機動戦艦ナデシコ The Blank of 3years Another story   作:ルーチェ

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第2話

 

 

「艦長、ちょっと待ちなさい!」

 

格納庫を出て「お祝い」の会場となっている食堂に向かう途中、白衣姿の女性がユリカさんを呼び止めた。

 

「あっ、イネスさん。どうしたんですか?」

 

白衣姿の女性の名前はイネスというらしく、彼女は私を見ながら言った。

 

「その人に少し用があるのよ。君、ちょっとこっちへ来なさい」

 

「は、はい!」

 

 

私はイネスさんに連れられてメディカルルームへやって来た。

もうどんな抵抗をしようともナデシコクルーたちに逆らうことができないことが良くわかったので素直に従うことにした。

特にこのイネスさんという人はこれまでの人たちとは違う()があって、断ることは賢明な判断とはいえないのだ。

 

「わたしの名はイネス・フレサンジュ。ナデシコの艦医兼カウンセラー兼科学主任よ。…さあ、診察始めるから服脱いでちょうだい」

 

「えっ?」

 

「健康診断よ。あなたは部外者なんだから一応それなりに調べておかないとね。病気にかかっているとか、何か問題があった場合困るでしょ? わかったことは全部教えてあげるから心配しなくていいわよ」

 

イネスさんの言い分はもっともだ。

それに身体を調べることで何か手掛かりととなるものが見つかって、それから正体がわかるかも知れない。

そう考えれば従うことに異論はないし、彼女の笑みには断ろうとしても断り切れないオーラが含まれているように感じるのだ。

どうもナデシコクルーの多くは「有無を言わせない」雰囲気を持つ人が多い気がする。

 

「はい、わかりました」

 

私は言われたとおりに服を脱ぐと胸には()()()が巻かれていて、その下のふくらんだ胸を隠していた。

なんだか少し苦しいと思っていたのだが、このさらしのせいだったようだ。

おまけに一辺が2センチ四方のロケットらしきペンダントが首からぶら下がっている。

 

「あら、あなた…女性だったのね。いいわ、それ外して。あっ、そのペンダントもね」

 

イネスさんは大して驚きもせずに私に指示をする。

たぶんクルーたちは全員私のことを男性だと思っているだろう。

自分のことだが記憶がないため、私自身もなぜ男装をしているのかわからない。

さらしと首にかかっていたペンダントを外してから血液検査、心電図、簡単な身体測定と最後に問診という普通の健康診断を済ませた。

そして再び服を着ようとした時、ペンダントの裏に刻まれている文字がふと目についたものだから私は無意識にそれを小声で読んでみた。

 

「イサミへ…愛を込めて…」

 

それを聞いたイネスさんがペンダントを覗き込んで言う。

 

「ふーん。なるほど、あなたの名前はイサミというのね」

 

「イサミ…」

 

自分で自分の名前を呼ぶが、なんともピンとこない。

はたして本当にこのペンダントが私のものであり、イサミというのが私の名前なのだろうかと考えてしまう。

しかし他人のアクセサリーをつけているというのも妙なものだから、これは間違いなく私のものなのだろう。

 

「それ、ロケットみたいだけど中に写真は入ってる?」

 

イネスさんに訊かれて私は中を開けてみるがそこには何もない。

 

「何もありません」

 

「残念ね。あれば手掛かりになったかもしれないから。たぶんそのペンダントって恋人からのプレゼントなんじゃないかしら。何か覚えがある?」

 

「いいえ、何も思い出せません…」

 

そう答えると、彼女は私を安心させようというのか微笑みながら言った。

 

「まあ、記憶の方はいずれ思い出すものだから深く考えない方がいいわよ。わたしなんか麻雀をしていて思い出したんだから」

 

「麻雀…ですか?」

 

「そうよ。それじゃ、みんなのところへ行きましょうか」

 

 

イネスさんと一緒にメディカルルームを出ようとしてドアを開けると、そこにはユリカさんやパイロットたちが立っていた。

どうやら皆で立ち聞きをしようとしていたようだ。

もっともメディカルルームのドアは厚いので、私とイネスさんの会話は聞こえていないはずである。

 

「イ、イネスさん、もう終わりましたか?」

 

ユリカさんが慌てて言う。

 

「ええ、終わったわよ」

 

「どうでした?」

 

「ひとつわかったことがあったわ」

 

「わかった、こと?」

 

「彼女の名前はイサミというらしいのよ」

 

「彼女?」

 

「そうよ、れっきとした女性ですもの」

 

「ええぇぇーっ !!」

 

イネスさんの言葉に一同は大袈裟なほど大きな声を上げた。

しかも男性クルーの視線が一斉に私の胸に注がれる。

 

「どこ見てるんだよぉ!」

 

それを見たボーイッシュなパイロットが一喝する。

慌てる男性クルーたち。

 

「い、いや別に…。そ、それよりさぁ、こんなところで立ち話もなんだし、早く食堂へ行かないか?」

 

アカツキさんが話題を逸らそうとして言うと、それに同調してウリバタケさんが答える。

 

「そ、そうだ。ルリルリたちが先に行って待ちくたびれてるぞ」

 

「あっ、忘れてましたぁ。行きましょ、みなさん!」

 

ユリカさんがクルーたちを先導して食堂へと向かい、私はその最後部で彼女たちについて行くしかなかった。

 

 

★ ★ ★ ★ ★

 

 

食堂は椅子が取り払われていてテーブルの上にはさまざまな料理や飲み物が並んでいる立食パーティースタイルにセッティングされていた。

さっき私がここに現れた時には料理をしている気配はなかったのだから、たった2-3時間でこれほどたくさんの料理をどうやって用意したのだろうかと考えてしまう。

きっとホウメイさんと他の料理人たちがよほど優秀なのだろう。

 

「では、みなさん、パーティーを始めちゃいます! まずは艦長からの挨拶でーす!」

 

ユリカさんの短い挨拶が終わると集まったクルーたちは乾杯して、それぞれ三々五々と集まって宴会を始めた。

見知らぬ顔も大勢いて、さっきまで捕虜扱いだった私がその中に含まれているのは妙なものである。

しかしそのことを気にしている者は誰もいない。

私は食堂の隅で大皿の料理を自分の皿に盛って遠慮しながら食べ始めた。

なにしろ空腹であることは紛れもない事実であり、おまけにテーブルの上には見たことのない料理がたくさんあってどれもみな美味しそうで食欲をそそるのだからつい箸が進んでしまう。

そして小腹が満たされた頃、私もずっとナデシコクルーの一員だったかのように宴会の輪の中に引っ張り込まれていた。

 

 

「ねえねえ、イサミさんも一緒に飲みましょー!」

 

「こっち来いよ!」

 

女性パイロットたちに誘われて、私はエステバリス隊のパイロットのグループの中に入った。

 

「自己紹介がまだだったな。オレの名前はスバル・リョーコ、エステのパイロットだ。よろしくな」

 

「次、わたしねー。ある時は漫画家、またある時はコスプレイヤー。その正体は…ナデシコのパイロットやってるアマノ・ヒカルちゃんでーす!」

 

ボーイッシュなパイロットがリョーコさんで、ハイテンションなしゃべり方をする大きなメガネをかけたパイロットはヒカルさんというらしい。

 

「ヒカルさんて漫画家なんですか? すごいですね」

 

私がそう感想を漏らすと、少し嬉しそうな顔でヒカルさんは答えた。

 

「でも今スランプ中なの。もっとも戦争で漫画どころじゃなかったけどね」

 

「駄菓子の定番、そりゃ、酢昆布。…マキ・イズミです」

 

さっきからその場にはいたが殆ど口を開かなかった女性パイロットが寒いダジャレを言った。

無人メカとの戦闘中にも彼女はダジャレを言っていたが、見た目とのギャップに驚いてしまう。

おまけに「礼儀としてここは笑うべきなのか否か?」と考えてしまい、どう反応しようか迷っている私にリョーコさんが肩をぽんと叩いて言った。

 

「イズミのことは放っておいていいぜ」

 

「はあ…」

 

「それより、さっきはすごかったじゃねぇか。木連の無人メカをバッサバッサとやっつけちまうんだからよぉ」

 

「やっぱり、木連のパイロットだったんじゃないですか?」

 

「だったら、さっきの活躍には納得ですね」

 

「断定はできませんが可能性は高いと思います」

 

私たちの輪の中に新しく3人が加わった。

戦闘の際にブリッジでオペレートしていた女性二人とジュンさんだ。

 

「わたしはメグミ・レイナード。通信士をやってます」

 

「ホシノ・ルリ、オペレーター担当です」

 

ルリちゃんはまだローティーンに見えるが、周りの大人たちよりずっと落ち着いていて艦長のユリカさんよりも大人っぽい雰囲気が漂っている。

まだ若いのに人生を達観していて、さっきのような冷静で抑揚のない声になってしまうのかもしれない…と感じてしまった。

 

「アオイ・ジュンです…って、さっき顔は合わせているよね。地球連合軍少佐でナデシコの副官を務めています」

 

「イサミです。どうぞよろしくお願いします」

 

私はそう言ってぺこりと頭を下げた。

そのうちにユリカさんと男性パイロットも加わる。

 

「オレはテンカワ・アキト。エステのパイロットだ。お前、さっきはすごかったよな? …でも木連の軍人に女性がいたなんて信じられないけどな」

 

「うんうん、わたしもそう思う」

 

アキトさんに寄り添うユリカさん。

その様子から、二人は恋人同士なのだろうと察した。

 

「でも彼女、木連優人部隊の制服を着てるわよ」

 

エリナさんの言葉にアカツキさんは頷きながら言う。

 

「それが不思議なんだよなぁ…」

 

「オレもそう思う。あの男臭い優人部隊に女性がいたなんてありえねぇだろ」

 

ウリバタケさんが会話に加わって来た。

 

「あなたは格納庫にいた…」

 

「オレの名はウリバタケ・セイヤ。エステの整備ならオレに任せとけ。…ま、ともかく木連の軍服着てるからって軍人だって決まったわけじゃない」

 

「でもその白い制服は木連の中でも限られた人しか着られないものだっていうことだし、それにさっきの戦闘で大活躍したんだもの少なくともパイロットの経験があるのは確かなんじゃないかしら?」

 

 

本人を放っておいて私が木連の軍人かどうかで議論しているナデシコのクルーたち。

私は彼らの会話の輪から抜け出してふと視線を逸らすと、そこには寂しげな表情の女性がいた。

彼女は食堂の隅に置かれた椅子に腰掛けているのだが、賑やかな宴会の輪から一人離れていてパーティーを楽しんでいる様子はない。

料理の皿はなく、乾杯をした時のワイングラスも口をつけてはいないようで、ただこの場にいるだけといった感じだ。

場に不似合いな雰囲気を漂わせているものだから、気になった私は彼女に近づいて声をかけた。

 

「はじめまして、イサミといいます。よろしくお願いします」

 

「わたしはハルカ・ミナト。ナデシコの操舵士よ、よろしく」

 

ミナトさんは無理に作った笑顔で挨拶する。

なんだか訳ありといった感じだ。

 

「どうかしたんですか? みんなと一緒に料理を食べないんですか?」

 

「うん。ちょっと昔のこと思い出しちゃって…」

 

「昔のこと、ですか?」

 

「その白い制服…」

 

私の着ている服を懐かしそうに見ながら彼女は言う。

 

「この服がどうかしましたか?」

 

「わたしね…あなたと同じその制服を着ていた白鳥さんという人のことがとても好きだったの。とっても純粋で正義感の強い人だった。けど、死んじゃった…」

 

「死んだ…?」

 

「彼は木連の人で、最初は地球に対して敵意を持っていたの。でも地球にも自分たちと同じく正義を愛する人たちがいるってことを知って、アキト君たちと一緒に地球と木連の和平を目指そうと協力するようになった。そのおかげで話し合いの場をつくることができたんだけど木連の中には和平に反対の人もいて、結局その話し合いの場で撃たれてしまった」

 

「その人っていうのはわたしのお兄ちゃん。だからわたしはミナトお姉ちゃんと一緒にいることにしたの」

 

いつの間にかユキナちゃんがそばに来ていた。

ユキナちゃんだけでなく、アキトさんやユリカさんたちもいる。

 

「でももうこれ以上人が死んでいくことなんてなくなるかもしれない…」

 

「どういうことですか?」

 

「地球とネルガル、木連はボソンジャンプのシステムともいえる火星の遺跡を求めて戦争をしていた。そのおかげでオレたちの家族や、たくさんの火星の人が死んでしまった。でもその遺跡のコアを宇宙の彼方に飛ばしてしまったから今はひとまず休戦状態になっている。だけどこれで戦争が終わるかどうかオレにはわからない。でもオレたちは自分が守る大切なもののためにやったんだ」

 

「そう、アキトの言う通り。この艦はわたしたちがわたしたちらしくいられる場所。だから自分たちの思うようにしたいの」

 

「最初はナデシコを自爆させて遺跡ごと爆破しようって言ってましたけどね」

 

「そうだったっけ…ははっ」

 

メグミさんの言葉にユリカさんは頭を掻きながら笑って誤魔化す。

 

「でも、そのおかげで今まで自分が勝ち取った思い出をなくさずに済みました」

 

しみじみと言うルリちゃんに私は胸が締めつけられる。

思い出…私にはその思い出がないのだ。

 

「自分が自分らしくいられる場所…自分で勝ち取った思い出…か。私にもそういったものがあったのでしょうか…?」

 

「記憶のことなら焦ることはないさ。それに世の中には知らない方がいい過去だってあるんだし」

 

アキトさんが微笑みながら私を慰めてくれる。

 

「ありがとう、ございます」

 

暖かい眼差しを私に向けていたアキトだったが、彼の視線が私の胸で止まる。

 

「ちょっと、アキトぉ、どこ見てるのよー!」

 

ユリカさんがアキトさんの耳を引っ張って言う。

 

「ち、違うよ。胸のポケットに何か入っているみたいなんだよ」

 

そう指摘されて、私は自分の左胸のポケットを探る。

すると中から一枚の写真が出てきた。

その写真には二人の男女仲良く並んで写っていて、その顔を見て私は息が止まるほど驚いてしまった。

 

「こ、これは… !?」

 

私の反応が予想外のものだったからなのか、皆が私の持っている写真を覗く。

そして彼らも私同様に驚いた。

なぜなら写真に写っているのは私と、私にそっくりな男性である。

その写真の男性は優人部隊の白い制服を着ていて、私らしき女性は一般兵の黒い制服を着て並んで写っている。

 

「え-っ、どういうこと? こっちの女性がイサミさんでしょ。で、こっちの人もイサミさん?」

 

ユリカさんが指を指しながら言うと、アキトさんが呆れたように言う。

 

「何わけのわからないこと言ってるんだよ。この男性はそっくりだけど別人だよ。体格だってがっしりしているし」

 

「ほんとに、顔はそっくりですね。でも誰なんでしょ?」

 

メグミさんの言うように二人の顔は非常に良く似ていて、瓜二つという言葉がぴったりの二人である。

私は何気なく写真を裏返すとそこには「ハヤトとイサミ、18歳の誕生日に。2197.9.10」と手書きで書かれていた。

今から約半年前に撮影されたもののようだ。

 

「イサミさん、このハヤトという人とあなたは双子なんじゃないですか? この人はたぶんイサミさんのお兄さん」

 

ルリちゃんが言う。

 

「双子?」

 

「覚えがありませんか?」

 

「…いいえ、思い出せません。でも何となく懐かしい気持ちがします」

 

そう…何も思い出せないが、たぶんこの写真を撮った時はとても幸せだったような気がする。

二人の笑顔が「今とても幸せだ」と語りかけてくるように思えるのだ。

記憶を取り戻す手掛かりをひとつ見つけたわけだが、わかったのは私には双子のハヤトという兄(もしくは弟)がいるらしいということと年齢だけでまだ先は長い。

もしかしたらこの白い制服もハヤトのものであるという可能性も出てきた。

ただしそうなると体格の良い彼の制服のサイズが私にジャストフィットしている理由は説明がつかない。

そして写真の私は木連の軍人の一般兵の制服を着ているのだから優人部隊はともかく木連の軍人であることはほぼ間違いない。

しかしそれだけではまだ断定できないとのことで、いずれ地球軍と木連の関係が良好なものとなれば木連側に問い合わせして身分をハッキリさせてくれるだろうと慰められてしまった。

 

「イサミさんの記憶のことは、また後でゆっくりと考えることにして…今はパァーッといきましょう!」

 

ユリカさんの言葉でパーティーは再開した。

 

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