機動戦艦ナデシコ The Blank of 3years Another story 作:ルーチェ
気がつくとそこはエステバリスのコックピットではなく別の場所であった。
ベッドに寝かされていて、白い天井が視界に入った。
「気がついたかい?」
ジュンさんの呼びかけに、私は軽く身体を起こして尋ねる。
「…ここは?」
「ナデシコB艦のメディカルルームさ。具合はどう?」
「大丈夫です。それよりジュンさんこそお怪我はありませんでしたか?」
「ああ、あの時君が援護してくれたおかげでかすり傷ひとつ負っていないよ」
「よかった…。それで敵はどうなりましたか?」
「グラビティブラストで一掃さ。残骸を調べてみたら、やっぱり木星蜥蜴の無人メカだったって確定したよ」
「そうですか…」
「このあとブリッジで対策ミーティングがあるんだけど君はまだ休んでいた方がいいかもね」
「いえ、もう平気です。私も行きます」
私とジュンさんがブリッジに行くと、そこにはルリちゃんを中心にして、ユリカさん、ミナトさん、ユキナちゃんが待っていた。
地球軍と木連が休戦中の今、地球には木星蜥蜴の無人メカは存在しない。
しかしその襲撃を受け、戦闘が行われたのは紛れもない事実である。
木連政府がこのようなことをするとは考えにくいので、現在の和平路線に不満を抱く一部の人間による軍事的挑発といったところだろう。
このまま放置すれば次々に無人メカを送り込んでくるに違いないので何らかの形で解決しなければならないのだが、事を荒立てれば地球軍と木連との間で結ばれている休戦協定を崩しかねない。
下手をすれば再び両者の間で戦争が勃発する恐れもある。
そこでネルガルは今回の調査を極秘裏に行う決定を下したのだが、当然ながら休戦中であるため正規の軍人は使えない。
ナデシコB艦という
木星蜥蜴との戦闘実績を持つ経験豊かな旧ナデシコクルーを再集結させることに決まった。
艦長命令で旧クルーの説得と召集は私に任されたが、不慣れな土地であるからいうことでジュンさんが自ら志願して同行してくれることとなったのだった。
まずは元通信士のメグミさんである。
彼女は「メグミハラ・レイナ」という芸名でタレントをしているのだが、年齢と経歴をごまかしてアイドルをやっているらしい。
年齢はともかく経歴の詐称は反戦ムードの高まりから元軍人 ── ナデシコは一時軍所属であった ── である事を隠すためである。
ナデシコに乗る前の彼女は声優をやっていて、かつて所属していたプロダクションに復帰して活動していた。
その人気を追い風にアイドル業にも手を出して一時期は売れっ子だったものの、ファンとは残酷なもので別のアイドルタレントが登場したことでそちらに乗り換えたらしい。
そうなると彼女は次第にテレビの出演依頼が減り、それがさらに人気の陰りを促してしまうという負のスパイラルに陥ってしまった。
彼女の今日のスケジュールは午後からカントウテレビの「素人演芸道場」というマイナーな番組のゲストとして出演する予定だというので、私たちはテレビ局に向かった。
テレビ局の受付で収録スタジオを教えてもらいそこへ行くと本番収録中であり、楽屋でしばらく待たせてもらうことにする。
ところが楽屋へ続く廊下を歩いていると、そこで意外な人物に出会った。
それは元パイロットのイズミさんである。
チャイナドレスを着て手にはウクレレを持っていることから、たぶん彼女は「素人演芸道場」に出演してウクレレ漫談を披露したのだろうと推測した。
「あれっ、イズミさんじゃないですか? この番組に出演していたんですか?」
「ピンポーン」
正解という意味だろう。
リョーコさん曰く「オレが火星の極冠で経験したブリザードよりも寒い」というギャクを連発するイズミさんにお笑い芸人は向いていないと私は思っている。
その証拠に一次審査で落ちたのだとジュンさんが後でこっそり教えてくれた。
「イズミさん、もしよかったらナデシコB艦に乗りませんか? 現在クルーを募集中なんです」
「…別にいいけど」
あっさりとOKしてくれたイズミさん。
意外なところで意外な人をGETできた。
幸先は上々だ。
メグミさんの楽屋のドアをノックするとそこには既にメグミさんがいたので私は事情を簡単に説明した。
「で、ようするにこのわたしにまたナデシコに乗れってことなわけ?」
「はい、そうです」
「うーん、どうしようかなぁ…お仕事休みすると事務所にも迷惑かけちゃうし…」
もったいぶった言い方をするメグミさんに私はおだてるような言い方で説得する。
「メグミさんの通信士としての能力はとても頼りになりますし、他にナデシコの通信を任せられる人はいません。それにメグミさんが通信士を引き受けてくれるのなら私は安心して戦えます。もちろんメグミさんが芸能界で活躍していることは承知していますが、ナデシコもあなたを必要としているんです」
するとメグミさんはしばらく考えた末にさらにもったいつけて返事をくれた。
「…いいわ、事務所にはわたしから説明しておく。この仕事が終わったらすぐに合流するから」
「よかった。ありがとうございます」
「それじゃあ、この後歌番組の打ち合わせがあるから、そろそろ行かなきゃ。またね」
そう言い残して彼女は機嫌よく楽屋を出て行った。
「意外と簡単にOKしてくれましたねぇ」
テレビ局の玄関へ向かう途中、ジュンさんはそう言うが私は首を横に振った。
「さっきはあんなことを言いましたけど、メグミさんのアイドルとしての人気が下降気味であることは事実です。最近ではホウメイガールズ改めJMRの活躍でメグミさんの仕事は減ってきているみたいで、このまま続けても今以上の人気が出るとは考えにくい。本人もそのことには気づいているはずで、引退するにしてもそれなりの理由が必要。特にアイドル業が天職ではないことを自分自身に認めさせなければ未練と後悔が残ります。だからナデシコこそが自分の居場所で、ナデシコとその仲間たちが自分を必要としてくれているという理由は彼女にとって自分へのちょうどいい言い訳になると思いますよ」
「なるほど…」
感心するジュンさんと一緒にテレビ局を出ると次の目的地へと向かった。
次はメカニックのウリバタケさんの自宅である。
居宅に付随している作業場と思われるプレハブの建物の中を覗くとウリバタケさんは何かを作っているようで、彼は大きなハンマーを振り上げていた。
「ウリバタケさん、お久しぶりです」
「お元気でしたか?」
入口でジュンさんと私が声をかけると、ウリバタケさんは大歓迎といった感じで仕事の手を休めて作業場の中へ招き入れてくれた。
「おう、二人とも、どうしたんだい? なーんかわけありって感じだな…」
「するどいですね。実はウリバタケさんにお願いがあって来たんですけど…」
私が説明をしようとしたところにウリバタケさんの奥さんと思われる女性が通りかかった。
彼女は買い物から帰って来たらしく買い物袋を下げているのだが、よく見ると身重のようでお腹が少し膨らんでいる。
私たちは簡単に挨拶をすると彼女は奥の居住スペースへと姿を消した。
「あの方…ウリバタケさんの奥さんですよね?」
「ああ、そうだ。それがどうかしたか?」
「だったら、私たちは帰ります。失礼しました」
「どういうことだい? 頼みがあって来たんだろう?」
私はどうしようかと考えたが、事情を説明することにした。
「実はナデシコB艦のクルーを集めているのですが、ウリバタケさんにもぜひ乗ってほしいと思ってここへ来たんです。でも奥さん身重みたいなので…」
すると彼はべらんめえ調で叫んだ。
「何いってんでぇ! ガキなんてなぁ放っておいたって勝手に生まれてくらぁ! それよりナデシコにオレが乗らなくてどうする? オレの他に誰にエステの整備ができるってんだ! オレは行くぜ!」
「…そこまで言ってくださるなら、どうかよろしくお願いいたします。詳しいことはのちほどご連絡しますので準備だけはしておいてください」
そう言って私とジュンさんはウリバタケさんの家を出た。
そして歩きながらジュンさんが私に言う。
「ウリバタケさんも乗ってくれることになってよかったですね」
「ええ。でも奥さんには申し訳なくて気が重いです」
「でも僕たちが来なくてもどこからかナデシコB艦のことを聞きつけて、しかもルリちゃんが艦長だなんて知れば家族のことなんて天秤にかけるまでもなくほったらかしにしてナデシコに乗り込むんじゃないかなぁ」
「そ、そうなんですか?」
「間違いありません。つまり結果は同じだったということであまり気にしなくてもいいと思います」
ジュンさんは自信ありげに言う。
「…次へ行きましょうか」
ウリバタケさんがルリちゃんの大ファンであることは知っていたが、家族を放ってまでナデシコに乗ろうとするというのはいささかクレージーな気がする。
まあ優秀なメカニックをGETできたのだから良しとしよう。
最後に向かったのは元パイロットのヒカルさんの家である。
地図を頼りにやって来たその場所は古ぼけた陽の当たらない安アパートだった。
2階の端にある部屋の玄関ドアの表札「天野」を確認してドアをノックするが出て来る様子はない。
「留守でしょうかねぇ?」
残念そうな顔のジュンさんに私は言う。
「いいえ、そんなことはありませんよ。ほら、ここにある電気のメーターを見てください」
私が玄関横にあるアナログ式誘導型電力量計を指すとジュンさんが覗き込む。
その中にある「アラゴの円盤」と呼ばれる円盤が勢い良く回っている。
「この様子だと部屋の中で電気製品をたくさん使っていますね。照明、電気コタツ、それに電気ストーブまで使用しているんじゃないでしょうか。これでうっかり電子レンジとかドライヤーを使おうとしてブレーカーを落としちゃう人がいるんですよね~」
「へえ…よく見てますね。ドラマに出てくる刑事か探偵みたいだ」
私の観察眼と推理にジュンさんは感心してしまう。
「なぜかこういうところにすぐ目が行っちゃうんです。サセボシティでは時間がたっぷりあったものだから推理小説とか昔のサスペンスドラマに夢中になってしまって…。そのせいかも知れませんね、えへへ」
その時、少し開いたドアの隙間から死にそうな声が聞こえてきた。
「新聞ならいりませんよぉ…」
目の下に隈を作った悲壮な顔がヒカルさんの生活ぶりを物語っている。
「ヒカルさん、お久しぶりです」
「こんにちは、ヒカルさん」
「あれ~、イサミさんにジュン君じゃないですか。突然どうしたんですか~?」
「今日はお願いがあって来ました」
私がそう言うと彼女は僅かに首を傾げてから言った。
「ちょっと散らかってるけど、とりあえず中に入ってよ」
招き入れられた彼女の部屋は、床中に描きかけの原稿やトーンの切れ端が散乱している。
「今お茶いれるから適当に座ってて」
「これって、全部ヒカルさんが描いたものなんですか?」
私がコタツの上の原稿を見ながら言うと、台所のコンロで湯を沸かしているヒカルさんが答えた。
「うん。ナデシコを降りてからある出版社の連載が始まっちゃってさ。アシスタントがいないから、もうたいへんよ。原稿料も安いし」
「でもすごいですよ…。ヒカルさんも夢のために頑張ってるんですね」
ヒカルさんがお茶を淹れて戻って来る。
「はい、お茶。安物だけど、どうぞ」
「ありがとうございます。遠慮なくいただきます」
私とジュンさんは礼を言うとコタツでお茶を飲む。
そんな私の正面に座ったヒカルさんが訊いた。
「ところで、お願いって、何?」
「はい、実は…」
私は彼女にこれまでのいきさつと事情を説明した。
「そっかー、ナデシコB艦ねぇ…」
「極秘の任務で僕たち軍が動けないんだ。だからできれば力を貸してほしいんです」
ジュンさんも自分が参加できないものだから申し訳ないという気持ちでいっぱいらしく、必死になって説得をしている。
しかし自分の夢を叶えるために頑張っている彼女を引っ張り込むのは酷だと感じた私は遠慮がちに訊いた。
「でも漫画のお仕事があるから無理ですよね?」
するとヒカルさんは即答した。
「いいよ」
「えっ?」
「今やってる連載もこの原稿で終わるし、それに次の連載はまだ決まってないから平気平気」
あまりにも簡単にOKしてくれたものだからちょっと信じ難い。
でも彼女の笑顔が本当だと言っている。
「はあ…よかったぁ」
私が思わず漏らしたため息に彼女はにやりと笑う。
「フフ~ン、そのかわりお願いがあるんだけどぉ」
「お願い?」
「そう、お願い!」
天の助けとばかりに私とジュンさんはヒカルさんに監禁されてアシスタントをさせられることになってしまった。
「悪いわねー。実はその原稿の締め切りが明日のお昼なのよ。出版社の人が来ちゃうからそれまでに仕上げないとね。今夜一晩がんばってねー!」
「話がうますぎると思ったんですよ」
鉛筆の下書きを消しゴムで消しながら愚痴を漏らすジュンさん。
「だけどナデシコに乗ってもらうためです、我慢しましょう」
私は小声で言うがヒカルさんには聞こえていたらしい。
「そこ!話してるヒマあったら手動かす!」
「「はい!」」
結局、私たちは徹夜で漫画の原稿に向かうことになった。
俗にいう缶詰状態というものをその身で体験するハメになったわけである。
こちらは漫画の世界などまったく知らない素人だというのに消しゴム掛けからベタにホワイト、さらにトーン貼りまでさせられてしまう羽目に。
翌朝、太陽の光がカーテンの隙間から部屋の一番奥まで差し込む頃、私とジュンさんは机に突っ伏して果てていた。
「これで完成―っ!」
ヒカルさんの声で私たちは目を覚ました。
私は立ち上がって大きく背伸びをする。
「ふぅ~、なんとか終わりましたね。漫画を描くのって結構大変なものなんですねぇ」
「まさか漫画のアシスタントをやらされるとは思ってもみませんでしたよ…。もう、くたくたです」
私とジュンさんは正直な感想を口にする。
「ありがとう、本当に助かったわ。…ふぅ~ん、二人とも結構上手いじゃないの。またなんかあったら手伝ってね」
「もう勘弁してくださいよ~」
「僕も二度とごめんです」
「出版社の人にこの原稿渡したらすぐにナデシコに乗る準備をするから、よろしくね!」
私とジュンさんが気力を振り絞って「二度とやりたくない」という態度を示すが、ヒカルさんは特に気にするでもなく上機嫌だ。
ヒカルさんのアパートを出ると大通りでタクシーを拾って乗り込んだ。
私とジュンさんは寝不足のためか目の下に隈ができていた。
疲労困憊というのはこういう状態のことを言うに違いない。
「ふわぁぁぁぁ…結局徹夜しちゃったな。太陽が黄色く見えるなんて初めてだよ…」
ジュンさんは大きなあくびをして言う。
「そうですねぇ…。でもヒカルさんも来てくれることになってよかったじゃないですか。ひとまず家に帰ってひと休みして、次は…」
タクシーの中で私たちは寝落ちし、家に着くまで爆睡してしまったのだった。
翌日、私はアキトさんに会うために一人で彼の屋台を訪ねることにした。
彼にパイロットとしてナデシコB艦に乗り込んでくれるようお願いをするために行くわけではない。
彼とはサセボシティで別れたきり一度も会っていなかったので久しぶりに顔が見たかったし、ユリカさんから屋台だがラーメン屋をやっていると聞いていたので彼らの近況がどんなものか知りたかったのだ。
「アキトさん、お久しぶりです」
「おっ、イサミちゃんじゃないか。久しぶり、元気してた?」
アキトさんは少しやつれたように見えたが、それでも自分の夢に向かって進み続け、ユリカさんという愛する女性と一緒に暮らしているということで幸せそうだ。
「ええ。アキトさんも頑張っているみたいですね。ユリカさんからお話を聞いてアキトさんのラーメンが食べたくなって来たんですよ」
「それは嬉しいね。さあ、座って」
早速、アキトさんはラーメンを作り始めた。
「アキトさんとユリカさんって、今も一緒に暮らしているんですよね?」
「ああ。ユリカのやつが親父さんと喧嘩しちまって行く所がないっていうから仕方なく置いてやっていたんだけど、それからずっと居座っていてもう出て行くつもりなんてなさそうだから追い出すのは諦めた」
うんざりした顔つきで言う彼だが内心は嬉しそうである。
「アキトさん、幸せそうですね」
「う、うん…まあね」
「今日はユリカさんと一緒ではないんですか? 夜は屋台を手伝っていると聞いていたんですけど」
「ちょっと足りない材料を買い出しに行ってもらってるんだ。たぶんそろそろ帰って来ると思う。イサミちゃんの顔を見たらきっと喜ぶよ。…はい、ラーメン、どうぞ」
「いただきます」
湯気の立つラーメンをすする。
スープはコクがあり濃厚である。
しかしそれでいてしつっこくなくさっぱりしていて、さらに出汁が良く効いている。
麺は太い縮れ麺で濃厚なスープを十分に絡ませていて、屋台のラーメンとしてはこれほど美味しいものは他にないだろう。
「どうだい?」
「すっごく美味しいです。今までこんなに美味しいラーメン食べたことありません」
「それはよかった。そう言ってくれると作った甲斐があるよ。…ところで、イサミちゃんもナデシコB艦に乗ることになったんだって?」
たぶんユリカさんから聞いているのだろう。
旧ナデシコクルーの絆は艦を離れても切れることはない強いものだから、個人の情報を手に入れるのは簡単なものだ。
「はい。ルリちゃんが艦長で、ミナトさんとメグミさん、ヒカルさんとイズミさんも戻って来てくれるそうです。もちろんホウメイさんやウリバタケさんも」
「そうか…みんなナデシコに戻って来るんだ…。ずっと会っていないけど元気にしてるかなぁ…」
ナデシコ旧クルーのことを思い出し、感慨に耽っているアキトさん。
その姿を見て私は思い切って言ってみた。
「ねえ、アキトさん。アキトさんもナデシコB艦に乗りませんか? 今回は厨房がホウメイさんだけなんです。サユリさんたちはJMRの活動が忙しくって無理みたいで。人手が足りないのでアキトさんが乗ってくれたら ──」
私がそこまで言いかけた時、それを遮るように彼は言った。
「オレはもうナデシコには乗らない…。そう決めたんだ」
私は以前にミナトさんたちから彼の両親のことや火星での出来事を聞いていた。
彼の境遇や経験、ネルガルとの因縁を鑑みればパイロットではなく厨房担当であっても過去の辛い記憶を呼び覚ますのだろう。
「ごめんなさい。…そうですよね。バカなこと言ってしまってすみません」
「いいさ、かまわないよ。それより早く食べないとラーメンがのびちまうぞ」
「…はい」
ラーメンを食べ終わってもユリカさんは帰って来なかった。
たぶん必要なものを全部揃えるのに時間がかかってしまったのだろう。
残念だけど仕方がないと思いながら席を立つ私にアキトさんは優しく声をかけてくれた。
「また、食べにおいで。いつでもユリカと一緒に待ってるからさ」
「ありがとうございます。どうもごちそうさまでした」
屋台を去る私を彼は見えなくなるまでずっと見送ってくれていたのだった。
私がアキトさんの屋台を訪ねた日から3日後、ナデシコB艦のブリッジにメインクルーたちが集まり作戦会議が開かれた。
「先日襲撃してきた木星蜥蜴は太平洋海底に存在するチューリップから発生していることが判明しました。そこでナデシコB艦は極秘任務としてこのチューリップの撃破に向かうわけですが ──」
ルリちゃんがそう言いかけた時にブリッジの出入り口のドアが開き、ユリカさんとジュンさんが姿を現した。
「どうしたんですか、二人とも? 正規の軍人のお二人には乗艦命令は下りていませんけど」
怪訝そうな顔で訊くルリちゃんにユリカさんが答えた。
「みんなのお見送りに来たんですよ。本当は一緒に行きたかったけど、軍が関わるとマズいって言われたら諦めるしかなくって…。だからお見送りだけはしておきたいな、って思って」
「そうですか。でもどうやって中に入れたんですか? この艦にはお二人のIDは登録していないのでドアが開かないはずなんですけど」
「ううん、オモイカネにお願いしたら入れてくれたよ」
ユリカさんが事も無げに言う。
セキュリティのために乗員のIDを登録して未登録の人間であれば艦内に入ることができないシステムになっているのだが、ナデシコB艦のメインコンピュータはA艦のオモイカネを移植したものだからユリカさんたちを“仲間”だと判断してドアを開けたのだろう。
「僕も正規の軍人だということで立場上今回の任務には参加できないので、せめてみなさんを見送りたいと思って。でも艦を遠くから見るだけのつもりだったんですが、ユリカが行けばなんとかなるって言って…。お騒がせしてすみません」
相変わらずジュンさんはユリカさんに振り回されているようだ。
それにしてもナデシコの絆とはなんて強いものなのだろうか。
人ではないオモイカネさえ旧ナデシコのクルーを仲間と認定して、彼女たちの思いに応えようとしてくれるくらいなのだから。
「わたしは何もできないけど遠くから応援しているからねっ」
ユリカさんが力強く言うと、ルリちゃんは少し微笑んで言った。
「ありがとうございます。…ではみなさん、ミーティングを続けます」
急遽ユリカさんとジュンさんをオブザーバーに迎え、中断していたミーティングは再開した。
「…では、各自出航に備えてスタンバイお願いします」
「了解!」
ミーティングが終わるとクルーたちはそれぞれ持ち場に散っていく。
私は副官席に行こうとしたところ、ジュンさんが声をかけてきた。
「イサミさん、一緒に行けなくて残念だよ」
「仕方ありませんよ。軍が動けない任務なんですからね。私がどれだけ役立つかわかりませんがジュンさんの分まで頑張ります。これまでいろいろと助けていただいてありがとうございました。…ところでひとつだけ聞いてもいいですか?」
「何だい?」
「私がナデシコに現れてからずっとジュンさんや他の方たちはとても親切にしてくれました。特にジュンさんはアルバイト先のこととか、今回のナデシコB艦のクルー集めにも同行してくれたり…。私みたいな得体の知れない人間、もしかしたら敵として戦っていたかもしれない人間にどうしてそこまで親切にしてくれるんですか?」
ずっと気になってはいたが訊けないでいたことだったが、今がちょうど良い機会だと思ったのだ。
すると彼は当然だという顔で答えた。
「それは君もナデシコの仲間だからさ。ナデシコに乗っていた時間は僅かだけど、一緒に過ごした仲間に違いないだろ。…いや、仲間というより家族に近いのかもしれない。ナデシコは僕たちの家だから」
「家族…私たちの家…」
私はナデシコに現れてからずっと心に穴がぽっかりと開いていたような気がしていた。
旧ナデシコクルーたちと一緒にいても、どこか孤独感を覚えていた。
仲間としては認識していても、それは単に同じ目的を持つ者同士が協力し合っているだけでそれ以上でも以下でもないと考えていたので、協力し合う目的がなければ赤の他人という感覚でいたから孤独を感じることもあった。
それは自分が木連の人間 ── 旧ナデシコクルーたちの敵だったかもしれないという気持ちがあり、無意識に自ら彼らとの間に心の壁を作っていたからなのだ。
しかし彼の言葉が私の心の壁を取り払ってくれた。
彼らはとっくの昔に私を受け入れてくれていたのに、私自身が自ら距離を置いていただけのことだったのだ。
そうだと気がついたとたん、私の心は満たされた。
「ありがとうございます。私、精一杯やってみます」
「みんなのこと、頼んだよ」
私たちは固い握手をして別れた。
その様子をルリちゃんは少し離れた場所でその様子を見守っていた。
ユリカさんとジュンさんが去った後、クルーはそれぞれ持ち場に就いた。
私は副官席に腰掛け艦長の指示を待つ。
「ナデシコB艦発進します!」
ルリちゃんにしては珍しく声を張り上げて号令をかけた。
こうしてナデシコB艦は一路、太平洋海底のチューリップ撃破に向けて出航したのだった。