新・中年探偵幸田の日記   作:クライングフリーマン

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中年探偵は行く71~80

71.統合失調症

○月〇日。

俺が、倉持と南部興信所に向かおうとしていたら、辻先輩からスマホに電話があった。

「幸田。助けてくれー!!知り合いの温水(ぬくみず)さんが殺される!!」

「先輩。今どこです?」「阿倍野や。温水さんは、大国町や。角の靴屋の裏手や。住所は〇〇〇〇・・・今、タクシーで向かってる。」

「分かりました。すぐ向かいます。」俺は、倉持に指示して車をターンさせた。

そして、所長に電話した。「分かった。案件は花ヤンと横ヤンに行かせる。」

俺達が現場に着くと、引越センターのトラックが家の前に駐車していて、次々とパソコンや周辺機器を運んでいる。

辻先輩が到着すると、泣きじゃくっている温水さんを一瞥して、引っ越しセンターの制服を着ずに作業していた男達4人を次々に投げ飛ばした。

「こいつら、無理矢理温水さんの私物を捨てに行く為に来たらしい。違法行為や。どこからパクって来たんや、お前ら。」と、投げ飛ばした相手に向き直って辻先輩は言った。

「おれら、バイトです。家の人からの依頼なんです。」

「家の人が泣いてるやないか。この人が依頼したんか?」

「どうやら、妹が依頼したみたいなんです、腹いせに。」と、温水さんが言った。

そこへ、所長の車が到着した。

花ヤン、横ヤン、本庄弁護士が乗っていた。

「見たところ、引っ越し屋みたいやが、こいつらが殺そうとしてたんか?」

「所長。案件は?」「日延べして貰った。花ヤンと横ヤンは元刑事やからな。見極めて貰おうと思った。」

「所長。よう出来てるけど、偽物のステッカー貼ってますな。これだけでも犯罪やな。」と、花ヤンが言った。

「取り敢えず、中に荷物を戻せ。」ものすごい形相に気圧されて、男達は、積み込んだ荷物を再び中に運び込んだ。

「府警に連絡したから、追っ付けくるでしょう。」と、横ヤンが言った。

温水さんに事情を聞いていた本庄弁護士は言った。

「運び終ったら、警察に移動ね。倉持君。裏口を見張って。」

倉持は、辻先輩と走って行った。

案の定、男達は逃亡を図ろうとしていたが、運び込む作業に集中した。

「温水さん、荷物チェックして。」と、辻先輩は指示して、一緒に中に入った。

さっきは気がつかなかったが、温水さんは、杖を突いていた。おまけに膝にサポーターを着けている。そうか。温水さんは、辻先輩のお客か。時々頼まれて『出張鍼灸マッサージ』をしている、以前に聞いたことがある。

1時間後。男達が連行して行かれる所に、件の妹が来た。

俺達は、温水さんと温水さんの妹から事情を聞いた。

「妹は、『統合失調症』なんです。」

「そうなんです、私、『統合失調症』なんです。兄が、ゴミ屋敷に拘るから『断捨離』を勧めたら、『俺の荷物や』と言い出して。この間、母が亡くなったから、あんたが死んだ時にウチらが困らんように荷物捨てといて、と言って聞かないから、ウチが手配して捨てに行かせようとしていたんです。」

「あんたの名前は?」と所長が尋ねると、「小久保久美子です。」と妹は答えた。

「あなたは、温水さんの同居人?代理人?共有財産として処分した場合も問題はあるけど、それは夫婦またはカップルの場合。お兄さんは、あなたに『生前贈与』したの?」と、本庄弁護士は尋ねた。

「いいえ、まだ・・・。」

「いいえ、まだ?温水さん、妹さんに『生前贈与』するって話したことあるの?」今度は辻先輩が尋ねた。

「すみません、行きすぎたかも知れんけど、『統合失調症』やサカイ。」

「どこで覚えたか知らんが、タダの嘘つきで我が儘なおんな、にしか見えんな。」我慢ならず、俺は言った。

「まあ、自分の事、『私は基地外です』って言う人はおらんナア。」と、横ヤンは言った。

「先生。このケースは・・・。」と所長が言いかけると、「量刑は免れないわね。辻さんの話によると、相続手続きの話でこじれていたそうだから。『我慢出来ない』という兆候は、統合失調症に見受けられるけど、あなたの場合は、充分『責任能力』がありそうね。南部さん。正式案件にして。検察官している友人に起訴して貰うわ。」

「了解しました。」と、所長は本庄弁護士に頭を下げた。

そこへ、所轄署の刑事が来た。

温水さんの妹は逮捕連行されていった。

「亡くなった母が、育て方間違えたって、よく言っていました。総化学の会に入ってから、余計におかしくなって・・・。父が生きている時から、父の財産や母の財産のことを言っていました。この家も・・・。この家は、亡くなった両親と私の名義でローン組んで購入したんです。母が亡くなった時にも、すぐに簡単に相続が済むと思っていたらしくて・・・。お恥ずかしい話です。明日は『しじゅうくにち』だというのに。」

温水さんに見送られて、辻先輩と俺達は家を出た。

辻先輩は、俺にも皆にも、ペコペコ頭を下げた。

帰りの車中、倉持は言った。

「やっぱり、辻さんは、幸田先輩のこと『恋愛感情』で好きなんですね。」

倉持の首を絞めるのは、明日にしよう。

 

72.逃げた国務大臣

○月〇日。

志田総理の頃の国務大臣、高道郁夫が殺されて、道頓堀川に浮かんだ。

今回は水門やない。「グ〇コ」の前や。

明け方、真っ暗な中、放り込んだらしい。

死後24時間。奴はどこにおったんやろう、それまで。

高道は、過去の贈収賄だけでなく、アメリカから『指名手配』される程の『ワル』で、この間まで行方知れずやった。

「あ。危ない。」と言って背中を押す奴がいた。

「危ない、って押してるやないか。ワコ。」

「なあ、兄ちゃん。いっぺんでエエから、私と『寝て』。」

タチの悪い冗談を平気で言う。ワコは、純粋やった・・・のは、子供の頃か。

「院長や辻先輩にまで泣きついたらしいけど、何がしたいんや。」

「せやから、妾にして、って言うてるやん!!」

「アホ!!往来で何ちゅうこと言うねん。」

俺は仕方無く、すぐそばのボウリング場に連れて行った。

「『構ってちゃん』病か?看護師のくせに。

1人で、玉を投げるワコを漫然と見ていたが、どうも1レーン置いたレーンの、お婆ちゃんの様子がおかしい。

「ワコ!中止や。診てくれ。」

ワコはボウルを置いて、移動し、自分のバッグから、非接触型体温計とパルスオキシメーター、血圧計を出した。

「兄ちゃん、救急車!!」

お婆ちゃんのツレはいなかった。

救急病院に搬送され、ストレッチャーの上で亡くなった。

俺は、持ち物のバッグからスマホやお名前カードを見付けて、家族に連絡した。

家族は一旦電話を切ったが、すぐに電話は鳴った。

「あなたは、誰ですか?」俺は手短に事情を話した。

医師にも看護師にも事情を話した。

「そうでしたか。偶然、近くでゲームをされていたんですね。外傷はないようです。昏倒されたのではないのですね?」「「ええ。玉を持とうとしたとき、そこにへたりこんだんです。」

「興信所の方と看護師さんなら守秘義務は守ってくれると思いますが、脳梗塞ですね。ご高齢だし、無理されたのでしょう。」

そこへ、息を荒くしながら、男が走って来た。

どこかで見たな、と思ったら、行方知れずの元国務大臣の高道郁夫に似ていた。

「あなた方が助けてくれたんですか?どこに行ったんだろうと探していたんです。介護施設から抜け出して・・・。」

「ひょっとしたら、元国務大臣とボウリングしたことがあるんですか?お母さまは。」

「ええ。ここがオープンした頃、来た事があるんです。それから数回来た事があったけど、兄も多忙でして・・・。」

元国務大臣の死亡に興味が無い訳ではないが、探偵としては、常識的に行動するしかない。

俺は、ワコを連れて病院を後にした。

いかん。タクシーの中で、猛烈に眠気が襲って来た。

「兄ちゃん、兄ちゃん、兄ちゃん、起きてよ。」

揺さぶられて起きると、タクシーの中の筈がボウリング場だった。

「お婆ちゃんは?」

「お婆ちゃん?私ばっかり投げて、おもんない。帰ろ。あ、ホテル行こう。」

周囲の人間が見ている。どんなカップルに俺達は映っているのやら。

こいつの行動は『天真爛漫』を越えている。

何か寒気がしてきた。

へっくしぃい!!

俺は派手なくしゃみをした。

風邪引いたかな?

 

73.架空請求詐欺2

○月〇日。

辻先輩からスマホに電話があった時、丁度俺は先輩の治療院の前だった。

「幸田。すぐ来い!!」

魔法のように現れた俺に辻先輩は要領よく事態を説明した。

俺は、瀬戸内さんのスマホを借りるとショートメールを確認、かかって来た電話の番号と、ショートメール内の電話の番号を確認。着信拒否設定をし、番号を控えた上で電話会社に電話し、スピーカーをオンにした。そして、事情を説明した。

「おっしゃる通りです。こちらから請求金額についてお電話することはありませんし、ショートメールを送ることもありません。着信拒否をされても、生年月日とお名前を伝えてしまっているので、違う電話からかかってくる場合もあります。今後は『登録番号』かどうかをまず確認することをお勧めします。番号をお教えいただき、ありがとうございました。」

俺が迅速に対応出来たのは、同様のケースが以前あったからだ。昔はガラケーに『ワン切り』があったが、本質的に同じだ。

敵は、『ランサムに番号を拵えるソフト』で『手当たり次第に』送って来る。

瀬戸内さん個人宛ではない。『折り返し』があることで、初めて『存在確認』をする。そして、カモ(瀬戸内さん)を追い詰める。

口座に残高があるかどうかは把握しておく癖を付け、登録番号以外は相手にしないことだ。

「まともな会社」は、まず書面を郵便で送ってくる。

座高不足なら、コンビニ振り込み用紙を送って来る。何らかの連絡も郵便が基本だ。

俺は、とうとうと瀬戸内さんに話した。

電話番号を変えるのが早道、という考え方もあるが、敵の術にかかれば同じだ。

俺は、自分の名刺と本庄先生の名刺を渡した。先生も、こういう事例は慣れている。

ふいに、先輩は言った。

「幸田、早かったな。」「先輩、谷口先生の墓参り行くから迎えに来いって言ったやないですかあ。」

谷口先生とは、高校の時の茶道部の顧問の先生だ。次の年忌はいつだったか忘れたが、毎年墓参りに行くことになっている。

「ごめんごめん。」先輩は、瀬戸内さんを帰すと、待っていた患者に言った。

「そういう訳や。大坪さん、7時に来て。それまでに帰るから。」

 

74.行政書士の災難

○月〇日。

辻先輩の紹介で「素行調査」を行った牧瀬雄三は、真面目な男だった。

雄三という名前だが、長男である。

先日、母親の雪路が亡くなり、四十九日法要も終り、遺産相続の会議が行われたが、雄三の姉の幸子の夫、梶田英介が依頼主である。

梶田が疑っているのは、牧瀬が母親の遺産になる通帳残高から、異常に使い込んでいるのでは?ということだった。

辻先輩には珍しく、「断ってもいいよ」と言ったのだが、すぐに理由は分かった。

梶田は、所謂「ギャンブル依存症」で、特にパチンコ狂いだった。

家人には、「もう止めた」と言っていたが、一度冷めたギャンブル熱は、コロニーのお陰で一気に盛り返した。

コロニーによる「引きこもり」「外出自粛」は、業界を一気に冷え込みさせ、「勝ちやすく」なったのだ。「釘が甘くなった」からだ。

一部のパチンコ依存症の者達は、ここぞとばかりに、感染リスクなどお構いなしに遊び儲けた。

夢は長く続かなかった。

コロニーが終ると、自然淘汰でパチンコの会社は倒産が相次ぎ、生き残った会社の店の「釘」甘くなくなった。早い話、梶谷は借金が出来ていた。

梶田は、出来るだけ多く嫁に相続させる為、預貯金の通帳チェックを行ったり、俺に調査依頼をしたりした。俺の調査で「付けいる隙」を見付ける積もりだった。

残念ながら、「品行方正」だった。もう仕事はリタイアしているが、質素に暮らし、親の介護をしていたのだ。

俺は、辻先輩を通じて、調査報告書を提出した。

牧瀬の要望で、親族会議が行われ、行政書士を招いて、「分割協議」が行われた。

梶田は、娘婿なので、参加出来ない。

行政書士を通じて遺産分割は行われた。

梶田は、幸子をなじった。「もっと貰える筈だろう?家だってあるんだろうが。」

「業者を呼んで、みて貰ったら、二束三文だったのよ、だから雄三のもののままにしたのよ。」

雄三は「法定相続人」であることは勿論、「成年後見人」だった。

一番の権利があるにも拘わらず雄三は、きょうだいに多めに相続させた。

にも関わらず、梶田は恨んだ。

幸子は第一子であり、自分の財産と幸子の財産は共有だから、という極めて「身勝手な」解釈の元、最後の打ち合わせをしている雄三と、行政書士三田前映子の前に現れ、ナイフで暴れた。

近所の人の報告で、梶田は現行犯逮捕された。

辻先輩からの連絡で知った俺は暗澹とした気分になった。

辻先輩の診療所からの帰り、運転している倉持が言った。

「先輩。隣の駅前に新しいお好み屋が出来たの知ってます?行ってみます?」

「いえーすう!!」

倉持は、いい後輩や。

ええ彼女見付けてやらんとな。ワコ以外で。

 

75.被害妄想殺人事件

○月〇日。

俺は、例によって倉持と共に依頼者を連れて「浮気現場」に踏み込んだ。

これは、南部興信所の伝統だ。

浮気相手を突き止めるだけでなく、依頼者が暴走しない為の処置だ。

場合によっては、刑事事件に発達する恐れがあるからだ。

離婚調停とかの話になれば、本庄弁護士を紹介して、紹介手数料を頂く。

踏み込んだ現場で俺達は異様な光景を目の当たりにした。

依頼者の本間美優は、その場でへたり込んだ。

何と、夫の柳助と、浮気相手は、口が『きなこ』まみれだった。

倉持が救急を呼ぼうとしたが、俺は「待て、倉持。警察呼べ。明らかに死んでる。」と言った。

やがて、所轄署から刑事と鑑識が来た。

俺は手短に事情を説明した。

本間の奥さんは異常に興奮しているので、倉持が懸命になだめている。

午後3時半。

今日は、もう仕事にならないから澄子の店に来た。

おやつだと言って出してきたのが、きなこ餅。

倉持は珍しく怯えた。

俺が事情を話すと、澄子はあっさり『きんつば』を出した。

きんつばと食べ、お茶を飲んでいると、スマホが鳴動した。

所轄署の刑事や。

「え?捕まった??で?????」

電話を切ると、俺は倉持と澄子に話してやった。

被疑者、いや、殺害犯人の引田宗佑は、アパートの隣の住人だった。ガイシャは、窒息死したのだ。大量のきなこで。

1浪中で、「受験ノイローゼ」だった。それは、引田の母親に連絡を取り、今取り調べ中だが、原因は明らかになった。

問題は、動機だ。

物事の『結果』には、『原因』と『理由』がある。原因が受験ノイローゼで、理由は動機だ。

引田のケータイから、それも判明した。『きなこに殺される』という『タイトル』の『フィッシングメール』だった。フィッシングメールとは、コンピュータのプログラムで特定多数の相手に送りつけ、「折り返し返信」した『さかな』を餌食にする、詐欺の手段ことだ。

興味を引くタイトルにして、丁寧な文章でURLを書き込んでいるのが特徴で、引田も『釣られた』クチだ。ところが、URLのアドレスはもう存在しなかった。

殺人事件を耳にしたのか。他にヤバイことがあって引き揚げたかは分からない。

だが、引田の精神錯乱に拍車をかけてしまったのが、そのメールだ。

引田は知っていた。きなこをスーパーで大量に買ってまで殺害した、隣人の女を。

その女の名は「希菜子」だった。

 

76.幻聴

○月〇日。

俺が所属している南部興信所は、浮気調査が多い。

専門ではないが、とにかく多い。

ある日、依頼人の魁(さきがけ)新子が、夫の太郎が、どうも浮気をしているらしいので、調査して欲しい、と訪れて来た。

「〇〇の紹介だ」と言われて、所長も俺も戸惑った。

そんな人知らん。

その日は、大体のことを聞いて、皆で過去の調査依頼を調べたが、見当たらない。

広告でも出していれば、」過去の実例なんかを見て勘違い思い込みもあるが・・・。

尾行も張り込みもしたが、「尻尾」は出てこなかった。

とにかく、数ヶ月経って、また依頼に来た。

前回は、「尾行に気づいて用心したが、今回は違う。」と、あるビルの名前を口にした。

テナントビルらしいが、日曜日、入って行って数時間かかって出てきた、という。

なんや、自分で尾行張り込みしているやないか、と思い要望を聞くと、「一緒に踏み込んで欲しい」と言ってきた。

そらきた。この要望はかなり多い。逃亡されたり、シラを切られたりすることがあるからだ。

裁判起こすにしても「第三者」が必要だ。

だから、規模が小さくても興信所に依頼してくる。

幸い、ウチは本庄弁護士事務所(個人事務所だが)と提携している。

本庄先生が動けなくても、お仲間を紹介してくれる。

俺は、快く引き受けて、約束の日時にその場所に倉持と共に依頼人と踏み込んだ・・・筈だったが、蛻の殻だった。

他のビルと間違えたのだろう、ということにして依頼人の魁を帰してから、不動産屋で来込みをした。

「あそこ?訳あり物件でね。こういうのは噂が定着してしまって、なかなか借りてくれへんのですよ。と、不動産会社の社長は言った。

帰り際、倉持が「幽霊の声でも聴いたんですかね、あの奥さん。」と言った。

「仮にそうでも、なんであの場所に行ったんや。」

俺は所長に確認して、取り敢えず依頼人の夫の魁太郎を張り込み、尾行した。

奥さんが尾行して突き止めたのが日曜日だし、魁太郎は市役所の職員だったから、土曜日に尾行をした。

魁は、午前中、バッティングセンターに行き、昼からフィットネスジムに行った。

夕方、散々「見切り品漁り」をしてスーパーから帰った魁は、日曜日は近くの公園までウォーキングをしていた。

一緒に歩く訳にも行かないから、双眼鏡での監視になった。

昼前に帰って来た魁は、どこにも出掛けなかった。

不発か。待てよ。

俺は、倉持と、マンションの魁太郎の部屋まで行くと、「早田」の表札が上がっていた。

え?

隣の部屋を廊下から見ると、表札が上がっていないが、明かりは点いている。

「倉持。郵便受け、見に行って来てくれ。」「了解しました。」

数分後、倉持は慌てて帰って来た。息を切らせている。

「先輩。五〇五号室の早田さんの隣の五〇六号室は、魁さんです。」

俺は、嫌な予感がして、鞄から「何でもない書類」を出してインターホンのチャイムを鳴らした。

「あ。奥さん。書類渡すのを忘れ・・・。失礼しました。」

出てきた女は魁新子ではなかった。

俺は、その晩、珍しく熱を出し、唸った。澄子は心配して言った。

「あんた、どうしたん?救急車呼ぼうか?」「いや、解熱剤出してくれ。」

俺は、コロニーが流行った頃入手した、「よく効く薬」を飲んだ。

翌朝。出勤した俺は、倉持と行ったマンションの話をした。

所長は、朝刊を俺に見せた。

「こいつのことか?」

記事には、魁新子が隣人の早田と出来ていると思い込んだ、新子の親友、高見圭子が2人を刺して、自らも自殺を図ったと書いてある。幸い、刺された2人は死ななかったが、「ただの隣人」だった。弁護団は、「心神耗弱」で争うと発表した。

俺の机の上には、高見圭子が書いたサインの着手金の領収書があった。

きつね・・・か。

 

77.へんこ

===============「鍼灸師辻友紀乃3」から続く=================

○月〇日。

俺が所属している南部興信所は、浮気調査が多い。

専門ではないが、とにかく多い。

だが、今回は違う。

俺と倉持は、『へんこ』のいる告別式に急いだ。

「へんこ」とは関西地方の方言で「頑固者、偏屈者」という意味である。

「偏屈たす頑固」と言う者もいる。

兎に角、回りが「手を焼く」人間のことだ。

俺は、例によって、辻先輩の命令で「パシリ」することになった。倉持も巻き込んで。

午後3時。大鳥大社近くの葬儀会館。

俺らは、滑り込みセーフになった。

来る道が、混んでいたからだ。

昨日で「三が日」が終ったから、混み出したのだ。

「家族葬ですが・・・。」という会館の職員に頼み込んで、俺達は記帳した上で、辻先輩に渡された香典を差し出し、焼香に参加した。

坊さんが帰った後、喪主である、『湯田さんの弟嫁』が引き留めた。

香典と名刺を確認した後、気色悪い程の笑みを浮かべて、俺に尋ねた。

「故人とどういうご関係で?」

「はい。ウチの所長が生前大変お世話になったそうで。『仕事のついでに』我々が代理で参りました。ご冥福をお祈りします。」

さっと礼をした俺は、釣られて礼をした倉持と車に急いだ。

「先輩。仕事のついで、って、どの案件です?」「言葉のアヤヤや。ゴーホーム!!」

俺は、辻先輩と所長に電話をした。

「これで、少しは浮かばれるかな?全員の名前、記帳したか?」「はい。所長夫人も足しておきました。」

「やっぱり金で動くんやな。あの『へんこ』は。『へんこ』皆、そうや。覚えとき、幸田。」

「はい。勉強になります。初詣逃したから、今宮の『えべっさん』行きますわ。」「ご苦労さん。」

2人とも上機嫌だった。

「不運」をぼやいてばかりだったそうだが、所長の言うとおり、湯田さんは浮かばれるやろう。『土壇場の幸運』や。

「あ、倉持。どこか途中でスーパー寄ってくれ。開いてるとこ少ないかもしれんが、『うどんの玉』切らしてるねん。」「了解しました。」

 

78.Web小説ライターの受難

○月〇日。

「Web小説ライター?」

「コンピュータで小説を書く小説やな。」と、俺の自宅に来た佐々ヤンこと佐々刑事は説明した。

「『モノカキ惨状日吉の日常』っていう日記風の小説を書いているらしい。ガイシャは鋤田公平。こっちの方がペンネーム。ネットではアカウント名って言うらしい。で、本名は鎌田吾平。幸田さん、鎌田さんの案件、覚えてます?名刺が現場にあったんやけど。」

佐々ヤンは、大阪府警テロ対策室に配属された刑事や。

他の案件なら、他の刑事が来る。佐々ヤンが言う『現場』は、『空堀通り商店街』を抜けた、古い『文化住宅』だった。

『文化住宅』とは、昔流行った『長屋風の二階建て住宅』だ。二階建ての家がブロック塀のようにくっついている。それぞれの家が二階建てで、アパートのように、一階と二階に別れている訳で無く、無論渡り廊下もない。

流行った頃は、便利な住宅と考えられたのだろう。当時は『文化包丁』などのように『文化』を着けると、格好よかったのだろう。今では、このタイプの建物を建てることは出来ない。火事になると、類焼間違いから建築基準法や消防法で禁止されたからだ。

二昔前、『地上げ屋』が横行した時、軒並み、このタイプの住宅が『強制的に土地転がし』するために、反社は狙い撃ちした。本庄先生によると、今年2025年に建築基準法の改正(施行)が予定されているらしい。

問題の鎌田さんは、『空堀通り商店街』振興会の委員長だった。

鎌田さんの普段の顔は知らなかったから、どこかの会社を定年退職しているに違いない年齢の人という認識だった。

で、俺の名刺を持っていたのは、興信所に依頼があったからだ。

去年の秋だったか、「どうもストーカーがいるらしい」と依頼してきたのだ。

確証がないと、警察は動かないからだ。

俺は、張り込みの結果、『ゴミ袋荒し』をしている、スーツの男に声をかけた。

予め、鎌田さんには、ゴミ袋に目印を付けさせていたのだ。

「生ゴミ、食べられるゴミは入っていないと思いますよ。」

「は?」「大体、捨てたゴミ、開いたらアカンでしょ。」

男は、「こういう者です。」と警察手帳を見せた。

「公安の刑事です。ご内聞に。」と名刺を渡してきた。

「そちらも、お仕事でしたか。」「ええ。不審者がうろついている、と住民から苦情が出ているようです。」

俺は、反射的に自分の名刺を出した。

男が立ち去った後、俺は念の為、警察に確認した。

その警察官は実在したが、その時間、出張ってはいなかった。

やられた、と俺は思った。

佐々ヤンが出した名刺は、その時のものだ。シリアルナンバーは打っていないが、前の取引先の印刷屋で印刷したものだ。

その後、鎌田さんから「あれきり気配がない。取り越し苦労だったかも。」と、電話があった。

取り越し苦労では無かった。やはり、狙われていたのだ。

捜査は、鎌田さんが交際していた?女が指名手配犯だった、元『赤〇派』の女だったことが分かっている。

「ついていない人生だった」とぼやいていた鎌田さんは、『悪い女』に捕まったのだ。

容疑者は上がっていないが、その女が仲間に殺された、と警察では見ている。

佐々ヤンは、『追捜査』で、俺が関係しているかどうかを確認しに来たのだ。

俺は、佐々ヤンに『モンタージュ』の依頼を受けた。

俺は、2つ返事で引き受けた。犯人が捕まれば、少しは鎌田さんも浮かばれるだろう。

「私、あんたを選んで良かったわ。」と、後ろから声が聞こえた。

俺の場合も、『捕まった』ことには違い無い。

―完―

※空堀商店街は、上町~松屋町にかけて東西に延びる800メートルほどの商店街です。

心斎橋から程近いエリアです。昭和20年から続く大阪の伝統あるレトロスポットと言われ、昔ながらの長屋や街並みの景色があり映画の舞台として何度も扱われた場所です。

さらにその雰囲気を生かした現代風のおしゃれなお店などもあり懐かしさや新鮮さを楽しめる空間になっています。

※撮影に使われた主な映画

堤真一さん主演の映画『プリンセストヨトミ』

市原隼人さん主演の映画『ボックス!』

芦田愛菜さん主演の『円卓 こっこ、ひと夏のイマジン』

八嶋智人さん主演『秋深き』など。

 

79.特殊詐欺の『パシリ』

○月〇日。

俺は、辻先輩の呼び出しに治療院を訪れた。

また、羽交い締めにされ、「私と100回セックスするのと・・・。」と言われかけ、思わず「願い事。」と叫んだ。

「まだ、言うてないやんか。」「言うてください、続きの台詞やなくて願い事。」

先輩は、お名前カードのコピーを出した。

「それで、保険効くんですよね。肩こり位やったら。」と言うから、「『同意書』ないと保険効かへん。整形外科紹介したるから、って言って十津川外科を紹介してあげたんや。ほなら、ブス、ブス、言いながら帰って行った。どない思う?」「先輩はブスやないですよ。」

「ありがとう。でも、そっちやない。あの軽さ。何か犯罪に関わってる気がする。カンやけど。」

「取り敢えず、十津川先生のとこへ聞きに行きますわ。」と言って、治療院を後にした。

十津川整形外科に着くまで、やりとりを聞いた倉持はずっと笑っていた。

「お前、笑うか運転するか、どっちかにせえよ。」「済みません、辻先生らしいな、と思って。学生で犯罪って言うと、まずはオレオレ詐欺、ですか。」

「そうやな。他の特殊詐欺の受け子かも知らんが。」

腕を組んで悩む間も無しに、十津川整形外科に到着した。

「辻さんから連絡あったよ。怪しいと言えば怪しいかなあ。肩こりが激しいから鍼灸に行ったら、保険が効かないって言われて来た、というから、レントゲン撮ったよ。特に異常は無かった。問診したとき、先週3回徹夜したって言うから、疲れやろうと、湿布剤と痛み止めとビタミン剤処方したよ。大人しそうな子やったけどなあ。鍼灸で保険治療するには『同意書』がいることを説明したら、じゃあ、『同意書』書いてくれ、と言うから、整形外科では書かないことになっている、と説明した。CTは?MRは?と言うから、そういうのは総合病院に行かないと、と説明すると、『縄張り激しいんですね』と言って、笑ってしまった。世間知らずには違い無いがねえ。」

十津川整形外科を後にして、俺達は一旦事務所に戻った。

「所長は、『マエ』があったよ。お名前カードと保険証のコピー、辻先生から届いたから、府警に転送したんや。未成年の頃、パシリで見張り役やったけど、また何かやらかす気かも知れん。府警二課から、応援行くまで張り込んでくれって言われた。」

「了解です。ヤサは?」「天下茶屋。頼むで。」

午後5時。

府警の刑事と交替して、俺達は引き揚げた。

午後8時。

特殊詐欺グループは現行犯逮捕。検挙された。

「犯罪は、甘い汁、か。」と、澄子は言った。

「再犯で、今度は成人してるから、『おいしいメシ』、大分食べんとあかんな。」

「おいしいメシ?」

「『クサイ飯』は差別やて。確かに、戦前戦後の刑務所やないからな。大目分離教のサハラかて、死ぬまで『おいしいメシ』食ってたらしい。我々の税金でな。でも、『別荘』には行きたくないな。」

「それにしても、辻先生の勘、鋭いな。」

「ああ。佐々ヤンから聞いたが、『捕まりたかった』らしい。それで、あちこちに現れた、ちゅうことや。再犯率高い、って一概に決めつけられへん。悪い仲間が誘いに来たり唆したりする場合もあるサカイな。」

「1本、つけよか。」「ああ、頼むわ。」

やりきれない気持ちの時は、アルコールに頼ることもある。

結婚前から、よう気がつくオンナや。待てよ。「初めて襲われた時・・・。」

俺はオカンを前に『悪寒』が走った。

 

80.VS暴走族

○月〇日。

倉持の運転している車で信号待ちをしていると、東大阪市側から走って来た、暴走族のバイクが5台、連なって走って来た。

遠くから、パトカーのサイレンが聞こえる。

交差点に進入してきた1台目を目がけて、つい飲み終えた缶コーヒーを投げた。

1台目は横転、他のバイクも玉突き事故。

パトカーが、連中を逮捕した後、1台目のリーダーが、こちらの車を撮影、写メを送った。

リーダーは、睨み付けるのではなく、薄ら笑いをして他の連中と連行されていった。

多分、スピード違反で、『鬼ごっこ』をしていて、こちらに『覚えていろ』と威嚇したのだろう。

数日後。午後3時。俺は長居公園近くを走っていた。

突如、東西から数十台のトラックと『箱乗り』して来た『ヤンキー』に囲まれた。

俺は、打ち合わせ通り、EITOの長波ホイッスルとやらを吹いた。

犬笛と同じ仕掛けだと、総子に説明されていたが、音が聞こえないとピンとこない。

やがて、『救援』がやって来た。

長い付き合いだが、初めての経験だった。

総子はEITOのユニフォームのまま、口上を述べた。

「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ。悪を倒せと我らを呼ぶ。参上!EITOエンジェルズ。満を持して。」

「エライ、特撮っぽいなあ。どっかで撮影してん・・・。」

サブリーダーは、後の言葉を告げることは出来なかった。

通称『胡椒弾』と呼ばれる玉が、専用の銃から撃たれたのだ。

EITOエンジェルズは、相手が拳銃を持った者がいるにも関わらず、棒で滅多打ちをした。

20分後。封鎖された、長居公園通りは、ヤンキーのお昼寝の場所になった。

間もなくパトカーが何台もやって来て、連中は逮捕連行されていった。

後で聞いた話だと、半グレの下部組織に入った、ヤンキーのグループの一掃作戦がEITOと警察で行われていた。

総子は、ドアをコンコンとノックした。

開けると、ニッと笑い、「お疲れさん。ご協力ありがとうございました。」と言った。

午後5時。南部興信所で俺は報告書を書いていた。

総子が帰って?来た。平服だ。

「倉持君の治療費。EITOが、って言うか、三美ネエが出してくれるって。」

倉持は、実は連中に闇討ちに遭ったのだ。

それで、俺は『囮』として行動していた。

俺は、総子を抱きしめたい気持ちにかられた。それだけ感謝している。

多分、EITOと警察を動かしたのは総子だ。

「さすが、芦屋グループやな。」

「お帰り。」後ろから声がした。澄子だった。

俺は、澄子を抱きしめた。子供を産めなくもええんや。総子を動かしたのは、きっと、澄子だ。

ふと、違和感を覚えた。

頭の上から息がかかっている。まさか!

夢だった。悪くない夢だ。

俺は、澄子にゆっくりと話をしだした。

―完―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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