機動戦艦ナデシコ The Blank of 3years Another story 作:ルーチェ
私たちの宿舎前に地球と木連の兵士たちが武装したまま、お互いを威嚇するかのように二手に分かれて歩哨に立っている。
いくら新地球連合の名のもとに協力して遺跡の謎を解明しようといっても、自分たちだけで独占したいという欲が地球・木連双方に僅かでもあれば相手のことを全面的に信用することができないのは当然だ。
哀しいことにこの”疑心”が争いを生むのである。
そしてそこには調査隊のトレーラー群が停まったままでいた。
ミナトさんの誘拐事件があっても作業は続けられていつでも出発できるよう準備は完了したのだが、事件の犯人に何らかの動きがないとこちらも動けない。
そこでゴートさんたちが調査に出ていて、私たちは彼らの報告を待っている。
荷物がすべて運び出されてしまい、がらんとしている室内では私の他にイネスさん、エリナさん、プロスペクターさん、ウリバタケさん、アカツキさん、高杉大尉が沈痛な面持ちをして座っていた。
「黒ずくめの忍び装束で怪しげな術を使うとくれば…木連秘密諜報部の特殊部隊の連中だな」
高杉大尉は犯人を木連、つまり同胞であることを確信しているようだ。
「高杉さん、そちらの方で調べがつきますかな?」
プロスペクターさんの問いに高杉大尉は首を横に振る。
「いえ、特殊部隊の存在は最重要機密になっていて、指揮系統どころかその存在すら書面化されておらんのです。いったい誰が背後で糸を引いていることやら…」
木連の軍人、それも優人部隊の人間である彼であっても軍の組織のことをすべて把握しているわけではない。
特殊部隊の存在は知っていてもそれ以上の情報は持っていないらしい。
続いてアカツキさんが言う。
「昨日の夜にあんなことがあった後だからな、イネスさんには護衛が十重二十重で手が出せない。そこで護衛の手薄なミナト君を狙ったんだろう。いや、別に彼女でなくとも簡単に連れ去ることができる人間なら誰でも良かったのかもしれないな」
「ナデシコクルーはお人好しぞろいだから、脅迫に屈してミナトさんと交換にイネスさんとデータを差し出すと踏んでるんでしょうね」
エリナさんがつけ加えた。
「まあ、そんなところだろう。…しかしそろそろ犯人から連絡が入ってもいい頃だが、そんな取引を地球側も木連側も認めるはずがない。なにせ遺跡の共同調査は和平交渉の鍵となる条項だからな。特に容疑者が木連の特殊部隊だろうってことになれば地球側が黙ってはいない。休戦条約なんて所詮口約束みたいなものだ。どっちも何かあれば相手に原因があると言っていつでも破る気満々だろうからな」
アカツキさんが難しい顔で腕を組みながら言うと、そんな彼に同調して高杉大尉も頷きながら言った。
「そう。だからお互いに相手の戦艦を稼働させないためにこっちの戦艦も稼働させないってことにしたわけさ。相手を殴ろうとしても手を封じられていれば殴れない。賢い判断だ」
そう…たしかに殴る手を持っているからお互いに相手をボコボコにしようとする。
つまり過去の戦争状態に逆戻りしてしまうということだ。
だけど本気で和平を願っているのなら相手を殴ろうとするだろうか?
平和よりも自分たちの利益の方が大事な連中にとっては相手よりも優位に立ちたいという欲求が抑えきれないのだろうと私は思いながら話を聞いていた。
「まあ、新地球連合のお偉いさんが取引を認めないといっても、ミナト君をこのままにしておくつもりはない。ここから先はゴート君たちが調査の結果次第かな」
「相変わらずですね。これだから旧ナデシコクルーのメンバーは軍や政府の幹部の人たちから睨まれているんですよ」
いくつもの命令違反を補填して余りある「結果」を出しているのがその旧ナデシコクルーなのである。
どんなに睨まれようが旧ナデシコクルーは痛くも痒くもなく、利用されているとしても逆にそれを利用して自分たちのためにやるべきことをやっているだけ。
旧ナデシコクルーの行いが目に余るものであっても「利益」を得ている以上は軍総司令部もネルガルとナデシコを罰することもできないし排除することもできないというのが現実であった。
だから私が少し嫌味っぽいことを言ってもアカツキさんは平然としている。
「別に何を言われようとかまわないさ。今さら地球や木連に逆らうのが恐くてナデシコクルーをやってられますか、ってね」
「ヘン…言うねえ」
アカツキさんの言葉を聞いて高杉大尉がにやにやしながら言う。
「私たちゃそれでいいんですが、高杉さんはどうなさいますか? なにせ木連代表団から直々に派遣されたという立場もおありですからねえ」
プロスペクターさんが高杉大尉の立場を心配するが、高杉大尉はにやりと笑いながら答えた。
「ここで逆らったら簀巻きにでもして放っぽり出そうってか? 心配はいらねえよ。休戦からこっち、オレは誰の味方でもねえ、“正義”の味方だからな。ヘッヘー」
「そりゃまた結構。…というわけで、こちらは意見の調整がついたんですが先生も協力していただけますかな?」
プロスペクターさんがそう言いながらイネスさんに向き直るが、彼女は私たちの会話に加わらずウリバタケさんとずっと話し込んでいた。
「イネスさん、イネスさん」
私はイネスさんに呼びかけるが、彼女は聞こえていないかのように無視する。
「聞いちゃいねえ」
呆れ顔の高杉大尉と私にアカツキさんが声をかける。
「君たち、あのモードに入っている時のイネスさんの邪魔はしない方がいいと思うよ」
「それじゃあ、どうしたらいいんですか?」
ミナトさんが攫われたというのにイネスさんもアカツキさんも心配しているという気配がない。
いくら旧ナデシコクルーが変わり者の集まりだといっても仲間の窮地にこの態度はないと思う。
ここは全員でミナトさんを助ける作戦を練るのが仲間だというのに。
「ここはイネスさん抜きで話し合いを続けましょう。彼女には本人のやりたいことをさせておくのがベターでしょう」
プロスペクターさんの言い分に納得したのかイネスさんは振り向きもせず返事した。
「そうよ、それが一番。誘拐事件に関してわたしにはどうすることもできないわ。だからわたしは今の自分にできることをしているの。冷たい人間だと思うのなら好きにしなさい」
イネスさんがそう返事をした。
「自分にできることをする…。たしかにイネスさんの言う通りですね。だとしたら私はあなたを信じるだけです。いえ、イネスさんだけでなく他のみなさんのことも私は信じています。だって今の私にできることはみなさんを信じることだけですから」
私がそう言うと、ようやくイネスさんはこちらを向いた。
そして微笑みながら言う。
「大丈夫。ミナトさんは無事に帰って来るわよ。だってこれだけのメンバーが揃ってるんだもの。ナデシコってメンバー全員が各方面のエキスパートの集まりなんだからどんなことだって不可能なんてことはないわ。…そしてわたしもみんなのことを信頼しているから、救出作戦の方は全面的にお任せしているの。それよりも夜も遅いから早く寝なさい。犯人からの連絡なんて待ってたらいつまで経っても出発できないから、明日は早朝に出発するわよ」
イネスさんの言い分はもっともで、その日は解散してそれぞれ自分の部屋に戻って眠ることにしたのだった。
なにしろ今できることは十分な睡眠をとって体調を万全にしておくことだけなのだから。
いつでも全力で戦えるように。
朝日を浴びながら荒涼とした火星の大地を疾走する大型トレーラー群。
周囲には護衛のための陸戦用エステバリスが数機走っており、その中にはリョーコさんたちパイロット3人組の機体もある。
さらに上空にはアキトさんの月面エステバリスが1機、陸戦用エステバリス隊にエネルギー供給を行いながら飛行している。
他にも木連からのジン・タイプ数機が同様に護衛にあたっていた。
旧ナデシコクルーの乗るトレーラーを運転しているのはアカツキさんで、隣にはプロスペクターさんと私が座っている。
後部貨物室にはたくさんの機材と一緒にイネスさん、エリナさん、ウリバタケさん、ユキナちゃんが乗っていて、他のメンバーはミナトさん捜索のため隠密行動または極秘任務で別行動しているためここにはいない。
何事もなければ車窓を流れる火星の荒涼とした光景でも楽しむことはできただろうが、ミナトさんが誘拐されたとなればそんな暢気な気持ちではいられない。
私はアカツキさんに声をかけた。
「結局、犯人からの連絡はありませんでしたね」
昨夜は犯人からの接触なく、待機していても無駄に時間を浪費するだけだというイネスさんの判断によって日が昇る前に私たちは出発していた。
私がそう言うとアカツキさんが運転をしながら言う。
「こうも派手に警備されちゃなあ、手の出しようがないさ」
「とはいえこうなることがわからないほど犯人もバカではないと思いたいですな」
プロスペクターさんはそう言うが、わかっているからこそ直接イネスさんを拉致するのではなくミナトさんを攫うという遠回りな作戦に打って出たのだ。
もしかしたら木連側は初日に地球側の過激派による拉致事件が失敗したことを知っていて、同じ轍は踏まないようにと護衛の手薄な人間を狙ったのかもしれない。
高杉大尉の話だと今回の犯人は木連の忍者部隊だということだが詳しいことがわからないので作戦の立てようもなく、ただ犯人が接触してくるのを待つしかないのだ。
「とりあえずは犯人の出方待ち、ですね」
「走り回ってるゴートさんたちには気の毒ですが、結局そーゆーことになるでしょうな」
3人でそんな話をしていると、私たちの会話に割り込むようにコミュニケのウィンドウが開いてウリバタケさんからの通信が入った。
「なんか用なの? ウリバタケ君」
アカツキさんが不機嫌そうに言うが、それ以上に不機嫌そうな面持ちでウリバタケさんが答える。
「あんたじゃないよ。イサミちゃんにだ」
「私にですか?」
「イネスさんが用事があるんだと。ちょいと後ろまで来てくれねえか?」
「はい、わかりました」
私はそう答えて後部貨物室に行くために席を立った。
貨物室は所狭しと研究機材が並べられ、ほとんどイネスさんの移動研究室と化している。
その中でイネスさんは私を待っていて、私がイネスさんの前に座ると彼女は唐突に訊いた。
「さっそくだけど…あなたのコミュニケ、今何時を指してるの?」
「えっと、太陽系標準時だと…今ちょうど時刻0013ですけど…」
私は自分の腕にあるコミュニケを見ながら答えた。
「そちらも3秒遅れか。…最後に時刻を合わせたのはいつだか覚えてる?」
「私はナデシコでユリカさんに貰ってから一度も触ってません。その時に時刻を合わせてくれたはずですけど」
「なるほど。だとすると狂っているのはやっぱりナデシコの時計だったってことね」
「どういうことですか?」
「ナデシコが最後にボソンジャンプをした時、時間がずれちゃったんですって」
ユキナちゃんが口を挟んだ。
するとエリナさんは少し苛立って言う。。
「でもナデシコってひどい時はボソンジャンプに8ヶ月もかかったことだってあったじゃない。3秒くらいなら大したことじゃないでしょ」
イネスさんたちの言うナデシコとはA艦のことで、最後のボソンジャンプとは私がナデシコの食堂に現れた時のジャンプのことを言っているらしい。
あれからずいぶん経つが、世の中の時間と比べて私たちの時間がたった3秒遅れたからといって大勢に影響はないと思われる。
しかしイネスさんの考えではそうとはいえないらしい。
「あま~い! 今回のずれには大変な問題が含まれているのよ」
と言った瞬間、イネスさんの背後にどこからともなくホワイトボードが現れた。
このホワイトボードというのはイネスさんが説明をする時に使用するもので「どこから現れるのか」などという疑問は持ってはいけないらしい。
私は姿勢を正して彼女の話を聞くことにした。
「ボソンジャンプが物体を素粒子レベルまで分解し、各種フェルミオンから時間を遡行するボソンに変換することで時間移動を行って、空間移動にかかった時間を相殺する、ということはもう知っているわよね?」
「はい」
私が素直に返事をすると、イネスさんは機嫌を良くして続ける。
「よろしい。この時間遡行ボソンにわたしは発見者の特権としてレトロスペクトと命名したの。ボソンジャンプをする場合、消失地点ではこのレトロスペクトが、そして出現地点では通常の様々なボソンが検出されるの。ではこれを見てちょうだい」
イネスさんは背後のホワイトボードにふたつのグラフを書いた。
どちらも二次元のグラフで釣鐘状の正規分布曲線を描いており、横軸は時間、縦軸はボソンの検出量を示している。
「左が通常のボソンジャンプ、右は前回のナデシコのボソンジャンプの時の記録のグラフよ。通常は消失点のレトロスペクトも出現地点の通常ボソンもこんなふうにボソンジャンプの瞬間に最大値となり、その前後では正規分布を記録するの。ところが…」
「ところが…?」
「右側のグラフを見てちょうだい。このボソンを示す青い線で示した山が右にずれ、もともと最大値を指していた時刻のところに鋭いピークが赤い線で示されているわね。前回のナデシコのボソンジャンプ時、消失時は通常通りなんだけど…」
「この山の部分が右にずれているのは、出現が3秒遅れたってことですよね? でもこの赤い急な線は何なんですか?」
「それは通常では出現点では観測されないはずのレトロスペクトなのよ」
「出現が遅れたから検出されたというのではないんですね」
「ええ。通常は時間にずれが生じても出現点にはレトロスペクトは観測されないはずなのよ」
「もー、で、それが観測されたからってなんだってのよー? 早く結論を言ってよ」
イネスさんの長い説明に辛抱できなくなったユキナちゃんがイライラしながら口を挟んだ。
「これはまだ仮説にすぎないんだけど、このレトロスペクトはナデシコが最初に出現した時刻を示しているんだと思うの…」
「最初に出現? それどーゆー意味?」
エリナさんもわけがわからないといった感じでイネスさんに訊く。
「つまり本当はあの時ナデシコはきちんと時間のずれなくジャンプに成功したんだけど、この2年の間に3秒、出現時間がずれたってこと。だからその時のパラドックスがレトロスペクトの形で検出されているのよ」
「てっ…ちょいとまち。じゃ、なにかい? オレたちの知らない間にボソンジャンプのずれが拡大しているってのかい?」
ウリバタケさんが事の大きさに気づき、慌てて立ち上がる。
そんな彼の様子を見てもイネスさんの態度は変わらない。
「そうなのよ。戦争中の木連軍のジャンプ記録もつき合わせて検証中なんだけど、まず間違いないわ」
「間違いないわ、って、そりゃ大変じゃねえかよ!」
「だから、何がどーしたってゆーのよ !?」
まだ状況がよくわからないユキナちゃんはますますいらつく。
「今はまだ秒単位だから派手なタイムパラドックスは起こっていないはずだけど、これが分単位で狂ってごらんなさい」
これまでの話を聞いていて私は背筋が寒くなってしまった。
「つまり今までの戦闘結果が大きく変わることだってありえるということですね。考えたくないことですけど」
「そう。ましてや時間単位で狂いだしたら本当に歴史の流れが変わっちゃうわ。もっとも変わったとたんにそちらの時間線にみんなそろって乗り換えちゃうから誰も気づかないでしょうけどね」
「それって…もしかしたらすごくやばくない?」
「めちゃくちゃヤバイ…」
ようやく理解できたユキナちゃんとウリバタケさんは青ざめた顔を見合わせた。
夕方になり、全車両は停止して調査団員たちはそれぞれ役割を分担して食事や宿泊のための設営を始めていた。
「なーんにもない砂漠を延々走って遺跡まで片道10日…まるでラリーにでも出てる気分だね」
ずっとトレーラーの運転をしていたアカツキさんが腰を擦りながら言う。
「結局のところ宇宙船で移動するよりコストも時間もかかっちゃいますしね」
私はカレーの大鍋をかき混ぜながら話につき合うことにした。
さらに洗ったばかりの野菜を運んで来たウリバタケさんも会話に加わる。
「そうそう。食料に車の部品、燃料その他諸々、往復と調査期間を合わせて1ヶ月分。運んでいるだけでも大騒ぎだぜ。だいたい水素エンジンのトレーラーなんて時代もの、よくこれだけ調達できたもんだ」
「政治っていうのは常に大いなる無駄の上に成り立っているのさ。それで両軍の指揮官が枕を高くして眠れるってのなら安いもんだ」
「よ、さすが大物政商。言うことが大人だね」
「ずいぶん落ち目ですけどね。なにせネルガルの株価は休戦以来いろんな問題が発覚したりなんだりで急降下。責任とって引退しろって重役や株主連中に迫られているんですものね、か・い・ちょ・う」
生野菜をカットしながらエリナさんが言う。
自分の上司に対してずいぶんと辛辣な口を利くものだから、私は苦笑してしまう。
プロスペクターさんもそうだが、ネルガル社員だというのに自分の雇用主に対して容赦がない。
それに対して怒らないアカツキさんは器の大きい人物なのか、または「多少人格に問題があっても能力のある人間」であれば大目に見ようということで諦めているのだろうか未だに不明だ。
しかしネルガル会長としていろいろ忙しいというのに調査隊の運転手などしていて問題はないのだろうかと私は疑問を抱いた。
「そんなに大変なのに、こんなことしていていいんですか?」
私がアカツさんに訊くと、彼は当然といった顔で答える。
「みんなナデシコの仲間じゃないか。何を水くさい」
「とか言って…どうせ追求逃れの時間稼ぎのついでに、地球と木連の両政府に恩を売っとこうって腹でしょ」
「あはは…。相変わらず鋭いねえ、エリナくん」
「どうせ女狐ですから」
アカツキさんとエリナさんの会話を聞いていて、私は疑問に思っていたことを口にしてみた。
「ずっと気になっていたんですけど、今はまだ和平交渉の最中だからお互い火星の大気圏内で相手の戦艦を稼動させたくない。地球と木連のお偉いさんたちの考えでは何かのきっかけで再び戦闘になることを恐れて戦艦を用いないことにしたんですよね? だったら移動には非武装の民間の商船を使えば問題なかったんじゃないでしょうか? たとえば地球側が用意した艦を木連側の人がチェックしてOKなら稼働させるというだけでなく、運用には双方の人間を同数程度乗せるとなれば問題はないと思うんですけど」
「…!」
私の話を聞いていたアカツキさんたちの表情が一気に強張った。
「それに戦艦はダメって言っておきながらエステバリスやジンは普通に使用している。それっておかしくないですか? 建前は第三者による敵襲に備えてってことですけど、地球と木連の間で万が一トラブルが生じたらまず機動兵器同士で戦闘になり、そのうちに戦艦を呼び寄せて本格的な戦争を再開してしまうと思うんですど、そこんところはどうなんでしょうね?」
「……」
「昨日の夜の話し合いの時に高杉大尉は相手を殴ろうとしても手を封じられていれば殴れないからと言っていましたが、本気で和平を願っているなら殴る手を持っていても話し合いで解決しようと努力するんじゃありませんか? だいたい相手のことを信用しきっていないから疑いの目で見てしまう。相手が出し抜こうとしているんじゃないか、って。それって自分たちがやろうとしているから相手もやるんじゃないかって考えてしまうわけで、こういうのを『狐と狸の化かし合い』って言うんでしょうかねえ」
「……」
誰も何も言葉を発しない。
(なんかマズいこと言ったかな? みんなの顔、ちょっと引き攣ってるカンジだけど…もしかしてみんなわかっていてもあえてそのことに触れないようにしていたのかも !?)
沈黙の意味は不明だが、そんなことを考える間もなくプロスペクターさんが割って入った。
「まあまあ、それはさておき、そろそろ食事にいたしましょう。みなさんもお腹が空いているでしょうから」
「そ、そうね。わたしはサラダの盛りつけをするわ。えっと…お皿はどこかしら?」
エリナさんはそう言って作業台の上を見回すと、そこに食器を抱えたユキナちゃんがやって来た。
そして作業台の上に皿を置く。
「食器、出してきたよー。よいしょっ。…あれ? なんか、お皿の間に封筒が挟まってる」
「どれどれ、ちょいと拝見…」
プロスペクターさんがひょいと手を伸ばして封筒を抜き取って封を開いた。
すると彼の周りに皆が集まって来る。
「なになに…我々が預かっている女の命を助けたければ、フレサンジュ博士と彼女が持つ遺跡のデータを引き渡せ。交換場所は追って指示する。…どうやら誘拐犯からのようですな」
「ええ~っ!」
驚きのあまり思わず声をあげてしまったユキナちゃんの口をウリバタケさんが塞ぐ。
「大声出しちゃダメだってば。オレたち以外は犯人との交渉なんか許す気ないんだから」
「いったい、いつの間に?」
私は疑問を抱いて訊くと、皆も同じことを考えていたのかうんうんと頷いている。
「チャンスはみんなが設営をしていたこの1時間程度の間しかなかったはずだ。しかも怪しまれずに僕らのトレーラーのそばに近づいて、この封筒を仕込めたとなると…」
「護衛や随行のスタッフの中に犯人の一味がまぎれ込んでいるってことね」
アカツキさんとエリナさんは物騒なことを言う。
(まさか私たちの中の誰かのことを疑っているの?)
私がそんなことを考えていると、トレーラーハウスの設営を終わらせた高杉大尉が戻って来た。
幸いなことに彼はこの騒ぎに何も気づいていないようだ。
「お疲れっす。…あれ? 食事、まだなんですか? けっこう腹減ってんですけど」
プロスペクターさんはすっと封筒を懐にしまいながら、その場を取りつくろうように言葉を発した。
「それはすみません。ちょうど味見をしていたところでして。誰かに高杉さんを呼んできてもらおうかと話していたんですよ」
「アハハ…そりゃ、ありがたい」
封筒の一件はひとまず誤魔化せたようだった。
「とりあえず、次の指示待ちだな」
「了解」
ウリバタケさんとアカツキさんがこっそりと合図をし合って散って行った。
(まさかみんなは高杉大尉を疑っているの? そんなはずはない。だってあの人はそんなことするような人じゃないもの)
そんな確信があった。
記憶はまだ戻っていないものの、私の高杉大尉に対する信頼は過去の経験によって心に中に深く刻みつけられているようだ。