこれやで、妹も明日、この家に来ることになった。

そして、夕方。状況が一変した。

町内会の連中が、お地蔵さんの祠を掃除し始めた時、祠から、西出のお婆ちゃんの遺書が出てきたのだ。お婆ちゃんは急死したが、ちゃんと手を打っていた。

遺書には、『扶桑不動産に譲ります。お地蔵さんは、扶桑不動産が管理します。』と書いてあった。

詳しい事は、明日や。本庄先生に連絡したら、話は簡単やということやった。土地付きの家は、土地付き地蔵さん付きで不動産屋が売りに、あるいは賃貸に出す。

やるやないか、扶桑不動産のオヤジ。

町内会長も、辻先輩も安堵して、一件落着や。

倉持になんか奢ってやろうかな?

 

52.『眠り姫』

○月〇日。

待合ロビーにいると、病室に行っていた、イッチャンこと矢口一郎が帰って来た。

「どやった?」

「今日は、目が開いていました。台風の話をしましたが、分かっているのか分かっていないのか分からない。でも、私に反応してくれただけで充分です。」

矢口は、昔、俺が住んでいた所の隣のニイチャンで、今は立派な高齢者や。

俺は今でも、イッチャンって呼んでいる。

矢口のお母さんは、介護施設に長いこと入っていたが、コロニーのワクチンのせいだったのか、ずっと寝たきりだ。

俺は注射嫌いやから打たなかったけど、高齢者の死者や重症者には、ワクチンは強すぎたのではないだろうか?一時、子供にさえ打つのが当たり前みたいな風潮があった。

普通の飲み薬でも、子供や重要疾患がある患者は量を減らす。

何故「十把一絡げ」で同じ量を人数分打とうとするのか信じられへんかった。

藤島先生も辻先輩も、「気にせんでええんや。元気な大人は。」と言った。

国が認めたワクチンの副作用例は僅かに過ぎない。

金を払うのが嫌だから、国の『出納係』が。渋ちんやから。脳みそが「合わせ味噌」やから。ちょっと、言い過ぎたかな?

寝たきりのイッチャンのお母さんも辛いが、イッチャン自身も辛い。

「ダイエットしてへんのに、痩せたわ。」と、自嘲していた。

僅かな副作用例の裁判は、来年かららしい。

本庄先生は、「一度切り崩したら、案外脆い。前例主義の裁判官が多いから。まずはかつこと」とか言っていた。

イッチャンは、裁判で勝訴しても、認定されへんやろうな。何より、本人が望んでいない。

中津さんや大前さんと時々話すが、この国は、どんどん違う国に変わって行く。

イッチャンは、自分の分の会計を済まして、戻って来た。

イッチャンは足が悪い。腰も悪い。杖を突いている。

その内、ご先祖の墓参りも行けなくなるかも、と言っていた。

その時は、付いて行ってやる、と言っておいた。

今日も、俺のクルマで送迎や。病気のことはよう分からん。

俺の出来るのは、大してないんや。

イッチャン、頑張りや。『眠り姫』言うてたけど、目を開ける日もたまには、あるんや。

イッチャンは、「殺してくれ」と言われた時が一番ショックやったって言ってた。

俺の両親は、もうとっくにいない。俺がイッチャンの立場やったら、堪らんな。耐えられへんかも知れんな。

「ほな、イクで、イッチャン。」

俺は、ゆっくりクルマをスタートさせた。お互いに1分1秒を大切に生きる為に。

 

53.浮気

○月〇日。

「ちゃうねん、ちゃうねん。」

浮気がばれてしまった男は往生際が悪いと相場が決まっている。

俺と倉持が踏み込むと、正に、依頼者の大曲温子の夫と、その相手が『合体』した所だった。

倉持が、すかさず写真に撮る。それでも、男は言い訳で取り繕おうとした。

温子の顔は『大魔神』のように顔が憤怒モードに変身した。

温子は、部屋の隅にある、鏡台の椅子を足場にして、エアコンのコンセントを抜いた。

継いで、いつの間にか用意していたガムテープをガラス戸の隙間に滑り込ませた上で、錠にロックをかけ、ガムテープを貼り、俺達を引き連れて外に出て、ドアに体を押しつけながら、ドアの下方上方にガムテープを貼った。

仕上げに、ドアノブを壊した。

『地獄絵図』が完成した。

「倉持。裏口や。」

叫んだ俺は倉持と、裏口から、窓の方に回った。

必死でサウナ室の窓ガラスを壊して窓から出た、温子の夫と相手。

もう逃げる力も残っていないようだった。

最寄りの警察から戻った俺と倉町は、澄子の店で、アイス金時を食べた。

話を聞いていた澄子は、メモを始めた。

「俺は、浮気はせえへんで。」「分かるかいな。忘れんようにしよ。」

俺は、浮気している暇はない。知ってるやないか。毎晩、攻めて攻めて攻めまくるくせに。

ひょっとしたら、ワコのこと、浮気相手と疑ってるのかな?院長も辻先輩も盛んに煽るけど、あの男と違って、本能だけで生きてへんねん。理性、ちゅうもんがある、俺には。そもそも、そんなに精力ないがな。

スマホが鳴った。

本庄先生や。

「示談しないそうよ。前科があるしねえ。幸田さん達が踏み込んだ時は?」

「えと・・・熱愛中でした。それで、奥さん、カッとなって。」

「いえ。シミュレーションしていたそうよ。ガムテープ用意いていたのよね。」

「バッグから、ロープ、ナイフ、結束バンドも出てきたわ。」

「成程。それで、住所を教えてくれるだけでいい、って言ってたんですね。不審に思って、送ってあげますって言って、一緒に部屋に入ったんですよ。」

「前の浮気の時、誓約書交わして、私預かっているの。もう決まり。ご苦労様。」

スピーカーから漏れる声を聞いていた澄子は、何故か倉持にメモを渡した。

「何ですか、奥さん。」「保険や。」

報告に事務所に帰る、と言って、俺は倉持と店を出た。

事務所に戻った俺達の話を、所長、花ヤン、横ヤンが爆笑した。

「幸田は、エエ奥さんもろたな。」と南部が言うと、トイレから戻った総子が言った。

「呼んだ?」

 

54.追跡調査

○月〇日。

俺と倉持は、泉南市から戻った。

南部興信所宛に大阪府警から、山中渓で交通事故死した氷室兵助の友人達から証言を取るため、長距離だが、朝から出掛けていた。

「お帰り、あんた。倉持君。かき氷食べるか?」

俺達は、オーバーヒートした体を、かき氷で冷やした。

倉持は2杯も食べた。

「暑かったやろ?」「ああ。葬式やからなあ。夏の葬式はえらいわ。」

亡くなった人間がいれば、葬式に友人知人が集まる。

大阪府警が、何故調査が必要かと考えたか?事故を起こした現場は、山中渓。大阪府と和歌山県の県境だ。当然、山道だから事故は起こりやすい。

目撃したトラック運転手によれば、バイクは減速する様子がなかったという。

幸い、交通量は多くなかった。実は、事故の通報者は、トラックのウンちゃんや。

この道何年のドライバーやから、速度も目分量で測れる。

そっちは、最寄りの警察で聴取済みだが、事故車両に『細工』の後が見つかった。

エンジン近くに、何らかの『異物』が挟まれ、その異物の燃えた残骸が見つかったのだ。

異物のせいで、事故になったかどうかは分かり辛い。だが、ウンちゃんの証言から、ブレーキがかかりにくくなったのではないか?と疑われた。

俺達の仕事は、亡くなった氷室の人柄を聞き出して、話す人間に怪しいところがないか探すことだ。後は、警察がアリバイ調べをして、参考人として引っ張り出す。

案の定、倉持が聞き込んだ友人が怪しい人物らしき証言を聞き出した。

疑われるのを恐れる人間は、口数が多い。

俺は、すかさず、録音を開始した。一応違法行為だが、警察は『拾った情報』から、怪しさを選別する。

帰って来た俺達は、資料を急いで作り、府警に送った。紙の資料も提出するが、現物は後回しだ。

今は『時代はクラウド』や。

昼下がり、中途半端な時間になったから、『休憩』に、澄子の店に来た。

次の案件があれば、呼び出しが来る。

幸い、午後5時になっても、呼び出しは無かった。

倉持に送って貰い、俺と澄子はアパートに帰った。

所長に頼んではあるが、まだ『新居』は見つかっていない。

ここでもまあ、いいかな?とぼんやりしていると、冷房が強くなった。

どうやら、また澄子の「自称熱中症」か。

ドリンク剤を、帰宅後すぐに確認していた澄子は、冷えたドリンク剤を差し出した。

院長や辻先輩は、ワコとの不倫を勧めるが、無理!

無理!!無理!!

無理!!

無理!!

無理!!

無理!!

無理!!

無理!!

俺には淫魔の女房がいる。俺は「オスカマキリ」や。

俺は、ゆっくりと、ドリンク剤を飲み、差し出されたビタミン剤を胃に流し込んだ。

 

55.交通事故

○月〇日。

俺と倉持が興信所に帰る途中、交通事故を目撃した。交差点や。

トラック同士だった。黄色の点滅時に、俺達の真向かいのトラックが直進してきて、右側から走ってきたトラックがノンストップで突っ込んだ。真向かい側のトラックは横転した。

クルマの破片が飛んできたが、幸い俺も倉持も無事や。

倉持は、すぐに110番した。

横から突っ込んで来たトラックのドライバーが、頭から血を流しながら、やって来た。

「お前ら、見たか?」「見ましたよ。」「黙っとけ。」「はあ?」「事故は無かったんや。」

「はあ?」「お前、はあ?しか言えんのか?」「はあ?」

ドライバーは、俺達のナンバープレートを見てから、自分のトラックをバックさせようとした。だが、エンジンがかからない。かかっても、後続車があるから簡単には出られない。

俺は、横転した車が爆発する可能性を考えたが、こちらも渋滞で簡単にバック出来ない。

白バイがやって来た。

さっき脅した男は、自分は青信号になったから前進しようとしたら、邪魔なクルマが侵入してきたと言い出した。

俺は、ドラレコと繋がる録画機からメモリーを出して、白バイ警官に差し出した。

「なんや、幸田さんかいな。便利な世の中になったな。署でコピーしたら返すわな。事務所でええかな?」「はい。」

興信所で書類仕事していると、さっきの白バイ警官がやって来た。

定年前の白髪頭。ヘルメット取ったら、ただのお爺ちゃんや。

「ご苦労さんです。」と、所長は挨拶した。

「往生際が悪いワナア。あのドライバー、わしより年上やで。仕事優先。生活かかってる。それは分かるよー。でも、交通事故やんか。ドラレコの録画でも、はっきり分かる。信号機も映像の隅に映ってるしなあ。ほな。」

「前田さん。」「あ?」「もうじき定年ですな。ご苦労さんです。」所長は、更に頭を下げた。

前田巡査が出て行くと、「ほな。幸田、倉持。疲れたやろ。今日は帰ってええで。ドラレコがあるから、聞きに来ないと思うけど、聞きに来る場合もあるからな、よろしくな。」

午後4時半。

倉持に送って貰った俺は、事故のことを澄子に話した。

今日は、店は休みや。一時的に違いないが、米を買えなかったからや。「米が一袋もない」とマスコミは報道した。

単なる品切れや。転売ヤーも躍り出たやろうけど、備蓄米は幾らでもある。全国的な傾向で、災害時に路頭に迷う人がいないように、自治体で米その他の備蓄を持ち、シェルターに保存してるんや。何も知らんと思って、マスコミは、国民を舐めすぎや。

「平成の米騒動」というのがあった。1993年のことや。記録的な冷夏が原因やと言われている。 「大正の米騒動」と呼ばれる1918年の米騒動に対して、「平成の米騒動」とも呼ばれた。それで、「令和の米騒動」やと抜かしよる真凄み。

今“米が買えない”理由は、簡単に言うと『供給と需要のバランス』や。

この前も、台風が発生した途端にルート決めてわあわあ言うてた。台風はなあ、来てみんと分からんのや。知らんのか?学生時代、居眠りばっかりしとったんか。

地震騒ぎの時に「水の買いだめ」したように、皆が「米の買いだめしたからや。

吉本知事が、「米の流通が逼迫しているのなら、備蓄米の放出すべき」と国に言ったら、農水大臣は、「需要供給や価格に大きな影響が出る」と言って断ったそうや。農水大臣は嫌いやけど、今は「端境期」でもある。もう少し待てば、「新米」が出回るんや。

「米騒動が起きた」んやない。「米騒動起きてくれ」という真凄みの「煽り」や。水でも米でも備蓄は要る、覚悟も要る。でも、わしらは、真凄みの使用人やない。

ある人に寄れば、「高齢者の代替わり」で、一気に真凄みの「煽り運転」は出来なくなる。

免許返納は、お前らの方や!!

俺は、いつの間にか、日記を書いている内、うたた寝をしていた。

澄子が、そっとタオルケットをかけてくれた。

「澄子。ええ女房や。好きやで。」と寝ぼけたふりして寝言の演技をした。

澄子は、俺を襲わず、そっと離れた。

いつの間にか、眠っていた。

起きた時は、もう朝やった。

ええニオイで起きた。卵焼きや。俺は、誰もいない部屋で、そっと呟いた。

「澄子。ええ女房や。好きやで。」

 

56.ランドセル

○月〇日。

俺は、花ヤンこと花菱所員に頼まれて、心斎橋の百貨店にやって来た。

ジジババが、来年小学校に上がる孫のランドセル買う時期や。

「敬老の日」にかこつけて、皆自分の財布を締めて、ジジババをあてにする。

花ヤンの娘夫婦と、孫を連れて。

実は、俺の中学生の時の同級生が、ランドセルの売り場主任をやっているのだ。

詰まり、「身内割引」の為だ。ランドセルは、ピンからキリまである。

同級生の汐留は言った。「マネキンが背負ってるやつあるやろ?何体かある。それなら三割引に出来る。」

花ヤンの孫が選んだのは、可愛い女の子のマネキンの背負っている、薄紫のランドセルだった。俺と花ヤンは、胸をなで下ろした。

汐留は、さっさと、倉庫から包装済みの薄紫のランドセルを部下に運ばせ、花ヤンは財布から金を出して、精算した。

娘夫婦は満足げだった。

その時、けたたましい非常ベルが鳴った。煙が迫ってくる。

俺は、花ヤン一家と、外に避難した。

手ぶらなら避難活動を手伝ったのだが、今は無理や。

幸い、この百貨店には、屋上駐車場はない。

外で、火事を見守っていると、「きゃあ」と声がした。

花ヤンが怪我をしている。暴漢が、今買ったばかりのランドセルを奪って逃げたのだ。

丁度、駐車場ビル方面から倉持と横ヤンこと横山が走ってきた。

俺は、叫んだ。「横ヤン、倉持!ひったくりや!!」

2人はトオセンボをした後、素手で暴漢を捕まえた。

やって来た警察官に、俺は事情を話した。

「花菱先輩なら、軽傷のようです。ここはお任せ下さい。行ってやって下さい。」

警察官は、敬礼をした。思わず横ヤンが敬礼をしたので、俺と倉持もつい釣られて敬礼をした。

花ヤンの所に戻ると、ワコがいた。

「兄ちゃん。兄ちゃんのツレか?」「うん。」「丁度良かった。今、包帯買いだめしたとこや。」買いだめ?包帯不足してるんか?」「ちゃうちゃう。兄ちゃん、きゅうてんいちいち、覚えてる?そのセールや。」

何とまあ、商売人は、何でも商売にするなあ。

花ヤン一家を送って家に帰ると、包帯の箱の山があった。「何や、これ。」

「ワコちゃんがナア、暫く置かせてくれって。転売ヤーが買い占めしてるらしい。」

「ああ。それで・・・って、何でウチやねん。」「きょうだいみたいなもんやから、エエワナア、言うて。あの子、前から思ってたんやけど、変わってるなあ。」

「そう思うなら断れよ。」

今夜も悪夢を見そうな気がしたら、やはり夢の中に出てきた。

包帯だらけのワコが、「私、綺麗?」と言った。

飛び起きた澄子に俺は言った。

「明日な。病院に運ぶわ、包帯。」「うん。」

 

57.企業イジメ

○月〇日。

俺は、薬局で『歯のそうじ』を1ケース買ってきた。

「澄子。何とか記念って理由こじつけて、客に配ってくれ。」

「配るのはええけど、どうしたん?これ。」

「企業イジメや。三美さんが前に言ってたけど、那珂国はダークレインボーみたいな武装集団だけやなく、あらゆる手段で日本を配下におく為に工作してくる。蒲鉾屋の事件の時に言ウテたんや。今、小屋芝製薬は、『虹こうじ』で死者だしたって、叩かれている。今度は、『歯のそうじ』がオール日本歯科医師会の推薦から外されたことで、自主回収しろ、と厚労省が通達出して、『推薦』の文字がプリントされていないものを改めて販売することになったらしい。俺は『正義の味方』やろ?黙ってられへんねん。市内の薬局・ドラッグストア回って、テンバイヤーみたいなことして来た。でも、買い占めちゃうで。『救済』や。ネットで義憤を感じた人達は、ちょっとでも小屋芝製薬助けてやろう、って購買運動している。不買運動と逆や。宮田先生の事件も那珂国の策略や。陰謀言うたら、ぎゃあぎゃあ言う輩がおるから、『策略』か『戦略』なら問題ないやろ。」

「配るのもええけど、つまようじ立て、撤去するわ。替わりにこれ置く。使うわな、みんな。再発売されたら、よう売れるやろ。」

感動した俺は、店の戸締まりをして、澄子の手を引き、2階に上がり、ドリンク剤とビタミン剤を飲んだ。

澄子は、いやらしいランジェリーを引っ張りだして来た。

夜。後悔した。昼間から頑張り過ぎた。

明日、辻先輩のところに行こう。

嫌味たっぷり聞かされるやろうな。

調子こいて、『正義の味方』やて、柄にもないこと言うたな。

総子が知ったら、指さして笑うやろな。

まあ、ええわ。千里の道も一歩から、ローマは一日にしてならず、や。

 

58.押し売りセールス

○月〇日。

俺は、倉持と待ち構えていた。

インターホンが鳴った。

「〇〇社のモノですが。」

数分経って、男は、「では、お伺いします。」と言って、門扉を開け、ピッキングをして侵入した。

「〇〇社のモノですがって、言うたよな?」と、俺は優しく男に声をかけた。

「え?あ、いや、そのう・・・。」男が口籠もるのに倉持が追い打ちをかけた。

「今、ピッキングしたよね。」

「いや、開いてたよ。」倉持は、玄関天井の防犯カメラを指さした。

「下手な言い訳で取り繕える場合か!!」と俺は怒鳴った。

「はい、逮捕。現行犯ね。」道上刑事は、にっこり笑った。

道上刑事は、阿倍野署の窃盗係だ。横ヤンこと横山元刑事の後輩に当たる。

道上が困っているのを見かねた横ヤンが、「囮捜査」を提言したのだ。

俺達は「浮気調査」ということにすれば、どこにでも潜り込める。

警察が引き揚げた後、やって来た町内会長に俺は言った。

「回覧板、廻した方がいいと思いますよ。」

午後2時。南部興信所。所長室。

俺と倉持が帰って来ると、所長が「ええ、退職祝い貰ったって言ってたわ。ウチに誘ったたら、好きな囲碁でも打ちに行きますわ、って言ってた。」

「そうですか。少しは退職金増えますかね?」「少しは、な。ところで、幸田。あのクスリ、効くか?」「うーん、どちらかと言えば、前の方が良かったかも。」

倉持は、クビを傾げていた。

実は、所長と俺は、「実験」を兼ねて芦屋グループから「精力剤」のモニターという名目で提供を受けている。

お互い、嫁はんの「勢力」に追いつくのに難儀している。「精力」でなく、「勢力」である。

「ほな、前に戻すように言うとくわ。しかし、ウチはともかく、澄ちゃんは、産めるんか?」

「先生は、その内、妊娠促進剤もええものができるやろう、って笑ってましたけど。」

俺は、ワコが不倫したがっているのを報告しなかった。

ワコは、本気で「兄ちゃん、ウチが替わりに産んでもええんよ。里子に出したらええやん。」などと言う。

辻先輩が煽っているのだ。

「明日な。中津くんの手伝いに行ってくれ。花ヤンと一緒にな。」「ダークレインボー絡みですか?」「いや、浮気調査。昔の顧客に頼み込まれたらしい。ピンチヒッターやな。」

「了解しました。」

俺らは、何でも屋の探偵や。文句は言ワヘン。好きやんネン、この仕事。

 

59.三途の川

○月〇日。

俺は、倉持と依頼者との打ち合わせの帰りだった。

ある橋を渡る途中。靴を脱いで揃えて、橋の欄干、詰まり、手すりを乗り越えようとする男の姿が見えた。

「倉持、止めろ!」言うが早いか俺はドアを開け、落ちそうになる男にしがみついた。

ところが、勢い余って、男と一緒に落ちてしまった。

俺の耳元で泣いたり喚いたりするのが聞こえた。

「あんた!後のことは心配要らんで。生命保険10口かけてあるサカイに。」

「奥さん、私にも分けてな。妾やさかい。」

「あんた、幸田に、なんぼかけてあったんやっけ?」

「2000万やな。」「自社ビル建てられるな。」

俺は、何とか左手を動かそうとした。重い。

次に右手を動かそうとしたら、動いた!

深呼吸をした。肺が動いた気がした。

目が・・・重い。だが、何とか開けることが出来た。

色んな人間が俺を覗き込んでいた。

「先輩!気がつかれたんですね?」可愛い後輩である倉持の声だ。

「幸田。蘇生術使う必要なくなったな。生還おめでとう。」

辻先輩や。

「良かったな、幸田。お前が助けようとした男は運悪く川底の石に頭ぶつけて死んでもうた。」南部所長や。

「あんたは、悪運強いな。日頃の行い悪いのにな。」

面と向かって悪口言う、『社長夫人』の総子や。

何やら、下半身が濡れている気がして、体を少し起こすと澄子とワコが俺の脚に縋り付いて泣いていたようだった。

涙を拭いもせず、「あんた、お帰り。」「兄ちゃん、お帰り。」と2人は言った。

俺も目から水が出た。

院長が入って来た。

「儲け損なったって、病院で話せんといて・・・幸田、起きたか。三途の川、どんなんやった?点滴終ったら検査な。ワコ、CTの準備をしてくれ。」

ワコは頷いて、汚れたナース服のまま出て行った。

横ヤンと花ヤンが入って来た。

「幸田さん。明日の仕事は、わしらが引き受けるサカイな。」

「良かったな。生還出来て。」

5分ほど雑談した、南部興信所の面々は帰って行った。

「なんぼかけても、社員やサカイな。」

眠ったふりをした俺を後にして、所長が要らんことを言った。

俺は、倉持と横ヤンと花ヤン以外は信用せんことにした。

まさか、昨日の雨で橋の手すりの下にぬかるみがあったなんて・・・佐々ヤンにだけ報告しよう。ところで、俺はいつワコと不倫したんや?身に覚えがないが。

夢やと思いたかったが、点滴の針が妙に痛かった。

 

60.愛故に

○月〇日。

俺と倉持は、依頼人と一緒に亭主の浮気現場に踏み込んだ。

「ちゃうねん、ちゃうねん。」

「何がやー!!」激高した、依頼人の女性は、台所に走り、流しの下の扉を開けて出刃包丁を振りかざした。

阿吽の呼吸で、倉持は、依頼人を羽交い締めにした。

俺は、説得しながら依頼人の動きを封じ込めようとしている隙に、ハンカチを出して、包丁をハンカチで握って流しの下の扉裏の包丁差しに入れて、扉を閉めた。

「殺そうとしたな。殺人未遂やぞ。」凶器が消えたのを確認してから、亭主は叫んだ。

俺は、バッグからペットボトルを出して、依頼人の目の前に差し出した。

依頼人は、興奮しながらも反射的にペットボトルを受け取り、キャップを外して、中の水を一気飲みした。

「ほな、帰りますわ。」

俺は、録音していないICレコーダーの、録音スイッチを切る真似をした。

唖然としている男女を尻目に、俺は倉持を促して、外に出て、止めてあった自動車に乗った。

倉持が、ゆっくりとスタートさせた。

アパートの窓から男女は見ていた。

ペットボトルをキャップで蓋した依頼人は、「お金、払わないと。」と言い出した。

「経費で先払いして貰ってますやん。」と、俺は言い、依頼人に『おまじない』を教えた。

「グーチョキパー、グーチョキパー、グーチョキパー!!だい、じょう、ぶっ、だい、じょう、ぶっ、だい、じょう、ぶっ!!」

事務所に帰ると、横ヤンと花ヤンが帰っていた。

「ご苦労さん。今、EITOエンジェルズが捕まえた通称リー・康夫の追加調査から2人が帰ってきたとこや。横ヤン、済まんが、もう一度。」と、所長が言った。

「お安い御用で。リー・康夫の目の前で死んだ飛鳥吾郎は、『看護師の和田和子』というダイイングメッセージを遺した。『三つ子の魂百まで』、そそっかしいリーは看護師の和田和子に復讐を依頼したと思い込んだ。『調べ』で、正確なメッセージを再現させたら、『あいつ・・・看護師・・・小和田和子・・・頼む』やった。小和田の部分は、小学校の時に帰国したリーが日本の文化をあまり知らんかったから類推せずに『和田』と聞き違えた。花ヤンの方は外れやったが、大阪市内の病院で『小和田和子』という名前の看護師で、飛鳥と『交際』していた人がいた。飛鳥はリーに、『あいつらからまた虐められんように、看護師の小和田和子をよろしく頼む』と言いたかったんや。小和田さんは、仲間の看護師からイジメに遭っていた。入院していた飛鳥は、見るに見かねて庇った。それで交際が始まった。リーが飛鳥と親友になったのも、イジメから救ってくれたからやった。全てを知ったリーは、『償いが済んだら飛鳥の墓参りに行きます』と言って号泣したそうや。」

「ええ話やナア。」と、いつの間に『おかもち』を2つ持って立っていた、澄子は、横ヤンの持っていた写真を覗き込んだ。

「今日は、特別や。おでんの出前、頼んだ。」と、南部所長は得意げに言った。

「えらい別嬪やなあ。あの人みたいや。」

澄子は、早死にした、往年の女優の名前を出した。

皆、おでんを頬張りながら、頷いた。

―完―

 

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