機動戦艦ナデシコ The Blank of 3years Another story 作:ルーチェ
一路地球へと向かうナデシコA艦。
旧ナデシコクルーたちはもちろん、ミスマル提督と木連側の元一朗さんと秋山大佐と高杉大尉もいる。
火星遺跡での一件で地球側木連側双方はとりあえず成立した「新地球連合」をさらに進展させるべく動き出し、そのために優人部隊の3人も私たちと同行してナデシコA艦で地球へと向かっていたのだ。
火星を発ち、しばらくしてクルー全員が食堂に会した。
「さて…と、ここらでみんなが気になっているところを説明してもらおうか。ね、イサミくん」
アカツキさんの言葉で、周りの視線が私とその横に座っている元一朗さんに注がれる。
この場にいる全員が一番気になっているのは、もはや遺跡や和平のことよりも私の過去と元一朗さんとの関係のようである。
しばらくの沈黙の後、私は口を開いた。
「古代火星人の出現をきっかけに私は失っていた記憶のすべてを思い出しました。それをこれからお話します」
そう言ってから私はゆっくりと話し始めた。
【イサミの
私は木連で遺伝子学の権威とされている早乙女博士とその夫人に育てられました。
二人は実の両親ではなく養父母ですが、彼らは私を大切に育ててくれました。
特に夫人が優しかったのは私の事情を知っていて哀れんだ気持ちもあったでしょうが、実の母親以上の愛情を注いでくれたと思っています。
博士が研究対象として私を引き取ったのだとは想像することができないほど私は恵まれた子供時代でした。
ですから真実を知らなければ…いえ、知ってしまった今でも夫人には感謝の気持ちしかありません。
何不自由なく健やかに育っていった私ですが、一つだけ他人には言えない悩みがありました。
両親や周囲の大人たちは私を女性として扱っていましたし、私自身も女性である認識はありました。
ですがいつの頃からか大きくなったら軍人になるのだと決めており、それが木連の女性として
そして時は経ち、中学を卒業するにあたって進路を決めなければならず、その時に私は初めて早乙女夫妻に軍人になりたいから士官学校に進学したいと告げました。
もちろん夫妻は驚きました。
彼らは私をごく普通の少女として育てていて、その中で軍人になりたいと思うようになる要素は一切なかったからです。
私自身も何かきっかけになることがあったのか振り返ってみても思い当たる節はありません。
しかしそれが当然のことであり、生まれた時から軍人になるよう決まっていたかのようでした。
ですが真実を知れば不思議なことではありません。
私は木連の未来を担う人間となるべく人為的に
当時はそんな企みがあったなど知る由もなく、私は何か運命のようなものに導かれてそう思うようになったのだと考えていました。
私が夫妻に告げた時に驚いたと言いましたが、今になって思い返すとそれぞれ違う意味で驚いたのだと思います。
夫人の方は当然女の私が士官学校へ進みたいと言ったからでしょうが、博士の方は違う意味で驚いたように感じました。
たぶん育った環境よりも私の生まれつき持っていた遺伝子の方が人格形成に大きな影響を与えたのだという確信を得て、その“結果”に対して驚いたに違いありません。
だからこそ博士は私の無茶な希望に反対せず夫人を説得してくれて、士官学校入学の手続きまでしてくれたのです。
ただし一つだけ条件がありました。
絶対に女性だということがバレないようにするということです。
それは自分たちが進めている計画が私の存在によって明るみになってしまう可能性があったからです。
早乙女博士のチームの研究とは軍の上層部の一部の人間しか知らない極秘のものでした。
木連の科学者は遺伝子操作によって木星という人類が居住するには過酷な環境に適する人類を生み出しました。
さらに優秀な人間を生み出そうとしてそれが成功して軍部にはエリートを集めた優人部隊というものができたのです。
しかし軍上層部の人間はそれではまだ満足できなかったようで、運動神経や知能、次元跳躍のみならず、軍を率いて戦い人民をまとめ上げることのできる統率力やカリスマ性を持った「完璧な英雄」を求めてこのプロジェクトを立ち上げたのです。
膨大な資金を投入し、何年も時間をかけて研究を重ね、生まれた子供たちを様々な環境に置いて育てました。
兄ハヤトは御法川少将の息子として幼い頃から徹底した軍人教育を施されていたそうです。
私は早乙女博士の養女になった時点で研究対象からは外されていたらしいのですが、士官学校に入学すると決まったことで改めて対象としてリストアップされ、重要人物として
軍の英雄になるためには男性でなければいけませんので、女性である私は被験者としては不適格です。
それなのに手間をかけてまで入学できるようにしてくれたのですから、博士が私の願いを聞き届けてくれたのは単なる研究者としての好奇心だけではなかったのかもしれません。
真の理由は博士本人に訊くしかありませんが、今の私にとってはどうでも良いことです。
当時の私はそんな事情があるなどまったく知らずに士官学校へと入学することになりました。
しかし私の双子の兄である御法川ハヤトも同時に入学することになっていて、顔がそっくりな私が同じ学校にいれば目立つことは間違いないので博士は一つのシナリオを作って私にそれが真実だと思わせたのです。
私には双子の兄がいるのだが両親が他界したため別々の夫婦に引き取られて育てられたというものです。
当然そのことは御法川少将と夫人にも伝えられ、彼らの口からハヤトにも伝えられました。
ですから私もハヤトもその言葉を疑うことなく、私たちは入学式で初めて対面したのでした。
そして学友たちには別々に育てられた”兄弟”であると思い込ませることにも成功しました。
私は兄だけに自分が女性であることを告白しました。
唯一の肉親である彼にだけは嘘をつきたくなかったからです。
彼は真実を受け止めてくれて、この秘密を誰にも言いませんでしたから、私は無事に学生生活を送ることができました。
私は女性であることを隠しながら学友と切磋琢磨しましたが、私には女性ならではの欠点がありました。
それは肉体的に男性に劣るということです。
小柄で男性というには華奢な体つきであったので、そこから素性がバレるおそれもあったのです。
声も男性のように声変わりすることがなかったため、いつまでも子供っぽく見えたのは事実です。
ですが軍上層部の計らいで一人部屋を与えられ、さらに「女性が軍人になるはずがない」という先入観があったので誰にもバレることはありませんでした。
そして士官学校を優秀な成績で卒業したハヤトは優人部隊に配属されました。
士官学校を卒業して即優人部隊に配属されるという前例はなかったそうですから、当時は世間の話題が彼一色に染まったものでした。
次席であった私はというと…私は彼の”予備”ですから目立ってはいけないということで広報部へと配属になりました。
士官学校時代「武の御法川、智の早乙女」と称された私たちでしたが、やはり兄が優人部隊配属で私は広報部隊となると少しだけですが嫉妬してしまいました。
真実を知らない私は自分も男性として生まれていたら一緒に前線で活躍できたのにとずいぶん悔やんだものです。
ところが事態は一転しました。
優人部隊の中でも特に優秀で次代の木連の指導者として期待されていた白鳥九十九少佐が暗殺されてしまったのです。
白鳥少佐は地球側との和平交渉の席で凶弾に倒れたという公式発表がされていましたが、この暗殺事件は木連の人間による謀殺であり首謀者は草壁春樹中将だという噂が軍内部で流れました。
そんな噂を払拭するため、草壁中将は広報部に指示をしました。
犯人は地球側の人間であることは現場にいた自分がこの目で見ているのだから間違いない。
白鳥少佐は平和を望む心優しき英雄であったが、そんな彼を我々木連から奪った地球人は決して許してはならない。
彼の死を無駄にしないためには徹底抗戦あるのみだと国民にアピールして、和平の流れから戦争継続の機運を盛り上げろというものでした。
広報部にいた私は納得できませんでした。
ですが上からの命令は絶対で、私は渋々ながらもあの大掛かりな茶番劇とも言うべき国葬の手伝いをしました。
その頃、私はまったく知りませんでしたがハヤトは直属の上官である白鳥少佐の死を誰よりも哀しみ、そして憤慨していました。
なぜ白鳥少佐が死ななければならなかったのかと、彼は独自に少佐の死の真相を探ろうとしたのだそうです。
表向きは少佐暗殺の犯人は地球側にあるとして発表されていましたが、一部の人間の間では犯人は身内にいるのではないかと囁かれていました。
実際に木連の軍上層部の中には和平反対派が大勢いて、彼らなら真実を隠蔽して自身に都合の良いものに書き換えてしまうことなど簡単ですからね。
白鳥少佐の国葬後もその噂は完全に消えていませんでしたから、ハヤトは自分の尊敬し慕っていた少佐のためにも真実を明らかにしようとしたのです。
ですがその願いは叶わず、彼は戦場にその身を散らしました。
公式記録ではハヤトは地球軍との戦いにおいてジンで出撃したものの操縦を誤って敵戦艦に激突したとされていますが、彼が操縦を誤ったりするはずがありません。
士官学校時代、そして優人部隊時代の彼を知る者なら誰でも同じことを考えるはずです。
真実を追い求めるハヤトの存在を目障りだと感じる人間が彼を排除しようと考えてジンに何か細工をして制御不能になるようにしたのではないかという人もいます。
もしかしたら真実を知ってしまったために口封じに殺されてしまったのかもしれません。
しかし真相は闇の中に葬り去られ、首謀者と思われる男が行方不明である今となってはどうすることもできません。
それからすぐに私には異動の辞令が下りました。
優人部隊の月臣元一朗少佐の部下となった私は兄を亡くした哀しみの癒えぬ状態で新しい環境に身を置くことになったのです。
彼も白鳥少佐と同じく木連の未来を担う若者の一人と期待されていた人物ですから、その部下として働けることはとても嬉しかったです。
ですが私が初めて彼と対面した時、彼は私の顔を見るなり表情を曇らせました。
その意味がわからずにいた私は彼に期待されていないのだと思い込み意気消沈しましたが、それは後になって私の勘違いだということがわかりました。
私は新人にも関わらずブリッジ要員に引き立てられたのです。
その期待に応えようと私は気合を入れ直して任務に挑みました。
ただし士官学校時代と同じく私が女性であるとわかれば一大事となるため周囲の先輩たちとはトラブルを起こさないよう気を配り、先輩たちは私がハヤトの弟だということでいろいろと面倒を見てくださいましたので上手くやっていくことができたのでした。
そう…あの日までは。
ついに私が女性であることがバレてしまったのです。
それも一番知られたくない人に知られてしまいました。
それが月臣少佐です。
その日は前夜から体調を崩しており、ブリッジにいる間もずっと熱があって頭がぼんやりとしていました。
ですがそんなことがバレたら問題になるので交代時間までそんな素振りを見せずずっと耐え、勤務が明けるとすぐに自室に戻りました。
しかし頭がぼーっとして立っているのが限界な状態ですから廊下をふらふらと歩いていて、運の悪いことに彼に出会ってしまったのです。
正直に体調不良であることを告白すると、彼は私のことを「気が弛んでいる。軟弱者だ」と叱りました。
そこで私のことを軽蔑してくれていればよかったのですが彼は私の身体のことを気にしてくれていたようで、私が自室で熱にうなされていた時に彼が見舞いに来てしまったのです。
私は例の件もあって特別に個室を与えられていましたからルームメイトはいません。
だからこそ部屋の鍵さえ掛けていれば大丈夫だと油断をしてしまったとも言えるのです。
意識が朦朧としていたのでその時の状態は覚えていませんでしたが、後になって月臣少佐から話を聞かされてショックを受けました。
兄であるハヤトを亡くしても健気に頑張っていて、普段の様子では病気になどなりそうにない私が熱を出したというので月臣少佐は不安になったそうです。
心身ともに弱っている私を叱責したことで申し訳ないと感じた彼は私の部屋へ様子を見に来てくれました。
部屋の鍵は掛かっていて、ノックをしても返事もないということでますます不安になり、彼はマスターキーを使って中へ入ることにしたのです。
艦長とそれに準ずる佐官クラスにはマスターキーが渡されていましたから彼も持っていてそれを使ってドアを開けました。
もちろん邪まな気持ちなどこれっぽちもなく、それにこの時点では私が女性だということを想像もしていなかったのですから、純粋に上官が部下を心配するという気持ちだけです。
暗い部屋の中に一人、高熱によってうなされている私が服も脱がずにベッドに倒れ込むように横たわっていたのを見た彼は私を起こさないように近付き、汗で濡れた服を着替えさせようとしてくれました。
汗びっしょりにのままでは身体を冷やしてしまうと考えたからで、あくまでも親切心で私の服を脱がせて汗を拭おうとしてくれたのですが、そこで私が女性であることを知られてしまったのです。
彼がどれくらい驚いたのかは私には想像できませんが、後で話を聞いた時の彼の様子からかなりショックを受けていたということはわかりました。
それもそうですよね、男性だと信じて疑わなかった私が女性だったのですから。
でも私に深い事情があるのだと彼は察したようで医務室へ運ぶことなく部屋で看病をしてくれたました。
ずいぶんと苦労をしたようで、さすがにさらしを替えることはできないからと一晩中濡れタオルで汗を拭ってくれたということです。
どうやって薬を飲ませたのかは教えてくれませんでしたが、なんとなくわかる気がするので深く考えるのはやめました。
そして2日後、熱が下がった私は通常勤務に就こうとしたのですが彼に止められました。
その代わりに彼の執務室に連れて行かれ、そこで私はすべてを告白させられたのです。
話を聞き終えた彼は私に軍を辞めるよう言い放ちました。
いくら高い能力があるといっても女性を危険な最前線で戦わせるわけにはいかないというのです。
しかし私は女性であるということを除けば優人部隊の戦士として申し分のない存在であることを自負していました。
私は彼に優秀な人材を手放すのかと詰め寄り、なんとか言いくるめて優人部隊に残ることができました。
それから私は彼の小姓のような役目を負うことになったのです。
常に側にいてプライベートな仕事も任されるようになり、周囲からは月臣少佐には男色の趣味でもあるらしいなどと悪い冗談を言われることもありました。
もちろん誰もが冗談として言っているだけで、本気でそう思っているわけではありません。
なぜなら彼の恋人がゲキ・ガンガーの登場人物である国分寺ナナコただ一人だということは周知の事実でしたから。
木連の男性の多くは同様に彼女のことを崇拝していて、彼女は女神のような存在です。
月臣少佐も彼女の信奉者であって生身の女性に興味を持たないくらいですから、男性になど興味を持つはずは絶対にない…ということで誰も私が女性であるなどと想像することすらありませんでした。
そんなこともあって私と月臣少佐の間には特別な関係が生まれました。
私の秘密を知ってなおこれまでと変わらない態度で接してくれることが嬉しくて、いつまでもこんな時間が続けばいいとさえ思ったものです。
ですが時折彼はその表情を曇らせることがありました。
白鳥少佐という親友を亡くしたからなのか、他に何か別の理由があるのかはわかりませんでしたが何か思い詰めているようで、深い後悔の沼に沈みかけているといった感じでした。
私に何かできることはないかと考えましたが、逆に私ごときが彼のために何かしたいなど考えるのはおこがましいと思い、私は敬愛する彼の苦しみに対して何もできずにいました。
そしてある日突然、私の部屋に彼が訪ねて来たのです。
その日の彼は非番で自分の部屋にいたのですが、同様に非番だった私に会いに来たのはひとつの覚悟を抱いてのものでした。
彼はひどく憔悴していました。
彼は悩み苦しんだ挙句に私に懺悔をしたいと言います。
懺悔したことで彼の気持ちが楽になるというのならと、私は話を聞くことにしました。
その内容は実に驚くべきことで、彼が悩み苦しんだのも頷ける内容だったのです。
白鳥少佐によって地球との和平の道を模索する勢力と徹底抗戦を望む勢力が対立し、徹底抗戦派の草壁中将が和平推進派の中心人物である白鳥少佐を邪魔だと考えて月臣少佐に暗殺を命じたというのです。
彼は親友を殺すことなどできる人間ではありません。
しかし当時の白鳥少佐と彼の友情には僅かにヒビが入っていました。
白鳥少佐が地球の女性 ── ハルカ・ミナトさんに恋焦がれるようになったことがきっかけでした。
月臣少佐から見れば白鳥少佐は地球女にたぶらかされているだけで、一時的な気の迷いからであって真実の愛ではない。
自分たちの永遠の女性はナナコさん一人だけだという信念を捨てるという白鳥少佐に腹を立てたのです。
そこに草壁中将からの指令が下り、月臣少佐はその命令に従ってしまったのでした。
以来親友を殺めてしまったという罪の意識が常に胸の中にあり、それが徐々に溜まっていって吐き出す場所がないものだから苦しくてたまらない。
おまけに白鳥少佐の部下だったハヤトが事故死していて、白鳥少佐暗殺事件の真相を知ってしまったことによって徹底抗戦派に謀殺されたのだという噂が流れているとなれば自分とは無関係ではない。
そしてハヤトとそっくりの私がそばにいるとなれば白鳥少佐の死を記憶の片隅に追いやることさえできません。
初対面の時に彼が私の顔を見るなり表情を曇らせたのは私にハヤトの姿を重ねたからで、同時に白鳥少佐を撃った時の手の感触を思い出してしまったからでした。
このままでは任務にも支障が出てしまうかもしれないと、懺悔をする相手として私を選びました。
それだけ信頼されるようになったのだと思い、私はこの上なく嬉しかったです。
そして彼は言いました。
ナナコさんは素晴らしい女性だが彼女は偶像であって触れることさえできない存在。
そして手を伸ばせば届くところに生身の女性がそばにいて、自分を受け入れてくれる存在であれば抱きしめたくなるというのが男としての性というもの。
ナナコさんという偶像をいつまでも崇拝して現実の女性を否定する自分が間違っていた。
今になってようやく白鳥少佐の気持ちがわかったのだと彼は私に告白しました。
彼は白鳥少佐の気持ち、すなわち自分の言葉に耳を傾け、気持ちを受け入れて、寄り添ってくれる生身の女性を好きになる気持ちを彼自身も抱いてしまったというのです。
そんなプライベートなことを私に告白するものですから、なぜ私に懺悔をしようと決めたのかを問うと彼は答えました。
その言葉は私が想像もしていなかったもので、彼が白鳥少佐を手にかけたという事実よりも衝撃的なものだったのです。
「オレはお前のことが好きになった」…という彼の言葉に私は戸惑いました。
「好き」という意味を単に「部下として大切にしたい存在」だと受け止めたのですが、それでは白鳥少佐の気持ちがわかったとは言わないはずです。
そしてもう少し親密度を高めて「部下としてではなく対等な友人として認めた」と考えましたが、それも全然違う感じがしました。
白鳥少佐とミナトさんの関係はそんなものではなかったはずですから。
私はまさかと思いながらも彼の顔を見ました。
すると彼はこれまでに見たことのない目で私を見つめ返すのです。
自分ではどうしようもない思いを抱え込んでいて助けてほしいと言わんばかりの縋るような彼の視線に、私はどうすればいいのかわかりませんでした。
彼の懺悔に対して許すと言えばいいのかもしれませんが私にはそんな資格はありませんし、私が許すと言ったところで根本的な解決になるとは思えません。
私が戸惑っているとますます彼は悲しそうな顔になり、そのうちにうなだれてしまいました。
いつもの堂々とした凛々しい彼ではなく、母を求める幼子のように小さく見え、このまま放っておいたら儚く消えてしまうのではないかとさえ感じました。
そんな彼を私は思わず抱きしめてしまいました。
すると少し驚いたようですが彼も私の身体を抱きしめ、私たちは互いの温もりが心地良くてそのまましばらく抱き合っていました。
そして見つめ合うと唇を重ね、それからは自然のなりゆきというか…好意を抱いている男女が二人きりでいればどうなるかは言わなくてもおわかりになると思います。
私もまた自分で意識しないうちに彼のことを異性として好きになっていたのに、その気持ちを敬愛の念と勘違いしていたのでした。
以来、私と彼の秘密が増えました。
私たちは密やかに愛を育み、二人きりの時間を過ごす回数も増えていき将来のことを語り合うようにもなっていました。
地球との戦争が終わったら私は軍を辞めて彼と結婚しよう決心したところにあの運命の日がやって来てしまったのです。
火星極冠遺跡攻防戦において、私はマジンに搭乗して出撃。
その出撃の時に、私は彼からペンダントをもらいました。
それは決して高価なものではありませんが、彼の愛が結晶した素晴らしいプレゼントです。
いずれ戦争が終わったら今度は指輪をプレゼントすると彼は言って、私たちはそれぞれジンに乗り込みました。
まさかその初陣が私の運命を大きく変えることになるとは、その時は微塵にも想像していませんでした。
そして…私はナデシコのボソンジャンプに巻き込まれ、その時に古代火星人と出会い、メッセージを託されてナデシコの食堂に送り届けられたのでした。
私の告白が終わると話を聞き終わったクルーたちはしばらく黙ったままだった。
そして私と元一朗さんに気を遣ってなのか何も言わずにそれぞれ食堂を出て行き、残ったのは私と元一朗さんの二人だけになった。
「イサミ…」 「元一朗さん…」
ほぼ同時にお互いが相手を呼んだ。
そして少し気まずそうにするが、今度は黙ったままで見つめ合う。
私たちに言葉はいらない。
離れ離れになっていた時間を取り戻すべく、そして懐かしい温もりを求めて抱きしめ合い唇を重ねたのだった。
こうして私の過去を探す長い旅は終わりを告げた。
真実とは残酷なもので知りたくもないことがたくさんあったものの、そのおかげで私は大切な人と出会い愛し合うことができたのだから良しとしようと思う。
そして二人で一緒に新しい人生の旅を始める。
でもその前に元一朗さんはやることがあると言って秋山大佐たちと一緒に木連へと戻って行った。
すべてが片付いたら必ず地球へと行くから待っていてくれと言われた私は彼を信じて待つことにした。
地球と木連は戦うことをやめて話し合いで物事を進める道を選んだ。
それが大切な人を失わずに済む唯一の方法だから。
しかし地球側と木連側の和平の道は容易いものではないだろう。
それでも私と仲間たちはけっして諦めることはない。
木連の人間である私をあれほど簡単に受け入れてくれた旧ナデシコのクルーたち。
人格的に少々問題がある人たちばかりだけど、全員が尊敬できる立派な人たちだと私は思っている。
そんな仲間たちが本気になれば恐れるものなどない。
それに地球・木連双方には共通の目的が生まれたのだから手を結ばざるをえないような状況となっている。
古代火星人との邂逅によってボソンジャンプに関わる謎はある程度まで解明されたものの、すべての問題が解決したわけではないからだ。
むしろさらなる大きな問題を抱えてしまったといってもいいだろう。
ボソンジャンプに関しても生体ボソンジャンプが可能なのは胎児の時に火星で過ごして母胎からテラフォーミング用ナノマシンを取り込んだ火星出身者、もしくは遺伝子改造によってジャンプに耐えられる肉体を得た木連の優人部隊の人といったA級ジャンパーに限られ、彼らがいなければ安全にジャンプできないことに変わりはないのだ。
それに演算ユニットが必要であることも同じで、今はどこにあるのかわからない状態だが破壊されてしまうとこれまでのボソンジャンプもなかったことになり、歴史が大きく変わってしまう可能性があるということなので、いち早く安全な場所で保管しなければならない。
さらに行方不明になっている元木連中将の草壁春樹の存在やクリムゾングループの暗躍は静観できるものではなく、この両者が手を組むことになれば非常に面倒なことになるとアカツキさんやネルガルのメンバーは危惧している。
草壁は極右勢力の生き残りを集めて「己の理想とする木連」の再興を目指していて、現にゲキガンシティの上層部は彼の支持者であって危険な存在だった。
クリムゾングループはボソンジャンプを独占しようと企んでいて、未だにそれを諦めてはいないようだ。
ネルガルも似たようなものであったが旧ナデシコクルーたちの活躍が評価されて政府との関係も以前以上に強固なものにしたというからちゃっかりしている。
そうなるとクリムゾングループはますます指を咥えて諦めるなどということはしないだろう。
そんなボソンジャンプのテクノロジーを戦争や特定の企業が己の利益のために利用しようとしているとなれば絶対に阻止しなければならない。
以前に生体ボソンジャンプの可能な人間の誘拐にクリムゾングループが絡んでいるとネルガル側が推測していた事件があったのだが、その被害者はまだ行方不明のままである。
新たに行方不明になった人間の中に火星出身者が含まれていることから、まだ独自にボソンジャンプを成功させようと研究を続けているのかもしれないとのことだ。
演算ユニットが彼らの手に落ちてしまったら…と考えると非常に恐ろしい。
クリムゾングループが演算ユニットを
一番の問題はこの誘拐事件の真犯人がクリムゾングループであるという確証がないこと。
「らしい」という推測の域を出ない以上は新地球連合政府も手出しができず、したがってこの事件が解決するまで私のようなジャンプ可能な人間には気の抜けない日々が続くことになるだろう。
でも私の隣には最愛の人がいる。
木連でやるべきことをやり終えた元一朗さんがやっと私のもとへと来てくれたのだ。
彼もネルガルに就職することになり、これからは一緒に暮らして同じ先を見つめて共に歩いていくことになった。
それぞれが自分の夢や幸せのために精一杯のことをする。
それが報われないわけがない。
だからいつか地球と木連の人たちが共に笑って暮らせる日が必ず来るはずだ。
それが一日でも早く来ることを祈りながら、私たちは前を向いて歩いていくだけである。
私の左薬指には元一朗さんからプレゼントされたダイヤの指輪が輝いている。
これは私と彼の愛が永遠であることを証明するもので、そう遠くない未来に私たちは仲間の祝福を受けて結婚式を挙げる予定だ。
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しかし私の脳裏に埋火のように燻っていた不安が現実のものとなってしまった。
私たちよりも一足先に結婚式を挙げたアキトさんとユリカさんが新婚旅行で宇宙へ向うシャトルに乗り込んだが、シャトルポートで見送る私たちの目の前でシャトルは爆発してしまう。
そしてシャトルの残骸からは二人の遺体は発見できなかったもののその状況から死亡認定されたのだ。
もちろん私たち旧ナデシコクルーたちは大事な仲間を失ったことで胸が張り裂けそうなほど辛く、苦しく、そして哀しかった。
ところがこの悲劇がさらなる悲劇の序章でしかなかったことを私たちが知るのはもう少し先のことである。
拙い作品を最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。