機動戦艦ナデシコ The Blank of 3years Another story 作:ルーチェ
ユリカさんの計らいで私はメインクルーたちと同じフロアに部屋を与えられ、捕虜ではなく客人として接してもらえるようになった。
そして一緒に生活しているうちに彼らの人となりがわかり、現在のナデシコとクルーたちが置かれている状況についても理解できた。
どうやら火星極冠にある遺跡からボソンジャンプの演算ユニットを切り離してナデシコのYユニットごと宇宙の彼方へ飛ばしてしまうというとんでもないことをやらかしていたようで、彼らが地球に無事に戻れるのかどうか怪しいと考えていた矢先に状況は大きく変わった。
ナデシコは地球連合軍の宇宙ステーション「コスモス」に収容され、クルーたちは地球に強制送還させられてしまったのだ。
戦争で奪い合いをするほど重要なボソンジャンプの演算ユニットを軍の命令を無視して宇宙の彼方に飛ばしてしまったのだから当然の措置であろう。
もちろん強制送還させられたメンバーには私も含まれる。
行きがかり上仕方がないことなのだが、木連の捕虜としてではなくナデシコのクルーと同様の扱いであったことは幸いであった。
それから約半年の間、私はナデシコのクルーたちと一緒にサセボシティにあるネルガル関係の施設で拘留生活を送っていた。
拘留といっても別に牢に閉じ込められていたのではなく、長屋のような安アパートに押し込められただけである。
監視は厳しかったものの、事前に申請をして許可をもらいさえすれば短期の旅行やアルバイトもできたのでわりと自由に暮らしていた。
定期的に呼び出されては日記を提出するのが義務づけられていただけで、言い換えるなら「保護観察処分」といった扱いである。
ユリカさんたちがやったことは軍所属の人間 ── ナデシコは民間の艦船ではあるが一時期軍の所属であったため ── が上官の命令に逆らったのだから重い罪になりそうなものなのだが、ネルガルが軍と交渉をして「特に沙汰なし」ということにしてもらったらしい。
でもさすがに無罪放免ということにもできなかったので半年間の拘留刑となったわけだ。
この間に私は個性豊かなナデシコのクルーたちにも随分馴染んでいった。
はじめのうちはずいぶん困惑したものだったが、それでも彼らに馴染んだということは私に記憶がなかったから自然に受け入れられたのかもしれないし、自分が知らないだけで私にも彼らに似た
とにかく私の正体はわからずじまいだが、地球で生きていく自信と覚悟はできたのだった。
そして2198年9月、拘留期間が終了した。
これをもってナデシコのクルーは離れ離れになる。
ナデシコのクルーはネルガルの「スキャパレリプロジェクト」のために集められたメンバーであるから、その計画が終了すれば解散するのは当然ということで、
「まあ、君たちの拘留期間もこれで終わって晴れて自由の身だ。多少の監視は続くが、それくらいは我慢したまえ。それだけのことをしたんだからな。家に帰るもよし、軍に残るもよし。好きにやってよ」
アカツキさんの言葉にそれぞれが身のふり方を考えた。
軍人は元の所属へ、民間人は前職に戻ればいいということで、別れの挨拶をするとそれぞれ会議室を出て行く。
私はアカツキさんからネルガルの社員になってボソンジャンプの実験に協力するよう誘われたがはっきりと断った。
この半年間に何度も打診されていたのだが、いくら恩があるといっても承諾してしまったら取り返しのつかないことになるだろうとずっと断り続けてきたのだ。
ようやくこれで私の固い決意をわかってもらえたようで、もうこの話はしないということで決着がついた。
しかし地球に知己がいるわけでもなくこれからの生活をどうしようか考えていると、私同様に行くあてのないルリちゃんと私にユリカさんが笑顔で言った。
「だったら二人ともわたしのところに来れば?」
数時間後、ユリカさんに連れられたルリちゃんと私はミスマル家へとやって来ていた。
客間に通されるとそこにはユリカさんの父親であるミスマル・コウイチロウ地球連合軍提督が待っていて、彼は険しい顔で私に尋ねた。
「君がナデシコにボソンジャンプをして来た木連の軍人かね?」
「はい、イサミと申します。ナデシコにボソンジャンプをして来たのは事実ですが、木連の軍人だったかどうかは…まだ思い出せません。身につけていた衣服が木連優人部隊のものだったことから木連の軍人ではないかと推測されるだけで、それ以上の確証がないものですから」
私がナデシコに現れてから半年経つが、まだ記憶は戻っていない。
物証といえるものは優人部隊の制服と写真だけで、それ以上の根拠となるものがないため木連の人間かどうか断定できずにいる。
「そうか…行く当てがないのなら、しばらくここにいるといい。ユリカの友人ならば歓迎しよう」
ミスマル提督はそう言って微笑んだ。
私は彼の親切に甘えることに決めた。
見ず知らずの土地で他に頼るあてがない私にとって衣食住を確保するには他に道はないのだ。
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」
こうして私とルリちゃんはミスマル家に住まわせてもらうことになった。
これといって手に職のない私はミスマル家の家事全般を手伝うことにした。
つまり家賃と食費の対価として住み込み家政婦として働くというわけだ。
ミスマル提督はお金のことは気にしなくてもいいと言ってくれたが、さすがに赤の他人である私がおんぶにだっこというわけにはいかない。
それもルリちゃんのように働く手段がないのではないのだから、できることをするのは当然である。
記憶はないが生活に必要な知識や技術はあるようで、これまでも毎日の暮らしに不都合はなかった。
そのうちにミスマル提督の信頼も得られるようになっていった。
「いやぁ、君のおかげで毎日おいしい食事ができて助かるよ」
そう笑顔で言うミスマル提督。
奥さんのいない
「サセボシティに拘留されていた間、コックのホウメイさんからいろいろな料理を教わりましたので。喜んでいただけて嬉しいです」
「しかし君がここに来てそろそろひと月になるが、いつまでもこのまま家政婦の状態でいるのはもったいないな」
「もったいない? そういうものですか?」
「ああ。優秀な人間はその能力を存分に発揮できる仕事をすべきだ。それで…もし君が望むなら地球連合軍に入らないかね?」
突然のミスマル提督の申し出に私は驚いた。
「私が地球連合軍に…? それはまた突拍子もないお話ですけど、どうしてそのようなお話が…?」
「報告書によると君はパイロットとしての適性があるようじゃないか。それにネルガルでは現在『ナデシコB艦』の計画が進められている。どうだね? 私が君の後見人になってもいい。君の人間性は一緒に暮らしていて良くわかっているからな」
サセボシティで拘留生活を送っていた時にネルガルの施設で何回か戦闘シミュレーションを行って好成績を上げており、軍の人間が私の身辺調査的な意味でいろいろ調べていたからその情報が軍上層部の彼の耳に届いていたようだ。
記憶はないが私は間違いなく機動兵器のパイロットだったと思う。
このまま家政婦として続けるよりも給料を得られる仕事に就いた方がいいのだろうが、自分が木連の軍人であったとしたら ── その可能性はかなり高い ── そんな私が地球連合軍に入るのは問題がある。
今のところ私の正体はまだはっきりとしていないがいずれわかる時が来るだろう。
仮に私が重大な戦争犯罪人であったとすれば、後見人となったミスマル提督の立場が危ういものになってしまう。
それにその責任の一端を負わせることにでもなれば、恩をアダで返してしまうことにもなりかねない。
少なくとも私が記憶を取り戻すまでは軍に入るべきではない。
「…ありがたいお話しですが、私は自分がまだ何者なのかわかりません。最悪の場合を考えるとこのような状況で地球連合軍に入るわけにはまいりません。それに提督のお立場というものもありますから」
「…わかった。君の好きなようにしたまえ。だが、わしはいつでも力になるよ」
ミスマル提督も私の気持ちを汲んでそれ以上は何も言わず、地球連合軍入隊の件はおしまいとなった。
しばらくしてアキトさんとの交際のことでミスマル提督と大喧嘩をしたユリカさんはルリちゃんを連れてアキトさんの家へと行ってしまった。
そうなると一人残された私は居づらくなり、ミスマル家を出て一人暮らしをすることに決めた。
ジュンさんに紹介されたファミレスでアルバイトをしながら記憶を取り戻そうといろいろ試みたものの、その甲斐もなく私の正体はわからないままであった。
ある日突然、私の働くファミレスにアカツキさんがやって来た。
さすがは大企業ネルガル重工の会長ということでスマートな高級スーツを見事に着こなしているのだが、逆にファミレスの客としては場の雰囲気に合わず周りから浮いた存在となっている。
見たところSPの姿はないが、たぶん外で待たせているのだろう。
私は注文をとるために彼の席へと向かった。
「いらっしゃいませ。アカツキさん、お久しぶりです」
「イサミ君も元気そうじゃないか。サセボシティ以来かな?」
「ええ。でもネルガル重工会長のあなたがこんなところでお食事ですか? それもお一人で」
「いや、君に会いに来たんだ」
「私に? どうしてですか?」
「男が女性に会いに来るのにどんな理由が必要だと言うのかい?」
「プッ」
真面目な顔でキザなこと言うアカツキさんに思わず吹き出してしまうが、彼は特に気にしていないようだ。
「相変わらずですね。もうすぐ勤務時間も終わりますから少しお待ちいただけますか?」
「ああ、その間コーヒーでも飲んでようか」
「ホットコーヒー1つ、でよろしいですね? オーダー承りました」
30分後、私は仕事終えて私服に着替えるとアカツキさんの待つテーブルにやって来た。
「お待たせしました」
「じゃあ、行こうか」
アカツキさんは私を伴うとファミレスを出た。
久しぶりに会ったことで積もる話がたくさんあり会話は盛り上がる。
親しげに会話をしながら夜の街を並んで歩いて行く姿は恋人同士のように見えなくもない。
もちろん私たちの間にはそんな甘い関係は一切なく、ただ時間と場所というシチュエーションがそういう雰囲気にさせているだけである。
「この近くにいい店があるんだ」
そう言って彼はシティホテルの最上階のレストランに私を連れて来た。
支配人らしき人物が現れるとアカツキさんにうやうやしく礼をし、その男性が夜景の良く見える窓側の一番良い席に案内してくれる。
席に着くとアカツキさんが適当にメニューを決めて注文し、それに続いてソムリエがワインを勧めた。
詳しいところはわからないが年代物の赤ワインで、芳醇な香りの赤い液体をソムリエがふたつのワイングラスに注ぐ。
私たちはワイングラスを手に乾杯した。
「二人の再会に、乾杯」
「乾杯」
私は別に彼に会いたかったわけではないが、こういう場合彼に恥をかかせないためには話を合わせておく方がいい。
たぶんここの食事は彼の奢りになるのだろうから。
いや、支払い能力がない私には奢りでなければ困ってしまう。
なにしろ戸籍がない私ではクレジットカードを持つことができず、今は持ち合わせがまったくないのだ。
「さて…私に何のご用があるんですか? ただでさえ忙しい会長さんが代理を立てずに自ら私に会いに来るとなれば余程の理由があるはず。…もしかしてまたボソンジャンプの実験のことですか? でもその話はもう持ち出さないと約束しましたけどお忘れではありませんよね?」
私が訊くと、彼は言葉を濁らせた。
「もちろん今日はそのことじゃない。…実は君をパイロットとしてスカウトに来たんだ」
「パイロットとしてスカウト…ですか?」
「君も知っているかもしれないが、ネルガルではナデシコB艦の建造が進んでいる」
「ええ、ミスマル提督から聞きました」
「君にそのナデシコB艦に正式なクルーとして乗り組んでもらいたいんだ」
「私がナデシコB艦に?」
「君のパイロットとしての才能はこの僕が良く知っている。初めて会った時に僕のエステの中で見せた君の力、せっかくの才能を埋もれさせたくはないからね」
彼もまた私をナデシコB艦に乗せたがっているようだ。
ナデシコには軍人と民間人が両方乗り合わせていた。
ユリカさんやジュンさんは正規の地球連合軍の軍人で、アキトさんやルリちゃんたちは民間人だった。
ナデシコB艦の件は以前にミスマル提督から打診されていた話だが、私は軍に入ることを断っている。
だから私が民間人としてナデシコB艦に乗るのであれば問題はないということなのだろう。
「もし断ったらどうなるんですか?」
私はためしに訊いてみた。
「そうだな…ここで君を拉致して、そのままナデシコB艦に放り込もうかな」
冗談とも本気ともつかない彼の言葉。
でも彼が私をナデシコB艦に乗せたいのは本気のようだ。
「そんな乱暴なことができるんですか? …って、できますよね。だってここはネルガル系列のホテルですもの。あなたが一声かければ全従業員があなたに従うでしょうから。中にはゴートさんのような屈強な大男も待機していそう」
「さあ、どうする? おとなしく僕の言うことに従うかい? それとも乱闘騒ぎを起こすかい? 逃げようとしても無駄だよ。ネルガルの力は君も知っての通りだ。この地球上で僕の目の届かない場所はないんだからね」
「そうですね、今回はあなたのお誘いに乗りましょう。あなたに貸しを作っておくのもいいかもしれないので」
「アハハハ…。イサミ君らしい判断だ。じゃあ、君はこれからネルガルの社員ということで会長の僕に従ってもらうよ」
「はいはい、会長さま」
私はおどけて言う。
そこへオードブルが運ばれて来た。
「さて、料理も来たし…ビジネスの話はこれまでにしようか」
ここからは純粋に料理と会話を楽しむディナータイムとなった。
料理の味は最高で、ワインの代金も含めると私のファミレスの給料の約2ヶ月分が一瞬にして消えてしまうような値段だったと思う。
もしナデシコB艦の件を断ったらこの「借金の形
結局私がナデシコB艦に乗ることは既定路線だったということなのだ。
それから3ヶ月後、ナデシコB艦(NS-955B)は完成した。
ナデシコB艦はネルガル重工の出資と技術提供によりナデシコの後継艦として設計された「ナデシコ級第2世代型宇宙戦艦」で、旧ナデシコは「A艦」と呼ばれ区別されることになる。
ナデシコB艦の主な任務は各ステーションやコロニーの巡回、並びに警備だということだが、実験艦としての意味合いも強く「ワンマンオペレーションシステムプラン」の実験データを収集するのが本来の目的なのだそうだ。
ブリッジクルーが複数乗艦する予定だが実際にはルリちゃんとオモイカネだけで運行可能で、クルーの大半はデータのバックアップなどの補助目的が主な仕事となるらしい。
ナデシコA艦以上に強力なディストーションフィールドを形成することが可能で、チューリップゲートを通って空間跳躍することもできるそうだ。
ただし戦艦ではないということで武装はグラビティブラスト1門のみとなっている。
もちろん敵 ── 木連とは休戦中なので事実上はいないはずである ── が現れたら戦闘は回避できないため、念のためということで私はエステバリスのパイロットとして乗務するわけだ。
私はファミレスでのアルバイトを辞めてネルガルの正社員として入社していて、ナデシコB艦の完成と同時に正式クルーに任命された。
給与はアルバイト時と比べて約3倍にアップし、アカツキさんの保証でクレジットカードを持つことができるようになった。
もっともカードを使用する機会はしばらくなさそうであるのだが。
それから1週間後、ナデシコB艦の完成披露パーティーが開かれた。
オマエザキドックの地下に建造された秘密ドックに停留され出航の時を待つ最新鋭艦ナデシコB艦。
ナデシコB艦はA艦の後継艦であるためほぼ同じ形だが純白に輝くボディにブルーのカラーリングが美しい。
パーティー会場は艦内の食堂で、ネルガルの幹部社員や軍のお偉いさんたちの姿がチラホラ見えるが参加者の半分以上は見知った顔だ。
それは旧ナデシコクルーも招待されているためで、皆それぞれに着飾って楽しそうに会話を楽しんでいる様子はまるで同窓会のようである。
そんな仲間たちの中にユリカさんを見つけて私は声をかけた。
「ユリカさん、お久しぶりです」
「あっ、イサミさん。お元気でしたか?」
「ええ。私、この艦の正式クルーに採用されたんです」
「よかったですね」
「よかったのかどうかはまだわかりませんけどね。ところで今日アキトさんは来ていないんですか?」
いつも一緒にいるアキトさんがいないことに疑問を持ったので訊いてみた。
「うん。アキトは屋台のラーメン屋さんをやっているんだけど、昼間は仕入れや仕込みで忙しいから今日は来られないの」
彼は自分のラーメン屋を開くことを夢にしていて、そのために日夜頑張っているのだと伝え聞いていた。
「アキトさんもがんばっているんですね」
「お金を貯めて自分の店を出すのが夢なんですもの。夜はわたしも屋台のお手伝いをしてるのよ。屋台の看板娘なんだから、えっへん」
自慢げに話すユリカさんの表情はとても幸せそうだ。
「今度、食べに行きますね」
「うん、そうして! アキトも喜ぶと思うから」
ユリカさんと別れた後、私は厨房へ行った。
中を覗くとホウメイさんが料理を作っているので声をかける。
「こんにちは、ホウメイさん」
「おや、イサミじゃないか。元気そうだね」
「ええ。ホウメイさんこそお元気そうでなによりです。やっぱり今日の料理はやっぱりホウメイさんの作ったものだったんですね。ひと口食べてみてこれはホウメイさんの料理に間違いないってすぐにわかりました。とても懐かしくて胸が温かくなる料理ばかりですもの」
「嬉しいこと言ってくれるね。あんたのように喜んでくれる人がいるからどんなことがあってもコックを続けられるのさ。新しいナデシコでコックを探してるって聞いたら我慢できなくって、自分の店を出したばかりだったんだけど人に任せて来ちまったよ」
「ホウメイさんらしいですね」
「あんたもこの艦の正式クルーになったんだろ。どうだいコックをやってみないか? 料理の素質、あるんだから」
サセボドックで彼女に弟子入りしていた時から筋が良いと褒められていたし、自分の店を開く時には手伝いってほしいとも言われていた。
彼女から開店の報せを聞いた時にはすでにネルガルと契約してナデシコB艦乗務が決まっていたので申し訳ないが辞退させてもらっていたという経緯がある。
「ありがとうございます。でも私はパイロット要員なんです。もうこの艦に私専用のエステバリスまで準備されているそうですから。ほら、私ってIFSをつけていないから他の人と違う特別な機体なんです。そこまで期待されたらNOなんて言えませんよ」
IFSとはパイロットが操縦の負担を軽減するために人体にあるシステムを移植するものでほとんどのパイロットがその手術をしているのだが、木連ではIFS処理はしないのが普通らしい。
だから私はIFSをつけておらず、地球連合軍に入ることもパイロットになるつもりもなかったでその処置はしていない。
しかしナデシコB艦乗務が決まったことで、アカツキさんは私に最も適した機体というものをわざわざ用意してくれた。
私の操縦技術と身体機能は他のパイロットの能力よりはるかに優れていて、IFSをつけるより機体性能の良いエステバリスに乗せた方がいいと判断したからだということだ。
そのせいで私専用の0G戦タイプのエステバリス、通称「イサムカスタム」は私の能力に合わせたピーキーなものとなり、他のパイロットには手が負えないじゃじゃ馬機体になってしまったのだった。
「そうなのかい、残念だねえ」
お世辞ではなく本当に惜しいと思ってくれているホウメイさんの気持ちがとても嬉しかった。
「でも時間のある時にはまたお手伝いさせて下さい。腕は落ちていないはずですから」
そう言ってガッツポーズをする私にホウメイさんが微笑んで言った。
「ああ、頼んだよ」
私がパーティー会場に戻ろうと廊下を歩いているとユキナちゃんに出会った。
「あっ、イサミさん。こっちこっち-っ!」
ユキナちゃんに腕を引っ張られながら会場内のミナトさんとジュンさんのいる場所へと連れて行かれ、ユキナちゃんとミナトさん、ジュンさんのグループに加わった。
「みなさん、ここにいたんですね。お久しぶりです」
サセボシティ以来の再会の人もいるため私たちはそれぞれお互いの近況を報告し合い、しばらくして話題はナデシコB艦の艦長のことになった。
ユキナちゃんが私に訊く。
「ねえねえ、このナデシコB艦の艦長って誰なの? イサミさん、知ってる?」
「いいえ。私は知りませんけど、普通に考えてユリカさんじゃないんですか?」
ナデシコA艦の艦長がユリカさんだったのだから、そのまま新しい艦の艦長は彼女がなるものだと私は考えていた。
しかしジュンさんの考えは違うようだ。
「それはありませんね。軍もネルガルもユリカには二度と艦長をさせないという点で意見が一致していますから」
それは旧ナデシコクルーの“前科”によるもの。
遺跡の演算ユニットを奪ってボソンジャンプさせ、どこか宇宙の彼方へ飛ばしてしまったことはもちろんのこと、他にも軍の命令に対しての違反や勝手な行動など目に余るものがあったらしい。
その責任が艦長であるユリカさんにあると考えるのは当然だ。
「それじゃあ、誰が新艦長なのかしら?」
ミナトさんの言葉に、いつの間にかそばに来ていたルリちゃんがいつもと変わらぬ冷めた口調で言った。
「わたしです」
「えっ?」
「わたしがこのナデシコB艦の艦長です」
「ええぇぇぇぇぇーっ !!」
衝撃的なルリちゃんの艦長宣言に驚く一同。
するとルリちゃんは顔色一つ変えずに淡々と言う。
「何を驚いているんですか? それにイサミさん、あなたにはパイロットとしてだけではなく副官としてわたしの補佐をお願いすることになっています」
「ええぇーっ! 私が艦長の補佐…ですか !?」
「はい。敵襲等緊急時にはパイロットとしてエステバリスで出撃してもらうことになりますが、平時はブリッジでナデシコB艦の副官を務めて下さい」
私とルリちゃんの会話をミナトさんが聞いていたようで口を挟んできた。
「そうよね。指揮官としての能力もありそうなんだから平時に遊ばせておくのはもったいないよね。それにユリカさんが乗らないならジュン君も乗る理由はないしね」
「ええ、まあ…」
ジュンさんは元々ナデシコのクルーではなかったのだが、連合宇宙軍に接収されることを拒んだナデシコが地球軍側と対立したせいでユリカさんと軍の板挟み状態となってしまった。
そしてユリカさんのそばにいたいからとナデシコに乗り込む事を選び、ネルガルと雇用契約を結んだという経緯がある。
だから現在は地球連合軍に復帰している。
したがって彼女のいないナデシコに乗る理由はないということだ。
それならネルガルの力で私よりも優秀な人材を探してスカウトすればいいと思うのだが、アカツキさんの私に対する期待度の高さは半端じゃなく、そんな彼が別の人間を探すはずがないのだ。
「でも私に副官なんて務まるでしょうか?」
「これはネルガルが決めたことですし、わたしはイサミさんならできると思っています」
ネルガル重工会長の決定に一社員でしかない私が異論を唱えることはできない。
それにルリちゃんが期待してくれているのなら答えは一つだ。
「了解しました。ナデシコB艦の副官の任、謹んで拝命いたします」
私がそう答えた次の瞬間、艦内に緊急警報が鳴り響き、同時に激しい振動がパーティー会場を襲う。
「みなさん、ブリッジへ行きましょう」
ユリちゃんの一声でその場にいた旧ナデシコクルーたちはパーティーの華やかな衣装を翻してブリッジに急行した。
ブリッジのメインモニターにバッタやジョロなど木星蜥蜴の無人メカの襲撃を受けるオマエザキドックの様子が映し出された。
現在では存在しないはずの無人メカの出現に一同は驚きを隠せない。
それでも冷静な様子でルリちゃんが艦長席に着くと、同様にミナトさんも操舵席に着いた。
「緊急迎撃態勢。ナデシコB艦、起動します」
ルリちゃんがコンソールに起動キーを差し込み右に回転させる。
カチッという小さな音がすると、すかさず艦内にエンジン起動の鈍い音が響き渡った。
「相転移エンジン始動確認。ナデシコB艦、発進スタンバイ」
ミナトさんが計器を確認しながら答える。
あり合わせのメンバーで迎撃体勢に入るナデシコB艦。
幸いなことにこのナデシコB艦はルリちゃんさえいれば動かせるのだが、エステバリスを操縦できる人間はこの場に私とジュンさん二人だけしかいない。
おまけにジュンさんはIFSをつけてはいるがパイロットが本職ではないため戦力としては多くを望めない。
そうなると私が主戦力として頑張らなければならず、責任は重大だ。
私とジュンさんがパイロットスーツに着替えて格納庫へと向かうと、格納庫内ではエステバリス発進スタンバイにメカニッククルーたちがせわしなく走り回っていた。
こちらも居合わせたメンバーだけなので手が足りずに大慌てだがその仕事は完璧である。
ジュンさんは空戦タイプ、私はイサミカスタムに乗り込んだ。
するとすぐに私たちの乗ったエステバリスはエレベータで地上へと運ばれて行き、地上のハッチが開くと太陽の光がシャフト内を照らしだして地上の様子が目視で確認できた。
周りは既に木星蜥蜴の無人メカで囲まれていて、私たちはドックへの被害を最小限に押さえるために囮となることにしてドックから遠ざかることにした。
すると後を追って来た無人メカがジュンさんのエステバリスに集中攻撃を開始する。
「うわぁ-っ!」
いきなりジュンさんの機体が集中攻撃を受け、私は自機への攻撃をかわしながら彼の援護に回る。
イサミカスタムの基本武装はイミディエットナイフとワイヤードフィストで、オプションとしてラピッドライフルやフィールドランサーも追加が可能なのだが、現在は基本のふたつしか使えない。
「ワイヤードフィストぉぉ!」
私はワイヤードフィストでジュンさんの機体にまとわりつく無人メカを次々に撃破していった。
(この…感覚は… !?)
アカツキさんのエステバリスに乗った時のあの感覚が私の脳裏に甦る。
しかしその感覚の意味を考えている余裕などない。
ドック内では海水が注入されて水位が上がっていき、ナデシコB艦の相転移エンジンの出力も徐々に上がっていった。
ところが地上では圧倒的な敵の数に押されていて、善戦するも私の機体は崖っぷちに追い詰められ周囲を無人メカに取り囲まれてしまう。
まさに絶体絶命の状態だ。
「ハァ…ハァ…今ここで下手に動けば狙い撃ちされる。どうすればいい…?」
次の瞬間、私の機体の背後の海中よりナデシコB艦の巨体が浮上してきた。
浮上と同時にナデシコB艦の胴体中央に設置されているグラビティブラストの砲門が開かれていく。
「イサミさん、避けて下さい。…グラビティブラスト、発射」
ルリちゃんの声に反応して、私は無我夢中で海中へダイブする。
それと同時にナデシコB艦から一条の閃光がほとばしり、背後の山をひとつ巻き込んで無人メカ群は一瞬で消滅してしまった。
「敵、全機消滅を確認」
ミナトさんの安心したような声に、私も安堵のため息をつく。
「了解、ご苦労さまでした。ジュンさん、イサミさん、大丈夫ですか?」
「僕はなんともありません」
ルリちゃんの呼びかけにジュンさんは返事をした。
その声の様子からすると彼とエステバリスの機体に問題はないようだ。
「私も…私は大丈夫ですが、エステは大丈夫じゃないみたいです。救助お願いします!」
私自身は問題ないのだが、エステバリスのダメージが大きいらしく動けずに救助を求めるしかなかった。
救助が来るまでの間、私は海中で待っていた。
太陽が海面を照らす光の揺らぎを眺めながら、さっきの戦闘を思い出す。
(あの感覚…ずっと昔にも同じようなことがあった気がする。シミュレーションとは違う…操縦桿を握った時の高揚感も敵の動きが手に取るようにわかることも、記憶にはなくても身体がそれを覚えている。…でも、思い出せない。思い出したいのに…。私は…いったい何者なの…?)
そして私はいつの間にか意識を手放してしまっていた。