機動戦艦ナデシコ The Blank of 3years Another story 作:ルーチェ
その時、全員のコミュニケにイネスさんの映像が割って入ってきた。
遺跡付近にいるすべての者に対しての公開通信モードのため、遺跡中のあちらこちらにイネスさんのコミュニケウィンドウが乱入する。
「はいはい。みんな、そこまで! 静かにしなさい!」
ナデシコA艦の乱入とイネスさんの公開通信モードにより、戦場と化していた遺跡周辺は水を打ったように静まり返った。
イネスさんの顔は地球・木連両陣営の幹部だけでなく下っ端連中にも知れ渡っている。
彼女の
地上で驚いているゴートさんとジュンさんや、ナデシコA艦でぼーっと見ているのユリカさんたち、そしてエステバリスのアキトさんやリョーコさんたちは何が起きているのかまだよくわかっていないようだ。
それぞれ反応は様々で、地球の過激派や木連の忍者といった敵の男たちなどは開いた口がふさがらないでいる。
私はこれから起きる“何か”がこの世界に関わる重要な事件になるという、また自分にも大きく関係することだという予感がしたので思わず身が引き締まってしまった。
「いいですか。これから太陽系規模の歴史的事件が起こります。それこそ地球だ木連だなんて言ってるのが恥ずかしくなるくらいの大事件がね。わたしが子供の頃の自分からもらったプレートには今日これからこの大事件が起こることを人類に伝えるメッセージが込められていたの。だからくだらない戦争ごっこはやめて、こちらに注目! 今から古代火星文明の謎について説明するから、耳の穴かっぽじってよーく聞きなさい」
イネスさんの説明が始まった。
彼女の話は誰一人として想像できないほど壮大でロマンチックでエキサイティングなものであった。
これまでの数少ない情報から推測すると古代火星人がこの遺跡を造ったことはわかるのだが、彼らがどのような生命体であったのかは不明な部分ばかりである。
それでも遺跡内の通路の大きさやイネスさんがもらったプレートのサイズから考えてみて身体の大きさは我々人類とあまりかわらないのではないかと思われるのだが衣食住など謎だらけで、おまけに酸素呼吸していたかどうかもわからないという。
その根拠は彼らの遺跡が木星のガス雲の中やテラフォーミングの前の火星でしか発見されていないからだ。
ただしそれは彼らがこの太陽系内で進化したと仮定した場合であり、逆に言えばこの太陽系外の生命体であるという可能性が高いということになる。
木連から提供してもらった資料によると木星にある遺跡の方が火星のものより古い。
つまり古代火星人 ── 正確に言うと彼らは火星人ではないのだが ── はまず太陽系外から木星に飛来し、そのあと火星に移住したと考えた方が自然である。
このようないくつかの情報を総合すると古代火星人はどこかよその太陽系からボソンジャンプで飛んで来たと考えられるのだが、ここで一つの問題が生じてしまう。
ボソンジャンプはチューリップからチューリップに向かって行うか、コントロールしている者のイメージした場所に行くことしかできない。
行ったことのない場所を具体的にイメージングできる人間はいないだろうからジャンプ先にチューリップが必須となるのだが、誰かがそこにチューリップやボソンジャンプの制御装置を設置しなければボソンジャンプはできない。
そこで考えられるのは目的地に向けて亜光速で進む無人艦隊を送り込み、資源のある惑星に到着したところで工場を建設。
居住可能な惑星に都市と大規模なボソンジャンプの制御装置を作り上げてから移住を行うというものだ。
しかしここにも大きな問題がある。
一番近い恒星からであっても太陽系から光速で何年もかかるほどの距離であるから、無人艦隊がこの太陽系に到着するのを待っている間に何百年も経ってしまう。
古代火星人がそれを暢気に待っているとは考えられないが、ここでボソンジャンプのもうひとつの特性が生かされることになる。
その特性とは「時間移動」で、目的地の準備が整うまでの時間を予測してその時間分未来に向けてジャンプすれば、本人たちはいっさい歳をとらずに目的地に到着できるということなのだ。
そんな高度な文明を持つ古代火星人が今ではいくつかの遺跡を残しただけで影も形もない。
滅びてしまったというのであればその形跡があるはずだが、そういったものは一切ないのだから他に理由があると思われる。
その理由とは我々の太陽系は単に本当の目的地に向かうための「停留所」にすぎず、彼らは次の停留所に向けてまた無人艦隊を送り出し、準備ができた頃合を見計らって未来に向けてボソンジャンプをするのだという。
そしてそのボソンジャンプで過去から古代火星人たちが今まさにここにやって来る。
ここから別の太陽系へとジャンプするために。
イネスさんが託されたプレートのメッセージには、これらの謎とこれから起きる「大事件」について記録されていたのだ。
それまで静寂を保っていた遺跡の上空に突然放電が起こり、雲がちぎれて風が巻き起る。
遺跡の真上に丸く漆黒の時空の孔がぽっかりと口を開き、時空の孔の向こう側から1隻、また1隻と古代火星人の宇宙船がゆっくりと姿を現してこちらの空間にやって来た。
その船団に対して地球過激派や木連忍者たちは敵とみなしたのか攻撃態勢となる。
ナデシコ勢も警戒はするものの、船団に対して攻撃をしようという気配はない。
次々に宇宙船が現れる様子をじっと見つめていた私はすべての記憶を取り戻し、ようやく自分の“役目”を思い出した。
私は急いでコミュニケを公開通信に切り替え、穏やかに語りかけるように言葉を紡いだ。
「みなさん、落ち着いて下さい。彼らは私たちに危害を加える意思はありません」
私が突然イネスさんのように話し始めたものだから、アカツキさんとアキトさんが声を上げた。
「イサミくん、どうしたんだ急に?」
「イサミちゃん?」
「黙って彼女の話を聞きなさい!」
イネスさんの静止で二人は口を閉じ、私は話を再開した。
「私はかつて木連の優人部隊の戦士であり、この遺跡で地球軍と戦うためにマジンで出撃しました。その際にナデシコのボソンジャンプに巻き込まれ、時空の狭間をさまよっていたところを彼らに助けられました。この時代に向けてボソンジャンプを計画していた彼らは私たち人類が彼らの装置を使って不完全なボソンジャンプを繰り返して小規模なタイムパラドックスを起こしては時空連続体にダメージを与えていることを知り、注意喚起と自分たちの接近を私たちへ告げるためにメッセージを記録したプレートをボソンジャンプに巻き込まれた少女に渡しました。それがイネスさんです。そして同じくボソンジャンプに巻き込まれた私を元の空間に戻す時に、私自身にメッセージを託したのですがどちらも彼らの意思を反映させることはできませんでした。ともあれ彼らはこれから別の星系へと去っていきます。残していく装置を私たち人類が使うのは自由ですが、今回の大跳躍の前後数年間はその影響でボソンジャンプに誤差が生じるので注意が必要だそうです」
「この間からのジャンプのずれはそれが原因だったのね」
イネスさんは大きな疑問が解決したことで満足げであるが、不満を吐き出したり大きな安堵のため息をつくメンバーもいた。
「前後数年って、今頃言わないでほしいわ」
エリナさんはむくれ顔で言い、逆にウリバタケさんとプロスペクターさんは胸をなで下ろして笑みを浮かべている。
「よかった。オレたちのせいじゃなくって、ほんとによかった」
「やれやれ…これでひと安心ですな」
たしかにナデシコに原因があるとなれば、その賠償金はネルガルですら支払えないほどの天文学的なものになるのは明らかだ。
アカツキさんは何も言わないが一番気が抜けたのは彼に違いない。
すべての宇宙船がこちらの世界にやって来ると時空の孔は消え、続いて新しい時空の孔が開いた。
そして現れた時と同じように宇宙船が1隻、また1隻と、新しい孔を通って向こうの世界へとジャンプしていく。
彼らがどのような宇宙へと向かうのかはわからないが、彼らの未来に幸あれと私は祈った。
「彼らからの最後の忠告です。跳躍装置は未来に向けてならいいのですが、過去に遡る方向に使用しないこと。それから今回開けた跳躍門は銀河系内にある他の全ての門に向けて跳躍可能ですが、数百を超える銀河系内の知的生命体の中には粗暴な者も多いので接触には細心の注意を払うこと…だそうです」
私の説明が終わるとそれぞれが大げさなくらいに驚き、困惑し始めた。
「ぜ、全銀河に…」
「数百、だと !?」
地球過激派男も木連忍者も驚愕の声を上げる。
「払うこと…って言われても、向こうから来ちゃった時はどーすんだよ?」
アキトさんの言葉に誰もが頷いた。
地球や木連より高度に文明の発達した凶悪な異星人が襲来すれば人類は滅ぼされてしまうかもしれない。
これで誰もが同じ太陽系に住む人類同士で敵だとか味方だとか言って戦っている場合ではないと気がついたはずだ。
井の中で蛙同士が愚かな争いをしているうちに巨大な蛇が現れて双方とも喰われてしまうようなことにならないためには納得できないまでも休戦するしかない。
この場にいたすべての人間が同じことを考えていたはずだ。
するとまもなく1機のダイマジンが輝きながら現れた。
コックピットが開くと中には例の無限ループに陥っていた敵の木連忍者の姿が見えるが、彼女は何が起こっているのかわからないらしく辺りをキョロキョロと見回している。
たぶん私やイネスさんのように古代火星人に助けられたのだろう。
最後の宇宙船が跳躍し、時空の孔は完全に消えてしまった。
そして事態を理解した地球の過激派や木連の忍者たちはこれ以上争うことは無意味だと考えてそれぞれ散っていき、遺跡は再び静寂に包まれる。
私たちはエステバリスを遺跡の中に着陸させた。
「イネスさん、みなさん、とりあえずナデシコに乗りましょう」
エステバリス隊は自機の手のひらにイネスさんたちを乗せ、頭上に悠然と浮かぶナデシコA艦へ向かって飛び立った。
ナデシコA艦のブリッジに集合する旧ナデシコクルーたち。
その中心にいるのは私だ。
「記憶が戻ったようね」
イネスさんの言葉に私は大きく頷いた。
「はい。すべて思い出しました。私が木連で生まれ育ったこと、優人部隊所属・早乙女イサミ少尉であったこと、双子の兄・御法川ハヤトのこと…。そしてボソンジャンプに巻き込まれ、古代火星人たちに救われたことや大事なメッセージを託されたこと。私がナデシコに現れてから得た大切な思い出と同じくらい大切な記憶を取り戻すことができました」
私は目頭が熱くなるのを感じていた。
「イサミさん、少し休んだらいかがですか? いろんなことがいっぺんに起きてお疲れでしょうから」
ルリちゃんの気遣いが嬉しかった。
たしかに一度にいろいろなことが起きてしまい、少しでも気を緩めると嬉しいことや哀しいことを思い出して涙が溢れてしまいそうになる。
だから心と頭の整理をするのにひとりでいる時間が欲しいところだったのだ。
「ありがとうございます。お言葉に甘えて休ませていただきます。でもその前にひとつだけ質問があるんですけどいいですか?」
「いいですよ。質問って何ですか?」
「地球にいるはずのナデシコA艦がどうしてあのタイミングで
私が訊くとルリちゃんは事も無げに答えた。
「イネスさんです」
「イネスさん?」
「はい。地球の過激派や木連の忍者部隊はイネスさんを誘拐しようと企んでいました。作戦に失敗しても簡単に諦めるとは考えられません。最終的には極冠の遺跡で何か仕掛けてくるだろうと推測し、そのためにわたしたちは調査団に加わらず急いで地球に戻ってナデシコA艦を運んで来て待機していたんです。出番がなければいいと思っていたんですけど、やっぱりこうなったというわけです」
「なるほど…そういうことだったんですね。おかげで助かりました。ありがとうございました、艦長、ユリカさん、メグミさん」
私は3人にお礼を言って頭を下げた。
私たちが遺跡に向かっている時にこの3人が「極秘任務で別行動」していたのはイネスさんがこうなることを予測してナデシコA艦を運んで来て待機するよう指示していたからだったのだ。
ミナトさんが誘拐されて皆で解決策を相談していた時にイネスさんは会話に加わらず何か別のことをしていた。
そして「誘拐事件に関してわたしにはどうすることもできないわ。だからわたしは今の自分にできることをしているの」と言っていたが、その時にこうなることを想定してナデシコA艦の参戦プランを考えていたに違いない。
第三者からはミナトさんのことを心配していないように見えて冷たい人のように思えたかもしれないが、やはり彼女もナデシコの仲間の一員であったのだ。
そして私がブリッジを出ようとしたところ、背後でクルーたちの声がした。
「僕たちも休ませてもらうよ。3日も徹夜して、おまけにあの戦闘だ。それにこれからいろいろと忙しくなりそうだしな」
「ああ、もうクタクタだぜ。オレたちも行こうぜ」
アカツキさんやエステバリスのパイロットたちは心身ともに限界に近いようだがそれが当然である。
「わたしは研究のまとめがあるから、失礼」
イネスさんは休みも取らずにまだ研究を続けるらしい。
「我々も行きましょうか?」
「ああ」
プロスペクターさんとゴートさんが連れ立ってブリッジを出て行く。
「ねえ、ミナトおねえちゃん。ユキナたちも行こうよぉ」
「そうね、わたしたちも休ませてもらうわね。睡眠不足はお肌に悪いから」
「じゃ、わたしも」
ユキナちゃんとミナトさん、そしてエリナさんもそれぞれ出て行く。
そして最終的にブリッジにはユリカさん、ルリちゃん、メグミさんの3人が残った。
「みなさん、行っちゃいましたね。さて、戻りましょうか」
ユリカさんがそう言うとルリちゃんが尋ねる。
「戻ると言っても地上のトレーラーや遺跡内の機材、木連の人たちはどうするんですか? この状態で置き去りはマズいんじゃないでしょうか?」
彼女の言うように旧ナデシコクルーだけを乗せて帰ってしまうと、残された木連の調査団員だけで後片付けをしなければならなくなる。
「うーん…ひとまず木連の人たちも乗せて帰って、あとはお父さまたち新地球連合の偉い人に判断してもらいましょう。木連のみなさんも疲れているだろうから早くゆっくり休ませてあげなきゃ」
「わかりました。では艦長は木連の人たちに説明をしてください。わたしはナデシコを地上に下しますから」
ユリカさんはコミュニケを開いて公開通信にし、ナデシコA艦で一緒に帰ることを提案した。
木連の調査団員たちも疲労困憊していたからこの提案には大賛成で、高杉大尉の指示でナデシコの貨物室と格納庫に載せられるだけのトレーラーや機材、ジンなどを積み込んだ。
「艦長、作業は完了したようです」
メグミさんが状況報告をすると、ユリカさんは艦長としての指示をした。
「ルリちゃん、ナデシコ発進して」
「ナデシコ、発進します」
ルリちゃんのひと声でナデシコA艦はゆっくりと動き出す。
そしてキャラバン隊が10日間かけた道のりをあっという間に引き返した。
すでに遺跡での一件が伝わっていたため、地球側はミスマル提督、そして木連側は月臣少佐と秋山大佐が旧ナデシコクルーたちを出迎えてくれた。
ナデシコA艦が到着するやいなや私は真っ先に艦を飛び出し、月臣少佐の元へ駆けつけた。
「ただいま帰りました、月臣少佐」
私はそれだけ言うと、感極まって黙って彼の胸に顔を埋めた。
一連の私の行動に慌てる月臣少佐。
「ど、どうしたんだ?」
「すべて思い出すことができました」
「え? それはつまり…」
「ええ、あなたのことも全部です、元一朗さん」
「そうか…」
嬉しそうな声でそれだけ言うと元一朗さんは私の背中に手を回して力を込めた。
しばらくそのままの格好で立ち尽くす私たちの姿を、ミスマル提督と秋山大佐だけでなくあとから追いついて来た旧ナデシコクルーたちは呆気にとられて見つめ、そしてすぐに事情を察して二人だけにしてくれたのだった。