機動戦艦ナデシコ The Blank of 3years Another story 作:ルーチェ
夕食後は消灯まで自由時間となっているため、私は自分の担当である食事の片付けを終わらせると高杉大尉の部屋を訪ねることにした。
調停会議の会場で再会 ── 私としては初対面の気分だが ── して以来、いろいろなことがありすぎてゆっくりと話をする時間がなかったからだ。
彼の部屋のドアをノックして声をかけた。
「高杉大尉、いらっしゃいますか?」
すると高杉大尉はすぐにドアを開けてくれた。
「おっ、イサミじゃないか? こんな時間にどうしたんだ?」
「高杉大尉にお尋ねしたいことがあるんですけど、よろしいですか?」
「そりゃかまわねえぜ。オレも話したいことがいっぱいあるからな。…っと、表へ出るか。夜分に男の部屋の中で二人きり、ってわけにはいかねえもんな」
木連の男性は女性に対して非常に紳士的だ。
生まれた時から男性は女性を大切にすべきであると教えられてきたのだから、それが身に沁みついていて自然と態度に表れる。
別に個室に男女が二人きりになったからといって彼が何かするわけではないが、第三者に知られて悪意のある噂でも流されたら彼の立場がなくなってしまう。
特に木連側から派遣されているという事情もあり、彼をトラブルに巻き込むわけにはいかない。
だから私たちはトレーラーハウスの外に出て、キャンプ地から少し離れた場所にある岩場まで行くとそこにある石に並んで腰掛けた。
「オレに聞きたいことって何だい?」
「まず先に私自身のことについてお話します。だいぶ深刻な話なんですけど聞いてください。人から聞いたことなので自分では実感が湧きませんが…」
私はまず自分がナデシコの中にボソンジャンプして現れた時からのことを話してから、続いてゲキガンシティで国分寺博士から聞かされた内容について話した。
自分が軍上層部と研究者たちによる極秘計画によって生まれ、育ち、優人部隊に配属になったことなど包み隠さず告白すると、高杉大尉は優人部隊の人間ですらまったく知らなかったその事実についてかなり衝撃を受けていたようだ。
彼の様子を見るとハヤトや私の身の上を知って悲しんだり怒りに身を震わせていたことは明らかで、個人的に言いたいことはあっただろうが最後まで黙って聞いてくれた。
「そうか…そういうことだったのか。お前やハヤトにそんな秘密があったとはな…」
「教えていただけますか? 兄のことや私が優人部隊にいた時のことを。私がどういう人間で、どのように生きていたかを…」
「ああ、いいぜ。だが俺はお前やハヤトとは別の部隊に所属していたから詳しいことはわからねえ。わかる範囲でなら全部話してやるよ」
高杉大尉は昔を懐かしむように、ゆっくりと語り始めた。
「まずお前の兄貴、ハヤトのことから話そうか。…ハヤトはオレたちより年下だったが、一本筋が通った考えを持っていてやることはしっかりしていた。パイロットとしての腕は超一流で、ベテランパイロットでも舌を巻くほどのものだった。また正義感が強くて曲がったことが大嫌い。そのせいで上官の理不尽な命令には絶対に従わず、何度も懲罰くらったりもしていたけどな。あいつは白鳥九十九少佐の直属の部下で、若いながらも少佐の右腕としてがんばっていた…」
「白鳥少佐って、あの…」
「ああ、そうだ。木連と地球との和平会談の際、凶弾に倒れた悲劇の英雄さ。ハヤトは少佐のことを心底慕っていた。だからその死を目の当たりにして、仲間の誰もが一時はあいつが少佐の後を追って死のうとするんじゃないかとさえ思ったくらいだ。しかしあいつはそんなに弱い男ではなかった。…ハヤトは少佐の死の真相を探ろうとしていたんだ」
「白鳥少佐の死の真相? それはどういうことなんですか?」
「表向きは少佐暗殺の犯人は地球側にあるとして発表されているが、一部の人間の間では犯人は身内にいるのではないかと囁かれていた。当時の木連の軍上層部の中には和平反対派が大勢いたからな。ハヤトは自分の敬愛していた少佐のためにも真実を明らかにしようとしたんだが、それが結果としてあいつ自身の不幸を招いてしまった。…ハヤトは殺されたんだ」
「殺されたですって !?」
私は大声で叫んでしまった。
しかし慌てて手で口を押さえる。
内容が内容だけに他の人に知られるのは避けなければならないと思った私は声を小さくして高杉大尉に訊いた。
周りに人がいないのは確認したが念のためだ。
「それって本当なんですか? 誰に殺されたっていうんですか? 証拠は?」
「確証はない。…しかしオレたちは草壁が命じたんだと睨んでいる」
「元木連最高責任者の草壁春樹中将ですね?」
「そうだ。なにしろ極右勢力の筆頭で、地球との徹底抗戦を掲げていたからな。先の白鳥九十九暗殺事件に関しても首謀者はあの男に間違いないと考えている。だがそれについても証拠がない。…ハヤトはその秘密を知ってしまったせいで殺されたんじゃないかとオレは思うんだ」
「でも兄は地球軍との戦闘中に戦死したと聞いていますが…」
「それは奴らが自分たちの都合のいいように言っているだけだ。報告書によるとジンで出撃したハヤトが操縦を誤って敵戦艦に激突したとされている。しかしあいつが操縦を誤ったりするもんか。ハヤトの操縦は白鳥少佐が太鼓判を押すほどのものだったんだぞ。だとすれば他に原因があると考えるのは当然だろ? あの後、誰かがジンに細工をして操縦不能にしたんじゃないかと噂されていたんだが、その噂は草壁によって握り潰された」
「そんな…」
「それからしばらくして、オレたちの起こした『熱血クーデター』により草壁は失脚した。その後のあの男の行方はわからない。事件の真相も闇の中というわけだ」
「……」
真実は私とハヤトにとってあまりにも残酷なものであった。
この世に生み出された時点で私たち兄妹は戦争の道具として利用され、都合が悪くなれば簡単に切り捨てられる「物」でしかなかったのだ。
ゲキガンシティでレツが酷い目に遭ったことに対して私は人を人と思わない非道が行われたと憤慨したが、ハヤトはそれ以上に辛く哀しい思いをしただけでなく命まで奪われてしまった。
ハヤトのことを思うと哀しくて私の瞳からは涙が止めどもなく流れ落ち、高杉大尉は自分ポケットからハンカチを取り出して私に差し出した。
「拭けよ。女が泣いてる姿なんて見たくねえからよ。理由がどうであれ女を泣かすなんてオレは木連の男失格だぜ。…しっかしお前が女だったとはなぁ。お前に初めて会った時、想像もつかなかったぜ。どう考えたって女が軍人、それも優人部隊に入るなんて信じられねえもんな」
高杉大尉のハンカチで涙をぬぐいながら私は顔を上げた。
「すみません、木連優人部隊の戦士だった私が泣いたりして…」
「謝ることはないさ。誰だって泣く時はある。家族のため…友のため…そのために泣くのは恥ずかしいことじゃない。オレだって戦友の死に何度も涙したこともある。ハヤトも白鳥少佐が死んだことで人目も憚らず号泣していたくらいだ。だから兄貴のことで泣くお前は心の優しい人間で、それを後ろめたいと思うことはない」
彼は優しく私の肩を抱いた。
そんな彼に私は兄の姿を重ねて顔を見つめると、彼は慌てて私から視線を逸らせる。
「どうかしましたか?」
「い、いや…なんでもない。それより、次はお前が優人部隊にいた時のことを話そうか」
「はい、お願いします」
高杉大尉は昔を懐かしむように遠い目をして話をしてくれた。
「ハヤトが死んだことでオレたちは深い哀しみに沈んだ。そんなオレたちを救ったのはお前の存在だった。実の兄を失ったお前が一番辛いというのに、お前は健気に振舞っていたよ。事あるごとに他の部隊の連中にもその笑顔を振りまいて元気づけていた。ハヤトは人懐っこくてみんなに人気があったから、あいつが帰って来たようだと誰もが喜んだ。顔だけじゃなくて性格も良く似ていたな。正義感が強くて、少し寂しがりやで、どんなことでも一生懸命だった。ひとつ違っていたのは…ハヤトは無鉄砲なところがあったが、お前はとにかく慎重だった。そういやぁ、自分の乗るジンの整備にも加わったりして、整備班の連中とも仲が良かったなあ」
高杉大尉の話を聞いているとそれが自分の身体に吸収されていくような感覚に陥った。
彼の言葉のひとつひとつが私という人間を構成するパーツとなり、早乙女イサミという人間を取り戻していく感じが心地良い。
国分寺博士に事実を告げられた時とは違い、私を一人の人間として、仲間として受け入れてくれていた人の言葉だからだろう。
「あの“都市”での戦闘の時、お前もオレたちと一緒にジンで出撃した。それがお前の初陣だ。そんでナデシコが遺跡の内部からコアを積み込んで跳躍しようとした時、辺りは真っ白い光に包まれた。ナデシコが消えた後、お前のジンが突然地上に落下して何事かと思ったオレたちもすぐ地上に降りた。それで通信しても何の返事もない。だいたいお前のジンは戦闘をしていなかったから無傷だったし、お前が自ら整備に加わったジンが故障をするとは考えられない。だからお前が急病かなんかで操縦できなくなったんじゃないかって、無理やりハッチを引き剝がしてコックピットを覗いたところ、お前の姿はどこにもなかった。まさかナデシコの中に飛んでいたとは思いもよらなかったよ。とにかくあの時はみんなが悲しんだ。特に月臣少佐の落ち込みようはハンパじゃなかったぜ。お前は少佐の直属の部下だったし、若手の中で一番期待をかけていたんじゃないかな。初めのうちはそうでもなかったが、ある時期からいつも一緒に行動していたし。オレたちは冗談半分にお前のことを小姓だとかお稚児さんだとかからかうと真面目なお前は顔を真っ赤にして怒ったものだった。あの時点で月臣少佐がお前のことを女だって知っていたのかどうかわからないが、あの人は特定の人間に対して情をかけるような人じゃないから不思議だったよ」
「そういえば会議の時やレセプションの時、月臣少佐の私を見る目が他の人と少し違っていたような気がしていたんです。私は少佐にとって単なる部下ではなく特別に目をかけてくれていたからなのかもしれませんね。あの時はそんなことひと言も言ってなかったから、わかりませんでした」
「少佐は元々そういう人だからな。生来寡黙な上に親友の白鳥少佐が死んでからは特に口数が少なくなったような気がする。…そしてお前が行方不明になってしまったものだから、しばらくは放心状態になっていたっけ。そしてそれからのあの人の落ち込みようは半端じゃなかった。ま、親友の白鳥少佐にあんなことがあったすぐ後にお前までいなくなったんだから仕方がねえかもな。…そう言えば何日かしてようやく自分の部屋から出て来た時の月臣少佐の様子はいつもと違っていた。多少衰弱はしていたが目の奥に何かを決意したってカンジの輝きがあった。それからまもなくあの人や秋山大佐を中心としてオレたちはクーデターを起こしたんだ。今にして思うとあの時の熱意は正義のためというよりも草壁個人に対する恨みを晴らしたかったからなんだろうな」
「そうですか。…ところで、高杉大尉はこれについて知っていることはありませんか?」
私は例のペンダントを首から外して高杉大尉に渡す。
それを受け取った彼は裏面に刻まれた文句を読み驚いた。
「これ…って、恋人からのプレゼントじゃないのかぁ !?」
私は顔を赤くして小声で言った。
「たぶん…」
「驚いたな。…ということは、相手はどこの誰かわからねえが、お前のことを女だって知っていたってことじゃないか」
「そうなんです。だからその人のことが知りたい。心当たりはありませんか?」
「いや…残念ながら…」
「そうですか…」
高杉大尉からペンダントを返してもらうと私は首にかけた。
それを見た彼は場の雰囲気を明るくしようと冗談ぽく言う。
「でもお前が女だって知ってたら、オレはもっといいもんをプレゼントしてたぜ」
「本当ですか?」
「もちろん。お前は素直ないいコだったからな。今でもそれは変わっちゃいねえ。…今からでもオレにチャンスはあるのかな?」
「今からでも」以降は声が小さく、呟くような感じだったので聞き取れなかった。
「えっ? 今からでも、何ですか? よく聞こえなかったんですけど」
「な、何でもねえよ。気にすんな。 …それより、イサミ。この調査が終わったらどうすんだ? やっぱり地球に戻るのか?」
「ええ。木連に私の居場所はありません。仮に帰っても極右勢力の人間に見つかりでもしたらヤツラに利用されるだけで、ゲキガンシティでの二の舞は御免です。…今の私にとって帰る場所はナデシコ。ナデシコが私の家で、そこには家族同様の人たちがいるんです」
「そうか…。いい仲間にめぐり会えたんだな、イサミ」
「はい」
「ずいぶん冷えてきたようだ、そろそろ部屋に戻った方がいいぞ。明日も朝早く出発するってことだからもう寝た方がいい」
「はい、わかりました。おやすみなさい。いろいろお話して下さってありがとうございました」
私は一人で自分の部屋のあるトレーラーに戻って行った。
(戻ったらできるだけ早いうちに月臣少佐と話をする機会を作らなきゃ。直属の上司だったのだから、もっと詳しいことを知ることができるかもしれないもの)
その夜、私は夢を見た。
夢の中の私は白いワンピースを着ていて、その隣には優人部隊の白い制服を着ている男性がいる。
しかし顔の部分だけ白い靄のようなものがかかっていて、そのせいで誰なのかまではわからない。
(ハヤト兄さん…? そうよね、私が女性の姿でいても驚いていないみたいだもの。…温かくて力強い手が私の手を握ってくれている。ああ、なんだか落ち着く…)
場所はどこかわからないが私とその男性は二人きりで歩いていて、その足元はなんとなくフワフワしている感じがする。
(あ…これは夢ね。うん、夢でもいい。兄さんに会えるのならどんな形だってかまわない。今、すごく幸せだから…)
私はその男性に語りかけた。
「私、たくさん話したいことがあるんです。兄さんが死んでしまった後、兄さんの代わりに優人部隊に配属されて、戦闘中にボソンジャンプしてしまったんです。それが地球のナデシコって戦艦で、ジャンプのせいだと思うんですけど記憶を失くしてしまいました。いろいろありましたが今ではナデシコのみんなと楽しくやっています。だから心配しないでくださいね」
すると顔はわからないままだが口元だけが微かに見えて、僅かだが微笑んでくれたように感じた。
(兄さんが安心してくれたならそれでいい。でも叶うなら兄さんのことも聞かせてもらいたいな…)
しかしその姿は次第に白い靄のようなものに包まれて見えなくなってしまう。
繋いでいた手もいつの間にか離れてしまっていた。
「あっ…消えないで!」
私はそう叫ぶが男性の姿は完全に消えてしまい、夢の世界から現実世界に引き戻されていた。
視界に入ったのは常夜灯が点いているだけの薄暗い天井で、そこがトレーラーハウスの自室であることはすぐに理解できた。
そして自分の両目から涙が溢れてくるのを感じ、それを部屋着の袖で拭う。
(また会えるかな…? 会えるといいな…)
私は再び目を閉じて眠りに就くが、その夜はもう夢を見ることはなく深い眠りに落ちていったのだった。