機動戦艦ナデシコ The Blank of 3years Another story 作:ルーチェ
時は22世紀末、地球連合宇宙軍と「木星蜥蜴」と呼ばれた木星圏・ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家間反地球連合体(通称木連)のふたつの勢力は太陽系を舞台に激しい戦闘を繰り広げていた。
一方、火星の極冠には「ボソンジャンプ」と呼ばれる瞬間移動技術を制御する古代遺跡があった。
そのボソンジャンプを独占する者が太陽系を制する…というわけで、戦争の目的はいつしか遺跡の奪い合いとなっていった。
その中で登場したのが地球屈指の大企業・ネルガル重工によって開発された最新鋭戦艦「機動戦艦ナデシコ」である。
民間企業ながら火星の遺跡を独占しようというネルガルの野望によって就航したナデシコだったが、集められたクルーが「能力が一流なら人格は問わない」という人選であったものだから揃いも揃ったクセ者ばかり。
艦長を筆頭に軍やネルガルからの命令に従わず自分勝手なことばかりしていた。
火星極冠での戦闘でおとずれた最大のピンチでもネルガル・地球軍・木連のどこにも組せず「自分の居場所」であるナデシコを守ることを最優先した。
そして挙句の果てに遺跡の中枢部にあった演算ユニットを奪うとボソンジャンプさせてどこか宇宙の彼方へ飛ばしてしまった。
火星の遺跡を作った古代人の正体はいったい何者であったのか。
イネスさんが受け取った「プレート」には何が記録されているのか。
多くの謎を残したまま新たな物語が始まる。
それは俗に「蜥蜴戦争」と呼ばれる戦争の停戦直後、ボソンジャンプによってナデシコ艦内に現れた一人の人物によって幕は開けられた。
(ここは…どこ?)
ひんやりとした床の上に倒れていた私は上半身を起こして辺りを見回すと、そこは見知らぬ場所であった。
しかし馴染のある光景に良く似ている。
広い部屋にはテーブルとイスがいくつも置かれていて、かすかに料理の匂いがすることからここはどこかの食堂に違いない。
(食堂…みたいだけど、なんでこんな所にいるの? 確か私は…)
「そこで何やってるんだい?」
直前の記憶を手繰り寄せようとすると、突然背後から大きな声で呼びかけられた。
その声に驚き振り向くと、そこにいたのはコック姿の大柄の女性である。
床で座り込んでいる私を見下ろしながら彼女は言った。
「あんた、見かけない顔だね。誰なんだい?」
「私は…うっ…」
私はコック姿の女性に答えようとした瞬間、突然激しい頭痛に見舞われた。
頭の中を掻きまわされるような激痛に耐えられず、私は頭を抱えて床にうずくまってしまう。
(私は…誰? 名前? …わからない。ううん、それだけじゃない。何も思い出せない…)
自分が何者なのか、そしてなぜ見知らぬ場所にいるのかまったくわからない。
これまでの記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっているのだ。
「だ、大丈夫かい?」
私の様子がおかしいので、コック姿の女性は心配してしゃがみ込むと私の肩に手を置いた。
危害を加えようという気配はないので少し安心し、呼吸を整えてから彼女に尋ねた。
「は、はい…。ところでここはどこなんですか?」
「どこって…ここは戦艦の中さ。機動戦艦ナデシコの…」
「ナデシコ…?」
コック姿の女性はホウメイと名乗り、彼女は私を椅子に腰掛けさせると厨房へと戻って行く。
自分のことを思い出そうとすると激しい頭痛が起きるが、考えなければ収まるようだ。
そしてホウメイさんは水の入ったコップを持って戻って来てくれて、コップを私に差し出した。
「これ、飲めるかい?」
「はい。…美味しい」
冷たい水が喉を通り過ぎていくことで頭の中がスッキリし、コップの水を全部飲み干したところ人心地がついた。
「ありがとうございます。おかげさまでだいぶん楽になりました」
「それならよかったよ。ずいぶん苦しそうだったからねえ。…それで自分の名前やどこから来たのか思い出せたのかい?」
「いいえ、何も思い出せません。無理に思い出そうとすると頭痛に苛まれるんです」
「そうか…。でもこのままってわけにはいかないから艦長に報告しておくよ。いいね?」
「はい」
正体不明の人物 ── つまり私の存在がホウメイさんによってこの艦の“艦長”に伝えられ、それからすぐにさまざまな雰囲気の人物が食堂へと集まって来た。
食堂の隅で椅子に腰掛けて休ませてもらっていた私の周りを5人の男女が取り囲んで怪訝そうな目で眺めている。
しかしその中に艦長らしき人物はいないようだ。
「やれやれ、木連との戦闘もこれで落ち着くかと思ったらまた木連の侵入者ですか。困ったものです、ハア…」
眼鏡に髭をたくわえたの中年男性が迷惑そうな顔で言うと、これ見よがしに大きくため息を吐いた。
「でもそうとも限らないわよ。遺跡の演算ユニットが誰かさんのせいで宇宙の彼方に飛ばされ、アキト君は実験に協力してくれそうにない、となると…」
続いてショートヘアの若い女性が興味深げに私の顔を覗き込みながら言った。
「エリナさんも仕事熱心なお方ですねえ」
眼鏡の男性が嫌味っぽく言う。
どうやらこの若い女性の名はエリナというらしい。
「あなたは何からの形でナデシコのボソンジャンプに巻き込まれたみたいだけどこうして生きているんだからジャンパーとしての能力は十分あるってこと。だったらあなたには協力してもらうわよ。いいわね?」
「だめよ! 木連の人をあなたたちに好き勝手させないわ!」
エリナさんの言葉に反発するように可愛らしい少女が叫ぶ。
戦艦には似つかわしくない人物で、明らかに軍の関係者ではなく民間人だと思われる子だ。
「子供は黙っていなさい」
「でも木連の人を実験に付き合わせたのがばれたらマズいんじゃないですか? この場合は捕虜として扱うか遭難者として保護 ──」
「大丈夫。わかりっこないわよ」
青年士官が少女に味方するように加わるが、エリナさんに軽く却下されてしまう。
「でもぉ!」
少女は食い下がるが、それまでずっと黙って状況を見ていた大柄な男性が騒がしいメンバーを一喝した。
「静かに! これでは取調べができんだろうが! …さあ、君には私の質問に答えてもらおうか。君の名前は? 身分は? 所属は? どこから来た?」
大柄の男性が私を尋問する。
その屈強で強面の見た目以上に威圧的な態度に私は困惑するしかない。
「そんなに矢継ぎ早にいろいろ聞かないで下さい。私自身、どこの誰かわからないんです。名前も何もかも思い出せないんですから」
「思い出せない、だと?」
大柄な男性は私を睨みつけるように見る。
私の言葉を疑っているのだろう。
しかし私自身は正直に答えたくても何も覚えていないのだからどうしようもないのだ。
「…はい」
「仕方ない。ならば君の身柄を拘束させてもらおう。こちらへ来たまえ」
私は大柄な男性によって食堂の壁にかかっていた全身が映るほどの大きな鏡の前に連れて来られた。
鏡の中には白い詰襟の制服のような服を着ている自分の姿が写っている。
「これは…?」
「木星圏・ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家間反地球連合体、すなわち木連。それも優人部隊の軍服ですな」
眼鏡の男性が長い固有名詞を澱みなくすらすらと言った。
「木連…優人部隊…?」
なぜか懐かしいと感じられる響きの名称なのだが私は何も思い出すことはできなかった。
結局、私は独房に繋がれることになった。
これ以上尋問しても情報が得られないとわかってもらえたようで、放っておくこともできないからとひとまずどこかに監禁しておこうということらしい。
このナデシコが地球の戦艦で、私がその敵側の木連の人間ではないかと推測されるのであれば当然の措置である。
私も怪我はしていないが頭の中は混乱しており、一人でゆっくり休める場所を与えてもらえるのだからありがたいと思っているくらいだ。
今の状態であの個性豊かで騒がしい人たちにこれ以上付き合わされるのは勘弁願いたいので、どんな場所であっても早く休ませてもらいたい。
護送されている間、このナデシコという戦艦のクルーたちの会話によってそれぞれの名前が判明した。
大柄な男性はゴート、眼鏡の男性はプロスペクター、青年士官はジュン、少女はユキナ。
ユキナちゃんは木連の民間人ではあるが、事情があってナデシコに乗り込んでいるらしい。
だから木連の人間かもしれない私のことをエリナさんから必死になって守ろうとしたのだろう。
黙って歩いているだけでは状況がわからないままので、私は気になっていることを質問してみた。
「この艦は地球軍の戦艦だということですけど、戦争はどうなったんですか?」
「うーん、どうでしょうねぇ…。何しろまだ終わっていませんから」
プロスペクターさんが事も無げに言う。
「するとまだ戦争は続いているんですね。ではこの艦も軍事作戦中なんですか?」
「というよりも今の僕たちはもう地球軍の所属とは言えません」
ジュンさんがそう言うと、プロスペクターさんが付け加えた。
「ま、いわば裏切り者ですな」
「裏切り者? どういうことですか? もしかして木連側に寝返ったとか?」
「そんなことはありませんが…詳しくは艦長にお聞き下さい。すべてあの人が勝手にやっちゃったことなんですから。ハハハ…」
プロスペクターさんは苦笑する。
たしかに少なくとも今は戦闘中ではない。
仮に戦闘中であるなら艦内がこんなに静かであるはずはなく、彼らに戦闘中の緊張感や殺気立った気配はない。
それに軍人らしからぬキャラクターの人たちばかりで、軍艦でありながら軍人らしいのは今のところジュンさんしか見られず、それも軍服 ── 軍服とは断言できないが、それっぽい服装である ── を着ているからであって私服だったら軍人だとは思えない線の細い優しそうな人だ。
エリナさんは軍服を着ていても軍人というよりは研究者かビジネスウーマンの雰囲気が漂っている。
プロスペクターさんはどこかの会社事務所で電卓をたたいている経理担当の社員ぽいし、ゴートさんは軍人といっても最前線で戦う兵士というよりはシークレットサービスにでもいそうなタイプだ。
もちろん戦艦を動かすには大勢の人間が必要で、すべてのクルーが彼らのような軍人らしくない人ばかりではないと思うが。
不思議なことに自分に関するまったく記憶はないのだが、一般的な知識はあるようでそういったことだけはわかるみたいだ。
独房の前に到着するとゴートさんが頑丈な扉を開けた。
しばらく使われていなかったらしく中は少し湿った空気が溜まっていて明かりを点けても全体的に薄暗い。
居心地は決して良いものとは言えないが、ベッドとトイレさえ使えるならそれで十分だ。
「ここでしばらく待機していてもらおう。君に手荒な真似をするつもりなどないから心配しなくていい」
ゴートさんはそう言って扉を閉めるのだが、鍵はかけられなかった。
それが故意であって私を試しているのか、それとも逃げられないと高をくくっているのかわからないが、彼らはそのまま去ってしまったのだった。
手荒なことはしないと言っていたが、彼らの言いなりになっていて良いのかどうかいささか疑問が残る。
裏切り者だといってもこの艦のクルーは地球の人間で、私は敵である木連の人間らしい。
自分の名前すら覚えていない私を地球軍はどういう扱いをするのだろうか。
いちおう捕虜という立場になるのだろうが、地球側が戦時国際法を遵守するのであれば身の安全は保証されるはずである。
だがナデシコのクルーが個人的に木連を憎み、それを私に対してぶつけるという可能性はある。
なにしろ戦艦の中というある意味密室内のことであり、私がここにいること知っているのはナデシコのクルーのみ。
ならばクルー全員が結託すれば何をやっても闇に葬ることはできるのだ。
場合によっては私という捕虜ははじめからいなかったということにすれば済むこと。
さらにさっきのエリナさんの話だと私を何らかの実験の被検体にしようと考えている様子だったから、最悪の場合は死よりも辛い目に遭うことになるかもしれない。
しかし私が木連の人間だろうという根拠は優人部隊の白い制服のみで、仮にタダの民間人の私に何らかの理由で優人部隊の人間が貸してくれたものであったとしたら濡れ衣を着せられたということになる。
それで虐待されたらたまったものじゃない。
(このまま待機すべきか、それとも隙を見て逃げ出すか…)
もっとも逃げ出すとしてもここは敵の戦艦の中で味方はおらず、仮にこの独房から出てもどこへ行けばいいのかわからない状態だ。
自分の置かれている状況がわからず情報が皆無となれば下手に動かない方がいい。
私はベッドに身を横たえて身体を休ませることを優先することにした。
目を閉じてしばらくすると静かにと扉が開く音がして、人が中に入って来る気配を感じた。
私は素早くベッドから跳ね起きて侵入者に対して警戒態勢に入るが、相手がユキナちゃんだとわかって安堵したものだからすっと緊張が解けてしまった。
「ユキナちゃん…だったよね? どうしてここに?」
すると彼女は声を潜めて言う。
「何やってるのよ。開いてるんだから、早くここから逃げなさいよ」
「えっ?」
私は疑問の目で彼女を見た。
「いいから早く!」
私がぼやぼやしているものだから、イライラしてきたユキナちゃん。
彼女は私のためを思って逃げるように言うのだろうが、私には行くあてなどない。
「逃げてって言われても、どこへ行ったらいいか…。それにどうして私を逃がそうとするの?」
「これ以上木連の人を地球人の犠牲にはしたくないのよ」
「でも私はまだ木連の人間だと決まったわけじゃないんだから…」
「とにかく逃げなさいよ!」
「勝手にそんなことをされたら困るんだけどね」
「え?」
突然男性の声がして、声のした方に視線を向けると、そこには長髪のキザっぽい青年がいた。
パイロットスーツを着ているところを見ると機動兵器のパイロットだと思われる。
独房の出入口で扉に寄りかかりながら私たちの方を見ていた。
「げっ…」
ユキナちゃんはマズいところを見られたという顔になり、青年に対して睨みながら訊いた。
「何であんたがここにいるのよ?」
「何でって、ボソンジャンプで木連の軍人らしき侵入者が現れたとなれば興味を持つのが当然。エリナくんからここにいるって聞いて会いに来てみたのさ」
「あんたもこの人を実験に使おうっての? そんなこと、わたしが絶対に許さないから!」
「実験? ああ、たしかに実験に付き合ってもらえるならありがたいね。エリナくんはやる気満々だが、僕は嫌がる人間に強制したりはしないよ」
「ほんと?」
「もちろん。さっきの身のこなしを見ていれば常人ではないことはわかる。木連の優人部隊の人間ではないかという疑いはますます濃くなった。そうなると今後の木連との関係をこれ以上悪化させるのは馬鹿げている。下手に危害を加えたとなればいろいろ面倒なことになりそうだ。ネルガルも地球連合政府との関係を拗れさせたくないから捕虜の扱いには慎重を期す。だから君が心配するようなことはないから安心したまえ」
ユキナちゃんは疑いの眼差しで青年の顔を見ていたが、ここで騒ぎを起こしても無駄だということがわかったのか私を連れ出そうとすることは諦めたようだ。
「わかったわよ。でもこの人に何かしたら絶対に許さないんだからね」
そう言い残してユキナちゃんは独房を出て行った。
そして青年は彼女の背中を見送ると、今度は彼が入れ替わるように独房の中へと入って来る。
「自己紹介が遅れたね。僕はアカツキ・ナガレ、ネルガル重工の会長さ。よろしく」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします…」
奇妙な言い方だが、他に適切な言葉はない。
それに記憶がないのだから自己紹介だってできないのだ。
困惑する私に彼は続ける。
「さっきはああ言ったけど、エリナ君の提案、どう? 今の君には選択肢はふたつしかない。僕らと手を組むか、僕らの敵になるか。僕としては前者の方が賢い判断だと思うけどな」
「嫌がる人間に強制はしないけれど、私がやると言えば大喜びで実験に参加させるということですよね? 私の自由意思で参加するのなら何をやっても問題はない、と」
「その通り。話が早くて助かるよ」
アカツキさんはそう言うが、今の私は実験うんぬんよりも自分自身のことしか考えられないのだ。
「その実験内容が不明でなのに安易に答えは出せませんよ。それに自分が何者なのかわからないのに、他人の実験に協力するなんて精神的余裕はありません。この状態で ──」
そこまで答えたところで突然爆発音がして艦内が大きく揺れた。
アカツキさんがバランスを崩して壁に手をつくことで身体を支えるほどの激しい揺れであったが、私は無意識にその揺れに即対応して何事もなかったかのように立っている。
日常的に体幹を鍛えるトレーニングをしていたのかもしれないなどと考えていると、ブリッジからのアカツキさんの腕にある携帯端末に緊急通信が入った。
「敵木星蜥蜴、機影数十機確認。パイロットは各自戦闘配備について下さい」
オペレーターの声の主は少女のようだ。
この艦には軍人とはほど遠い感じのクルーが多い気がする。
これまで会った人たちは軍服を着た軍人よりも私服の民間人らしき人物の方が多かったし、捕虜であるはずの私への対応が滅茶苦茶だ。
そのうちに既に出撃していると思われるパイロットからの通信が入ってきた。
「どうしてこんな所に木連のメカがいるんだよ!」
「アキト、危ない!」
「それに、何だかこのメカたち動きが変だよ」
「くそっ、まるで動きが読めねえ!」
「嫁ない者は独り者…」
「アカツキさんも早く出撃して下さい」
パイロットも若い男女ばかりのようで、会話の内容を聞いていると戦闘中の軍人らしくない人もいる。
するとアカツキさんに声をかけられた。
「女子のみなさんも苦戦していることだし、出撃しますか。で、君も僕と一緒に行くかい?」
なんとも暢気な口ぶりだ。
敵襲だというのに慌てる気配がまったくない。
おまけに捕虜である私に一緒に行こうと誘っている。
本当にここは地球の戦艦の中なのだろうか、本気で戦争をしているのだろうかと疑問を抱いてしまうほどだ。
「どうして私があなたと出撃しなければならないんですか?」
「何がきっかけになって記憶が戻るかわからないじゃないか。君がパイロットなら戦場に飛び込めば何か思い出すかもしれないぜ。立派な木連の制服着てるんだから戦闘のひとつやふたつ平気だろ?」
記憶が戻るかも、と言わるとそうかもしれないと考えてしまう。
それに笑顔で「断ったら後でどうなるかわからないよ」といったオーラを出している彼にNOと言う度胸は私にはなかった。
(でもこれは千載一遇のチャンスかもしれない…)
私の脳裏にふとそんなことが浮かんだ。
艦内にいたら逃げることは不可能だが、機動兵器で宇宙空間に出てしまえば僅かでも可能性は生まれるだろう。
しかし彼の
つまり分の悪い賭けであり、仮に機動兵器を奪ってもどこへ行けばいいのかもわからないのだから、ここはおとなしく従っておいて心証を害することのないようにした方が賢いともいえる。
ただしここで弱気を見せてはなるまいと精一杯強がって見せた。
「わかりました、行きましょう。この艦内にいたらどう足掻いても逃げられないんだし、外に出てしまいさえすればこっちのもの。隙をみて機体を奪い、あなたを人質に逃げることもできますから」
「ハハハ、逃げられるものならやってみるといい。僕はそういう気概のある人間は嫌いじゃない。ますます君に興味が出てきたね」
こうして私はなりゆきで彼と行動を共にすることになったのだった。
私がアカツキさんと一緒に格納庫にやって来ると、そこでは整備班員たちが慌しく出撃の準備をしていた。
「おせ-ぞ、落ち目の会長さんよぉ! 女子のみなさんとラブラブなお二人さんはとっくに出撃したぞ。アンタも早くしねぇか!」
眼鏡をかけた中年のメカニックが大声でアカツキさんに声をかける。
「わかってますって。いくぞ、名無し君!」
アカツキさんに名無し君と呼ばれてしまった。
まあ私自身が名前も素性もわからないのだから便宜上仕方がないことだ。
すると眼鏡の中年メカニックが不機嫌な顔で私の顔を見ながらアカツキさんに訊く。
彼もまた不審人物である私のことを知っているようだ。
「こいつを連れて行くのか?」
「なんか面白そうなことになるんじゃないかと思ってね」
「おいおい、そんなどこの馬の骨かわかんねぇ奴をオレが整備したエステに乗せんじゃねぇよ」
「大丈夫だって。僕の腕を信用して任せてほしいな、ウリバタケ君」
「パイロットの腕の問題じゃなくて、オレは…って、おい待て会長さんよっ!」
ウリバタケというメカニックを無視してコックピットに乗り込むアカツキさん。
「ほら、君も早く乗りたまえ」
「は、はい! …それではお邪魔します」
私はウリバタケさんの冷ややかな視線を浴びつつ、パイロット席の後ろの人が一人入れるだけの狭いスペースにもぐり込んだ。
そこに戦闘中らしき女性パイロットからの通信が入る。
「おせーぞ、会長。こっちはオレたちに任せて、お前はアキトと艦長の方を頼む!」
「アキトさんはナデシコの真下で応戦中です」
「テンカワ機、完全に囲まれてます」
「了解!」
ブリッジのオペレーターたちの声に促されてアカツキ機は発進した。
アカツキさんはナデシコの真下の光点を目指して機体を加速させた。
ブリッジオペレーターによるとアキトという人がそこで苦戦しているらしい。
近づくにつれて光点は十数機のジョロやバッタに囲まれているエステバリスの姿となっていった。
「1時上方からジョロ1機接近!」
私はパイロット席の背もたれを抱えて前面を凝視していたのだが、ジョロの気配を察して無意識に声を上げてしまった。
「何 !?」
アカツキさんはその言葉に反応してエステを回避させ、間一髪でジョロの攻撃をかわす。
「君、どうしてそれを…?」
アカツキさんは驚いたという表情で振り返って私を見た。
しかし敵機はその1機だけではない。
「次は真下から1機!」
私の声にアカツキさんが即座に反応する。
「よし!」
アカツキさんは私の指示通りに動き、回避行動と攻撃行動を繰り返して次々に木連メカを撃破していった。
「すごいぞ、君。敵の動きを完全に見極めている。さすがに優人部隊の制服も伊達じゃない」
上機嫌なアカツキさんだが、その褒め言葉を素直に喜んでいる余裕なんてない。
「9時下方からバッタ2機来ます!」
多数の敵機の攻撃を受け劣勢だったエステバリス隊だが、アカツキ機が加わったことで形勢は一気に逆転した。
無人メカの群れを蹴散らして、あっという間に全機撃墜してしまったのだった。
結局、今回の戦闘は本格的な攻撃というのではなく宇宙にはぐれた木連無人メカたちの暴走ということで片づけられた。
ナデシコの被害がほぼゼロだったのは良かったのだが、私自身はまたひとつ謎が増えてしまった。
なぜ私は敵機の動きが手に取るように読めたのだろうか、と。
自分自身の生き残りたいという本能がそうさせたのだと思うが、誰にでもできる芸当ではないのは明らかだ。
少なくとも機動兵器のパイロットであったのだろうという確信を得てしまった。
私はまだ死ねない。
なぜなら私は自分が何者かもわからないままで死にたくはないのだから。
その強い気持ちが無意識にパイロットとしての能力を発揮させたに違いない。
これでますます私が木連の軍人であり、ナデシコのクルーたちの敵陣営の人間 ── 私自身は敵対する気はまったくないが ── である可能性が高まったことで捕虜として厳しく扱われることになるのだろうと考えながらアカツキ機のパイロット席の後ろで膝を抱えて座り込んだ。
そんな私に気づかず、格納庫に戻ったエステバリスからアカツキさんはさっさと一人で降りてしまう。
そして他のエステバリスも格納庫へと次々と帰還して、パイロットたちは自機を降りるとアカツキさんの周りに集まって来た。
外が騒がしいので私はコックピットに身を潜めて様子を窺うことにした。
「アカツキさん、さっきはすごかったですね…」
若い男性パイロットが尊敬の眼差しでアカツキさんを見ながら言う。
パイロットの中に男性は他にいないので、この人がアキトという人なのだろう。
「すごいって言うならコイツじゃなくてもう一人のヤツだろ」
するとボーイッシュな女性パイロットが訂正する。
「そうそう。僕は名無し君の言う通りにしてただけさ」
パイロットスーツではなく軍服を着た長い髪の若い女性士官がアカツキさんに訊いた。
「その名無しっていう人はどこにいるんですか?」
「それならここに…って。おや?」
アカツキさんは周りを見回す。
当然自分と一緒にコックピットを降りたと思っていたようだ。
私はずっと隠れているつもりはなく、あの騒がしいパイロットたちに取り囲まれたくはないという気持ちがあって状況が収拾するまでじっとしていようと考えただけである。
しかしこのまま隠れ続けることも不可能なようで覚悟を決めて降りようとした時、女性士官が通信機で誰かに呼びかけた。
「ルリちゃん、調べてくれる?」
「…オモイカネ、よろしく」
ルリと呼ばれた少女の声には聞き覚えがあった。
さっきのオペレーターの中の一人だと思われる。
やる気がなさそうというか、淡々としている抑揚のない声の主だ。
「オモイカネ」というのはナデシコの中枢コンピュータの名称らしく、検索を始めるとあっという間に答えが返ってきた。
「まだアカツキさんのエステバリスのコックピットの中にいます」
ルリちゃんの言葉に全員の視線がアカツキ機のコックピットに注がれた。
当然そこにいる私は発見されてしまう。
「もう逃げられないぜ。さあ、降りて来いよ。それともそれに乗って逃げて、僕たちと一戦やるかい? それはそれで面白そうなんだが」
アカツキさんにそう言われては下りるしかない。
私はコックピットから出るなり周りをエステバリスのパイロットたちに囲まれてしまった。
「これでみんな揃ったみたいだし、堅いことは抜きにしてお祝いでもしちゃいましょう。アカツキさん、名無しさんを頼みますね」
女性士官がアカツキさんにお願いなのか命令なのかわからない指示をする。
「はいはい、艦長。…だいたい僕はいつから名無し君のお守り役になったんだか」
「え? この人が艦長 !?」
想像もしていなかったことだったものだから私はつい叫んでしまった。
戦艦の艦長というには全然似つかわしくない若く可憐な女性だったからだ。
女性士官…いや、艦長が笑顔で答えた。
「はい。わたしがナデシコ艦長のミスマル・ユリカです。ブイ!」
そして私に向けて満面の笑みでユリカさんはVサインをするのだった。